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丸ゴリ婦人の新婚劇場

丸ゴリ婦人の新婚劇場

終わりへ向かう日



この日もいつものように裕の街で泊まっていた私たちは
翌朝も、10時近くに目を覚ました。



私は前日から、さっそく裕に携帯灰皿を渡そうと思って持ってきていた。

もちろん裕にはナイショだった。いろんな雑貨屋さんをめぐって、
何がいいかなぁ、どれがいいかなぁと悩んだ末に見つけたのは、
ゴミ箱をそのままミニチュアにしたような、携帯灰皿。



さんざん悩んでいたけど、これを見つけた瞬間に「決定!」
(というのも、自分好みだったから即決しただけのこと。)



寝起きで一服しようと、タバコを取り出した裕に
「ハイ、これ!」と渡した。


裕は、「なんや小さすぎるゴミ箱・・?」とキョトン顔だったけど

「かわいいでしょ携帯灰皿。裕さんざんポイ捨てするから。そういうのイヤ。」


彼はありがとう、と言ってポケットにしまった。
私はときどき「禁煙しないの?」と聞いていたけど

裕の答えはだいたいいつも

「吸えない方がストレス溜まって、オレの身体には毒やねん」か
「禁煙する機会があればな。。。子供でもできたらやめるけどな」だった。

たまに
「自分じゃ辞められへんから、ゴリが禁煙させてくれたら、やめる」と言っていたけど
きっと私には禁煙させることはできなかっただろうな。
夢の話ひとつも、聞きだすことが出来なかったんだから。



お昼近くになった頃、裕の車で私の町へ出発した。


「うわオレxx町なんて、行くの初めてや!どれくらいかかるん?」


「高速道路で、2時間くらいかな・・?」

「おし!ほな高速で飛ばしていこか!」


高速入り口の入場券が、ギリギリで手が届かなくて裕は車を降りてた。
「この方が確実にとれる」とごまかす裕を、私はとなりで爆笑していた。

お昼をまわった道はがらんとすいていて、
平気で150キロとかスピードを出し始める裕を、私は隣で口うるさく
「出しすぎ!出しすぎ!」と注意していた。

現に風が強い日で、ふざけてハンドルを離しては横殴りに吹き付ける風に
「おお・・・勝手に車が寄ってく。。」と極めて危険な行為をしていたorz


長いトンネルを2つ抜けると、だいぶ私の地元に近い景色になってきた。

遠くにそびえる山が、まだ雪で白く染まっているのを見て
「すげー!まだ雪があんねんな、こっち!!」

「山の辺りは、まだしばらく残ってると思うよ。」

「へぇー・・同じ県内なのに、全然違うねんな・・!」

私にとっては毎日見てるような景色。春の遠さを感じるような雪。
裕は運転しながらしきりに「すげー」「ちょっと感動した」とキョロキョロしていた。

地元に着くと、駅の駐車場で私の車に乗り換える。
これと言って楽しめるような場所もないので、たまに行く公園へ行って見た。

まだ冬の囲いがされたままの木々やベンチは、
何も表示はないけど”まだ立ち入り禁止”と物語っているようだった。


「・・・まだ入れないね。」

「・・とりあえず歩いてみよか。」

雪解け水がとうとうと流れる川の上を、小さな橋を渡る。
冷たく吹き付ける風が、葉っぱのない木の枝を揺らしていた。

「夏になると、ここの川で遊んだりするんだよ。
 河川敷でバーベキューしたり、キャンプ張る人もいるんだよ。」


裕は橋の欄干に寄りかかって、タバコに火を付けた。
ふーっと白く煙を吐く。

「ええとこやん。なんも無くても。落ち着く。」

せっかく裕が私の地元に来たと言うのに、
見せてあげられるようなものが“自然”くらいしかないことが情けなかった。


「今何時?」

「もうすぐ3時だよ。」

「よし、おやつの時間や!なんかお店連れてってやぁ♪」

私は、過去に1度だけ入ったことのある喫茶店を思いだした。

小学校の、それも卒業式あたりだったかに、お母さんと2人で入った喫茶店。
アンティークの置物やインテリアが印象的な、小さな喫茶店だった。

たしか、そこで12歳の私は3色アイスを食べたんだ。お母さんは、ピザトーストで。

もう10年以上前の記憶だから、メニューも変わっているとは思ったけど
そこへ裕を連れて行くことに決めた。

「1回だけ入ったことのある喫茶店があるんだ、そこに行こう!」




お店に入ると私が描いた想像よりも、そこはずっと狭かった。
アンティークな雰囲気は想像通りで、昼間でも薄暗いランプの明かりが
まるで異空間のように店内をぼんやり照らしていた。

一番奥のテーブルに座る。
裕はコーヒーとチーズケーキ、
私はミルクティーを頼んだ。(なんとなく、ケーキを食べる気にならなかった)


テーブルの横の壁に目をやると。ノートが2冊下がっていた。
中をパラパラめくると、来店者が自由に書き込めるノートだった。

子供の落書き、何月何日に来ましたという書き込み。

「裕、ノートあるよ」
ノートをテーブルに開いて、一緒に下げられていた鉛筆で、私たちは落書きを始めた。

どらえもんを2人で描いて 裕はスネ夫を描いたけど、ヘタクソで笑った。
箸の持ち方に加えて、鉛筆の持ち方もどこか不器用な裕の手が、
なんだか愛しく見えた。


ケーキが運ばれてきて、裕はケーキを食べ始めた。

「わりとアッサリ目やな。」
そういいながら、あーん、とフォークで一切れ私にあげようとしてくれた。

私は周りの目が気になってしまって、「いいよ」と断って
1人でノートに絵を描き続けた。犬の絵、猫の絵・・

「何月何日、お茶をしに来ました。」
本当はその後に、2人の名前を書き込みたかった。
だけど、また来ることがきっと叶うような気がして、わたしはそこでノートを閉じた。





店を出る頃には、日が傾き始めていた。
「あ、そろそろ帰らな!」
時計を見た裕は、思い出したように言った。

「何か、予定あったの?」

「今日、まる子の日やん。」


「まる子!?」


「うん。ちびまる子始まるからな!帰らな間にあわへん!」


結局その日は、裕はちびまる子ちゃんを見るために帰ってしまった・・orz

地元の仲間と遊んでいても、夕方になると
「ちょっとまる子見てくる。」と言って途中で抜けるらしい。(そして後で戻ってくる)

なんだかよくわからないけど、あのアニメだけは見てるらしかった。

私は、「ちびまる子ちゃんに負けたのか・・」と3日くらい、密かに凹んだ。



でも、後日
「あの店のコーヒー、すげー美味しかった」
というひと言で、私はすぐに機嫌が戻った。

そのひと言で、まるで自分の地元を気に入ってくれたような気になって。
私は嬉しくなって、「じゃあ、また連れて行ってあげるよ!」と答えた。

裕のひと言が、またあの店に行ける約束みたいなものに思えたから。
美味しいコーヒーのために、またここへ来てくれる切符みたいに思えた。




「なぁ、来週はどうする?」



「うん。また、そっちまで行くよ。
 友達の誕生日が近くてさ、プレゼント買いたいんだ。」



冷たくひえた指先を裕のジャケットのポッケのなかで絡ませたまま
この先もずっと、
「来週どうする?」「次どこ行く?」って当たり前のようにやりとりできると思っていた。

それも挨拶や、いつものパターンみたいになって、
マンネリとはちがう定番の安心感に変わっていくんだと信じて疑わなかった。




だからまさか、
次の逢瀬が最後になるなんてこのときは思ってもみなかったのでした。



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