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小さな不動産会社のBOSS日記

想像力

少しだけ、頭(かしら)を起こし遠くを眺めてみよう。
街角を歩きながらでも、部屋の窓越しにでも、運転席のその前、フロントウィンドウの先を・・・
ほんの少し目線を上にして仰げば、ビルの谷間の先に青空も白い雲も見えてくる。


人はややもすると、馴れ合いの、繰り返しの囚われた日常に、いつしか鎖に繋がれ続けた象が、例えのように、やがて鎖を解かれ自由な身となっても、自由そのものを忘れ、あたかも永遠に囚われたままであるかのような、自ら架空の身を創りあげてしまったなかで、諦めを持って惰性的日々を過ごしている。

人は、本来誰をもっても決して捕らえる事のない心の自由というものを、いつしか知らずうちに放棄し、既成概念や思い込みに縛りつけ、自らが創りあげたその部分によって日々翻弄されていていることに多々気づかないでいる。

もっと自由に、
そう、どの様な状況下においても 心というものは誰にも奪われることなく、自分の人生におけるかけがえのない自分自身のものなのだ。


技術の進化で素晴らしく明るく発色して並んでいる家電販売店の大型TV。

液晶よりプラズマ。プラズマよりブラウン管の方が、正直なところ質感も奥行き感も上であるのだ。

誠に、表面的にはとても綺麗にはなったけれど、あまりにどれも平面的にまばゆすぎて、なんだか感動を呼ばない部分もある。

遡っては、時に二重のブラウン管のモノクロ画面に映っていた画像の方が、今でも豊かな色彩の記憶で残っていたりする。

最近は、めっきり本を読まない人が増えてきているのだそうだ。

テレビのない時代、ラジオから流れる音にその先を夢見た。
小説の行間に、登場人物のいでたちや風景、時代背景、悲しみ怒り、喜びを汲み取ることができた。

幼年期、少年期、青年期と、想像は、人としての大切な滋養豊富な心を育む。

例えば小心であることは、あのホロコーストにみるおぞましき人間の持つ恐怖そのものを、時を越えて今に十分感じ取ることができる。
また、今も続く終わりなき世界の紛争地における恐怖と深い悲しみを察することもでる。

自分とは関係ないなか、世の多くの恐怖や他人の心の痛みや不自由な身体の事を、例え一時でも想像し、自分のこととして我が心に置き換えてみることができるものだ。


恐怖を想像できれば、他人に恐怖を与えることができるだろうか。

今の世に、ゲームその他、平面に慣れた人の無機質さと甘えの構造も蔓延る。

殺伐とし、凄惨な事件の起こる世の中。

はたまた投機マネーに踊る世の中。

砂漠に突如現れたオイルマネーの象徴都市ドバイ。
そのドバイでは162階の世界最高層ビルが建設中である。

しかし、その華やかな現在の象徴的姿は、やがて100年を待たずして、歴史の果てに過去の栄華をみる数々の遺跡同様の光景として変わるかもしれない。

まさしく砂上の楼閣として。

数々の法制度も、国家的秩序というなかで、平面を生きた無機質的人間による、血の通わない偏重部分において作り上げられる机上的プランに牛耳られることへの危惧。


想像力の欠如は、多分に多くの問題を抱える心の欠如でもある。

都心の子供とのどかな里山風景のなかの子供の笑顔に違いを感じるのはなんだろう。
今では田舎も都心もその享受している便利さにさほど違いはないかもしれないが、
しかし、決して偏った見方ではなくとも、風景に似たものを心に少しは持ち合わせている違いになるのだろうか。

それは子供も大人も関係なく。

人は多分に環境、風土によって育てられる。
優しさも思いやりも、我慢も、ふんばりも大切な想像力も。

そして、その温もりの想像力を深く広く持った人間によってこそが、人間の未来への希望をもたらしてくれると感じる。

しかしただひとつ、どの様な多くの障害に囲まれた環境下にあっても、希望の未来に渡るための切符は、可能性を秘めた自由な心を持った自らの手にあるのだ。



家族も、企業も、あらゆる組織も、政治も・・

詰まるところ、組織や団体以上に、上に立つものはもちろんのこと、全ては個人如何によるのだと強く思う。

気がつくと人間は、溢れるほどに際限なき欲望の物質の多くを得ながら、大切な多くを失っている。

ほら、ため息つかずに、ほんの少し頭を起こして前を見てみよう。
あの先に、いつも変わらぬ青空と浮かぶ白い雲が見えている。
真の喜び幸せ、充足感というものは、誰にも等しく降り注いでいるのだ。

ただそれに、気がつかずにいるだけの不満足な日常・・・


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