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次なる挑戦 ・・・ 日本人の技

2011.10.13
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鏝絵ウォッチャー 渡部孝幸

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この内容は、左官教室 No.573(2004年3月)掲載内容を、筆者の了解を得て転記したものです。

 

先月号で紹介した石見町をさらに広島方面へ向かって国道264.号線を南下すると、県境のまち・瑞穂町である。

 瑞穂町に入ってすぐの、国道沿いの農家の蔵に「笑い顔」の鏝絵があるという情報は、セメントアート第一人者 品川 博さん からもたらされた。

 品川さんは、昨年6月、JR山陰線太田市駅前の駐輪場に見事なセメントアートを制作した。 これは、左官である兄の清志さんと息子の福太郎さんも加わり、5月の連休明けから1ヶ月間、故郷の瑞穂町から通い続けた。

 瑞穂町から大田まで1時間の道のり。 この通いの道中で偶然見かけたのがこの「笑い顔」だ。 品川さんらは、この鏝絵のなんともいえない笑顔を、仕事の行き帰りに必ず見ることで、ずいぶんと癒されたそうだ。

 「笑い顔」は、左官で世帯主の木村友治さん(65)が、平成6年ごろ古くなってボロボロに傷んでいた土蔵を塗りなおしたとき、平たい丸しかなかったところに、出来心で描いたものだという。 妻壁の両面に施されており、お父さんとお母さんらしい、 満面の笑みがなんともほほえましい。

 友治さんは、神戸で左官業を営む。 妻の悦子さんも一緒に働いていたが、今では、農作業をしながら、家を守っている。 実は、主屋の壁に幾何学模様の漆喰や木彫が施されている。 意外と遊び好きな左官だと見た。

 また、主屋は、茅葺きでしっかりした骨組みらしく町から文化財にしたらと言われ、壊すのをやめて鉄板で覆ったとか。 そばの畑に建つ案山子は、これまたすさまじい作品で、歯を剥きだした猿なのだ。 これは猿除けなのだという。 立てっぱなしでは効き目がないので時期を選ぶそうだ。

 

 さらに南下すると、瑞穂町の中心部田所である。 役場の先の山手に明覚寺という真宗の寺がある。 4年前、中国新聞に鏝絵を連載で紹介した時の読者の一人が、同寺の住職 奥田真隆さんだ。 「うちの寺にもあるので見にきませんか」 という電話をもらったことが品川さんと知り合うきっかけにもなった。

 平成12年7月の初めだったか、同寺を訪れた。 伽藍は、山を北に南面し、出羽川や田代の広がりが一望でき、いいところだ。 気さくな奥田住職との挨拶もそこそこに、本堂の本尊に向かって左手の内陣に案内される。 8畳の広さで、鴨居の上天井までの小壁を見上げる。

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東西には、平成8年に製作された「天女」と「蓮池」が、南面の角の「龍」 と西南の壁面をうまく使って作られた「天界と人界との交流図」は、平成11年の製作である。

 このとき、住職の説明を聞くまでは、全く想像すらできなかったのだが、「すべてセメントですよ」 というのには驚いた。 蓮の花、池の水など、色鮮やかで、淡い透明感はいったい何なのだろうと見入ってしまった。 そしてセメントの可能性に目を見張った。

 さらに極め付きは「蟻」 である。  この「蟻」こそが品川さんとの出会いを運命的なものにし、その後太田市が用意したトイレや、駐輪場などにセメントアートが出現することになる。

 白とねずみの「龍」は、品川さん特有のカタチかもしれない。 いままでこの石州にいる龍の一般的に表現されたいるカタチとは違う印象を受ける。 どこか悟ったような感じで、優しさのある老練な龍とみた。

 壁面が梁や束柱で十字に仕切られている西面は、鳳凰が棲む天界と、花が咲き、竹が繁茂する人界を、梁や柱の仕切りをうまく生かして作り上げている。 場面の変化を仕切りが演出しているようだ。

 製作に当たって住職は、すべて品川さんに託したという。 彼に惚れ込んだともいっていた。 私もその一人で、トイレや駐輪場では、殆ど任せたといってよい。

 

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製作は、加古川の自宅で行われ、現地で壁面に取り付けられた。 壁面のゆがみなどを考えちゃんと寸法をとっていたものの、取り付けには手間取ったようだ。

瑞穂町には、もうひとつ作品がある。

葬祭場「紫光苑」の正面ポーチやネの入母屋の参画の壁に「鶴と牡丹」が直接施されている。 施工屋さんとの打ち合わせが食い違ったこともあって、少し不満が残ったという。

 品川さんは、中学卒業後、故郷を離れ、加古川の兄の元で左官修行。 「左官アート」の世界へ踏み込んだのは、24年ほど前だ。 左官の仕事がない時、セメントを家に持ち帰り、擬木などを作り始めたのがきっかけ。 多くの左官職人が転廃業するのを横目で見ながら、余技を楽しむように、好きな左官の道を歩き、今ようやく、この左官の仕事を続けてきて良かったと思うときがあるという。 長男が、同じ左官の道で修業していることもうれしいのだろう。

 彼の作品は、建築の装飾はもとより、植木鉢や花瓶などから、昆虫、動物まで及び、猿のような大きなものから 地を這う蟻までさまざま。 セメントを彫刻した素材に工夫したことが、左官アートを可能にした。 浮き彫りの鏝絵から立体的な彫塑まで幅広い。

 

15年前、鉄筋コンクリート造寺院では日本で最大という兵庫県加古郡播磨町の円満寺五重塔が完成したが、その一層目軒下欄間部分外周51mに四季を表現した鏝絵は、同県の技能顕功賞を受ける縁となった。

こうした活躍が子今日まで聞こえ、明覚寺の作品が生まれたのであろう。 母校瑞穂中学校で講演までしている。

彼は左官の仕事の仕方を「ゲーム」にたとえ、やり終えた満足感を「スポーツ」にたとえている。

 あくまで一左官職人であることを片時も忘れない心意気もある。

 日本画を習うなど、創作意欲はますます盛んで、品川わールとの今後の広がりが、ほんとうに楽しみだ。

正月の中頃、久しぶりに明覚寺を訪れた。「今年の正月も 博 がやってきて、遅くまで呑んで語り合った」 と、奥田住職が笑う。

 

      ・・・・・ 以上の内容は、 左官教室 No.573(2004年3月) より

           著者の了解を得て、転記したものです。

 

 

title01.jpgtitle02.jpg  渡部孝幸 著 カラー写真でみる島根左官の鏝絵集    

 

 

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Last updated  2011.10.13 19:27:10

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