プラモデルの戦士たち~THE REALISTIC MODELER~

2014/06/14(土)12:22

「人の死」を思う。合掌!

☆いろいろ雑談・独り言(104)

★☆ 「人は誰もいつかは死ぬ」という現実は悲しいが、どうにもできない ★☆ "Death (死)" = Fate(運命) 体調に異変があれば早期診察が必要   最近、身内の叔父や叔母、職場の知人や仲間が次々と病気などで亡くなっている。単に知っているだけでなく、お世話になった先輩や入社同期関係者なども多い。しかも、そのほとんどは、60代、50代、40代と・・・平均寿命年齢よりもはるかに若くして亡くなっていることだ。どの方も顔のイメージや発する声まで、記憶はまだ鮮明に残っている。その死因の第一が、「癌(ガン)」によるものだ。人はやがて誰でも「死」の運命にある。私もあなたも、金持ちも貧乏人も、身分の高い人も低い人も・・誰でも平等に「死」がやってくる。違いは、早く死ぬか遅く死ぬか、病気や事件や事故に巻き込まれてか、町を歩いていて突然頭に落ちてきたレンガで死ぬか、雷に打たれて死ぬか、自宅で死ぬか、病院のベッドで死ぬか、山で死ぬか、海で死ぬか、などなどの違いがあるに過ぎない。  そして、しばらくは人の記憶に残るが、やがて時間の経過とともに、風化して人々の記憶からも消えていく。とても無常だが、これが現実なのだ。  昨日の6月9日(月)、第1便の早朝の飛行機で羽田に飛んだ。  実は、その前日に千葉にいる弟から「妻(奥さん)が朝、自宅で亡くなった」・・という突然の訃報を受け、その葬儀出席のためだった。 広島県廿日市市宮島町「宮島」の「厳島神社」を経由、「弥山(みせん)標高535m」 に登山の途上で立ち寄った「大聖院(だいしょういん)」 境内にある「大日如来」像  訃報を聞いた瞬間、「エ??ナゼ??」だった。  実は、弟の奥さん(以後、A子さん)は、私よりも7歳も若く、清楚で可愛らしい妹のような感じであった。・・それが、ナゼ??・・・だった。死因は、末期癌(ガン)によるものだった。私たちには、その情報はまったく入らなかった。それというのも、A子さんが、「絶対に会社や誰にも知らせないで!」と弟に懇願したからだそうだ。末期ガンが病院で判明したのが、昨年の3月ごろで、それまでは、発見が遅れたのは、本人が少し自覚症状があっても、風邪のように時間がたてばそのうち治るだろうと軽く思っていたために、病院での診察を受けていなかったからだ。  しかし、そのうち、本人が「どうも、おかしい」と、食事をすると喉(のど)の奥に違和感を感じる状態が続くばかりで一向に治らず、遂に病院に行き、即入院となったが、医師の診察の結果は、既に食道癌が進行し、周囲にも転移している状況であり、もう手の施しようがないという状況であったそうだ。・・・もう少し早く病院で診察していればよかったのに!!  そのため、末期医療となり、自宅から投薬や検査のために病院に通院する1年2ヶ月となったわけだ。そこから、家族が大変だったようだ。まだ落ち着いた状況で比較的体力があり、体が自力で動くうちは良かったが・・・子供は、3人いるが、会社員の長女が一人にその弟二人で末っ子は、まだ高校3年生の受験生!・・・最初は、日中は息子たちが、夜は夫や長女が会社から帰り、いろいろ面倒を見ていたが、しかし、それだけでは無理で、後半ともなれば付き添いの介護が必要となり、遂に娘が入社して間もない大企業を退職し、夫も亡くなる2週間前に会社に休職願いを出して最後まで付き添って介護していた。  弟の夫が言うには、亡くなる2週間前から、食事は満足に取れず、喉を通るのはカキ氷の様なものだけだったそうで、久しぶりに再会したA子さんは、全身やせて小顔がさらに一段と小顔になっていた。それでも安らかに眠った様な表情の顔は鼻筋が通り、眉毛もくっきりキリリとした表情で睫(まつ)毛が長く、年齢の割りに顔の肌は艶(つや)やかで皺(しわ)もほとんどなかった。・・・夫が言うには「痛い」はずなのに、気丈な彼女は泣き言や「痛い」ということも言わなかったそうだが・・・どんなに苦しかったろう! 6月2日(月)、「十種ケ峰(とくさがみね)・標高989m」登山途上で見かけた 「アザミ」の花と蕾(つぼみ)  A子さんは、熊本県出身の女性で、他に兄弟もないご両親にはとても大切な一人娘だった。当時弟が会社の大阪支店にいた頃に、その主張先の熊本で知り合ったわけだが、弟の結婚式に出席したときに見かけた彼女は、スラリとした痩(やせ)せ型長身の小顔でキリリとした美人だった。それでも、会話をすればにこやかにユーモアいっぱいで、さっぱりとした話しやすいタイプの女性だった。それにも加え、学生時代には、国体(国民体育大会)のテニス女子の部門で準優勝までしたスポーツウーマンだったのだ。  その後、何度か弟夫婦とは、山口で小旅行や一泊旅行などを一緒に楽しんだが、やがて、弟の勤務先が東京の本社勤務になると、さすがに距離が遠く離れ、お互いに仕事も忙しくなり、子供の成長とともに親戚の法事や結婚式などのお祝い事などでしか会う機会も少なくなった。それでも、お互いに毎年のお歳暮や年賀状のやり取りは忘れなかった。  お歳暮のお礼に電話をした際、必ず電話に出るのがいつもA子さんで、「いえいえ、いつもこちらこそお世話になりま~す。久しぶりですね、お兄さんの方こそ、お元気ですかぁ~!主人は、最近、とても忙しがしそうで、いつも会社からの帰りが遅いんですよ~。・・・」っと、とても明るい声色で始まり、いろいろユーモアセンスを交えて、いつもどおりに人懐っこく話してくれていた。  何かおかしいな??・・と感じたのが、今春も年賀はがきを出したのに返答がなかったことだった。内心では、「子供の就職のことや進学で、いろいろと何か忙しいことが続いているんだろう」と善意に解釈して、あえて電話はしまいと思っていたのだ。・・・今となっては、年賀はがきを出すどころの余裕もなかったことが、これで理解できたわけだ。  本当は、今回の葬儀自体もしないように夫(弟)に願ったそうだが、さすがに弟はそれには従わずに自宅で兄弟身内だけの家族葬としたわけだ。それでも、A子さんの子供が幼少の頃に付き合っていた女性の友人たちや続けていたバトミントンのスポーツ仲間の女性多数が駆けつけてきた。お坊さんのお経の声が続く間も彼女を知る多くの女性の嗚咽(おえつ)やシクシク泣く声が続いていた。A子さんの御両親も数年前にお母さんが60歳代で、その後にお父さんが70歳代で亡くなって、今では実家は空き家と化している。A子さんが、ご両親よりもはるかに早く先立たれたのは、無念であり非常に残念に思うばかりだ。 『 John Lennon "Stand By Me" [Official Music Video] 』 By YOUTUBE ビートルズのメンバーだった故「ジョン・レノン」と仲睦(なかむつ)まじい「小野・ヨーコ」 の二人の映像の中で流れる曲は「Stand By Me(スタンド・バイ・ミー:そばにいて)」だが、 以前、この同一題名で「少年時代を回想するシーン」のスティーブンキング作の映画がある。  REALISTは、今でもA子さんのにこやかな顔や弾(はず)んだ声がよみがえり、死んだことが実感できないが、これが現実なんだと思うようにしている。。  癌(ガン)も早期発見すれば、治る確率が高くなるので、少しでも体調に異変やおかしいと感じる部分があれば病院で診察を受ける必要があることを強く感じた。そうすることが、本人にも家族にも不幸となる状況から抜け出すことが早くできると感じた。  最後まで看取った夫の弟と娘や息子たちはとてもしっかりしていた。久しぶりに会った23歳の娘は、AKB48の大島優子似の小柄な子だが、もうすぐ、トルコやイランに単身で旅に出るという。歴史や建物のモスクに興味があり、英会話が得意で、すでに14カ国を周遊していると言う。 「事件や事故に巻き込まれないように注意して!」と告げたが、「人が言うほど、そんなに危険じゃない」と笑っていた。 ♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。♪  

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