Atletico Tokyo~アトレチコ東京~

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Since football is "football"

2006.08.10
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大好きなドイツ・ブンデスリーガの開幕2日前にして、ようやく日本での放映権がJ SPORTSに決まったらしい。この前J SPORTSに問い合わせまでしたんだが、とりあえず決まって一件落着。今年も無事、倉敷様の実況でバイエルンやブレーメンを堪能できるわけですな。


今回ここまでもつれた原因はブンデスの新スポンサーになったドイツテレコムという通信会社。なんか彼らはCATVや衛星による映像配信を認めずにネット配信による放送に限定しようとしているらしい。で、結局日本向けテレビ放映権を4倍にするとかいうわけのわからん要求をしているらしく、J SPORTSが困っていて交渉していたというのが真相らしい。ちなみにスポナビによると、彼らがリーグに払う金額は3年で87億、自分たちの収益予測は3年で1800億。IT業界が儲かるわけですね。

ネット放送というのはメリットもあるがデメリットも大きい。全体的には、まだまだトラブルの大きいネット中継において、生がウリのスポーツを全世界的に放送するのは無理があると思う。個人的には、IT業界が思っているほど、ネットスポーツはおいしいものでもない気がするが。

例えば日本の場合。日本でのネットスポーツ中継は楽天やソフトバンクが行っている。ただ、これはビジネスモデルとして、これのみで収益を得るのは無理だということもわかっている。楽天ゴールデンイーグルスが昨年の開幕前に「500人限定ネット中継、年間10万円でホーム全試合が観られる」とか謳っていたら10人くらいしか買い手がつかなかった、なんてことも。結局今は他から広告料を取っているのかもしれないけど、とりあえず視聴者に対しては「宣伝効果」を狙った無料放送に落ち着いている状態。


先週、某企業にいる大学時代の先輩から、上が今後スポーツのスポンサーに力を入れたいらしいからライバル企業の取り組みやスポンサーを行う際のポイント、消費者やファンからの評判などを教えて欲しいと言われて、ちょっと調べていた。

そのときにいろんなスポンサーの形態を見直して思ったこと。スポーツスポンサーという「スポーツに金を出す行為」において、「金さえ出せば何でも許される」「スポーツは関係なく広告効果のため」という姿勢は、短期イベントならともかく、もはや長期的には受け入れられないんじゃないかと(というより、双方にデメリットが大きいんじゃないかと)。

この理由は、一言で言えば「スポンサーは簡単に1年単位で止めたりできても、ファンは簡単に1年単位で辞めたりできない」から。チームやスタジアムに企業名がついているとかは実は問題ではなく、そこに何年、どれだけの愛情を注いでいるかが問題。それが「ファンと一体になっている姿勢」を生み出し、企業としての評価も上がる。そう考えれば、阪神が企業名なのにあれだけ支持されていることも説明できる。


これらの思想に沿えば、スポーツに金を出す企業の社会的使命がはっきりするはず。
それは「スポーツ界に金を落とす」ことではなく、「スポーツ界に金を落とすことでスポーツを楽しむ人を1人でも増やす」ことじゃないのかと。

放映権に関しては、毎年毎年どこが放映するかで揉めている。スペインリーグをWOWOWが取ったり、セリエAの一部をGYAOが取ったり、そんな取り合いを続けているわけだけど、問題はその度にファンが悲鳴を上げていること。ファンはそう簡単にWOWOWに入ったりスカパーに入れるわけじゃない。

WOWOWに至ってはレアルマドリードやバルセロナの試合の放映権を取っているのにもかからわらず、生放送をしなかったり、ファンが観たい試合を放映しなかったりで反感を買い続けている。なのに、当の彼らは「俺たちが権利を買ったんだ。文句あっか?」という姿勢をまだ感じる(多分中にも頑張っている人がいる一方で、スポーツ専門局でないことによる難しさがしがらみを生んでいることが大きいんだと思うが、そんなことは視聴者は知ったこっちゃあない)。スペインリーグの日本での人気はここ数年落ちているけど、確実にWOWOWの責任だと思う。スポーツを真摯に伝える力のあるJ SPORTSが放映しているからブンデスの人気が最近上がり始めている、というのは言いすぎではないと思う。



スポーツにお金を出すのは非常にありがたい話ではあるけれど、それによってスポーツを楽しむ人を減らしてどうするんだ、というところに俺の怒りはあるわけです。結局、レアルやマンUやバルサやバイエルンがここまでお金を持てるようになった正体がこういう面にある、と考えると、時々悲しくなります。

お願いだから、中でいくら揉めてもいいから、最低でも視聴者を困らせないように純粋にスポーツを楽しませて欲しいです。







Last updated  2006.08.10 11:32:19
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2005.11.23
これを作った人はすごい。


過去のフットボールの名場面集。
UG氏も書いているけど、ジダンだろうがロナウドだろうが、
マラドーナだろうが、あの失敗と涙があるから今がある。
フットボールというのはそこまで含めてフットボールなんだよね。

バレージやクリスチアーノ・ロナウドの涙も感動的。
そして、バッジョ…




ちなみに個人的にこの動画で一番涙腺が緩む場面が、
いくつかに分かれて出てくる99年のCL決勝、バイエルン-マンU戦。
みんなカンプ・ノウでのマンUの奇跡と言うのだが、
バイエルンファンの私にとってはドーハ級につらい出来事だった。

世界を獲っているマテウスにとっては、これが最後のタイトルだった。
しかもロスタイムの前には交代してしまっていた。
目の前の惨状にどうすることもできない、闘将…。
泣き崩れるヤンカー、クフォー、うつむくカーン…。


でも、
私はこの試合があったから一生バイエルンに付いていこうと決めた。
私にとって本当のバイエルンファンはこの日に始まったと思う。
2年後のCL決勝やトヨタカップ、内容は批判されまくっているけど、
2年前の涙を払拭するには勝利しかない、あんなつらい思いは2度としたくない。
批判している人はそれがわからないのか、と思っていた。


とにかく、これはまた必見。






Last updated  2005.11.23 09:46:19
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2005.05.23
マンUの買収騒ぎ。
あれからどうなっているのかとBBCのサイトに行ってみたが、更新頻度こそ落ちているもののグレイザーのカテゴリーまで作られていた。
まぁ、読んでみてもサポーターがグレイザーとの話し合いを要求していること、FA CUPのFINALで黒装束のサポーターがいたくらいしか進展はない。シーズンが終わるこの後にまた何かあるのだろうが。




さて、今回の問題においてグレイザー氏は常に批判の的になっている。
そりゃあ私だってむかつく。やっていることはサポーターに害を与えることでしかないし、値上げなどで一番の被害者になりそうなのがManchester Unitedのサポーターであることは間違いない。
では、マンUのこれまでの経営陣に罪は全くなかったのだろうか?彼らは買収を抗議していい立場にあるのだろうか?残念ながら、彼らには批判する権利はほとんどないと思う。


だって、株式市場というのはスポーツ界ではなく資本主義社会なのだから。


堀江や村上ではないけど、「じゃあ何で上場なんてしたんですか?」という言葉はここにも当てはまる。


クラブを株式会社化して株式上場するのは、よりお金が欲しいからである。
いい選手を連れてきて、いい年俸を払って、クラブをより大きくしようとする過程でそれが最適な手段だと思ったからそうしたのだ。
当然、株式化により彼らはさらに繁栄して、大きな恩恵を被ることになった。でも、旨みのあるところには必ずといっていいほどリスクが存在する。そのリスクが買収の危険なのだ。


マンUは実は90年代の後半にもマードックに買収されようとしている。サポーターは勿論騒いだのだが、この時はメディアがクラブを牛耳ることに対して公益でないということで、国家単位で買収を守った(審査機関が許可しなかった)から何とか逃れられたという経緯がある。
マンUが健全経営でいられたのは間違いなく経営陣の功績だ。彼らは借金だらけのレアル・マドリーなどのクラブとは違う。でも、それが格好のターゲットになってしまった。

米国ではM&Aで功績を挙げる会社が多く存在する。それは資本主義だからしょうがない、というのが彼らの論理であり、それを倫理的には批判できてもルールを用いた論理では批判できないのだ。


でも、数年前にこんなことがあった。米国で電気などを自由化した結果、カリフォルニアで電力競争が激しくなった結果、住民の電気料金は安くなるどころか逆に何倍にも膨れ上がった(まぁ、この時は人為的に電気を止めて困らせて、そこへ法外な料金で電気を供給するという手法だったのだが…)。その結果、生きるのに必要な電気代を払えなくなった人たちが出てしまった。



そろそろ本題へ。
自由競争というのは大きく言うと代替品が存在する世界でないと意味がないのではないか。

「アレが高いから今日はコレを食べよう」とかはあっても、電気は電気でしか替えは効かないのである。同様に、消費者=ファンから見たらManchester UnitedはManchester Unitedでしか替えが効かないのである。それを考えれば、スポーツを資本主義の世界にさらすことそれ自体に問題がある気がしてくる。ここにスポーツの公共性とか、いわゆる社会主義的な発想の正統性があるのではないか。そもそもリーグというのはカルテルに近いものなのだし、いくらでも資本主義とは異なる形態なんてのは出てくる。



スポーツは開けたものでなければならないが、同時に守られたものでもなければならない。株式市場というのは基本的にはそこから逸脱した「守ることのできない」世界なのだ。それだけ危険な世界に20以上ものクラブが今、身を置いてしまっている。
スポーツはあまりに巨大化されてしまった。でも、再三訴えているが「フットボールがフットボールであるために」「スポーツがスポーツであるために」守るべきものがあるし、そこからはみ出さないように注意しなければならない、ということが重要ではないか。


株には詳しくないからこれが正解という自信はないけど、今日はこれを言っておきたい。




参考文献
「NO MONEY BALL」竹書房 中田潤著
「サッカー株式会社」文芸春秋 Craig McGill著






Last updated  2005.05.25 19:32:05
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2005.03.23
よく騒ぎを起こす(と言われる)我がFC東京のサポーターが、
またもや事件を起こしてしまった。

今回はこの事件を通して、
「スポーツの綺麗事とそれだけではすまない事の議論の必要性」について考えたい。

植田朝日のブログ
FC東京HP


まぁ、簡単に言うと、
馬鹿なサポーターXが、チケットを見せずにゲートを無理やり突破して、
しかもそれをネットで自慢した、という事件。
真相については実はチケットを持っていた、とか
いやそれは嘘である、とかいろいろ言われているが、

はっきり言ってそんなことはどうでもいい。

重要なのは掲示板に書き込んだことでもチケットを持っていたことでもない、
フロントもグルになって嘘ついているとかあってもどうせ真実が明らかになるわけでもない(ちなみに私はそれについてはフロントを信頼するが)

要は東京サポに
ゲートを突破するアホが存在するのである。


こういうサポーターについて、2通りのアプローチが必要だろう。
1つは突破できない構造や警備を配置する、
もう1つはなぜ突破がいけないのかを説く。


1つ目については努力次第でいくらでも作ることはできる。
では、2つ目はどうであろうか?
こうした問題行動は、
「熱くなったら何をしても許される」という自己中の考え方に拠る。
それはみんなでスポーツを楽しむために改めるべきであるが、ここで私の中で疑問が沸いて来た。

ここへ来てFC東京を始めスポーツにおける、綺麗事で済ます論理と済まない面との折り合いが曖昧になっていることが問題の本質にあると思うのだ。
例えばダービーなど、試合が盛り上がる要素の一部として、サポーター同士の衝突やヤジ、選手同士の挑発なんかは美化されることも多い。
選手にブーイングすることなんかは代表的なことであるが、じゃあそれはスポーツマンシップに乗っ取っているのか?
それはいいのだ、とされるのはなぜなのか?
それに対してみんなはっきりと答えが言えるのか?
海外では当たり前、じゃあサポーターの暴走も当たり前なのか?

そもそもブーイングは私も含め多くのサポーターが当然のようにやっている。
でも、これはサッカーに縁のない人が初めて見たときに繭を潜める行為でもある。
にもかかわらず、多くの人は実践する割にはその行為の正当性が意外にあやふやだったりする。
だから昨年のアジア杯で「中国のブーイングがけしからん」とか安直に言う政治家が現れるのだ。


どこまでがOKでどこからがNGか、そのラインと根拠を不可能でもそれを模索する議論についてはなんだかんだ皆、蓋をしてきているように思える。ブーイングだってサポーターの暴行だって、相手を傷つけているのには変わらないんだから。



あなたはブーイングがいいと言えますか?





P.S
某サッカー系の(FC東京でない)掲示板で、FC東京のこの事件においては大々的に議論&中傷しているにもかかわらず、自チームにもゲート突破はあるという話(実はこっちのチームの方が元々有名だった)のスレッドが、朝はあったのに夜になって削除されているというのはどういうことでしょうか?
問題の本質を考えたとき、上記の行為や、朝日氏のblogに書き込んでいる中でFC東京サポーターだけを叩いている人は、単に調子がいいだけの人間にしか思えません。






Last updated  2005.03.23 22:15:12
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2005.03.14
日本でいよいよ、ネーミングライツが本格化しだしている。
欧州でも、
バイエルンの新ホーム「アリアンツ・アレーナ」
アーセナルの新ホーム「エミレーツ・スタジアム」など、
企業名をつけてスタジアム運営を助ける主旨の元に当たり前になってきた。


でも、個人的には「やりすぎ」の感がある。スポーツビジネスを学んでいる人や教えている人でも、このやり方を闇雲に絶賛している人には私はすごく嫌悪感を示す。それは経営者の論理であってファンの論理ではないでしょ、と。
ネーミングライツ蔓延の裏には、「名前」というスポーツで最も大事なものの単純な商品化への鈍感さも伺えてくる。
スタジアムというのは商品を生み出す生産地、すなわち「工場」みたいなものである。だからそれ相応の生産力を備えていなければならないから、多方面からの充実性が必要なのは当然である。そしてその名前は本来ファンにとってのシンボルでなければならない。

欧州・南米のこれまでのスタジアムにはそういう愛情の篭った名前が多い。
ボカのBonbonera、マンUのOld trafford、エバートンのGoodison Park、リバプールのAnfield…スペインやイタリアでは、レアルのサンディアゴ・ベルナベウ(過去の名選手)とか、ペルージアのレナト・クーリ(試合中に亡くなった選手)のように人名をスタジアム名につけている。ジュゼッペ・メアッツア(ミラノ)も人名だけど、(片野道郎氏曰く)どうもサンシーロとしか呼ばれていないらしいし。

ともかく、こういうその地を思わせる名称や、そのチームを象徴する名称こそがスタジアム名にはふさわしいと私は思う。チームやスタジアムの運営が上手く行かないから次の手段で名前を売る(そのときにも、スタジアムのイメージと企業のイメージをマッチさせるなどの工夫は勿論必要)、いくつも選択肢があるのなら、スタジアム名は最後の手段くらいにするべきで、そのくらいのプライドを持っていないと「最も大切なもの」が無くなってしまう気がする。というか、それだけでも客をひきつけられる。それだけ名前は重要だと思う。

日本のスタジアムや球場がそういうものに無頓着なのは、大抵が元々無神経に命名してしまったからだと思われる。でももし、浦和の駒場がネーミングライツを売るとかなれば、おそらく寄付してでも名前を維持させるファンが出ると思うし、野球でも甲子園や神宮が「マイクロソフトスタジアム」になったら大部分が反対すると思う。それはこれらがそれなりの歴史を作ってきたからでもあるが…しかし「横浜国際総合競技場」なんて名前にどう愛情を感じろ、と?


別にネーミングライツ全面反対だと言っているわけではない。客が少なかったり収入が無かったときの手段として必要だと思う。でも、経営にある程度余裕があるのならそれはやるべきではないと思うし、それだけの愛情をスタジアムに持って欲しい。また、名前を企業に売るのがネーミングライツ、でもファンに思い出に残る名前をつけるのも、それがファンの拡大や維持につながれば、広域な意味でのネーミングライツとしての収益になるはず。そういった考え方を念頭においておくことこそが「Since Football is "football"(フットボールがフットボールであるために)」必要だと思う。






Last updated  2005.03.14 14:38:07
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2005.03.08
とうとうJリーグに出現してしまったか…という感じだ。

レッズと
憲法九条をともに語る団体「REDS&PEACE」


当然ながら大部分のレッズサポは大激怒。
当たり前だ。

100%でないにしろ、スポーツは政治と切り離せるのが最大の長所である。
だから日本-北朝鮮だってそれをみんなが訴えていったのだから。
この活動は明らかに逆行している。
レッズでこれをやれば何が起こるか?
レッズサポの中には9条改正を訴える人だってもちろんいるはずだ。
彼らはそれに賛同できなく、サポーター同士の分裂にだってつながる。
どんな考えを持っていても、「レッズを応援する」ことで彼らはまとまっているわけで、それを引き裂く行為である。


無論、世界にはスポーツを政治的に絡めている例外だってある。
スコットランドのセルティックとレンジャーズはまさしく「カトリック」と「プロテスタント」で分かれてしまっている。しかしこの2チームは成立それ自体宗教対立から始まっていて(「サッカー株式会社」という本を参照)ちょっと特殊だったりする。そして、残念ながらこの対立こそが両チームによる「世界最大のダービー」と言われるオールドファームを演出している。少なくともスポーツを「利用」しているのとはちょっと意味が違う(しっくりこないか?)。



ところで、今回の問題は9条を通していてあまりにわかりやすい例だったが、プロ野球の合併反対を民主党がダシにしたり、スポーツのよさが良い様に扱われてしまうことはこれからも度々起こるのかな、と思っている。


最後に、もし東京にこんな話が来たら、活動して全力で潰してやる。






Last updated  2005.03.08 12:38:16
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2005.02.19
日本代表のW杯に向けた最後の旅がついに始まった。甘っちょろく4-0くらいで勝つだろうと予想していた私は、忘れていた「真のナショナリズムをかけた戦い」を8年ぶりに思い出した。

開始当初は予定通りの日本だった。最近は曲面曲面をほとんどセットプレイで打開していて、今回もその通りだった。でも、直後に北朝鮮の国を賭けた意地を思い知る。ファウルはお構いなし、前線の選手にまともにボールを持たせないやり方。これが鈴木、玉田、三都主の持ち味を奪い、国内組中心のチームから攻め手を奪っていた。

次第にそれは北朝鮮自身の攻撃に結び付く。特に三都主は突破という選択肢を捨ててしまい、中央へのパスが多くなり、これが恰好の北朝鮮カウンターの起点となっていた。
日本の次の曲面打開は海外組と大黒に託された。ジーコの長所である、「攻めの人数を増やして何としてでも一点取る」姿勢がチームに伝わり、誰の目にも流れの変化がわかった。最後の大黒のゴールも偶然なんかではない。まぁ大黒はゴール以外は緊張からか今一つのプレイも多かったが。




この試合の評価にはいろいろある。ただ私はこの試合の結果こそがジーコが3年近くの日々で日本に植え付けたものだと思う。

勝負に絶対はないのは当たり前だ。どんなに強いチームでも負けることはある。それはチームの力はベストが10だとしても調子や精神などで次第で5にも3にもなってしまうからだ。

今の日本の本当に成長したと思うことは、勝負のここ一番の土段場において、必ず9か10の内容のサッカーを見せられる精神力を持てるようになったということだと思う。少なくともアジアにおいては。後半残り5分だろうがロスタイムだろうが、最後まであわてすぎずにゴールを目指す。多分、あれだけ叩かれたオマーン戦あたりがきっかけで、アジアカップあたりが覚醒の時期ではないか。

ジーコが選手たちに具体的に何をいったかははっきりとはわからないが、ある程度選手を固定するのも、彼の考えていた理想のメンタルを出来るだけ植えつけさせやすいようにしていた結果だと、今なら推測できる。

これは勝負において最も重要な要素だし、技術で並ばれたり上回れている相手に勝つためにも最も必要なことだろう。かつての日本はドーハにしかり、フランスW杯にしかり、技術である程度互角に戦ってもここが欠けていて苦渋を何度となく飲まされてきた。また、土壇場で9や10の力を見せられないイングランドやスペインは、技術では世界を制覇する力を持っているにもかかわらず、毎回敗退してしまうのを我々は見続けてきている。

でも、今の日本はそこから脱却し始めている。今、もし日本人監督だったらこれまで通り「善戦して敗退」という結果がまた繰り返された気がする。ジーコは選手起用にはいろいろ異論もあるかもしれないが、メンタルという面において、これ以上ないものを植えつけてくれたことに、感謝すべきだと思う。






Last updated  2005.02.19 18:51:56
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2005.01.27
先日の「まとまっていない日記」からもう少しだけ勉強した。いろんなblogを見て新たな納得できる観点も見つけられたし、それなりに収穫があった。というわけで前回の続き。



今回の要約は、「叩かれるのはルールである。しかしこれは弱者に不利な不平等条約であり、それを変えるための長い努力が必要だ。」ということだ。


まず、田邊氏の日記にコメント書いている中の一部の方々にもういい加減にしろといいたい。擁護している人、批判している人、荒らしている人、いろいろいるが、特に「書けば何でも答えてくれる」的な姿勢は意味不明だ。しかも書き込みしている人の中には正体がわからない人が大半だ。この楽天ユーザーなど、blog、HPを持っている人は自分のことを多少なりとも明かしている(故に書き込むことに責任感が生まれる)が、そうでないと単に名前を変えるだけで別人になれるのだからそれも弁えた発言をしなければならないと思う。要は必要以上に無責任な感情論はやめてほしい、と。

田邊氏本人はあくまで「可能な範囲でお答えします」と言っているだけで、あったこと全部を話すことはできない。それは本人だけの問題でないのだから。もっと言うと、今いろいろと発言することで割を食うのは中田浩二になる。代理人がいろいろ言ったといっても中田浩二は成人である以上自分で最後は決めるしかないからだ。だから彼自身の責任で事は決まっているべきで、マルセイユ移籍を希望して実現した、そういう展開になったのだ。で、田邊氏は今はむしろ言わないことで自分がいくら叩かれても中田浩二を守っているように感じる。それが代理人の仕事だと言われればそうだろうと思う。



さて、どうも今回の問題を代理人の問題にしている流れが協会レベルにまであがっているが、それは絶対に違うと私は思う。あくまで本質はその2で書いた通り「ルール(国際的ルールと日本ルールの違いから来る問題)」ではないのか。ルールがしっかりあれば代理人だってそれに乗っ取って移籍を進める。ところがそこがしっかりしていないから、田邊氏本人も言っているように「国際移籍の場合はJリーグの様に移籍金の算出基準などが無い」ことになり自由交渉が行われる。そうすれば代理人は何を優先するのか?


『Jリーグの鈴木昌チェアマンは25日、「3者の妥協点を調整するのがエージェントだが、今回は若干の問題がある。どちらかが大損するようではいけない」と苦言を呈した。』
でも、代理人は選手と“のみ”契約しているわけで、チームともファンとも契約しているわけではない。故に最優先するのは選手であるべきであるのは当然ではないのか。弁護士と同じだと思うのだが。被告人の言い分を最大限尊重するのが弁護人であり、それは妥協点を見出す存在ではない。

今回、批判対象にはマルセイユも含まれているが、そもそも代理人にとって最大限尊重すべき相手の中田浩二本人が「マルセイユに行きたい」と言っていてマルセイユも「獲得したい」と言っていた。だから「移籍を実現させるために」最大限の努力をしているのが代理人。契約期間が切れるのを待つことには現在のルール上に何の問題もないわけだし、彼らが彼らにとっての最善策を取ることを単純には批判はできない。

で、鹿島。「大切な選手が流出してしまうことはクラブにとって大打撃」だというのはもちろんだ。でも、ルール上のことをどう説明するのか。Jリーグも鹿島も「現状の国際ルールには中小クラブに不公平な面があることでこのような不利益を得た。だから改善していくべきだ。」と発言するべきで、今の状態は「現状の制度を変えることが困難だから、マルセイユや代理人の配慮が足りないことを批判している。」という、より弱者をいじめているように私には見える。だから、川淵氏の発言は的を得ているが上の鈴木チェアマンの発言はよくわからないものだと感じるのだ。


ここまで書くと「お前は鹿島に泣き寝入りしろというのか!Jリーグが潰れてもいいのか!!!!」という批判を食らうだろう。いや、私もJリーグがこうして大切な人材を失っていくのは悲しい話だし、ウチの石川とか茂庭とか梶山とかがそうなってしまうと間違いなく怒るだろう。だから今ファンが移籍に納得がいかないのもわかる。



でも、私は今のルール上の問題は要は「不平等条約なんだな」と思う。昔の日本と同じで、後から世界に入ってきたから割を食う。こういう世界の下位、中位クラブも権利を平等にするためには…昔の日本と同じでそれを平等にするためにいろいろな努力をしなければならない。何も富国強兵にしろとかじゃないのだから。サッカーだけでなく運営などいろいろな面で日本や他国の下位・中位クラブの実力を認めさせて、変えていくしかない。残念な話だがそれまでは複数年契約にするなり、涙を呑むなりそれも致し方ないと思う。それが「サッカー後進国」の宿命なのかな、と。



代理人の姿勢が悪い。クラブの誠意がない。それを批判することはその場の解決でしかなく、次またそういう存在が出たら、ということに何も答えられない。今大勢を占めている意見で移籍問題が真に解決するとは到底思えないのだが。






Last updated  2005.01.28 13:14:46
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2005.01.26
4・中田浩二の移籍騒動
こういう騒動は今に始まった話ではなく、昨年も稲本について契約金が安いとかいろいろ揉めていた。さて、ここで悪いのは誰なのか?何なのか?

 A・ボスマンルール
 B・日本の移籍規定
 C・マルセイユ
 D・鹿島
 E・代理人田邊氏


私はAしかないと思う。その理由の前に…

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そもそもボスマンルールというのはこんな経緯でできた。ベルギーでボスマンという選手がクラブに不当に保有されていて(当時、選手の移籍交渉権は選手自身が持つことができず、クラブが交渉権を所有していた)、ルクセンブルクのEU司法裁判所に、「欧州規約48,85,86条に照らし合わせて、サッカー選手も労働契約を尊重されるべきである。契約の終了した選手は、クラブに拘束されることなく、自由に働く場を選択できる労働者としての基本的権利を尊重されるべきだ。」という訴えを起こし、これにより、問題がベルギー国内からヨーロッパ全体に移行することになった。

判決はボスマンが勝利した。その結果、EU圏内では「あらゆるサッカークラブは、契約が終了した選手から金銭の要求をすることは出来ない。」という規則ができた。これは選手の移籍が自由になるメリットがあったが、クラブは移籍金を取れないと大損害になるので、複数年契約が一般的になること、移籍金の高騰を生んだ。つまり、労働権の考え方で言えば今の制度は正当だが、結果的にサッカー界それ自体が潰れる危機にまで発展したのだ。

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さて、日本人選手が海外移籍する際にはボスマンルールが適用されることから日本にもボスマンルールが関係してくる。しかし日本では上記の複数年契約は一般的ではない。これは選手が場合によっては契約を拒否して自分が移籍しやすくするためであるが、では欧州との違いは何なのか?それは欧州は複数年契約プラス賃金の引き上げを選手に与えてきたことがある。しかしそれが同時に経営を圧迫することにつながり、選手にタダで出て行かれるくらいかそれ以上の損害を被ったので、全く誉められる策ではない。つまり、日本では(というより、ボスマンルールの中では)複数年契約を結ぶためには今以上に他で金を稼ぐか、クラブにそれだけの魅力を出させる以外にはなくなる。そんな簡単にできるものではない。

ここまで考えると、そもそも複数年契約それ自体に無理があることが見えてくる(機能を果たしていない)。日本のルールがボスマンと違うのはボスマンより前に作られたこと、クラブを守るために契約満了後30ヶ月は移籍金が発生するようにしたことがある。たとえ世界ルールだとはいえ、元凶はボスマンルールだと思う。あくまでこのような制度に従えば、マルセイユ、鹿島、田邊氏それぞれの行動は別に当然のものではないか。特に田邊氏をたたくのはここでも筋違いかと。また推測だが、代理人からすれば一番の目的は選手の以降反映、つまり希望の移籍実現。次に両クラブの意向反映。これは山瀬のときも確かに同様だ。その順番で彼はここまで動いてきている。あ、でも移籍元と移籍先、どちらを優先しているかといえばどちらも移籍先だな、とも思う。それは当然なのかそうでないのか…

(まぁ、やはり自分は正確にはこういう話を知らない。ちょうど私には運よくプロ野球界の代理人に知り合いがいるので、次にあったときに今回のことも関連して、代理人というものをもっと深く聞いてみたい。現在は仕事で忙しいようなのですぐではないが、いずれその人の考えが聞けたらここにも書こうと思う。)


そして中田本人はむしろ被害者。千載一遇のチャンスなのだからここで我慢させるのもかわいそうだ。


いろいろ書いてみたが、ここまでだけでは何の解決にもならない。そこで短期的、長期的にどうするべきか、自分なりに意見を考えてみた…のだが、やはりというか本当に浮かばない。


ただ、とりあえず今回に関しては鹿島ファンには失礼な話だが、中田浩二の移籍は認めるしかないと思う。代わりにこれから入る肖像権収入をある額まで鹿島に払うとか、今後日本で親善試合をやるとかして何かしら鹿島に利益をつけるようにすることを条件に入れるとか(ただそんなことができるのか知らない)。ちなみに鈴木チェアマンの発言はちょっと無責任。気持ちはわかるが「じゃあどうすればいいんだよ」的な突っ込み入れたくなる発言をするのはこういう立場の人間としてはどうか。

長期的には、日本を始め、アジア単位とかEU以外とUEFAの間で、橋渡し的ルールをもっとしっかり作るように、協会とかAFCとか、何か組織的に動くときが来ているとは思う。もちろん、現状では負けてボスマンルールを日本に押し付けられるという可能性が高いのかもしれない。でも、今後何十年にも渡り纏わりつくかもしれないルール、今から努力し続けていることは必要ではないか。
(↑追記・どうもFIFAから日本のローカルルールは認められない、という判断がもう出ているようだ…)


UEFAも、ボスマンルールの改正の検討をしているとかどこかで聞いた。彼らもまずいと思い始めているわけで、この機に何かしら動いてほしいと思う。
(↑また追記・後から気づいたけどもう一部でもうそういう動きはあるみたいで)


最後に、山瀬の話も中田の話も、自分が他サポだからこういう意見になるかもしれない。もし渦中の選手が東京の選手だったら自分が批判した。感情の接し方をするのかも…




P.S kitaharaさん、せっかくリクエストしていただいたのにこのような鹿島にとって厳しい意見になってしまってすいません。
あと、田邊さん、影ながら応援しています。がんばってください。






Last updated  2005.01.26 06:51:16
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2005.01.25
山瀬の横浜移籍が決定した。しかし、今回の移籍騒動は様々な騒ぎが溢れ出してしまった。

事の発端は昨年12月30日に山瀬本人が「今のチームに不満はないが、他クラブの話も聞いてみたい」と発言したことから始まった。横浜が興味を示していることも合わせて、もはや出来レースとしての移籍に向かっているとの憶測、キングと慕って度重なる怪我にも支え続けていたのを裏切られたことなどから、浦和サポーターの怒りの矛先が3方向へ向くこととなった。


・横浜Fマリノスフロント
フロントよりも先に山瀬本人と交渉したのではないかという推測
・山瀬本人
言うまでもない
・山瀬の代理人、田邊伸明氏
主に山瀬をそそのかしたのではないかという推測、過去の中澤などの騒動なども含めて


さらに同時に中田浩二のマルセイユへの移籍騒動も上がっている。契約期間は1月31日までなので、それを過ぎてフリーで移籍しようとしていることで、やはり代理人の田邊氏が批判を浴びている。こちらは「日本のサッカー界を潰す気か」というものが多い。



これだけでは問題の背景を語らなさすぎだが、時間がないのでご勘弁を。とりあえずまだまとまっていないがいくつか思ったことを。
これは田邊さんのblogにトラックバックしようか迷ったが、予想以上にすごいことになっているので控えさせていただく。正直これ、叩かれそうだし(苦笑)



1・騒動それ自体
今回の山瀬騒動がここまで大きくなった理由は、浦和が関係していたこと、そのファンが非常にやきもきする展開だったことだろう。そしてその最中に中田浩二の移籍騒動が起こってしまった。ただ、山瀬に関してはきっちりと説明して欲しいという人もいれば、電撃的に発表してすっきりして欲しかったという人もいる。何がファンのためか、これは人それぞれで考え方が違う。全ての人が納得できる結論は難しい。


2・山瀬の移籍理由
そもそも、山瀬がなぜ移籍を志願したかを考えた時に、人間はそんな単純なものではないだろうということがある。ある人は『今不慣れなチームで新たに地位を築くよりは、明確に抱えている「自分の場所」を一層レベルアップする事の方が重要だと思う』と書いていたが、それはあくまでサッカーにおける話。やはりプロだろうが人生サッカーばかりではない。

移籍理由なんていくらでも可能性が存在して、例えば人間関係のこじれから浦和に居づらいと思ったのかもしれないし、横浜のようなところに住みたいと思ったのかもしれないし、もっとプライベートな理由があったのかもしれない。万が一それが真相だと仮定した場合、それを公表できるわけがない。そんなときどうするかを考えると、結局は適当な理由を並べるしかない(もしそうだったとしたら、今回の公表の仕方がまずかった気はするが)。

やはり我々の身近にだってバイトや仕事を辞める理由に誰もが誰も必ず真実を言うとは限らない。バイトだろうがプロだろうが誰だって知られたくない事情があるかもしれない。「真相を教えてくれ」という発言が時には無理のある話だということも、ファンはどこかで理解すべきではないかと思う。昨日にどこかの新聞が山瀬のインタビュー内容を掲載していたが、とりあえず公式であるそれを信じる以外に方法はないのかと。



3・代理人と選手とクラブとファン
例の場所で代理人田邊氏を叩く人がかなりいる。私が思ったのはまず、代理人に関して我々は余りにも知らなさすぎるのを念頭に置くべきだということ。それは誰のせいというわけでもなく、単純に日本スポーツ界が代理人というものを避けてここまで来てしまったからだろう。野球を代表としてどのスポーツでも、経営を圧迫するetcの理由で長い間この「与えられるべき権利」が与えられなかった。日本で代理人という言葉を聞くようになるのはここ数年のプロ野球界においてだった。だから我々ファンの側はこういう立場の人との接し方が全くわからないし、彼らがどこからどこまで仕事をするのか、するべきなのかを知らない。というわけでここからはそれを考慮に入れて。

とりあえずわかるのは、代理人は選手と契約を交わしているということ。だから「契約に関し」選手の希望を最大限尊重する立場であること(もちろん世界中を見ると例外なんて数多くいる)。フロントも選手とは契約を交わす関係だということ。だから選手を最大限尊重する立場であること。ではファンはどうか?私は現時点ではこう考える。ファンは確かに大切なお客様で、他のどのファクターからも尊重されるべきではあるが、決して他のどのファクターとも契約を交わすわけでもない。

何が言いたいのかというと、ファンの想いによる力はすばらしいものだが、それにも限界はあって、時には思い通りにならないことだって数多くあるということ。ファンはその限界をある程度のところでわきまえる必要があるのではないか。いくら綺麗事を並べてもクラブが破産するときは破産する。大好きな選手が移籍するときだってある。普通は経営状況、選手状況はファンよりフロントの方が理解している。もちろん例外もあるし、ファンの力の偉大さは私も語るところだが、極論を言うとクラブが株式上場し、その株でも持っていない限りは、真にクラブを動かすことはできないのではないか(あるいは昔のナポリのマフィアのように10億フロントに出して「これでマラドーナ買って来い」と言うとか…)。


話が広がってしまった。おそらく代理人の、ファンへの説明責任は私はないと思う。だとすると、田邊氏に釈明を求めることはおかしいということになる。だったらblogなんか出すな、という声が出そうだが、田邊氏は前述の、代理人を知らない人が多い現状を打開しよう、それが日本スポーツのためだと考えて立ち上げたのだと思う。だからあれだけ丁寧に質問に答えようとしているのではないか。ただ、そうして表に出てきてしまったことがこのような騒動を起こしてしまったことはあるだろう。代理人は前述の役割で言えば本来裏で生きる職業なので。



翌日へつづく






Last updated  2005.01.26 06:45:01
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