第六章 夫次の日、サラは洞島といた。「どうしたんだ。今日はやけに不機嫌じゃないか」 「あら。つい表情に出ちゃったかしら」 「つれないな。俺も嫌われたもんだな」 「それより、案内を頼むわ」 「わかった。車に乗ってくれ。新しい情報だと、もう山の逆側だそうだ」 促されて、サラは助手席に乗り込んだ。 「旦那さんは元気にしてるのか」 「さあ。あなたに言いたくないわ」 この二人が出逢った経緯は、数奇な巡り合わせだった。元々洞島という男は、大層な探検家だったらしい。あちこちを探検するうちに生物や植物に関心を持ち、豊富な知識を得て行った。そのうち、生物学の教授と登山で出逢い意気投合し、知識を吸収していく。サラの夫は弁護士であり、企業コンサルタントのような仕事もしていた。税法関係を扱う仕事も多かった。顧客は企業だったり、タレントだったりと、広い層にうまくやっていたようだった。ある日、生物学の著書を数冊出版した教授から、その複雑な権利関係のことで依頼を受けていた。その時に、教授と一緒に現れたのが洞島だった。 サラは夫と洞島がどんな仕事関係だったかは知らない。夫の仕事の客に、興味なんてなかったからだ。しかし、この男が今度は自分と仕事をしている。 サラは夫のことを考えた。二度と会えない夫のこと。夫婦仲は円満だったが、お互いの仕事には干渉しなかった。そうすることで、二人のプライバシーを守り、家庭を聖域にできたのだろう。二人はどんなに忙しくても、家庭に仕事を持ち込まなかった。 「あの花だが、最近は少し様子が違うようだ。うちの奴らも警戒を強めてる」 サラの気も知らず、洞島は今の現状に話を戻した。サラの思考も強制的に連れられる。 「そう。本当に怖い花だからね」 「ああ。そうなんだろうな」 しばらく走ると、車は道の途中で路肩に停車した。 「着いたぜ」 二人がやってきた場所は前回と違って、くねった山道の途中だった。 「ここから歩く。少し距離があるがいいか?」 「まさか、こんな獣道みたいなところを進むの?」 「ああ。だが、ここからが一番近いはずだ。前回より標高差がない分だけ歩くのも楽だと思う」 「わかった。荷物は少し置いていっていい?」 「まあ、俺は構わないが」 サラは、リュックの荷物を半分にした。 「いいのか? 装備を置いてしまって」 「平気よ。大事なのは接し方だから。それを誤れば装備なんて紙と一緒」 洞島は藪の中へ歩き出した。サラも中へ続いていく。 |