秀808の平凡日誌

第3話 戸惑い

第3話  戸惑い

「えっと…これがパジャマと、その替えのやつな…」

 翌日の早朝、クロウは父親に頼まれていた必要な物を持って病院へとやってきていた。

「おう、すまねえなクロウ」

「ん、良いって。あ、服って持ってきたバッグの中に入れっぱなしで構わないか?」

 病室にはタンスのような物は見あたらなかった。

「取り敢えずベットの下にでもつっこんどいてくれ」

「手の届くとこじゃなくて大丈夫か?」

 心配そうに聞くクロウに対して、父親は笑いながら返事をする。

「おいおい、俺は全身動かない重症患者じゃないんだぜ?」

「…そっか。そうだよな、わり」

 クロウは苦笑いを浮かべ、頭を右手でかきながら言う。

「じゃあ俺は行くよ?人と待ち合わせしてるんだ」

「何だ?彼女か?」

「ばっ! な、何言ってんだよ、いきなり」

 突然父親に言われた言葉に驚き、大きな声をあげてしまう。

「なんだ…違うのか?」

「ちっ、ちげーよ。そんなわけねーだろ! ったく…」

 クロウは顔を真っ赤にして、大きな声を上げて否定する。

「そうか…お前最近来てもすぐ帰るし、なんか…顔が嬉しそうだったからな」

「ぇぅ…俺、そんな顔してたのか?」

 自分の両手を顔にぺたぺたと当て、顔を調べるように触れる。

「おう。特に最近は嬉しそうだから、恋人でも出来たのかと思ってたのによ」

「…恋人とか、そういうのじゃないよ。なんつーかな…新しいダチが出来たんだよ」

「本当にただのダチか?」

「ほ、本当だよ…ったく疑り深かいな…」

「そうかそうか、今度俺のとこにもつれて来いよ」

 父親は確実に、自分に恋人がいるものだと決め付けているようだった。

「…これ以上言っても、無駄なような気がする…」

 クロウはそう小さくつぶやくと、そのまま病室を後にする。

「ったく…恋人なんかじゃないっての…」

 ルーナと会ってから、今日でもう10日目だ。

  毎日のようにルーナと日常会話を交わす…確かにそれは、普通に友人と話すことよりもずっと楽しい。 

 だからこそルーナに会う前に楽しそうな顔になってしまうのは、仕方がないかも…とは思う。

 けどそれを恋人がいると勘違いされるほどに自分の顔が浮かれていたのかと思うと、少しばかりの戸惑いを感じてしまう。

「俺…そんなに楽しそうな顔してんのかな…」

 ふと横を向けると病室のガラスが目に止まり、それに自分の顔を映して見る。

「…いつもと変わんねぇよな…」

 そこには見慣れている自分の顔が映っていた。

 自分だからこそ解らないことなのかも知れないが、クロウにはいつも通りにしか見えなかった。

「けど…恋人ってのはいくらなんでもないよな…」

 その一言を口にしながら、これから会いに行くルーナの顔を思い浮かべる。

(ルーナが…恋人なわけ…)

 心の中でルーナを思い浮かべながら、さっき父親に言われた言葉を重ね合わせる。

 クロウ自身はそれを完全には否定しきれず思考が止まってしまう。

『ルーナが…恋人…ルーナが…こい…』

「うっあ! 何考えてんだ俺は! そりゃ…確かに色白だし、小さいし、可愛いとは思うけど…ってちが!」

 クロウは何人もの視線に気がつき、額に変な汗をかきながら、後ずさりをするように病院を後にした。





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