秀808の平凡日誌

第参拾参話 迎撃(後編)


 しるべあは、『ハイ・ランド・コロシアム』に繋がる道がある森林を走っていた。

 そのすぐ後ろの上空には、黒龍の羽ばたきの音、こちらを狙って放たれたブレスが地面に直撃した爆音が絶え間なく鳴り響く。

 時々、爆発で吹き飛んだ樹木の破片などが、しるべあの頬を掠めた。

「(怖い怖い怖い!!)」

 しるべあは歴戦の戦士だ。今まで生きてきた中でも危険なモンスターには幾たびも遭遇したが、この黒龍はそれらとは比較にならない。

 恐怖心で気が狂いそうになるが、先ほど通信を交わしたミギリとの約束を守らなければという使命感が、かろうじて平常心を保っていた。

 ふと、走るしるべあの視界が急に広くなる。前を見ると『ハイ・エンド・コロシアム』の入り口が見えていた。




 『ハイ・エンド・コロシアム』の待合室にて、ヴァン、ロレッタ、ランディエフ、ラムサス、ファントムの5人が黒龍討伐について話し合っていた。

「…5人…か…キャロルとレヴァルはどうしたんだ?」

「あの2人は、救援要請を受けて、古都の西部に増援として向かったと聞いた」

「…アシャーは、まだ天上界?」

「そのようだな。あっちはあっちで、色々と大変らしい…」

「はぁ…」

 ヴァンが頭を抱えて不安をあらわにする。今まで一緒に戦ってきたあの3人がいないというだけで、胸が締め付けられるような痛みを覚える。

 だが今回はそんなことは言っていられない。ここで黒龍を倒さなければ、後々どんな犠牲が出るかわかったものではない。

 逃がしてしまった故に、自分の大切な人を失うことにもなりかねないのだから…

 しばしの沈黙の後、ファントムが何か思い出したかのように言う。

「そうだ、ランディエフ。腕の方の調子はどうだ?」

「…ああ、今のところ支障は無い。」

 そう言うランディエフの右腕には、今は鎧に隠れているが元々紅龍の物だった腕がつけられている。

 最初、ランディエフの体が拒否反応を示すのではないかと不安だったファントムは、その返答に安堵の息をつく。

 その時、『ハイ・エンド・コロシアム』に咆哮が響き渡る。黒龍が来たことを指し示す合図だった。

「早いご到着だな…いくぞ、皆」

 ファントム、ランディエフ、ラムサスと次々と武器を手に部屋から出て行く中、ヴァンは部屋を出ようとするロレッタを引き止めていた。

「…?どうしたの?ヴァン?」

「…お前は、古都に戻れ」

「え?」

 ロレッタはヴァンの言った意味が理解できず、目をきょとんとさせた。なぜこんな時に、自分だけ古都に戻れというのだ?

「…ロンが心配だ。見に行ってやってくれないか?」

「あ…」

「…俺達が2人とも行って、もし両方死んじまったら、あの子をどうするんだ?」

「でも…!」

 確かにヴァンの言うことは一理ある。あの若さで両親を失ったら、生活は確実に路頭に迷うことになるだろう。

 自分の気持ちにも、我子の様子を見に行きたいといっている気持ちもある。だが、ヴァンと一緒に戦いたいという気持ちもあるのだ。

「俺なら、大丈夫だ。ロレッタ」

 ヴァンが真剣な眼差しでロレッタを見つめる。不思議と、今まで感じたことの無い力強さがその一言には篭っていた。

「…無事に帰ってくるさ、勝利と共にな」

 ふと、そう言って部屋を出て行くヴァンの後姿が、もう見れなくなってしまうのではないかという不安が、ロレッタの心を駆け巡った。




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