秀808の平凡日誌

第参拾五話 犠牲

「グゥオォォォォォォォォ!!」

 『ハイ・エンド・コロシアム』に誘い込まれたスウォームが雄叫びをあげながらブレスを放った。

 放たれた先にいたファントムは難なくそのブレスをかわすと、スウォームの足元を『ロックバウンディング』で拘束する。

 拘束されたのを確認したランディエフが、スウォームの横から『サザンクロス』を食らわせるが、その強靭な甲殻に剣を弾かれてしまった。

 龍の状態は攻撃力、防御力、全てにおいて人間時の数十倍になっているのだ。

「無駄ダトイウノガ、マダワカラナイカ!!」

 『ロックバウンディング』による拘束を解き、再び放たれたブレスを危ういところでランディエフは回避した。

「くそ、このままじゃ…!」

 遠距離から隙を窺っていたヴァンが思わず呟く。龍の状態の黒龍には物理攻撃はおろか、魔法による攻撃も全く効き目が無いように見える。

 ブラック☆ファミ☆ダンのメンバーからは「高台の所に誘い込んだら、そこにあるスイッチを押せ」というような事を言われたが、黒龍に狙われたらあのブレスで一瞬でお陀仏できそうだ。

 だが、誰かがやらなくてはせっかくの用意が台無しになる。このモンスターはここで仕留めなければならない。

「…これでもくらいやがれっ!!」

 ヴァンが愛剣『ガイスターストック』に魔力を込め、回転しながらも思い切り振り回す。

 振り回される剣から魔力の粒子のようなものが撒かれ、次第にそれは竜の形を作り出し、黒竜に向かって突撃していった。

 戦士最強のスキル『ドラゴンツイスター』だ。

 『ドラゴンツイスター』は黒竜に直撃し、氷の破片を周囲にばら撒いた。

 だがそれでも黒竜は微動だにしない。だが、その衝撃で頭に4本ある漆黒の角のうち、1本が半ばから折れていた。

 角を折られたことに激怒した黒竜が、怒りの咆哮をあげる。

「…貴様ッ!!ヨクモ我角ヲ折ッテクレタナ!!」

 対するヴァンは手招きをしながら、例の高台に向かって走る。

「ほら、こいよ!このノロマっ!」

 後ろから地響きが伝わってくるのがわかる。黒龍は確実に自分を狙ってきている証拠だ。

 そして、目の前に高台に登るための梯子が見えてくる。

 ――――もう少し!

 その時、後ろからラムサスの声が耳に入ってきた。

「…ヴァン!あぶねぇっ!!」

「…え?」




 後ろを振り向いた時には、もはや遅かった。

 ワニのような歯並びをした顔をした頭を前面に出し、這いずるように突進を仕掛けてきたことにヴァンは気付かなかった。

 黒龍は頭からヴァンに突っ込み、そのまま『ハイ・エンド・コロシアム』の城壁に突っ込む。

 レンガで出来た城壁に凄まじい衝撃が走り、いたるところから破片が落ちる。

 突っ込んだ部分から黒龍が頭を抜き、ラムサス達に向き直る。

「…マズ一人…次ハ貴様達ダ…」

 



「…ぅ………」

 ヴァンは辛うじて生きていた。瓦礫に体が押し付けられているが、逆にそれが黒龍の突進の勢いを抑えたからである。

 だがそれでも致命所に変わりない。全身から凄まじい痛みが走り、ひび割れた鎧の下は出血で真っ赤になっているはずだ。

 血が流れ出さず、生臭い匂いもしないのは、鎧とアンダーシャツの間につけている柔軟材が血と匂いを吸収しているからである。

 ヴァンが力無く頭を上げ、前を見ると、黒龍がラムサス達に向かっていこうとしているのが見えた。

「………ま……て………」

 懸命に体を動かそうとするが、視界が霞み、体が鉛のように重い。

 それでも死力を尽くして、瓦礫から身を乗り出す。

 幸い高台への梯子は傷一つついておらず、登るのに支障はなさそうだ。

 梯子を登る度に鋭い激痛が走り、苦痛に表情を歪める。

 ――――…ロレッタには、もう会えないかもしれないな。

 そんな考えが頭をよぎった自分を恥じた。

 こんな所で死ぬわけにはいかない。ロレッタや、息子のロンのためにも。

 そして、生きるということを教えてくれた父親―――クロウのためにも。

 気が付くと、既に梯子を上りきり、いわれたスイッチの前に来ていた。

 だが黒龍は高台から大分離れている。ギリギリまで近づかなければたいした破壊力は無いとのことだ。

 意識も朦朧としている自分に、これ以上はどうしようもできなかった。

 ――――どうする?

 そう考えた矢先、腕につけていた『バターフライスティング』が取れて地面に落ち、鎧の中に充満していた血と血の匂いが洩れ始めた。





「…コレハ…血ノ匂イ!!」

 黒龍は今まで向かい合っていたランディエフ達など忘れ、獲物を探す獣のように鼻孔を動かした。

 そして唐突に後ろを振り向き、高台に立っているヴァンの腕から垂れている液体と、その匂いに敏感に反応する。

 …なぜ、こうもまで黒龍が血に敏感に反応するのか。

 古代の文献には、黒龍は血を、紅龍は魂を、祖龍は肉体をその生きる為の糧としていると書されている。

 その文献にかかれていることが、ただ本当だっただけのことだろう。

 黒龍はあっという間に高台のヴァンに迫ると、その顔をヴァンの目と鼻の先に近づけた。

「…久々ノ餌ダ…ジワジワト味ワッテヤル…貴様、何カ言イ残ス事ハアルカ?」

「………こい…つ…を……」

「…?」

「…食らいな……!」

 そして、手元のスイッチを力強く押し込んだ。





 スイッチが押されたと同時に、ブラック☆ファミ☆ダンが勢力を上げて作った迎撃兵器『滅龍槍』が黒龍の腹部に回転しながら突き刺さった。

 この兵器には、以前ビガプールの警備兵達も使用した『滅龍砲』の砲弾に使用された『龍殺しの実』を、更に数倍の量を槍の刀身に練り込み、破壊力を上げるために槍の表面自体をわざと錆付かせている。

 突き刺さった巨大な槍は、黒龍の甲殻をいともたやすく破り、肉を、内臓を、そして心臓を貫いた。

「グギャァァァァァァァァオォォォォォォォォン!!」

 黒龍の、断末魔ともいえる叫びが『ハイ・エンド・コロシアム』に木霊する。

 『滅龍槍』の貫いた後の黒龍の腹には、大きな風穴が空いていた。

 そして黒龍の巨体が力無く地面に横たわり、地響きがあたりに伝わる。

「…や…った…ぜ…」

 そしてそのまま、ヴァンは前のめりに倒れこむ。

 

 古都ブルンネンシュティグには帰らず、やはりヴァンが心配で気になって戻ってきたロレッタが、医務室に運ばれたヴァンを見つけて即座に駆け寄った。

 体中は全身包帯だらけで、それほどの激戦だったということを物語っている。

 ロレッタがヴァンの手を握って呼びかけると、ヴァンは静かに瞳を開け、ロレッタの呼びかけに答えた。

「…ぁ……ロレッタ…?」

「ヴァン、大丈夫…?」

「あぁ…心配…無いさ…」

 そうヴァンはいうが、無理をしていることはあきらかだった。

「……無理…しなくていいのよ?」

「…やっぱ…わかるか…」

 2人の間にしばし沈黙が下りる。

 それにしても――とロレッタはこの部屋の様子がおかしいのを感じていた。

 こんなに重症の怪我人がいるのに、ビショップはおろか、医者一人すらいないとは?

「……そう…だ…ロレ…ッタ…」

「…うん?」

「この…戦いが終わったら……家族でどこか旅行に行こう…ロンも喜ぶはずだ…」

 その言葉にロレッタが苦笑しながら答えた。

「ふふ…いいわね。でもその前に、貴方がその怪我を治しなさいね?」

「ふ…そうだった……な…」

 ヴァンはそう言って小さく笑うと、静かに目を閉じた。

「…ヴァン?」

 ロレッタの呼びかけにヴァンは、眠ったように何も返してはくれなかった。

「…眠い…の?ヴァン…」

 だが、握った手から血の気が引いていくように冷たく、そして固くなっていく。

 まるで、金属で出来た手を握るように…

「…寝てる…だけだよね……そう…よね…」

 そう言うロレッタの瞳からは、大粒の涙が溢れ出ていた。


 西暦1398年9月27日18時35分   ヴァン・レグール 戦死


 



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