内観と変容
昨日の個人セッションは初めて私のセッションを受けられる方でしたが内観力が素晴らしくてこんな方もいるのだなあとひそかに、感動していました。彼女曰く、これまで私にセッションを申し込んで2回断られたとのことだったのですが(そのうち、1回は覚えていたのだけど)今回、3回目のお申し込みで筋反射でのセッションの許可が降りて事前に内観したり、浄化することも必要ないとガイドから伝えられてすぐに日程が決まりました。それで、その方に「どんなテーマや問題を調整したいのか、お知らせください」とお伝えして彼女が今、感じていること取り組んでいることなど説明を頂いたのですがセッションの前日に、リーディングしてみるとまさに、彼女が感じている問題がそのまま、本質的な問題として上がってきました。ほとんどの方は、自分が思っている自分の問題と本質的な問題は、ずれているのでここまでしっかり内観している方はとても珍しいのです。それで納得したのは彼女は、パートナーとの関係でも経済的なことでも内観と自己ヒーリングによって自分の現実をどんどん変化させている方でした。なので、今回のセッションではいくつかの紐解きは行いましたがすぐに遺伝調整の許可が降りて短い時間内で、大切な5つの遺伝の調整を終えることができたのでした。初めて私のセッションを受けられる方だと遺伝まで行きつかないことは多いし問題を紐解いてゆくだけで長時間になってしまうことも多いのでほんとすごいなと。これは彼女だけではないですが変容できるかどうかは内観力に大きく関係しているのだなあと改めて思います。自分の問題に、全く気づかない人自分が何を感じているのかもよく理解していない方は変化できず(つまりは成長できず)変わらない問題を抱えたままなのです。ここ最近、セッションを受けられる方にセッション前に、私が「この部分を内観してください」と内観のテーマをお伝えして気づいたことをレポートとして送ってもらうことがよくありますがしっかり内観されている方は大抵、そのプロセスだけで行動や選択が変化してゆきます。内観は、変容やヒーリングとは違ってただ今の自分の感覚や思考、問題に気づくということですが、それだけでも行動や選択は変化するものなのです。では、なぜ、こうしてお伝えしなくても多くの人は、内観することをしないのかしら?と。ちょっと内観すれば、自分の問題に気づいて行動も選択も変化することができるのに、また、こういった内観のポイントはクラスでも何度もお伝えしているのにほとんどの方はやっていないのです。たまに、内観することがあれこれ考えることになってしまっている方がいますが内観=考えること、ではないです。むしろ、その考えていること(思考)を客観的に見る行為です。自分がどんな思考でいるのか?何をどう感じているのか?何を恐れているのか?この感覚は、どんな時に出てくるのか?何を求めているのか?そういったことを理解すること(内観)が変容の第一歩なのです。そもそも、自分の問題を理解していない状態では何をやったとしても本質的なものは何も変化しません。キネシオロジーでは最初の段階で、筋反射で情報を上げてまずは、自分の問題を明確にしてからどうしてその問題が生まれたのかの根本要因を探ってゆくのですが(つまりは、内観の代わりに筋反射で情報を上げる)筋反射が取れない人は内観力がないということをこの内観レポートを送ってもらうようになってから気づきました。では、なぜ、内観力がないのか?ということなのですがこれは、人それぞれの要因はあるもののまずは、内観が習慣となっていないのだろうなと。私が最初に内観を始めたのはキネシオロジーやヒーリングに出会うずっと前のことでした。その頃の私は特にストレスもなく日々、幸せに楽しく暮らしていると思っていました。20代後半から30代にかけてつきあっていた彼が「人生は、辛いことが7割楽しいことは3割ぐらいだ」と言っていたことがとても衝撃で「え〜そんなネガティブな人いるんだ〜」と驚いたことを覚えています。その頃の私にとっては7割も辛いだなんて〜と思っていたのですが今思えば、本当に何もわかっていなかったなあと。その後、彼と別れてからしばらく経って「自分の思考や感覚を観察してみよう」と思い立ち、内観するようになってから超ポジティブだと思っていた私が1日の中で、いかにネガティブな感覚や思考に作用されているのかに気づくようになりました。最終的には、ポジティブな結論に持っていくのでポジティブであるかのように感じていたのですがそこに至る思考や感覚のプロセスには不安や恐れ、抵抗、否定、嫌悪などネガティブなものがほとんどだったのです。あ〜私、7割以上、ネガティブじゃん😅なので、その頃から、常に自分の思考や感覚を観察することを無意識にやるようになっていました。筋反射と出会ってからは意識による内観よりも筋反射による紐解きの方がはるかに、的確で早いので「感じるより筋反射」になりがちだったのですがここ何年かは、まず筋反射を取らずに感じたり意識を内側に向けてみて、それから筋反射でさらに深めてゆくようになりました。思考がポジティブであるというのは感覚(内面の意識)が誤魔化されやすいのです。例えば、自分が幸せである理由なんて頭で考えれば、無限に上げることができます。大好きな仕事をしている、とかお金の不安がない、とか周りの人たちが大好き、とかそもそも、身体が完全に健康でいるだけで最高に幸せだと思うわけでこれ以上、私の人生には何も必要ない何も変化する必要がないと思えます。でも、それは、あくまでも思考で考えた幸せなのです。頭ではなく、ハートが、魂が満たされて、幸せを感じていることが最も大切なこと。以前は、朝起きたら、「今日もやったるで〜」とすぐに飛び起きて自分がやりたいことに取り掛かることがほとんどだったのですがここ数年は、朝起きて、すぐには起きずベッドの中でやっているのはハートの感覚を感じること身体の感覚を感じること朝起きてすぐは、まだ思考がクリアには働いていないからです。朝起きた瞬間に感じる感覚は今の私が潜在的に感じていること朝起きた瞬間に幸せ感に満たされていれば宇宙とマスターのエネルギーを感じて祝福の時になります。でも、何かハートに引っかかっているものがあったり身体の感覚に違和感があればそれがどんな感じなのかをじっくりと感じてみます。その日見た夢の感覚を朝起きた瞬間に感じることもよくあります。「この夢は、、焦り?私は一体、何を焦っているのかしら?」「これは、なんだろう?ちょっと切ない感覚がハートにある」「胃ではないけれど消化器系に何か違和感があるな」などこの朝一番の内観タイムがより、感覚を受け取る力につながってきたように思います。さて、一方で、内観力→変容につながることは確かですが内観=変容ではないということも付け加えておきます。たまに、内観して、行動や選択が変化したことによって私はもう変化しました、と勘違いされる方がいらっしゃるのですが内観と変容は違うのです。これは、どういうことか例を上げると例えば、私が「このクラスへの準備がなかなか進まないなあ」ということに気づいてどこかに抵抗感があるのか?と内観してみると「ああ、クラスがスタートしたら半年間、他に何もできなくなってしまうのが怖いんだな」と気づいたとしてもう、そこに気づいただけで準備に取り掛かることができたりするのですがもし、その抵抗感のもとになっているもの(例えば、不要な責任感や柔軟性の欠如など)が手放されていなければまた、何か別の形で、行き詰まったりまた、前と同じく、他に何もできない状況に陥ってしまったりするわけなのです。だから、変容というのは目先の行動が変わるだけではなくて根本的な意識が変わること。(それによって、違う現実に生きることになる)これは、内観だけでは無理なことなので根本要因の紐解きや調整が必要となります。だから、その変容のためにまずは、内観を習慣にすること常に、意識をハートに向けておくことが大切かなと。起きている間、常に内観している感じです。ということで明日の朝一番に私は何を感じ何を受け取るのか楽しみにしつつおやすみなさい。