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2016年12月06日
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カテゴリ:つれづれ

このところ、ノンデュアリティだ、宇宙人だという話題が続きましたが

今日はまた全く違う観点から、書いてみようかと。

あらゆることは、見る観点や次元を変えると

全く違った話になってくるわけで、何とでも言えるわけなんですが

全体的なエネルギ-として伝わるといいなあと。


時々「自己価値を高めるにはどうしたらいいのですか?」

とクライアントさんから質問をされることがあるので

これまで何度も伝えてきたことですが、再び、自己価値について。


何度かお伝えしてきたように

自己価値、というのは、私たち人間を形成している一つの意識で

「自分が(例え、何もしなくても)そのままで存在価値があるという感覚」

のことだと私は捉えています。

このことは、キネシオロジーのクラスでもお話しするのですが

これは頭で言葉として意味を理解できていても、多くの人は

それを感覚として理解しているわけではないんですね。


なので「自己価値を高めるために、~~しなければ(私は不十分)」ということ自体が

すでに自己価値が低い、ということになってしまうので

この意識のまま何をやっても、自己価値は低いまま

ということになるわけです。

ですから、どうしたらいいのですか?と聞かれれば

「特に何もする必要はありません」としか答えることができないわけです。


そもそも自己価値というのも一つのエネルギーである以上

それを紐解いていけば、例えば、脳の要因だったり、親からの遺伝の性質だったり

インナーチャイルド(子供の頃の意識)だったり

前世のエネルギーだったり、はたまた惑星のエネルギーだったり

色々な次元やレベルでの要因が関わっているわけです。

ですから、私のセッションでは

その意識に関わる様々なエネルギーを

本来の自然なものに戻してゆくプロセスを行うことで

結果的に自己価値も高まってゆくようにするということで

何か考え方や捉え方を変えているわけではないわけです。


それでも、セッションを受けること以外にできることは?と聞かれたなら

私がお勧めするのは

「役立たずになること」だなあと。

つまり

「役立たずの自分を受け入れ、愛すること」


自己価値を受け入れている意識自体は、人の役に立つ、立たないには関係ないのですが

人の役に立ちたい、と願っている人、もしくは

人の役に立とうと頑張っている人の多くは

根底には自己価値の低さがあり

人の役に立つことで、自分の価値を(自分で)認めたい、という意識が

あるからなので、一度、徹底して、役立たずでいる、というのは

自己価値を高めるプロセスとしては、決して悪くないわけです。

人の役に立つのは難しい、と思っている人は多いかもしれませんが

実は、役立たずになる方が、難しいことかもしれません。


ということで、自己価値を高めるゲーム

題して「役立たずゲーム」のルールをアップしてみると。

(ゲームですから、遊びですよ、遊びウィンク )


その1)役立たずですから、人の期待に応えて何かをしたら、減点です。

その2)人を喜ばせてしまうと、減点です。

その3)どんなことであれ、本当は自分がやりたくないことをやると

    スタ-ト地点に戻ります(スゴロクか?)

その4)自分でもできることを、人が代わりにやってくれたら、得点。

その5)あなたって、わがままな人よね~と友人や家族やパートナーから言われたら、得点。

その6)あなたって、いい加減な人よね~と友人や家族やパートナーから言われたら、倍得点。

その7)人が自分に何かをやってくれた時に相手にお返しをしようとしたら、減点。

をの8)自分が何もやってないのに、相手から与えてもらったりやってもらっても

    何も罪悪感を感じなかったら、さらに得点。

その9)人から頑張ってるね~と言われたら、減点。

その10)友人や家族やパートナーから、あなたって本当、何もできない人ね~、とか

    何も知らないんだなあ~などと言われたらボーナス得点。

その11)そんな人の役に立たないでいる自分が、むちゃ大好き~と感じられたら、ゲーム終了。


ぷぷ、こうして改めて書いてゆくと笑えますが

私は、このゲーム、高校生の時から30代前半ぐらいまでやっていたんですよね~。

もちろん、当時は、自己価値を高めるために、と思っていたわけではなく

全くの無意識でやっていたのですが、今から思うと、この時期が私にとって

自己価値を高めるという、癒しの原点だったのだなあと思うわけです。

自己価値というのは、人との関係の中で自分が感じている感覚であるので

人と全く接しない人は、ゲームそのものができないんですけどね。


小学校の頃の私は、自分のことが嫌いでした。

多分、私の人生で一番、自分のことが嫌いだった時期だろうなあと。

なぜかというと、成績も良かったし、先生にも気にいられていて

いわゆる優等生だったからです。

今から思えば、私は、例えば、算数などで難しい問題があると

寝るのも忘れて、夜中まで夢中で解いていたり、夢中で本を読んでいたりしていて

単に勉強が楽しかったんだなあと思うのですが

それを母がよく「本当あなたは頑張るわね~」と褒めたことで

「え?これって頑張っていることなの?」とわからなくなり

だんだんと「私は親や先生にほめられるために勉強をやっているのかしら?』

と、自分の気持ちがわからなくなったわけなんです。

これは以前にも確かブログで書いたかもですが、小学校5年の時に、

先生に「みんなが抱えている悩みを紙に書いてください」と言われて

初めて人に打ち明ける気持ちで書いた内容が

「私は自分をまるで偽善者のように感じていて、自分のことが嫌いです」

ということでした。


あ、話は逸れますが、私は子供の頃、将棋が大好きだったんですが

数学や将棋を解いていく楽しさというのは

まさに、今、私がキネシオロジーがワクワクする感じと同じなんですね。

数学で、宇宙の成り立ちやも説明できるわけですし

黄金律やフィボナッチ数列など、花や貝の作り一つを取っても

数字で表されるわけで、数字は自然であり、宇宙であり、エネルギーだなあと思っているのですが

一方で、将棋も羽生さんの脳などを見ると、直観力が普通の人より飛び抜けているそうで

数学も将棋も論理的な思考とともに、直感的なものが

何よりも大切だと思うわけです。

私は、そう言った意味で、自分のことをヒーラーやセラピストというよりは

研究者やオタク?に近いと思っているわけですが

子供の頃、夢中で算数や将棋をやっていたように

人の身体や精神やエネルギーの仕組みを紐解いていくのが楽しいのだなあと。


と、話を戻しますが、小学校の時に

自分のことが嫌いだった私が

やりたくないことはやらない、人の期待には沿わない、人に尽くさない、ということを

実践するようになってからは

自分のことが諸手を上げて、大好きになってきたわけです。

自分が大好きになると、人のことも大好きになるんですよね~。


人の期待には添わない、と決めてからの私は

今から思うと、まるで反抗期の子供であって

例えば、大学のクラスで、バイオリンが嫌いだ、となると

いくら先生からバイオリンの練習をするように言われても、全く練習して行かなかったり

会社に入って、上司が会社内では帽子を脱ぐように、と言われても

脱がなかったり

まあ、今から思えば「クラス受けるんだから、練習ぐらいしろよ」とか

「社内で帽子ぐらい脱いでもいいんじゃない?」って話なんですが

その頃の私にとっては、徹底して

人からの期待や要求に応えないでいる必要があったわけです。

それが反抗期の子供と違うのは、決して相手に反抗しているわけではなく

自分がやりたいことでなかったらやらない、ということなんですが

クライアントさんを見ていると、反抗期がなくて、ずっといい子でいたり 

親や周りの期待に沿っていた人のほとんどは

自分の感覚とつながることが苦手で、内観力が弱い傾向があります。


さて、このゲームでは、頑張ると、減点対象ですから

思い返せば、長い間、人から「頑張っているね」と言われると

「頑張っているからやっているんじゃない、好きだからやっているの」

ということを一生懸命、説明していたよなあと。

相手は単に軽い気持ちで激励してくれているだけなんですが

私にとっては、頑張っていると認められるとまずいわけで

一生懸命、それを否定していたわけですから 

今から思うと、それも笑えますが。

以前、おさむにもよく「のりこは、ほんと人の期待に応えないやつだな」と

言われていましたが、それは内心「やった~得点」

という感じでした。


こうして「役立たず」を実践していく中で、わかってきた感覚というのが

私は何て愛されているんだろう、ということでした。

大学時代も、私は学校の授業もろくろく受けず、バイトに明け暮れていたんですが

クラスのみんなは、テストの前になると、ノートを持って

私の家までやってきてくれたり

軽音楽部の先輩からや仲間からも、そして会社に入ってからも

いつも周りの人たちに愛されていることを

感じていました。


ニューヨークに来た後で、当時付き合っていた彼によく

「のりこは、ほんと経済力も生活力もないな~」とか

「のりこは、普通のことができないよね」

と言われていたですが、私にとっては、それはもう最高の愛の表現でした。

それは、もちろん本当にできないわけではなくて、やろうと思ったら

本当は何でもできるわけですが

何もやらない、役に立たない、何も尽くさない私を愛してくれている

というのは無条件の愛であって

そして、私も無条件に人を愛することを学んだわけです。


この「例え、自分でできても(やりたくなければ)やらない」というのは

特に女性には、大切なことなんです。


自己価値の低い女性は、男性に尽くすことで

愛されようとします。

でも、そうすれば、彼に認められたとしても

女性として大事にされなくなってゆくわけです。

例えば、力仕事や高い場所での電球を替える、というようなことがあって

女性が自分でもできるから、といつもやっていると

「僕がやらなくても、君はできるから」

となり、男性は女性のためにやってあげたいという気持ちを

失ってゆくわけですね。


自己価値が低い人は「できなければ自分はダメ~」という意識でいるので

自分ができることをやろうとしてしまうんですよね。

セッションを通じて、いろんな女性の身体からのメッセージを聞いてゆくと

例えやりたくなくても、自分でできるから、という理由で

やってしまっている方がとても多いなあと。

できないからやらないのは普通ですが

できてもやらないのが、自己価値の高さ。

この自己価値が高いと、今度はできなくても、やりたいことはやる

ということになるんです。


失敗することを恐れるのは、失敗=自分はダメな人間、となり

もともと自己価値が低い人(自分で自分の価値を受けれていない人)は

それによって傷つくことを恐れているからです。

自己価値の高い人は、何かができないことが自分の価値を下げることには

繋がらないので、失敗することも、できないことも怖くないのです。

何かを達成しなければ、という意識も自己価値の低さからくる意識です。


例えば、筋反射。

最初のうちは、誰でも、はっきりと感覚がつかめず、よくわからないのは当たり前で

多分、私も最初の500回ぐらいは、曖昧な感覚があったわけですが

自己価値が低い人にとっては、できない自分はダメ、となり

その自分を見たくはないので、すぐにチャレンジすることをやめてしまうわけです。

どんなキネシオロジーのクラスを受けても、すぐにやめてしまう人がいるのは

そのためです。

クラスを受ける前には

「自分で筋反射が取れるようになって、生活のあらゆる場で活用できたら

 どんなに楽しいだろう」とワクワクして受けたとしても

クラスの後、もう1か月ぐらいで、モチベーションを失ってしまったりするのです。

自己価値が低い人は、人に尽くさないと自分の価値はないわけですから

筋反射が上手く取れないと、相手に申し訳ないと感じたり

人に役立つ自分でいたいので、これは自分には向いてないかも?

とすぐに諦めてしまうんです。


私も今回、クラスをやってみて

特に自己筋反射はその傾向が強く出ることがわかってきました。

私のクラスの中では、自己筋反射と他の人への筋反射を学ぶのですが

他の人への筋反射はできるのに、自己筋反射は取れない、という人たちが

何人かいることに気づきました。

これはどういうことなのか?最初はヨゥわからなかったのですが

クラスの後、そういう人たちに何人かセッションを行って

全員に共通していたのが、人に尽くさなければ、人を喜ばせなければ

の意識が強く、基本的な自己価値が低いということでした。

人を喜ばせなければ、という意識が強いと、自分がどうしたいか、ということより

人のためになること選んでしまうので、自分の本当の感覚を受け取る力は弱くなり

当然、ハートチャクラは閉じてしまって

自己筋反射は上手く取れなくなるんですよね。


逆に自己価値が高い人は、まだ感覚を掴めないな、ということを受け取るだけだし

逆にできないことにチャレンジすることが楽しい、と感じるわけです。

クラスが終わった後、どんどん筋反射を使って、自分を解放していったり

様々な場面で活用していく人と

そうでない人の違いは、最終的には、自己価値だなあと感じます。

私がクラスの中で、筋反射は自分への信頼がすべてです、とお伝えしているのは

「自分はできている」ということを信じる、ということではなく

「(例え、今は上手く掴めていない状態であっても)私は大丈夫」

という信頼と安心感があるということ。

それは決して、頭だけ理解していても、わからない感覚なのです。


こうして、人生のどの時期でも、このゲームを一度、クリアしてしまえば 

基本的に、怖いものは何もなくなります。 

役立たずの自分を愛し、自己価値を受け入れてくれば

初めて、自分が本当は何をやりたいのか?がはっきりと見えてきます。

その意識からの行動は、さらに大きな喜びのエネルギーを生み出すのです。

「役立たず」を受け入れ、愛することで

結果的には、人の役に立つようになる、という宇宙の仕組みになっているんですよね~。

一旦、役立たずの自分を愛する、ことが十分にできた上で

人の役に立っても自己価値は失なわれないのですが

最初から人の役に立っている状態、もしくは立たなければ自分はダメだ

と感じている状態はまずいわけです。

 

さて、私は役立たずゲームを散々やってきた後で

出会ったのがおさむ、だったというわけで

それからは、また違った問題が出てきたわけですが

その時期も越えて、ようやく私の女性性と男性性のバランスも取り戻し 

ここ最近、やっとあらゆることのバランアスが取れてきたなあと。

それでも ヒーラー業というのは、つい「役立つ喜び」に行きがちなので

修に思いっきり甘えつつ、役立たずになりつつ

バランスを取っているわけです。


ということで、この人生、まだ一度も役立たずゲームをやったことがない方は

一度、トライしてみてくださいませ~。

(その効果や結果については、保証しかねます。よって返品自由あっかんべー )








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最終更新日  2016年12月07日 11時33分42秒
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■コメント

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Re:役立たずゲーム(12/06)   Mint さん
のりこさんこんにちは。
役立たずゲームとはさすがです!
しかもそんなお若い頃に。
自己価値、これまでIHを受けた中でも度々出てきました。
私は職を転々とし、結婚後も長い間子どもがおらず、自分をまさに役立たずだと感じながら生きていました。
30代が終わる頃ようやく悟って(?)誰かの期待に沿って生きるのをきっぱりやめました。
最初はのりこさんと同じように若干挑戦的なほど^^;
そのままの自分でいいというのは実に愉快です。
自分のことが大好きになると人のことも大好きになる…本当にその通りですね。
人嫌いは一生直らないと思っていました。
(2016年12月08日 23時38分29秒)

Re:役立たずゲーム(12/06)   yuka さん
ぷぷぷ。面白過ぎです(笑)!
ああ、だとしたら、私、このゲームのルール完全に勘違いしてました。頑張って、頑張って、いつも頑張って。人から頑張り屋だよね、と言われれば得点かと思っていた!だから、永遠にゴール出来なかったんだぁ〜!ゴール出来るよう頑張ります!あ、また頑張っちゃった(笑)! (2016年12月10日 12時13分04秒)

Mintさん   norico1 さん
おぉ、MIntさんもこのゲーム体験されてましたか〜♪
人の期待に添って生きる、というのは、もともとは親を喜ばせたい、親に愛されたいという想い。その想い自体は純粋なのですが、それが子供の時にあると自分がどうしたいか?が分からなくなり、本来の自己価値を失っていく要因となってしまうんですよね。
役立たずの自分や問題だらけの自分が大好き、そうなると人と深く繋がることも、オープンでいることも楽にできるので、これは私たちが自由に生きるための道だなあとつくづく感じるのです。 (2016年12月10日 19時13分29秒)

Yukaさん   norico1 さん
ふふ、このゲームのルールを見つけること自体が、この人生でのゲームの一部となっているので、ルール勘違いしている人、多いんです(笑)
何の障害もなかったらゲームにならないので、ゲームには障害が必要ですが、通常の場合、親がこのゲームの中での第一の障害として配置されている場合が多いので、さらに難易度が高くなるわけですね。
一旦、ルールを理解し、ちょっとしたコツを掴めば、ゴールは難しくはないんですが、ルールを見つけるまでに人の役に立ってきた年月が長いと、最初は難しく感じるかもです(笑)でもYukaさんの場合は、もうこのゲームのゴールは間近という感じなので、残りのゲームを楽しんでね♪ (2016年12月10日 19時28分43秒)


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