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つれづれ

2017年04月22日
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カテゴリ:つれづれ

今回のカポホの一軒家は広くて

周りには家もなく、ただ緑が広がっています。

この静けさと安らぎの中にいると、先日までのことが、まるで嘘みたいに感じられます。

 

P4214093.jpg 

 

P4214099.jpg 

 

P4214103.jpg 

 

ここに着いた直後に引いたマップカードは

「のんびり、ゆっくりと進みなさい」というメッセージで

「そうだよね~、しばらくの間、のんびり過ごそう」と

この2日間はブログをアップした他は、ボーっとしたり

自己ヒーリングしたり、おさむにセッションをやったりしていましたが

(のんびりしていても、結局セッションをやってるのも、笑えるけどウィンク )

今朝は、何だかアクティブな気持ちになってきたので

試しに再び、カードを引いてみたら出てきたのが


「今は新しいアイデアを生み出したり、新しい人間関係や

仕事を開始したり、あらゆる冒険に出かけるのに最適な時期です」


展開、早っ!目


ということで、早速、10月にニューヨークと東京で行う予定の

キネシオロジー初級クラス、中級クラスについての

アイデアや企画をおさむと話しつつ、そのための行動をスタートしてみたら

あ~やっぱり、ワクワクする~ダブルハート


思えば、このフィボナッチやアーキュトニックのクラスのオーガナイズは

このわくわく感ではなく

これが私のお役目なのだから、と割り切って、やってきたのだなあと。

もちろん、ここでの体験によって、いろんな人たちと深いレベルで繋がることができたし

また、私自身の深いレベルでの解放につながったので

結果的にはすべてよかったのですが

これからは、結果論やお役目ではなく

プロセスそのものを楽しめるものにフォーカスしていこうと。

ということで、今後は、フィボナッチやアーキュトニックのオーガナイズをするのは

今回で終わることに決めたわけです。


さて、怒りの話の途中でしたが、今は、すっかり怒りがなくなってしまった後

それについて思い出して書くのは、例えて言うなら

覚醒体験をした後に、その時の感覚について伝えるようなもので

個人的な体験だし、伝えなくてもいいかなあという

気持ちに何度もなったのですが

その度に「きちんと自分の思いを伝えること」という身体からの

メッセージがあり、これをアップするモチベーションになっています。


怒りというのは、その時は、

誰かに対して向けられているようで

実際は、自分自身が持っている何かに対しての感情なのですよね。

例えば、先日、書いたように、表面的にはおさむに対して、怒っていても

それを紐解いていくと、私自身が女性性を抑圧してきたことに対する怒りだった

というように、今回、ロンに対して感じた怒りも、ロンが問題ではなく

あくまでも私の問題であり、私自身に対する怒りなのです。


今回、私が最も受け入れられなかったことは

ロンはいつもハートにいる人ではなかった

ということでした。

そんなことは私もそうだし、人間なのだから、誰でも当たり前のことなのですが

ロンに関しては、常にハートスペースにいる人なのだ

と、これまで私は感じていて、つまり、それはある意味で

彼を神格化してしまっていたわけで

そこに気づいた時、自分自身への怒りがわき上がってきたわけです。


ロンに対しては、2011年に受けたATIHのクラスの時のロンの印象が

強烈だったので、その印象が強く残っていたこともありました。

人はいろんな側面を持っているのが自然だし

またどんどんと変化していくわけで、出会う時期によって

また出会う場所や状況によって

全く違った印象を受けるものだなあと。


そのことに少しずつ気づき始めたのは

去年のフィボナッチのクラスが終わってから

ロンとのメールのやり取りをやっていて

いろんな場面で何となく感じてきたことでした。 


今となっては、その経緯自体は、全くどうでもいいことなのですが

それを説明しないと、伝わりづらいかもしれないので書きますが

これは、あくまでも私から見たものや感じたことであって

いわば私の幻想のストーリーとも言えるので、真実とは違うことを

念のためにお伝えしておきます。

真実は、個人の経験や感覚の中にはないものですから。


さて、最初の年は、ロンとのメールのやり取りだけで、いろんな気づきがあったり

オーガナイズのプロセスも、全てがスムーズに動いていったのですが

今回は、様々なことがタイミングが悪かったり

ロンとの認識の違いから来る行き違いが起こっていて

これはどういうことだろうと感じ始めていました。

特に大きかったのは、アーキュトニックのレベル3で行う

あるプログラムに関してのやり取りを行った時のことでした。


それは、参加者が一人一人、音楽や音に関するパフォーマンスを

クラス内で行うというもので、それは正規のアーキュトニックの

プログラムではないとのことですが

ロンは前回のカナダでとてもそれを気にいっていて

今回のハワイでも、ぜひそれをやりたいので、クラスのみんなにその旨を伝えて欲しいと

ある日、私にメールで伝えてきました。


私はカナダでロンと話していて、カナダのクラスでは

実践の時間が少なかったので、今回のハワイのクラスでは、もっと実践を増やして欲しいこと

また、惑星音叉を使った放射線除去や松果体の活性化

自己ヒーリングなどのプロトコルを加えて欲しいこと

ということを伝えていました。

去年のフィボナッチのクラスでも、実践をもっとやりたかったという声が

あったこともあるし、クラスの中での実践が少ないと、クラスが終わって戻ってから

いざやろうとしても、なかなかピンと来なかったりするからです。

ロンは、それは快く了承してくれて、ぜひやろうと言ってくれたのですが

そのためには、これまでのクラスの中で、何かの時間を削る必要がありました。

 

カナダでは、たった6人の参加者でしたが、音のパフォーマンスだけに

半日間を費やしたので、今回のハワイではレベル3の参加者は16人だし

もし、これを行えば丸1日かかってしまって

実践はほとんどできなくなってしまうことは、目に見えていたこともあり

その実践を削ってでも、このパフォーマンスが必要なプログラムであるとは

私とおさむには、どうしても思えなかったのです。

また、今回の参加者の中には、人前でのパフォーマンスに

ストレスを感じている人たちが何人かいたこともあり

私は、日本からクラスの参加者たちが何を求めているのか?といったことも含めて

ロンに伝え、音のパフォーマンスは、今回のプログラムからは外して欲しい

ということを伝えたのでした。


ところが、ロンは、例え、参加者にとってストレスになったとしても

必要なものはやる、と伝えてきました。

そういったロンの強い意思表示は、これまでも何度かあり

私は、結果的には、ほとんどロンの意向に従ってきたので

今度も、そこまでロンがやりたいのなら、まあいいか、と思ったのですが

今回は、何かが私の中で引っかかったので、筋反射で身体に聞いてみると

「自分の意見を主張することが必要」と出てきました。


それで、参加者の人たちにメールを送り

このパフォーマンスに関してどう思うか?のアンケートをとってみると

16人のうち、やりたいという人は2名で、どちらでもいいという人が4、5名

あとはやりたくない、中にはそれを考えただけでも大きなストレスになる

という人もいました。

それで、この結果をロンに伝えたわけですが

ロンから「人前でのパフォーマンスが

そこまでのストレスになるということが、私には理解できない」ということや

「オーガナイザーは、先生の意向に従い

先生の意向を生徒に伝え、クラスを円滑にするために存在するのであって

先生に対して、指示をするものではない」

というような、ちょっと厳しいエネルギーのメールを受け取ったのでした。


あ~、だからオーガナイズの役なんて、私には無理だったのだ

ということを改めて思い知らされたわけです。

去年のハワイで、私がロンに伝えた言葉は

「ロンに対する忠誠心があるゆえに

私は自分の自由感を失ってしまうし、それが嫌だから

オーガナイズをやりたくないと躊躇したけれど

その忠誠心を手放す調整を行ったので

これからは、自由感を持ってオーガナイズすることにします」

ということで引き受けて、ロンもそれをとても喜んでくれたのですが

結局、私は自由感を失うことになったのだなあと。


それでロンに対して

「私の英語力の欠如ゆえに、そういう風に聞こえたかもしれないし

そうだったら申し訳ないけれど、もちろんこれは指示ではなく

オーガナイザーとしての要望で、もしできるなら

何らかの妥協案(希望者だけパフォーマンスを行うことなど)を提示してもらえたら嬉しい」

というメールを送ったのですが

その後、ロンから、そのことに対する返事はありませんでした。

 

おさむはと言えは、そのロンからのメールを読んで

「このエネルギーに俺はもう耐えれない」

とすっかりクラスを行うことへモチベーションを失ってしまっていました。


ですが、それから、私たちのハワイでのリトリートがスタートし

父が亡くなったり、なんだかんだで、そのメールのことも私の意識から吹っ飛んでしまったのですが

そのあと、しばらくして私は

『ロンは、大きな視点で物事を見ている人だから

あのパフォーマンスを行うことが、プログラムや学びよりも

高次のレベルで、参加者みんなにとって必要なことだったのかもしれない。

それなのに、私は自分の経験や直感だけで

それを阻止したことになってしまったのかもしれない」

という罪悪感や迷いのようなものが出てきました。


でも、もうクラスまでの日程も迫っていて

今更、そのプログラムを実行するには遅すぎたこともあって

もうこの流れを受け入れるしかなかったし

きっとこういった私の思いも、実際にロンにあったら

すべて解消するのだろうと思っていたのです。

メールというのは、言葉だけで、相手のエネルギーは直接感じれないので

お互いに誤解を招きやすいものだし

きっと会って話せば、ロンのハートに触れられるのだろうなあと。

 

ところが、今回、ロンとカラニで出会った瞬間に

ロンのエネルギーが去年とは全く違うことを感じて

「ああ、やっぱり」という失望感と

「なぜ、私はこのクラスをオーガナイズしているのだろう」と’いう

自己否定や虚しさが出てきたのですが

その直後に受けたドロシーのセッションから数日は

すっかり自分自身ではなくなってしまっていたので

自分がどう感じているのかも、わからなくなっていました。

 それで、クラスが始まる前日に、おさむに対して

 

「私たちは、参加者のみんなが、ここに来て本当によかった~と

喜んでもらうために、このクラスを開いているのよ。

だから、私たちの個人的な思いや感情は、ここにいる間は封印して

オーガナイザーとしての仕事を最後までちゃんとやろうよ」


などと伝えたわけです。


は~、結果的には、私は何も封印できなかったし

オーガナイザーとしての役目という意味でも失格でしたが

(こう言う事をここで書いていること自体、完全に失格だし泣き笑い )

それでも、参加者のほとんどは、ここに参加できて本当によかった~と

本当に喜んでくれました。

考えてみれば、魂の導きによって、それぞれ来られているのだから

私が妙な責任感を持つ必要なんて、全くなかったのだなあと。


そして、また結果的には、今回のクラスのプログラムは

東洋医学に深く精通しているエリンの存在もあり

よりさらに充実していて、実践やプロトコルも多く

これまでのクラスの中でも最高のものとなったのでした。


最終日に、ロンに

「私はここに来る前は、あなたの意向に従うことをしなかったから

ギルティ感があったのだけれど

今はこれで良かったとホッとしています」


と伝えたら、ロンは


「いや、どちらにしてもあのパフォーマンスを行う時間はなかったよ。

(あの~、そのことをずっと伝えてきたつもりだったんですけど~~泣き笑い )

あれは、音のパフォーマンスが大事ということより

あれをやると、一人ひとりが自分のことを語り、表現することになるから

やりたかったのだよ。でも、このクラスの参加者は

みんな自分を表現できる人たちだったので

あのプログラムがなくても良かったよ」


という爽やかな答えが返ってきました。


それを聞いて

なぜロンがそこまで、音のパフォーマンスをやりたかったのか?が

ようやく納得できたわけです。

ロンが求めていたのは、クラスの参加者たちとの一体感だったのだなあと。

ロンにとっては、プログラムより何より、一体感の方が大事なことだったのです。


私自身は、例えば私のクラスで、参加者が結果的に

一体感を感じることができれば、もちろん嬉しいことだけれど

たとえ、分離感を感じていたとしても、それはそれで必要なプロセスや気づきに繋がるわけで

クラスの中での、それぞれの自己表現や一体感を大切だと感じたことはなかったこともあって

ロンの意図に全く気づかなかったのでした。

そして、なぜロンがそこまで一体感を求めていたのかも

このクラス全体を通じて観えてきました。


こういった認識の違いから来る行き違いに関しては

怒りは感じなかったし、むしろ私自身の不十分感の方が大きかったのですが

今回、私が感じた怒りの感情は

ロンとアマテラスとの関係から、表に出てきたのでした。


ということで、物語の続きはまた~~ひよこ








最終更新日  2017年04月24日 02時48分05秒
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2017年04月20日
カテゴリ:つれづれ

アロハ~~晴れ


みなさま、いかがお過ごしですか~?


先日、アーキュトニックのすべてのクラスが終了し

私とおさむは、昨日、カラニリトリートを出て

パホアの村から車で15分ぐらい走ったところにある

閑静な森の中の広い一軒家に移って

愛と平穏と官能の日々を送っております。

(ふふ、官能っていうのが、ミソねウィンク )


って、前回のブログと180度違うエネルギーに

「一体、どうなってんの?』と思われる方もいるかもしれません。

前回のアップの後「ハラハラしています」とメールをくださったり

その時の私の感覚と深く共感してくださった方もいて

本当に遠く離れていても、繋がっているのだなあと感じています。

ありがとうございますハート(手書き)


いや~、いつもそうだけど、またまた濃~い日々でした。


今回、私が感じたことに関しては、何からお話しすれば、上手く伝わるのかよくわからないし

実際、これは、いろんな角度から捉えることができるので

どの視点からお伝えするかによって、全く違ったように表現されるわけで

言葉でお伝えするのは難しいところなのですが

それでも、こうして言葉にすることで、私の中で

またさらに理解も深まってゆくかなあと。

ですから、お伝えする言葉そのものではなく

その奥にあるものを感じてくださったら嬉しいです。


さて、まずは、感情という観点からお話しようと思いますが

今回、去年と引き続きロンとアーキュトニックのクラスの先生として参加してくれたエリンは

セラピストであると同時に、東洋医学や惑星に関しての素晴らしい研究者であり

彼女がクラスの中で、奇経八脈のことを話してくれた時に

彼女自身が歩んできたプロセスを話してくれたのですが

今から思うのは、私が今回、体験したのは

まさに、そういったプロセスの一つだったのだなあということでした。


東洋医学での陰陽五行というのは、多くの方がご存知のことだと思いますが

いわゆる、木火土金水(もっかどごんすい)

で、それらは、私たちの様々な側面に現れているわけです。


簡単に説明すると

例えば、感情という面で五行をみてみると、それぞれの要素は


木ー怒り

火ー喜び(がない)

土ー心配、不安

金ー悲しみ、罪悪感

水ー恐れ


といったものと結びついています。

一方、奇経八脈はすべての根源ともいうべき「大いなる空」からの流れなので

この陰陽五行を超えたところにあるものというわけです。

エリンは、それぞれの感情に関して、深いレベルで受け入れ、それぞれを感じきり

奇経八脈との関わりを感覚的に見つけ、その後、理論的に証明していくという

プロセスをやってきたそうで

そこから得た気づきや洞察は、何千年の東洋医学の叡智を統合し

されにそれを超えたところにあって

クラスの間中、エリンの発していた愛のエネルギーや人知を超えた洞察力は

参加者のみんなを感動の渦へとに巻き込んでいました。


私のキネシオロジーのセッションでも、クライアントさんによく出てくるのが

「恐れを感じることの恐れ」があるのですが

恐れを感じないようにを排除しようとすればするほど

その感情や感覚はさらに抑圧され、奥の方にとどまって大きくなり

抜けることができずに、大いなる空の意識への道が閉ざされるわけです。

エリンは、例えば「恐れ」という感情と向かいあうのに

何ヶ月もかけて、徹底的に感じきってきたそうで

だからこそ、すべてを受け入れ

それを超えたところが観えているのだなあと。


で、その話は、去年にもエリンは話してくれたので

ある程度、知ってはいたのですが

今回、私がクンダリーニ症候群になった後に

この五行の感情を徹底的に見せられ

それらを受け入れるというプロセスになっていたことに

今さらながら、気づいたわけです。


例えば

 

木ー大事にされなかった、守られていないという怒り(特におさむを含めた男性全体に対して)

火ー喜びがないという虚無感、虚しさ

土ーいつになったら元の私に戻ることができるのか?という不安感

金ー女性性が抑圧されたことへの深い悲しみやこんな私はダメだという罪悪感

水ー見捨てられることへの恐れ


思えば、私のこれまでの人生の中で

怒りや悲しみという感情は十分に感じきってきたと思うのですが

恐れや不安や虚無感といった感覚や感情は、ほとんど感じたことがなかったということに

今回、改めて気づきました。

これまで私は自分を、そして自分の人生を信頼してきたし

何が起こっても絶対に大丈夫だという感覚は、いつもどこかにあったので

恐れや虚無感というのは、私の中で、あまり感じれない感覚だったのです。

だからこそ、今回、それらを全て深いレベルで感じることができたたことは

本当に大きな宝の体験だったのだなあと。


もちろん、それらの感情や感覚が起こっている最中は

「わ~恐れがやってきた。嬉しいな~」なんてことにはならないわけで

ドーンとその感覚の中に入っているわけなんですが

一方で、「いや~、こんな感覚が私の中にあるなんて~。すごい」

と感動もしていたのですよね。


さて、カラニリトリートに移ってからも

私はこの感覚や感情を、また別の形で体験することになり

それらを駆け抜けた感じでした。


ちょうど、前回のブログのアップした時は、木火土金水の中で、金の感情である

抑圧された女性性と、男女がわかりあえないことへ悲しみを感じていた時期の

最後の日であって、次の日、そこから一気に抜けて

今は一通りのプロセスが終わった感じです。


ということで、まずは最初から説明すると

今回、カラニに入って、私が最初に感じたのは

五行で言えば、水の要素である「恐れ」でした。


これまで、私は子供の頃から、人が怖いと感じたことはあまりないし

例えば、私の父はとても厳しい人でしたが、それでも怖いという感覚はなかったのですが

今回、人に対して怖いという感覚を、生まれて始めて、まともに感じたかもしれません。

しかも、決して嫌いではなく、むしろ大好きな人に対して

怖いという感覚を感じていました。


そして、そのきっかけとなったのが、ロンのパートナーであるドロシーの存在でした。


ドロシーは、私やおさむから見ると、およそ一般的なアメリカ人らしくないというか

多くのアメリカ人にありがちな自己主張やプライドの強さがなく

謙虚で、献身的で、感受性が強く、人情深く、とてもキュートな女性で

私はすぐに彼女が好きになりました。

でも、一方で、彼女の大きな目だけは、そう言った性質とは違って

魔女の目というのか、いわゆるサイキックであることは

エネルギーにある程度、敏感な人ならすぐにわかるだろうなあと思います。

実際、彼女はそのサイキック力を生かして、セッションを行っているわけで

それ自体は、とても素晴らしい才能です。


そして、少し前のブログにアップしたようにクラス1がスタートする前日

ドロシーのセッションを受けた私は、家系の問題を奥深くまで探り

癒していくという素晴らしい経験をしたのですが

その直後に私はひどい頭痛に見舞われました。


部屋に戻って、筋反射で見てみると

出てきたのは、魔女系エネルギーというのか

いわゆる、呪いやサイキックアタックといったエネルギーでした。

ちなみに、呪いやサイキックアタックなどのエネルギーは

特に珍しいものではなく、サイキック的な力があったり

ヒーリングに深いレベルで関わっている方の多くは

魔女狩りやそういった過去世と繋がっていることが多いし

私もこれまで何度か出てきたことがあります。

むしろ、サイキックでそういった過去世と、一度も繋がったことがない人の方が

珍しいかもしれません。 

私の身体が伝えてきたのは、ドロシーのセッションを受けている中で

私の過去世とドロシーの持っている何らかのエネルギーがリンクして

私のエネルギーフィールドに入ってきた

もしくは私の奥深くから出てきたということでした。


もちろん、これはドロシーの問題ではなく、私の問題であるわけで

それらの過去世とエネルギーを解放すると、すぐに頭痛は治まったのですが

それから数日間、ドロシーの目を合わせるのが怖いという感覚が

自分の中にあるのに気付きました。

彼女の目は、まっすぐに私の奥に入ってくるのですが

その目をまともに見ると、何らかのエネルギーが入ってくる感覚があり

フラフラしてきて、目が見えなくなるのです。 

恐れがあれば、エネルギーを受けるということはよくわかっていましたが

だからといって、恐れを感じないようにしても意味はないこともわかっていたので

クラス1がスタートしてからの3日間は

それを受け入れながら、夜になると

私のエネルギーフィールドにあるものを浄化していく

ということをやっていました。 


この間の私の感覚は、人に対する恐れだけではなく

何とも言えない「ここにいない感」や「不安感」の中にいて

自分が何者なのか、何を感じているのかもよくわからないのです。

まるで、泥の中に首まではまって、どこから抜け出せばいいのか

わからなくなってしまった感じでした。

 

その間、私は何も言わなったですが、参加者の数人から

「こんなに弱っているのりこさん、初めて見ました」

「わざと気配を消しているのかと思って、話しかけられませんでした」とか

「いつもと違って、あまりにも存在感が薄くなっているのにびっくりしました」

などという声をかけてくれて

あ~わかる人にはちゃんとわかるんだなあと。

(肝心のおさむは、わかっていなかったのだけどね泣き笑い )


で、日々、少しずつキネシで自己ヒーリングをやっていたのですが

クラスがスタートして3日目の夜に

「どんなにセッションが長くなっても

今夜中にはここから抜けよう」と決めて

夕食の後、部屋で自己ヒーリングをしました。


私の身体は「第6チャクラを調整しなさい」と伝えてきたので

一応、チャクラ活性率を見てみると、いつもは第6チャクラは

最低でも90%以上の活性率なのに

なんと20%代まで落ちていたことがわかり

あ~だから暗闇の中にいるような感覚でいたし

存在感もなくなっていたはずだよなあと

気づいたわけです。


例えば、とても美人なのに、存在感がないなあというような人は

第6チャクラが閉じていることがほとんどで

第6チャクラの開き具合は、その人の存在感に出てくるのです。

(ちなみに、 チャクラの活性率はそれを測る人によって変わってくるので

例えば、私自身が私を見て90%以上であっても

もし私より第6チャクラが活性化している人から見れば

数値は下がりますから、あくまでも相対的な数値です)


それで、なぜここまで第6チャクラが封印されているのかを見ていって

出てきた要因がやはり、呪い系、特にマインドコントロールや

洗脳的なエネルギーでした。

最初そのエネルギーがどこから来ているのか、わからなかったのですが

筋反射で、だんだんそれが解き明かされてきて(ここでは説明できないのだけど)

それらのエネルギーを解除していくにつれて

第6チャクラは、どんどん開いて行き、その日のうちに、90%代に戻りました。

それらが抜けた時の解放感は、もう例えようもなく

その日、真夜中の1時を過ぎて、調整が終わった時には

「あ~やった~抜けた~」という喜びに満ち溢れていました。


そして次の日の朝、やはり私が何も言わないうちに、

数人の参加者が私を見て

「わ〜、のりこさんが戻ってきた~」

「元気になって、良かったですね~」と言われました。

とにかく、今回のクラスの参加者は、素晴らしい感性の持ち主が多く

私は、みんなに救われた感じでした。

 

それからは、ドロシーの目を見ても、恐れを感じることはなくなりました。

その後、通訳のナツコさんに相談して

彼女の勧めもあって、ドロシーに私がセッション後に感じたことを伝えました。

日本語でも上手く伝えられるかわからない内容だし

ナツコさんにサポートしてもらいながら、伝えたのですが

ドロシーは、真摯に受け止めてくれて、

彼女自身の家系の問題や男性から抑圧された体験やシャーマニックなワークのこと

など語ってくれた後

「だから、のりこと何らかの形でリンクしたのも無理はないわ、

シェアしてくれてありがとう」と私に言ってくれました。

私と彼女が、ヒーリングやエネルギーにおいて見ている観点が違うのは

当然なので、彼女がどう捉えても良かったし、私は彼女に伝えたことで

すでに満足していました。


ただ、私がもう一つ、恐れていたことがあって

それは、参加者の中で、私のように彼女のエネルギーとリンクして

大変になってしまう人がいるのではないか?ということでした。

ドロシーは、クラス2のATIHの先生であって

クラス1は教えなかったので、クラス1の最初の頃にロンから

「クラスが終わった後、ドロシーは個人セッションを受け付けるから

クラスのみんなにドロシーを紹介してほしい」と言われ

私はみんなの前で、ドロシーのセッションの素晴らしい体験を話し、紹介したものの

その後に私が感じたことに関しては、当然、話せなかったのです。

私の中には、大好きなドロシーのためにセッションを紹介したいという思いと

もし、誰かドロシーのエネルギーとリンクして大変になったら

セッションを勧めた私の責任だ

という罪悪感にも近い感覚がありました。


エリン曰く、恐れは、極性で言えば「信頼」の対局にあるものだということを話していましたが

それも信頼の欠如から来ている恐れでした。

私自身は、あの地獄のようなクンダリーニ症候群の最中にあっても

自己ヒーリングできることはわかっているので

そこは信頼できているのですが

他の人の力は、まだ完全に信頼できていなかったのだなあと。


結局、クラス1で5、6人の人が、ドロシーの個人セッションを受けましたが

それぞれ、素晴らしい体験をしたようで

その後も具合が悪くなった人はいませんでした。

ただ、クラス3では、数名が、ドロシーとエネルギー的なリンクをして

エネルギーが上がってきているのを感じたのですが

それもまたそれが必要な時期に、解放されていくのだろうと。

今は、すべては完璧なプロセスの中にいることを信頼しています。


ということで、恐れが終わった直後から、私が感じることになったのは

「怒り」でした。

恐れの中にいる間は、感じなかった怒りの感情が

恐れから抜けた後、わき上がってきました。


まずは、ドロシーのセッションの後、一旦は収まった

おさむへの怒りが再び出てきました。


ドロシーのセッション直後に私が自分自身を完全に見失っている時期にも

おさむは私の感覚に、あまり気づいておらず

この期間、夜、毎日、自己調整していた私に対して

「いつもいつもよくやるね~」ぐらいの感じで

何も言わず、さっさと眠ってしまっていました。 

3日目の夜に、私が抜けた後も

みんなは私が何も言わなくてもすぐに気づいたのに

おさむは私が伝えなければわからないわけです。


女性性と男性性の違いは、ここまでもよくわかっていましたが

本当に男は感じれない生き物なのだなあと。

私がそれを伝えても

「じゃあ、俺にどうしろというのだ」ということになって

要求されている、責められていると受け取ってしまったり

今度は逆に腫れ物扱いになったりしてしまうので

女性が求めているケアは得られくなるのですよね。


女性にとっては、共感してくれること、寄り添ってくれることが大切なことで

「今、どんな感じ?大丈夫?」と声をかけてくれたり

「今は大変だけど、大丈夫だからね』とハグしてくれたり、共感してくれれば

それで十分なのですが、男性にとっては

女性が何を今、感じているのかがわからないわけですから

寄り添いたくても、できないのですよね。

 

もちろん、そう言ったことは、これまでもよくわかっていたわけで

これまでは、そこを私が甘えてみたり、伝えたりしてきたわけですが

今回は、そんな余裕も私にはなく

また、おさむ自身もいろいろなエネルギーの影響を受けていたので

いつもより大変になってしまったわけです。

(あ、ちなみに今は、怒りも悲しみもなく、笑いになっていますがウィンク )

 

そして、おさむへの怒りとは別に

私が感じた怒りは、ロンに対してでした。


あ~またまた長い。長すぎる。。


ということで、続きはまた~~


マハロ~~カクテル








最終更新日  2017年04月29日 11時53分23秒
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2017年04月13日
カテゴリ:つれづれ

さて、話は前後しますが、私がクンダリーニ症候群になった経緯を説明する前に

Sacred Plants(聖なる植物)のお話を。


以前、よくブログに書いてきたように、古くから先住民やネイティブたちは

大地とのつながりや祖先への敬意、意識の覚醒などのために

様々な植物をセレモニーで使ってきました。

その中でも最も有名な植物として

ペルーや南米で使われているアヤワスカがありますが、

今回のクラスの中で、ロンがアヤワスカをペルーで体験した時の話をしてくれましたが

アヤワスカを採取することで、音をビジョンとして観ることができるということを

シピボ族はわかっていて、それを布やアートに表現してきたわけです。

 

私とおさむも、以前、アヤワスカやサンペドロや

その他の聖なるプラントを体験してみて

それは体験としては素晴らしかったですが

私自身は、ここ何年か、そういう体験に対して

あまり興味がなくなっていました。

というのも、そういったプラントは、セレモニーや神聖な場所で使ったり

ごくたまに体験するぐらいなら問題ないものの

もし頻繁に摂取すれば、脳やエネルギーフィールドに

様々な影響があることがわかってきたからです。


以前、カナダで出会った人で、アヤワスカのセレモニーを頻繁に行っている

シャーマンがいたのですが

ある独特のエネルギーがあって、何と説明したらいいかわかりませんが

あえて例えるなら、妖怪のようなエネルギーでした。

もちろん、それが悪いとか良いとかいうことではないし

シャーマンとして生きていくのは、それが自然かもしれませんが

私とおさむにとっては、ちょっとヘビーで近寄れない感じでした。


ちなみに、国によって法律が違うので、アヤワスカは

ペルーでは合法ですが、アメリカでは違法です。

また、例えば、カンナピズ(大麻)も古くから聖なる植物として使われてきたものですが

日本では違法ですが、アメリカは州によって法律が違って

医療大麻は、過半数の州で認可されていて

また嗜好用を認可している州もあります。


ちなみにカンナビスの愛好家たちは、依存性がないことや

身体に無害であることを主張していて

私も昔は、そういうものだと思っていたのですが

決してそうではなく、様々な影響があるのです。

例えば、アルコール中毒のように、アルコールが切れると身体が震える

というような依存でなくても、頻繁に摂取すれば、

それがないと、安心感やリラックスできない、ということになり

それは依存となります。

また、左右の脳をつないでいる脳梁や交連のつながりを弱くするので

集中力やオーガナイズ力、判断力なども弱くなり

当然、グランディングも弱くなるので

常用すれば、ある種のエンティティがついてしまうことも多いです。

 

私も、ニューヨークにやってきたばかりの20代の頃

周りの友人たちに誘われて何度かやって

例えば、音が良く聴こえたり、意識が広がるような感覚になったり

ビジョンが見えたり、体験としては良かったですが

それを取った次の日には、だるくなったり

ボーっとしたり、何もする気がしなくなってしまうので、一切やらなくなりました。

もうかれこれ、25年ぐらい前の話なので、当時は何も知りませんでしたが

今から思うと、あの頃、カンナビスを常用していた友人たちの中には

エンティティ系のエネルギーが’強い人が何人もいたなあと思います。


さて、話は戻りますが

おさむは、ハワイに来る度に、あるプラントを常用していました。

それは、ハワイのジャングルには、自然に自生しているもので

ニックさんや他の何人もの方たちは、認可を取って

合法的に栽培されているのですが

私は、おさむに、ハワイに着く前に

リトリートの前には、決して取らないように

と伝えていました。


特に、今回、私がおさむと共同でワークしたかったことの一つに

宇宙人DNAの調整があるのですが、この調整には

かなりの集中力と忍耐力を必要とするので

そういったプラントを摂取すれば、とても集中力が続かなくなるのは

わかっていたからです。


ところが、おさむはハワイに着いてすぐに、人からそれをもらって

すぐにそれを摂取していました。

それを見て、私は「あ~、ダメだこりゃ~」と思っていたのですが

「まあ、いいか」と、その時は、彼にそれほど強く言いませんでした。


ちなみに「まあ、いいか」は、女性性の抑圧に

最も有効な言葉の一つと言えるかもしれません。

「まあ、いいか」と自分の感覚を封印し、感性を鈍らせてしまうのです。

でも、おさむ自身が止めたいと思わなければ

私がとやかく言っても仕方ないと

感覚を抑えていたわけですが

思えば、その時、すでに私の中で、おさむに対しての不信感がありました。

もちろん、私たちは完璧ではないですから

浄化したつもりでいても、何か残ってしまうことはあるし

その時々によって、いろんなものが出てくるのは仕方ないことですが

セラピストとして、自分のエネルギーに責任を持つのは当たり前のことで

ほんの短い間でも自制できず、そういう状態で

人に対してセッションを行うことも許せなかったし

そして、リトリートを開催する立場としての意識や

そして、私を支えるという気持ちもないことに

ある種の失望感を感じていました。


ですから、リトリートの間中

「彼には頼れないから、私がやらなければ」

という意識でいたこともあって、さらに私の責任感は大きくなり

それぞれのセッションも長時間になりました。

実際、クラスが終わってから、具合が悪くなった人を

私とおさむでセッションする、ということになった時に

おさむにはもう集中力や持続力がなかったので

私がしっかりするしかなかったわけです。


特にリトリートの最中に、父が亡くなった直後は

私自身もぐらついていたこともあって

その時期に、精神的に彼に頼ることができなかったことは

正直、辛かったものの

ただ「責任感」で自分自身を保っていた感じでした。


こうして、カポホでのリトリートが終わってから、数日経ったある日

おさむはそのプラントを

「のりこもたまには一緒に取ろうよ」と持ってきました。


私はもうプラントはやらないと決めていたので

もしおさむだけだったら、やらなかったでしょうが 

一緒にいた他の2人もやるということもあって

「私があまり固いことばかり言っても、みんなが楽しめないな~。

後でキネシで脳の調整をすればいいか」

と、つい一口、小さなかけらを食べてしまったのでした。


そして、しばらく経って、だんだんと意識が朦朧とし始めた時に

おさむが部屋に入ってきて、メイクラブをしようと、私のあそこに触れていて

私も最初は気持ちいい感覚になっていたのですが

ある瞬間から、訳がわからなくなり、気がつくと嘔吐を繰り返していたわけです。

それがクンダリーニ症候群だったと筋反射で上がってきてわかったのが

それから2日後でした。


よくよく考えてみれば、クンダリーニは、性エネルギーですから

そういう意識の覚醒に影響するプラントを取って

仙骨のアクセスや性的なアプローチを行えば

クンダリーニが活性化してもおかしくはないわけですが

その時は、一体どうしてこうなったのか、何が起こっているのか

全くわかりませんでした。


それと同時に、この仙骨にあるブロックとして

男性から守られなかった過去世のエネルギーが

浮上してきたことに加え

クンダリーニ症候群で神経系がやられていたので

周りのエネルギーに過剰に敏感となって

おさむが持っていたエンティティ系のエネルギーなどが

とても不快に感じられて

私もおさむに対する不信感はマックスとなっていたわけです。


そして、おさむのエネルギーが苦しかったので

少し私の身体の状態が落ち着いてきてから、おさむへのセッションを行いました。

すると、おさむのプラントへの依存の問題が浮上してきて

おさむの身体は、それをもう完全にやめることが必要だと伝えてきました。

今回、私がクンダリーニ症候群を起こしたのは

私自身のブロックの問題であることもわかってはいましたが

一方で、おさむがその決断をするためには、私がこの体験をする必要があったのかもしれない

などと思っていました。


ところが、私が思っていた以上に、おさむはプラントに依存状態に近い状態になっていたため

そう簡単には、やめることができませんでした。

なぜやめることができないのか、おさむの身体に聞いて出てきたのは

「つながり感」や「誇らしい気持ち」などでした。


私はそういうプラントを常用している人たちが

共通して持っているプライドやエゴがあるのを感じていました。

プラントは、意識を覚醒する作用があるので

そういう体験をすることで

まるで、自分は世界を知っているかのような錯覚をするのです。

そして、そういうものを取っている人同士のつながり感。

おさむは、そういったものに依存していたのでした。


それから、2、3度セッションを行って、おさむはそれをやめる決心をしました。

そして、先日のドロシーのセッションで彼女から

「男性の弱さをあなたが抱え込んでサポートする必要はないのよ。

おさむに『これはあなたの問題よ』と言って返すのよ」

と言われたのでした。

 

クンダリーニ症候群になってから

体調がすっかり戻った後も

私の中で、どこかで抑えていた感覚が出てきて

何かが変わり始めました。

「まあ、いいか」と達観することができなくなったのです。

これまでも達観せずに、感じてきたつもりだったけれど

いつの間にか達観して、事なかれ主義になっていたことを思い知らされました。

いかに今まで、自分の女性性を抑えてきたのかに

改めて気づいたのでした。 

 

そして、それに加えて、今回のフィボナッチのクラスでの

ロンとの関係で、私はさらにつながり感を失ってゆきました。

でも、おさむには、私の変化や感覚を受け止めることができる強さや余裕は

ありませんでした。

彼にとってもまた、今回の一連のことが、精神的に大きなストレスになっていたし

私の言葉や対応が、彼にとって負担になっていました。 


そうして、私は深い孤独感へと陥って行きました。

 

 

は~、なんというストーリーなのか。

この常夏のハワイで、どうして、こんなストーリーにはまっているのかしらん泣き笑い

そして、このストーリーは、一体、どういう結末を迎えるのかしら?

 

自分自身に正直に生きたい。

自分を偽らず、誠実でいたい。

 

その思いはどんな時も私の中にあって

その生き方に悔いはないけれど 

時として、偽っていた方が楽に生きられるのだなあと。

だから、偽って生きる人が多いのですね。

 

でも、それでも私は真摯に生きたいなあと。

 

だから、このブログもできるだけありのままにアップすることにしたわけなんですが

自分のことだけではないから、どこまで書くのかは難しいです。

 

ということで、クラスのことなど、お話の続きはまた~~








最終更新日  2017年04月16日 17時43分32秒
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2017年04月09日
カテゴリ:つれづれ

昨日、4月8日に父の四十九日が終わりました。


その話の前に、まずは、カラニリトリートに入ってすぐに受けた

ドロシーとのセッションのことをお話しようと思います。


カラニリトリートで、カナダから来られたロンとエリン

そして、イタリアから来られている通訳のなつこさんと再会し

そして、今回、ATIHの先生として来てくれている

ロンのパートナーのドロシーと初対面しました。

ドロシーは、シャーマンワークにも精通している、心理セラピストでもあります。

いかにもサイキックという鋭い大きな目で

人のエネルギーを読んでいるのが、すぐにわかりました。


夕食の時、私がクンダリーニ症候群になった経緯を二人に話すと

ロンとドロシーから、それは是非、ドロシーのワークを受けることをお勧めする言われ

次の日、参加者が到着する日の朝に、セッションを受けることになりました。

ドロシーは、家系のカルマや、その家系に代々受け継がれている問題を

ワークすることが多いそうとのこと。

深い意識状態でのワークになるので、通訳があった方がいいということで

なつこさんが、セッション中の通訳をやってくれることになりました。


まずは、私は目隠しをして、椅子に座り

ドロシーは、ヒプノセラピーのように

私がリラックス状態になるように、言葉で誘導してくれます。

私は、すぐに瞑想的なリラックス状態になりました。


ドロシーの質問に答えながら

私とドロシーのビジョンを合わせていく感じなのですが

この時、まだ言語中枢や脳梁などがダメージを受けていたこともあって

感覚と言葉が上手く繋がらず

ドロシーから質問されても、上手く答えれないことがよくありました。



ドロシー「身体のどこかにブロックしている箇所や

     気になるところがありますか?」


私  しばらく意識を身体に向けてみる。

 

   「…   仙骨」


ドロシー『その仙骨の色は、何色ですか?」


私   色を見ようするけれど、よくわからない


    「…  くすんでいて色はよく見えません」


ドロシー「そうですね。くすんでいますね。

     それではそこにあるエネルギーの大きさはどのくらいですか?」


私   大きさ?

    よくわからない


  「…  よくわかりません」


ドロシー「それでは、その仙骨に意識を下ろして行ってください」


私は意識を仙骨に向けて、下ろしていこうとすると

いきなり、深い悲しみがやってきて、ポロポロと涙が止まらなくなり

しゃくりあげ始めました。


不思議な感覚でした。


なぜそんな悲しい感覚があるのか全くわからないのですが、仙骨に意識を向けて

仙骨に近づけていくだけで、悲しみはさらに深くなってゆきました。

一方、その悲しみの中に入っている私とは別に

それを冷静に見ている私もいて

「何なの?この感覚は?どこから来るのかしら?」

と思っているのです。


ドロシーはしばらく私を泣かせてくれた後、彼女のビジョンを伝えてくれました。


ドロシー「小さな女の子が見えます。

    「その子は、弱くて一人ぼっちです」


私は、弱くて一人ぼっちの女の子を見ようとしたのですが

そこにはリンとして意思の強い子がいるだけで

弱い女の子はどこにもいませんでした。


私    「…

     その子は一人だけど、弱くはない。

     とても強い子です」


ドロシー 「弱さも感じれないほどになっているのですね。

      それでは、なぜその子は、強くある必要があるのですか?」


私    「なぜ?」

      しばらく意識をそこに向けてみる。


      「…   強くなければ、他の人が幸せでなくなる、、、」


ドロシー 「なるほど。

      では、その中でも、最も幸せでいてほしい人は誰ですか?」



私はまたしばらくの間、誰なのか見つけようとしました。

そうして、突然ふっと出てきたのが


     「お父さん」


でした。


私の口から父が出てきた時、冷静な方の私は

「は~これまで、散々、インナーチャイルドワークはやってきたのに

まだ、お父さんなのね~。

亡くなったばかりだから、出てくるのは無理もないけど」


と思っていました。


ドロシー「それでは、お父さんと手をつなぎ、お父さんの中に入って行って

     お父さんと一体化しましょう」


こうして、私は父と一つの意識に繋がりました。

もともと、父とは子供の頃から、深いつながりを感じていたし

父と一つになるのは、私にとって特に難しいことではなく

自然に感じれました。


すると、突然、ドロシーが

「あなたのおじいさんが見えます」

と言い出しました。


すぐに私の中にも祖父のエネルギーが感じられました。


ドロシー「おじいさんは、とても厳しい、強い人でした。

     おじいさんは女性性をその全く受けいれられませんでした。

     そのために、周りの人たちが犠牲になってしまった。

     彼は今、とても後悔しています」


もちろん、祖父がどんな人であるのかなんて、事前にドロシーには伝えていませんが

ドロシーは、祖父のエネルギーをよく理解していました。

私の父方の祖父とは、私は子供の頃のことを覚えていますが

確かにとても厳しい人でした。

昔、父が、子供の頃、よく祖父に、怒られて、一晩、木にくくりつけられて

過ごしたこともある、などと話してくれましたが

その当時の鹿児島の男性ですから 

本当に厳しかったのです。


冷静な方の私は

「は~、ここでおじいちゃんが現れるのね~」


と感心しているのですが、一方で、ドロシーの誘導で、私は次第に

おじいちゃんと一体化していました。


彼の深い罪悪感と後悔の念がひしひしと感じられました。

時代ゆえに、また育てられた環境ゆえに、強く厳しくならざるをえなかったこと

それがゆえに、父が抑圧され

それが受け継がれて、私の中の女性性の抑圧となっていたこと。


「本当に申し訳ない」


何度もなんども、おじいちゃんからの言葉がドロシーの口から伝えられました。

ドロシーもまた泣いていました。


その時、私は、私自身の女性性の抑圧よりも、父がかわいそうという気持ちの方が

大きく出ていました。

祖父に厳しく育てられ、自らも決して楽に生きることを許さなかった父。

それゆえに病気となり、最後まで安らぐことがなかった父の人生を思い

涙が止まりませんでした。


私は祖父そのものとなり「申し訳ない」という気持ちでいっぱいでした。

同時に、こんなにも後悔し、罪悪感を抱いている祖父に対しても

哀れに感じていました。


それから、ドロシーの誘導で、私は

私と父と祖父の3人で手を取り合って、静かに座っていました。

幼い私は、白い服を着て、父と祖父を優しく包み込むように

そこにいました。

それは、とても安らかで穏やかな風景でした。


これは、後からドロシーに聞いた話なのですが

私の祖父は、セッションに半ば強引に入ってきた感じで

あの時、ドロシーも、完全に私の祖父と一体化していたとのことでした。


「あの時、私はあなたの祖父と一体になっていました。

 彼は、本当に癒されることを切望していました。

 この時をずっと待っていたのです。

 あなたがそれをできることを知っていたからです。

 このセッションの中で、結局、あなたが

 父方の家系を遡っていて、すべてを癒していったのです」


セッションの間、祖父や父の感覚など、私ははっきりと感じられることが多かったのですが

時々、自分自身の感覚は、よくわからなくなることがありました。

ドロシーが「お父さんにどうして欲しかったですか?」

と尋ねた時、私自身が父に何を求めていたのか、どうして欲しかったのか

よくわかりませんでした。

しばらく感じてみても、はっきりと見えなかったので

「優しくして欲しかった」と答えましたが

言ってすぐに、自分は決して、そう感じてはいなかったこともわかっていました。

私は一体、どうして欲しかったのだろう?


それから、ドロシーは場面を変えました。


ドロシー「それでは、おさむをここに呼んでみましょう」


もちろん、実際におさむを呼ぶのではなく、私の意識の中で彼の存在を呼ぶということです。


ドロシー「それではおさむと一つになってみましょう」

     どんな感覚が湧きあがってきますか?」


私「怒りを感じます」

 

  この質問には、私は即座に答えました。

  その怒りは、私がクンダリーニ症候群になってから、大きくなったものの

  いつもどこかにある感覚でした。


ドロシー「大丈夫です。怒りを受け入れてください。

    「なぜ怒っているのか、わかりますか?」


私「…守ってくれなかったから?」

 

ドロシー「そうですね。

     あなたは、お父さんには怒りを表せなかった。

     でも、もう大人になったあなたは、安心して怒りを表せるようになったのですね」


それは、明らかに違っていました。

私は父に対して、子供の頃から、戦ってきたし、怒りもよく表していました。

私はドロシーに何も言わず、その怒りがどこからくるのか、感じようとしていました。


ドロシー「あなたの中で、受け入れられないものは何ですか』


何だろう?何を私は受け入れられないのだろう?

それもよくわからず、しばらくの間、意識を集中させていました。


そして、出てきたのが「男性性のエゴ」でした。

でも、その言葉と概念が、私の感覚を正しく言い表しているのかよくわからず

まだクリアではありませんでした。


そうしているうちに、ドロシーの誘導で次第にわかってきたのが

おさむの弱さ、でした。

ドロシーがそこを指摘して

「ああ、彼はとても弱かったから、あなたが守らなければならなかったのね」

と伝えました。

そこで、私の父と祖父の中に内在していた弱さと

すべてがつながってきました。


ドロシー「そうだったのね。

     あなたは子供の頃から、お父さんやおじいちゃんの中にあった弱さを感じていた。

     だからこそ、あなたが強くなければならなかった。

     あなたが男性たちを守らなければならなかったのです」


ドロシーの言葉がストンと、私の胸に響いてきました。


幼い頃の私にとって、父はとても厳しくて強い人でしたが

同時にどこか父の弱さや傷つきやすさを、いつも感じていました。

それは、結局、男性性の弱さであり、思考で物事を選択するものの弱さであって

だから、私は父を恐れたことは一度もなかったし、私の直感に従って動けば

それが、たとえ父への反発となり、父と戦うことになったとしても

それが父の意識を変えるために、必要であることを

いつもどこかで感じていたのだ、ということに改めて気づきました。

だからこそ、父に打たれても殴られても、私は傷つくことはなかったし

実際、父はいつも必ず、最終的には、私の選ぶ道を理解し、信頼してくれたのでした。

だから、私は父に甘えることができなかったけれど

甘えたいとも感じていなかったのだなあと。


ですから、男性に抑えられて、女性性を発揮できなかった、というより

男性を導き、守るために、自らの女性性を抑えた、というのが、最も近い表現でした。

おさむに対しては、いつもいろんな場面んで甘えているけれど

やはり、いざという時は、私が導かなければ、強くなければ

と感じてきたわけで

だからこそ、おさむから守ってもらえないという現実を生み出したのだなあと。


その時、ようやく、私の中から

「ああ、やっとわかってもらえた」

という思いが出てきました。


怒りは、おさむに対してというより

私自身が、私の女性性を抑えてきたことから出てくるの怒りでした。

でも、逆の見方をすれば、思考で判断するしかない男性を導いてゆくことこそが

本来の女性の役割とも言えるのかもしれないなあと。


その日のセッションを境に、今回、ハワイに来てからずっと抱えていた

私のおさむへの怒りはすっかり消えました。


すべては完璧でした。

父を癒し、父方の家系を癒し、そして、私自身を癒すために

父が亡くなってすぐに、このセッションを受けることができたのは

天の祝福だったなあと。


そして、なつこさんの通訳も素晴らしかった。

セッション中、ドロシーの言葉のほとんどは、理解できたものの

なつこさんの訳が入ることで、さらに深く私の中に入ってきたし

セッション中の変性意識状態では、日本語でさえ

上手く出てこない場面が多かったので

彼女がいてくれたことは、大きな安心感になりました。

そして、彼女自身の感情を入れず、淡々と通訳を行ってくれたことも

セッション中、余計なエネルギーを感じることなく

入り込めた要因でした。


しかし、一方で、もともとグラウンディングが弱っていたところに

このディープなセッションを受けたことで、さらにグラウンディングは弱くなり

セッション中に、ドロシーの持っていたエネルギーと

私の過去世とつながったこともあり

(これはセッション後にクリアになってきたことでしたが)

セッション後の丸3日間、私は完全に自分を見失ってしまいました。

そこで何が出てきたのかについては、また後ほどお伝えするとして

その次の日からクラス1(アーキュトニックのレベル1とフィボナッチのクラス)

が6日間、行われました。


そして、クラス1が終了し、父の四十九日のために

クラス2の間、私はハワイを出て

ここ福岡に戻ってきたのでした。


4月6日の夜に福岡に到着し、ご仏前の前で手を合わせて

父の位牌の前で「ただいま」の挨拶をしました。


少し前までは、ハワイから家に戻って、父の前で手を合わせたら

「ようやく戻ってくることができた」

という思いがこみ上げてくるだろう

と思っていたのですが

ドロシーのセッションで、もう十分に父の意識とつながることができたこともあって

すでに私は満たされていました。


母から、父の最後の様子や安らかに眠るように逝ったこと

最後まで、看護婦さんが冷たい足をさすってくれたこと

お葬式でいとこが素晴らしい挨拶をしたこと

お葬式には、遠くからたくさんの人が足を運んでくださったこと

など、いろんな話を聞きました。


そのいとこと父は、昔はよく議論を交わして、昔、とても頑固だった父は

彼の進路に関して「親の面倒を見なければならない」と

他の進路を選ぼうとしていた彼を説き伏せたそうで

「他人の人生を自分の考え通りに動かそうとするなんて

本当ひどい話だよね~」と母と父の悪口を言って、笑いました。


私は、昔から、決して父の言うことに従わず

自分で生きたい進路を選ぶことができたけれど

父の子供でもないのに、父に従って人生を選んだ人たちもいるのだなあと。

それも二人とも男性だったから、これは男性性の闇の一つの表れだったのか

どちらにしても、それぞれの人生で必然の流れだったのでしょう。


それにしても、さすが私の母は、すでに清々しい感じで

父の遺品もすべて処分し、父の子供の頃のアルバムなども

すべて捨ててしまったそうで

弟夫婦にも

「アルバムまで捨てることないのに~」と言われたんだそう。


みんなにそう言われても

「写真は少しだけ残しておけば、十分よ。

アルバムなんて持っていても見ることないし、いらないわよ」と

あっさりと笑っている母を見ていると

感傷的で人情深く、思い出や情に浸っていた父とは対照的で

ああ、だから私は、子供の頃から

母を通じて、女性のうちに秘めた強さを感じてきたのだなあと。

そして、私自身は、その両方を受け継いできたわけです。


母は、早速、6月には友人たちとオーストラリアに旅行するそうで

この9年間、父の介護のために、全く外に出れなかった母は

やっと自由になれたわけですから

これから、よりパワフルに生きていってほしいなあと。


そして、7日は、弟夫婦と子供が京都からやってきました。

1歳7か月の甥っ子は、去年の10月に会った時には

全くおしゃべりしていなかったのに

今回は、ペチャクチャとおしゃべりしていて、むちゃ可愛いです。


弟の話で、骨壷に入れるために、父のお骨を小さく砕かなければならなかったという

話がとても印象的でした。

父は身体はすべてボロボロだったのに、骨だけはしっかりしていたそうで

なかなか崩れなかったそう。

自分の父の骨を砕くという作業に、弟は

「自分の感情を感じないようにして行わなければならなかった」と

話し、私は弟のその時の思いが伝わってきて

弟がその辛い役をやってくれたことに、本当に感謝でした。


そして、4月8日、父の四十九日を家で行いました。

  

お坊さんがお経を唱えている間、甥っ子は楽しそうにおしゃべりしながら

走り回り、お坊さんに触りたくてたまらない様子で

その甥っ子を見ているとおかしくて

事前にイメージしていたような、静かに父への祈りを捧げるセレモニーではなく

とても賑やかな四十九日となりました。

きっと父も賑やかな四十九日を楽しんだことでしょう。

 

納骨した場所には、美しく桜が満開でした。

桜が好きだった父は、この時期に見送って欲しかったのかなあと。 

納骨した後、みんなで志賀島の和食の店に行き、懐石料理を頂いて

四十九日は終わりました。


そして、今日、4月9日は、私の誕生日。


たまたま、私の誕生日の前日が、父の四十九日にあたるなんて

これも宇宙の計らいなのか、父の魂の導きなのか。

49日を終えて、私もまた新たに生まれ変わった気持ちでいます。


今日は、こうしてブログをアップしたり、弟へのセッションを行ったりして

家族とゆっくり過ごす予定です。

(音叉を自己調整のために少しだけ持ってきたのだけど

つい目の前にいる人のセッションをしたくなってしまうのよね~ウィンク )

夜は、みんなでお祝いしてくれるのだそう。


そして、また明日の朝には、福岡を出発して、ハワイに戻り

次の日からは、アーキュトニックのクラス3のスタートします。


これから、クラス1のことや

ロンのことやドロシーのセッションの後日談など

またハワイに戻ってから、アップするつもりです。

実は、このクラス1の間、私はこれまでにはなかった感覚があり

最初は、それはどう受け止めていいのかわからなかったのですが

少しづつ、私の中の感覚もクリアになってきています。


は~久々にむちゃ長くなった~。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます~ハート(手書き)








最終更新日  2017年04月09日 13時27分02秒
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2017年02月22日
カテゴリ:つれづれ

数日前、2月19日に、私の父が他界しました。

享年82歳でした。

今から、8、9年前に脳梗塞で倒れてから、奇跡的に回復して

一時は、普通に歩いたり、食事をしたりできるようになったものの

その後、パーキンソン病を発症し

また、その薬の副作用もあり、身体のありとあらゆる器官がダメージを受け

歩くこともできなくなり、入退院を繰り返していたのですが

もう去年はずっと入院していました。

母曰く、薬の副作用で、記憶がもう曖昧になっていて

今、自分が入院していることもわかっていないとのことでしたが

去年の10月に私が病院を訪れた時は

比較的元気で、食欲もあり、私に

「仕事は順調か?』などと聞いてきて、しばらく話をすることもできました。

母の話では、こんなにまともに話をしている父を見たのは

久々とのことでした。

でも、薬の副作用で、足の皮膚が赤黒くなっていて

父が痛がるので、医者からもう薬ではどうにもならないから、切断した方がいいと勧められ

去年の年末に、足の切断の手術を受けたのですが

その手術の後、急に体力が落ちて

食べることもできなくなり、意識も朦朧としていました。

今回、ハワイに行く前に、母と電話で話をして

いよいよもうダメかもしれない、とのことで

「私は、このリトリートの最中は日本に戻るわけにはいかないけれど

3月になれば、日本に戻ることもできるし

もしも何かあったら、ニューヨークの自宅の電話に

メッセージを残しておいてくれたら

ハワイからでも聞くことができるので、すぐに電話して」

と母に伝えていました。

そして、そのお知らせを受け取ったのは

第2班のリトリートがスタートして8日目のことでした。

第1班は6泊7日のリトリートですが、この第2班は、9泊10日で

リトリート+キネシオロジーのクラスでした。

その日の前日に1日ハワイツアーも終えて、残りは3日間のクラスという時で

その日の午後は、二人一組で14筋反射の取り方の実践を行っていました。

私はみんなの実践の間、それぞれのテーブルに回って

プロセスを見守ったりアドバイスしたりしていたのですが

ひと段落したので、椅子に座って、マックを開いたら

母からの留守電メッセージが入っていることに気づいて

胸がドキンとしました。

「この日のクラスがまだ終わっていない時に

今、ここでメッセ~ジを聞かない方がいいかもしれない」

そんな思いがよぎりましたが、それでも聞かずにはいられず

マックを持って外に出て、母からの留守電へのメッセージを聞きました。

そして、その予想通り

それは父が亡くなったというお知らせでした。

ズドンと胸に突き刺さるようなショックを感じました。

母の「あなたが帰ってこれる3月まで

お父さんが持ちこたえてくれるように祈っていたのだけど」

という言葉が、こだまのように私の中で響きました。

父が逝くことは、8、9年前の脳梗塞の後からずっと覚悟はしてきたのに

私が帰ることができないシチュエーションで父が逝ってしまうことを

私は意識のどこかで、とても恐れていた

ということを改めて感じました。

修に「お父さんが亡くなった」と伝えると

「このタイミングだったのか~」と抱きしめてくれて

涙が止まらなくなりました。

でも、この日のクラスが終わるまでは、参加者には伝えないでいようと

最後までクラスを行いました。

そして、夕食の後にみんなにシェアしました。

父が亡くなったことは、とても悲しいけど、

でもこの8、9年間、ずっと病気で苦しんできた父にとっては

やっと楽になれたわけだから

むしろ、祝福してあげたい気持ちであること。

ただ、父の最後を見送りたかったという思いが

私の中で大きかったこと。

それでも、やはり、すべては完璧なタイミングで起こっている

ことを信頼していること。

話ながらも、涙がポロポロと流れてきました。

すると、参加者の一人が

「のりこさん、明日の朝、日本に戻ってください。

私たちは、もう十分やってもらったし、残りのクラスは

また次回日本でクラスを開く時にでも、参加させてもらったらいいですから」

と伝えてくれました。

すると、みんなも「そうしてください、私たちのことは大丈夫ですから」

「日本では親が亡くなったら、仕事は休むものです」

「私たちはクラスはいつでも受けれるけど、お父さんを見送るのは

もう二度とできないのですから」

と口々に言ってくれました。

このクラスのために、日本からハワイまで来てくれているのに

私のために、そう言ってくれるみんなの気持ちが本当にありがたくて

みんなの言葉を聞いているうちに

もしそれが可能なら、明日の朝、日本に立てば

お葬式には参加できるだろうし、そこで父を見送ってから

リトリート第3班が始まる前に、またここに戻ってくることができるかも

という思いが私の中に芽生えてきました。

父が亡くなったというお知らせを聞いた瞬間から、父との思い出が

走馬灯のように私の中に出てきていて

もう父のスピリットは父の肉体を去ってしまっているとしても

最後に一目、父を見たいという思いが湧いていました。

でも、同時に、今、ここで日本に戻ったら、それはそれで

後悔を残すような気もしていました。

もし父なら、こういう時どういうだろう?と思ったら

責任感の塊のような父のことだから

「そんな仕事をほっといて帰ってくるな。俺のことはいいから

そこで自分の仕事をしなさい」

というのだろうなあと。

みんなは「のりこさんがやりたいようにやってください」

と言ってくれたものの

お葬式に出て、父にお別れを言って、見送りたい

という思いと

このリトリートでみんなと最後まで一緒にいたい

という思いの両方が私の中にあり

この時、どうしたらいいのか、全くわかりませんでした。

感情が高ぶっていたし、とてもその時の私では決断することができず

修が「それならカードを引いてみたら」と言って

マップカードを持ってきました。

そして、引いた1枚目のカードは

「今は自立を求められている。甘えることなく

自分がやるべきことをやること」という内容で

どう見ても、これはみんなの言葉に甘えるのではなく

ここに残るという意味に捉えられました。

でも、まだそれを受け入れられず、さらにモヤモヤしたので

2枚目のカードを引くと

ゴーストランドというカードで

「追憶の中に生きるのをやめて、今を生きなければなりません」

という内容で、これもどう見ても、ここに残るという選択を

示唆する内容でした。

参加者の一人が

「ゆうきちゃん、これはどう読む?」

とゆうきちゃんのカードのリーディングを聞きました。

しばらくの間、黙って、そのカードを見ていたゆうきちゃんは

言いにくいことを言う時の面持ちで

「私は自分のお父さんが亡くなった時に

ずっとそばにいることができたし

のりこさんにも戻って欲しいと思うのだけど。

でも、このカードはここに残れと言っている。

どうして?

どうしてのりこさんは、残らなければいけないの?」

とポロポロ泣いていました。

「でも、このカードは、どこにいてもつながっているから大丈夫と言っている」

ということも伝えてくれました。

ゆうきちゃんのカードリーディングを聞いたことで

私の中にあった感覚もクリアになってきました。

みんなの申し出はとても嬉しかったし、葬儀に出たい気持ちも大きいけれど

やはり、最初に私が決めていたように

このリトリートが終わるまでは日本に帰らないという

決断をすることができました。

ここに残ることが、今の私には必要なことで

そして、これは単に「仕事の責任感」というようなことだけではなく

私の本質が、魂が求めていることだということを強く感じていました。

それから、お酒が好きだった父のために一杯飲みたいという私の思いに応えて

みんながワインを一杯ずつ付き合ってくれました。

一方で、決断はしたものの、今度は私の中に

母に対して、こんな時にそばにいてあげることができないことへの

罪悪感や不十分感が生まれて、ズドンと落ちて行きました。

もう身体も精神も限界で

とても次の日、クラスをやれそうになかったこともあり

この日の夜に修がキネシオロジーのセッションをやってくれました。

父の逝去のお知らせを受けた時のショックで、エネルギー的な統合率は

一気に70%まで下がっていて

グラウンディングが下がったところに、みんなのエネルギーと共鳴して

さらに悲しみや無力感が強くなっていました。

セッションの中で、もう父には生きて会えなくなったのだという寂しさや

最後のお別れも言えなかったという無念さや

母への罪悪感、無力感のような感情が

一気に出てきて、ワンワン泣きました。

修は静かに抱きしめてくれた後

サウンドヒーリングでそれらの感情や思いをリリースしてくれました。

ヒーリングが終了した後、すっきりして

いつもの自分を取り戻すことができました。 

そうしているうちに、弟の奥さんからのメールで

お通夜は、次の日、そしてまたその次の日がお葬式になったことが連絡があり

その後、母と電話がつながり、母と弟と話しをすることができました。

今回、弟夫婦が母のサポートをしてくれていることが

何よりも私の心の大きな支えでした。

父の最後は、苦しむこともなく、眠るように安らかに

亡くなったとのことでした。

母が「あなたはこれまで、もう十分にやってくれたからね。

今、戻ってこれなくても

お父さんに、あなたの気持ちは届いているから」

と言ってくれました。

そして、3枚目のカードを引いたのですが、選ばれたたカードは

「悲しい抱擁」というカードで

内容は「損失は人生の一部です。癒すための時間を取ってください。

失望は感じ方の一つの形式です。

もし期待と合わなかったのであれば、悲しみと悲観とともに

損失感が生まれます。その感情を表して下さい。

涙は命を復活させる癒しの雨です」

という内容でした。

お葬式やお通夜は、故人の為というより

残された人たちが、故人と感情的、精神的にお別れをするためのものなのだ

ということをこの時ほど思ったことはありませんでした。

でも、その希望が叶わなくても、私はここで父とお別れをすることができるのだと

いうこともわかっていました。

その日はボロボロ泣きながら眠って

次の日の朝、起きた瞬間からポロポロと泣いて

私の目はすっかり腫れ上がってしまいました。

でも、気持ちはかなりすっきりしていて

その朝の弟の奥さんからの

「お母さんと、私たち3人(弟夫婦と子供)で

お父さんをしっかり見送ってきますからね」

という暖かなメールを読みながら

私は今、ここでのクラスとみんなに全力を向けよう

という気持ちになっていました。

親が亡くなることは、誰でも経験することであって

時間とともに癒されていくのは自然なことですが

ヒーリングはそのプロセスを一気に早めるなあと。

そして、次の日のクラスの内容は

インナーチャイルドヒーリングでした。

このクラスの参加者は、全員、超エンパスだったこともあり

私のエネルギーに共鳴して、それぞれの不十分感が罪悪感が強く出ていました。

そのことが、逆にみんなのインナーチャイルドへのアクセスを高めることになり

クラスの実践の中で、大きな解放が起こっていました。

クラスの後、参加者の一人でサイキック的な力がある人が

「解放の最中に、のりこさんのお父さんと会いました。

こんな風にお世話になっています、とお礼を言っておきました」

と伝えてくれました。

そして、この日のクラスを行いながら

本当に全ては完璧なのだ、ということをひしひしと感じていました。

そして、昨日、2月21日に父の葬儀が終了しました。

母曰く、思っていたより多くの人がお通夜とお葬式に来てくれて

とてもいいお通夜とお葬式だったとのこと。

私のいとこが、お通夜の後

「僕はおじさん(私の父)とここで一晩、焼酎を飲みたいので

皆さんは家に戻ってください」と言ってくれて

お通夜の後は、母は家に戻って眠ることができたとのことでした。

父がみんなに温かく見送ってもらうことができて、本当に良かった。

私は、このリトリートが終わった次の日、3月3日に

一度、日本に戻ろうと思っていたのですが

その後、母と電話で話をしたら、3月よりも

四十九日法要の納骨の時に戻ってきてほしいということでした。

4月はカラニリトリートでのロンのクラスの最中ですが

オーガナイザーと言っても、実際のクラスが始まれば

特にやるべき仕事はないので

修もいるし、私が1週間ぐらい、いないのは問題ないし

4月に入ってから1週間ほど、福岡に戻ることに決めました。

私は仏教のいうところの、四十九日目に故人が天国と地獄に分かれて旅立つ

という話は信じていないですが

そういうセレモニーを通じて、改めて父とお別れができるような

気がしています。

こうして激動の第2班リトリートが昨日、終了し

明日には、リトリート第3班を迎えます。

父のことだけでなく、本当に色々なことがあった第2班リトリートでしたが

みんなと喜びも悲しみも分かち合うことができて

深いつながり感を持つことができたなあと。

お父さん、これまでありがとう。

お父さんの娘として、生まれて来ることができてよかった。

どうか安らかに天に召されてくださいね。

読んでくださって、ありがとうございます。







最終更新日  2017年02月23日 09時01分43秒
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2017年01月10日
カテゴリ:つれづれ

先日、クライアントさんから

「貧困意識について、また今度~とブログに書かれてありましたが

あれはどうなったんですか?』と聞かれたので

ああ、そう言えば、それについて書こうと思っていたのだった、と思い出し

今日は、貧困意識について、アップしてみますね。

ちなみに、私の記憶力は非常に偏っているというのか、都合のいいようにできているというのか

例えば、セッションで上がってきた脳の情報などは

大量であっても、メモなしでほぼ記憶しているのに、私がセッション中に

クライアントさんに伝えたことや、ブログに何気なくアップしたことに関しては

ほとんどすぐに忘れているんですよねあっかんべー

先日も、飲み会で「のりこさん、先日~~と言われていましたが、それどういう意味ですか?』

と聞かれて「へ~そんなこと言ったの、私?

う~ん、その時、どういう意味で言ったんだろうね~」

と私もよくわからなかったりしたわけですショック

特にセッション中は、クライアントさんの意識と同化して

その人の身体からの声を、そのエネルギーのまま伝えていることもあって

私自身が個人的に~~に対して、どう思っているか?ということに関しては

ほぼ意識してないということもありますが

メールやブログで書いたことなども、すっかり忘れているところを見ると

とにかく、私の記憶というのは、かなりアテにならないのは確かです。

メールでのお返事も、私は考えて返事を出す、ということはしなくて

読んだ時にそのまま会話と同じ 感覚で答えているので

後から読み直すと、ひゃ~こんなこと書いてるし、、、雫 ということも多いです。

それで失敗したとしても、その失敗からまた気づきがあったりするわけで

まあいいか~と。

(私の辞書には、後悔という概念はないのか)

 

ということで、メールでもブログでも

もし何か私が忘れていたら、リマインドしてくださいませ。

さて、今日の本題に戻って、貧困意識。

これは、実際にその人が貧困ということではないですし

その人がどれだけ貯金があったり、今、お金を稼いでいるか?

などということとも関係ない意識です。

まず、ほとんどすべての人にとって、魂レベルで望んでいることの一つに

「自由に生きること」ということがあります。

一体、何が本当の自由なのか?ということは

様々なレベルを含んでいるので、一概には言えないのですが

クライアントさんの潜在意識の声を聞いていると

多くの人の中に「お金」というのが、自由に生きるための一つの要因になっています。

つまり「お金がないと自由に生きられない」という意識があるということです。

この意識があるということは、お金に縛られているということであり

お金によって、自由や幸せが左右されることであって

それを私は豊かさの意識の反意語として、貧困意識と呼んでいます。

貧困意識であれば

「やりたいことをやるため(自由になるため)にはお金が必要」

「(だから)今、やりたくないことをやってお金を得る」という

魂の本質からずれたことになってしまうわけですね。

しかも、やりたくないことをやれば、エネルギーは必ず枯渇しますから

ほぼ永遠にやりたいことには向かわないわけです。

将来のお金に対する不安がある、という方は、もちろん貧困意識ですが

楽してお金を得てはいけない、とか

好きなことだけやっていれば、生きていけない、など

中には、未だに

「お金持ちは自分勝手で傲慢な人が多い」などの清貧思想を持っている方もいます。

先日、お越しになったクライアントさんで

「楽して(一生懸命働かずして)お金を得るなんて、いつかバチが当たる、って思っています」

と言われた方がいたので、思わず笑ってしまったのですが

実は、楽してお金を得てない状況(を作り出している意識)こそが

バチが当たっている状態と言えるんですよね~。

バチと言っても、罰という意味ではなく

自分の無意識レベルでの恐れやそこからの信念が

そのままの現実として表れているということです。

例えば、一昨年、去年に、おさむが何度か急に仕事がぱったり入ってこない時期があって

お金の問題が出てきたことがありました。

彼はヒーラーとしての力はあるし 

これは仕事やお金の潜在的なブロックだなあと

セッションを行ったのですが、やはり、貧困や奴隷としての過去世がたくさん出てきたのと

彼の場合は、人に与えることができなかった過去世や

人を抑圧してきたカルマなどもあったので

それを解除したら、その次の日から

また前に戻って、バンバン仕事が入ってくるということが、何度かありました。

もちろん、彼の意向や顕在意識に関係なく起こっている無意識レベルでの問題なんですが

それを変化させると、本当、不思議なぐらい

すぐにそれを現実として見せてくれるんですよね~。

さて、貧困意識は

例えば「今、安売りだから、ついでに買っておこう」とか

「せっかく、ここに行くのだから、ここにもついでに行ってみよう」とか

「今は使ってないけど、将来使うかもしれないから、とりあえず、捨てずに取っておこう」

などというのも貧困意識から生まれる思考パターンです。

「一つ買えば20ドルだけど、二つ買えば34ドル」

「今だけ、特別キャンペーンで、料金割引」などというのは

この多くの人が持っている貧困意識を煽るビジネスのやり方ですね。

でも、貧困意識から生み出されるものは、やはり貧困意識なので

最初は得したつもりでいても、本当は一つしか必要なかったので

結果的に無駄なことになってしまったり

また、そういうビジネスを提供している方も

料金を安くした時だけしか購入してもらえない、などという現実が生まれ

豊かさのサイクルを生み出さなくなってしまうのです。

また、物を購入する時に、それに関するあらゆるものを比較検討してからでしか

決めれない、というのも貧困意識です。

貧困意識の根底にあるのは「自分は不十分」「足りない」という意識なので

損をするのがとても恐いわけです。

ですから、貧困意識だと、目先の損得勘定に走って

選択してしまいます。

そして、目先の損得勘定で動くと、ほとんどの場合、自分の人生にとって

本当の得にはならず、結果的に損をする、ということになるのです。

例えば、わかりやすい例を取って言えば

少しでも安くて気に入った物を買おうと、比較検討しながら

あちこち人混みの中、歩き回って、結果的に身体が疲れてしまい

(この場合、憑かれていることも多いですが^^ウィンク )

しばらくの間、やりたいことができなかった、とか

また例えば、アルバイトをしていて、それがやりたい仕事でなくても

何もやらないよりマシだ、と必要以上に、臨時で仕事を入れたり、残業したりして

それでストレスが溜まり、ストレス発散のために、無駄な物を購入したり

食べ過ぎたりしてしまった、とか。

お金は、自分を豊かさにするエネルギーの一つにしか過ぎないわけですが

お金のために、自分の心地よさや喜びを犠牲にしているという

主従が逆になっている状態なわけですね。

物を買っても買っても、すぐに他のものが欲しくなる、とか

他の人が持っていたら、欲しくなる、というのも貧困意識です。

また、例えば、何か興味のあることを学びたいと思っていても

そのクラスをとって、それがすぐに役に立つかどうか

クラス料金の元を取れるかどうか?などという目先の損得で考えると

なかなかクラスを受ける気にならず

いつまでも変化できなかったり、何も生み出さなかったり。

貧困意識の人は、決断力がなく、行動が遅い方が多いのは

喜びのための選択ではなく、目先の損得で考えてしまうからです。

さて、今、お金が不十分だと思っている人は、ほとんど貧困意識ですが

今、お金が十分にある人が、貧困意識ではないかというと

必ずしもそうではないんですよね~。

私は資産と言えるようなものは、何も持っていませんが

(資産は、音叉ぐらいだな~。いや、それより私自身が資産なのだ~~)⇨なんて言ってみたあっかんべー

私のクライアントさんには、ビルなど不動産を何件も持っているとか

レストランを何件も経営している、とか株を多く持っているとか

いわゆる、資産家も何人もいらっしゃるのですが

案外、セッションの中で、貧困の過去世などが、上がってきたりします。

そうすると、やはり、お金があっても、やりたくない仕事をやって稼いでいて

なかなかやりたいことには踏み出せないでいるとか

入ってくるお金も大きいけど、出て行くお金はさらに大きく不安定とか 

新たなビジネスを展開したいのに、リスクを負うのが怖くて進めない

などという、今の現実が生まれているんですよね。

いくら、たくさんお金を持っていたって、やりたくないことをやっていたのでは

何のためのお金なの?という話なのですが

貧困意識があれば、失うことの恐れは常にどこかにあるわけですから

どうしてもそうなってしまうのです。

ですから、人生が上手くいっていると感じている人のほとんどは

実際にその人がお金をどれだけ持っているか?ということに関係なく

豊かさの意識ということになるんですね。

貧困意識であれば

「何を持っているか?」に常に意識があるため

人が持っているものを羨ましいと感じたり

いくら自分もいろいろ持っていたとしても、人と比較すると

自分は、まだまだ不十分である感覚になります。

先日も、クライアントさんで

「友人が成功していると素直に喜べなくて

逆に嫌な気持ちになるんですよね」と言われていた方がいましたが

貧困意識であれば、例え喜んであげたいと思ったとしてても

「自分は不十分」なので、妬ましく感じてしまうわけです。

人の成功や幸せを喜べないのは、とても苦しいことだと思うし

幸せ感や喜びの人生とはかけ離れて行きます。

「清貧」ー清く貧しくーというのは実際にはないわけで

本当は「清豊」ー清く豊かーだなあと。

また、貧困意識は、分離意識とも言えるかもしれません。

無限の豊かさ=ソースから分離しているわけですから。

貧しいと、助け合って生きるというイメージがありますが

案外、貧困意識の人は、人に迷惑をかけてはいけない

という思いで、甘えられない、頼れない人が多いんですよね。

お金を持っていなくても、旅先でいろんな人と繋がりながら

そこにステイして、世界中をあちこち旅しているケントくんみたいな人を見ると

お金と自由さは関係ないなあと、つくづく感じます。

さて、私はキネシオロジーを始めてから

いや、正確には、自分の経験からだけではない深い意識レベルに目を

向けるようになってから、自分の中(とも言えないけど)の貧困意識にも気づいて

その度に解放しつつ、年々、さらに豊かさの意識は高まっているなあと感じていますが

基本的に、若い頃から、周りの友人や知りあいが

お金持ちや豊かな人が多かったこともあり

また、私自身が「人のお金は自分のお金、自分のお金は人のお金」

みたいな意識でいたこともあって

自分がお金を持っていなくても、意識はなぜかお金持ちの感覚でいたのが

つくづくラッキーだったなあと。

(まあ、いわば勘違いでもあるわけですけどねあっかんべー )

20代、30代は、実際にお金はなかったですが

いつもやりたいことはすべてやれてきたのも

その意識でいたからなんですね。

もしかすると、この話も何度も書いたかもしれないけど

私が、初めてニューヨークに来た時も、貯金はゼロ。

というより、むしろマイナスで

当時、楽器などカードのローンもたくさんある状態だったわけですが

友人や知りあいの人たちから、寄付してもらって

誰も知っている人がいなかった、このニューヨークに

一人で移住してきたわけです。

そして、着いて生活必需品を買うと

全財産500ドルだけだったことを覚えていますが
思い出す限り、不安というものはなかったのは

意識のどこかで、人と繋がっている感でいたからなのかなあと。

(ま、その頃、どう感じていたのか、記憶は確かではないですがウィンク

実際に、ニューヨークに暮らしてしばらくしてから

楽器が欲しいな~と思い始めた頃、知り合った友人が

使わないシンセサイザーと録音機材を貸してくれたり

レコーディングしたいな~と思えば、無料でスタジオを貸してくれる人が

現れたり、3万ドル必要な時には、投資してくれる人が現れたり。

もちろん、友人に食事をおごってもらうなんてことは

ほぼ日常のことでした。

(当時は、まだ役立たずゲーム真っ最中だったしね)

これまでの人生で、お金だけに限らず、たくさんの人にお世話になったのですが

お金は循環するエネルギーだというのは、10代後半から知っていたので

感謝はあっても、申し訳ないという気持ちは持ってなかったなあと。

だって、受け取ることも喜びであり、与えることも喜びであるのですから。

受け取ることは、相手に与える喜びを与えていること、なんですよね。

先日「甘えることを学ぶために、勇気を出して

クラスのお金を寄付してくれるようにFBで呼びかけたい」という方が

いらっしゃったんですが

その方の呼びかけ文では、ヒーリングを学んで人を助けたいから、そのために

クラスを受ける必要がある、という「お金を受け取る理由」を書かれていました。
(結果的にアップはされなかったのですが)
「人を助けるために必要なお金」として大義名分を掲げている限り

全く、甘える学びにはなっていないんですね。

甘えることができる人は、何も受け取る理由がなくても
また、勇気を出して告知しなくても

周りの人たちから、いろんな形で受け取ることができるのです。

日本人は世界一、貯金する国だそうですが

私は全く先のことを計画できない母の影響なのか

若い頃から、貯金しなければ、という発想は、ほぼゼロでした。・

というより、どちらかといえば

貯金をしたら、エネルギーが’滞るのであまりよくない

という感覚でいたのが長かったなあと。

お金に対する感覚は、その人の本質的な意識と関わっているので

同じような感覚の人とつながるんですよね。

もう20年以上前ですが、幾つかのサロンを経営しているオーナーで、親しくしていた友人が

「お金は油断をすると、すぐに貯まって(溜まって)しまうから気をつけないと」

と言われていて「おぉ、その感覚、好きだなあ」と思ったことを

今でもよく覚えていますが

私の場合、当時、入ってくるものも少なかったので

貯まらないように気をつける必要もなかったのですが

将来のために、今、やりたいことを抑えて貯金する、いう人の感覚は

全く理解できませんでした。

だから、昔から、友人や周りに

お金の不安を持っている人は、ほとんどいなかったのだなあと。

とはいえ、実は、この「お金が貯まるのが怖い」という感覚も

探っていくと、貧困意識の裏返しだったりするのですけどね。

私の場合は、成功して妬まれたという前世的、集合無意識的なエネルギーと

かなり多く繋がっていたこともあって

意識のどこかで、お金を多く持つことなく、循環している状態でいたい
というのが無意識にあったわけですが

このあたりは、ここ最近になって、ようやく解放できたところかもしれません。

(まだどこかに残っているかも、だけど)

私の貧困意識は

お金に困っている人に同情する
ということに出ていたので、以前、何度かそういう人に無料でとか

安くしてセッションをやってしまったりしたことがあリました。

同情やギルティ感からではなく、ただサポートするのが喜びだからやっていることは

問題ではないのですが、同情するということは

その人のお金を生み出す潜在的な力を信頼していないということであって

逆にその現実(のように見えるもの)を生み出してしまうわけです。

そういう過去世や集合無意識と繋がっていると、時々

感情的にどうしてもやらずにはいられなくなったりするわけですね。

 

与える喜びは、与える側に、同情やギルチィ感や義務感がないからこそ

純粋に感じることができるし、そして相手も

申し訳ないという気持ちからではなく、受け取る喜びとなり

豊かさのサイクルとなるのです。

私の場合、貧困の過去世もありましたが、過酷な労働をやった過去世が

かなり多くて、一時期、自己ヒーリングで毎回のように上がってきていました。

特にヒーラーとしての使命を持った過酷な労働の過去世は、一体どんだけ~と

ほとほと呆れるほど。

いくら好きなこととは言え、過酷な労働であれば

寿命を縮めますからね~ウィンク

先月、予約を取らないことに決めることができたのも

そのあたりの過去世が解除できたからかな~と、思っているのですが。

ということで、2017年は

私と出会う人、つながる人の全てが、さらなる豊かさの意識で

自由に生きてゆくことができる世界をクリエイトするために

さらに私も豊かさの意識を高めて参りたいと思います~ワイングラスカクテル 







最終更新日  2017年01月11日 14時25分08秒
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2016年12月20日
カテゴリ:つれづれ

昨日、小さな決断をしたので、そのお話を。

少し前に、自己ヒーリングを行った時に

「今はもう必要のないものを手放す」というのが情報として出てきて

それは物ではない、事柄だと身体から伝えてくるのですが

今、やりたくないことなんて、何もやってないしな~と何も思いつかず

その時は、それが何を示すのか、よくわからないでいました。

一方、少し前に来年8月の予約が終了し、9月もあっという間に埋まっていって

この数日で一気に9月前半までの予約枠がすべて終了してしまいました。

2~4月はハワイに滞在するし

9月後半から、10月末までは、キネシのクラスや日本滞在のために

通常のセッションはお休みなので、その他の月の予約枠はすぐに埋まってゆくわけですが

次の予約を取るとしたら、来年11月からになってしまいます。

そこで昨日の朝、起きがけにふっと湧いてきた選択が

「今後、これ以上は、もうセッションの予約を取らないでおく」

ということでした。

この決断をする前にも、もう今の予約システムが機能していないことを

伝えるメッセージはいくつもありました。

例えば、先日、予約を忘れてしまって、セッションをミスされた

クライアントさんが数人、続けていらしたこともそうでした。

中には、時間を無駄にさせて、申し訳ないからキャンセル料を支払います、などと

言ってくださった方もいましたが、随分前に予約されていて

私もリマインドのメールは送っていないので

忘れてしまうのも自然なことですし

家がサロンなのですから、待っている時間を無駄しているわけではないので

私としては、忘れられても特に問題はないため、キャンセル料などは頂かないでいます。

でも、とても楽しみにしていて残念だから、他の日に振替えられないでしょうか?

と言われると、私の休みの日以外は、もう他には当分、空いていないので

入れることができないケースもあり

長い間待っていてくださったのになあと、すっきりしない感が残るのです。

また、例えば、新規の方のセッションをした後

その方が、病気や身体の不調などの問題を抱えていて

すぐにまた別のセッションを受けたいと言われることも多く

私も何回か続けて行えば、体調が改善されることがわかっていることもあって
そういう方には、セッションをすぐにやりたい気持ちで一杯になるのですが

次の予約は10か月後、というのも

何だかな~とすっきりしない感じがありました。

  

すっきりしない、ということは

何らかの変更が必要、ということなんですが

それでも、先の予約を取っていたのは

定期的にセッションを受けたい人たちがいること

そして、日本から来られる方たちが、前もって

予約を入れておかなければ、ずっと受けれないことになってしまうこと

というのがあったからでした。

そして、私自身、セッションをすることは喜びであるので

予約が先まで入っていること自体は

それほどストレスにはなっていなかったこともありました。

でも、それがいよいよ変更の時期に来たのだなあと。

今が12月で、来年11月までの予定が決まっている状況は

やはり自由さを失ってしまっているわけですし

結果的にクライアントさんへの対応もフレキシブルには

出来なくなってしまっているわけですから。

その決断をした後、この選択にわくわくしている自分を感じています。

来年11月から自分が何をしたいと感じるのか、それも楽しみなのです。

やっぱり、もっとセッションをやりたいとなれば

クライアントさんに一斉メールを送って、1か月ごとぐらいの予約を取るのもいいし

どこかに長期で旅をするのもいいし

音楽制作をしばらく集中的にやるのもいいし

日本滞在を伸ばして、キネシオロジーのクラスをニューヨークや
東京だけでなく、福岡など他の土地でやってみるのもよさそうだし、、

その時になって決める、という自由さを味わってみようと。

その決断をした後、この決断に関して引いてみたマップカードが

「Wishing well 」の正位置。

「願望は人生を生み出していくために、最も重要な衝動です。

今、あなたは願望とひらめきの関係を見て、新しい人生の開始を予感し

真実の瞬間を感じているでしょう。

このカードは、新しいことが始まる目に見えない力の存在について

あなたを目覚めさせます。

あなたの意図を形づくり、願望の井戸にコインを落として

行動を起こしてください。

驚かされることを覚悟しておいてください」

わ~いハート(手書き) どんな驚きが待っているのかしら。

ということで、当分の間、セッションのご予約は受け付けないことに

なりましたので、どうぞよろしくお願いいたします~。

(今、入っている分は大丈夫です)

あ、もちろん、おさむの方は予約をいつでも受け付けていますので

ぜひおさむのセッションを受けられてくださいね。

 

さて、明日は冬至。 

 

冬至は、身体のデトックス、人間関係のデトックス、物の処分

エネルギー的な浄化などデトックスには最適の時期です。

例え、以前は必要だったものでも、今は不要になったものや事柄を手放して

新たな年を迎えましょうねワイングラス

 







最終更新日  2016年12月21日 02時04分03秒
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2016年12月06日
カテゴリ:つれづれ

このところ、ノンデュアリティだ、宇宙人だという話題が続きましたが

今日はまた全く違う観点から、書いてみようかと。

あらゆることは、見る観点や次元を変えると

全く違った話になってくるわけで、何とでも言えるわけなんですが

全体的なエネルギ-として伝わるといいなあと。


時々「自己価値を高めるにはどうしたらいいのですか?」

とクライアントさんから質問をされることがあるので

これまで何度も伝えてきたことですが、再び、自己価値について。


何度かお伝えしてきたように

自己価値、というのは、私たち人間を形成している一つの意識で

「自分が(例え、何もしなくても)そのままで存在価値があるという感覚」

のことだと私は捉えています。

このことは、キネシオロジーのクラスでもお話しするのですが

これは頭で言葉として意味を理解できていても、多くの人は

それを感覚として理解しているわけではないんですね。


なので「自己価値を高めるために、~~しなければ(私は不十分)」ということ自体が

すでに自己価値が低い、ということになってしまうので

この意識のまま何をやっても、自己価値は低いまま

ということになるわけです。

ですから、どうしたらいいのですか?と聞かれれば

「特に何もする必要はありません」としか答えることができないわけです。


そもそも自己価値というのも一つのエネルギーである以上

それを紐解いていけば、例えば、脳の要因だったり、親からの遺伝の性質だったり

インナーチャイルド(子供の頃の意識)だったり

前世のエネルギーだったり、はたまた惑星のエネルギーだったり

色々な次元やレベルでの要因が関わっているわけです。

ですから、私のセッションでは

その意識に関わる様々なエネルギーを

本来の自然なものに戻してゆくプロセスを行うことで

結果的に自己価値も高まってゆくようにするということで

何か考え方や捉え方を変えているわけではないわけです。


それでも、セッションを受けること以外にできることは?と聞かれたなら

私がお勧めするのは

「役立たずになること」だなあと。

つまり

「役立たずの自分を受け入れ、愛すること」


自己価値を受け入れている意識自体は、人の役に立つ、立たないには関係ないのですが

人の役に立ちたい、と願っている人、もしくは

人の役に立とうと頑張っている人の多くは

根底には自己価値の低さがあり

人の役に立つことで、自分の価値を(自分で)認めたい、という意識が

あるからなので、一度、徹底して、役立たずでいる、というのは

自己価値を高めるプロセスとしては、決して悪くないわけです。

人の役に立つのは難しい、と思っている人は多いかもしれませんが

実は、役立たずになる方が、難しいことかもしれません。


ということで、自己価値を高めるゲーム

題して「役立たずゲーム」のルールをアップしてみると。

(ゲームですから、遊びですよ、遊びウィンク )


その1)役立たずですから、人の期待に応えて何かをしたら、減点です。

その2)人を喜ばせてしまうと、減点です。

その3)どんなことであれ、本当は自分がやりたくないことをやると

    スタ-ト地点に戻ります(スゴロクか?)

その4)自分でもできることを、人が代わりにやってくれたら、得点。

その5)あなたって、わがままな人よね~と友人や家族やパートナーから言われたら、得点。

その6)あなたって、いい加減な人よね~と友人や家族やパートナーから言われたら、倍得点。

その7)人が自分に何かをやってくれた時に相手にお返しをしようとしたら、減点。

をの8)自分が何もやってないのに、相手から与えてもらったりやってもらっても

    何も罪悪感を感じなかったら、さらに得点。

その9)人から頑張ってるね~と言われたら、減点。

その10)友人や家族やパートナーから、あなたって本当、何もできない人ね~、とか

    何も知らないんだなあ~などと言われたらボーナス得点。

その11)そんな人の役に立たないでいる自分が、むちゃ大好き~と感じられたら、ゲーム終了。


ぷぷ、こうして改めて書いてゆくと笑えますが

私は、このゲーム、高校生の時から30代前半ぐらいまでやっていたんですよね~。

もちろん、当時は、自己価値を高めるために、と思っていたわけではなく

全くの無意識でやっていたのですが、今から思うと、この時期が私にとって

自己価値を高めるという、癒しの原点だったのだなあと思うわけです。

自己価値というのは、人との関係の中で自分が感じている感覚であるので

人と全く接しない人は、ゲームそのものができないんですけどね。


小学校の頃の私は、自分のことが嫌いでした。

多分、私の人生で一番、自分のことが嫌いだった時期だろうなあと。

なぜかというと、成績も良かったし、先生にも気にいられていて

いわゆる優等生だったからです。

今から思えば、私は、例えば、算数などで難しい問題があると

寝るのも忘れて、夜中まで夢中で解いていたり、夢中で本を読んでいたりしていて

単に勉強が楽しかったんだなあと思うのですが

それを母がよく「本当あなたは頑張るわね~」と褒めたことで

「え?これって頑張っていることなの?」とわからなくなり

だんだんと「私は親や先生にほめられるために勉強をやっているのかしら?』

と、自分の気持ちがわからなくなったわけなんです。

これは以前にも確かブログで書いたかもですが、小学校5年の時に、

先生に「みんなが抱えている悩みを紙に書いてください」と言われて

初めて人に打ち明ける気持ちで書いた内容が

「私は自分をまるで偽善者のように感じていて、自分のことが嫌いです」

ということでした。


あ、話は逸れますが、私は子供の頃、将棋が大好きだったんですが

数学や将棋を解いていく楽しさというのは

まさに、今、私がキネシオロジーがワクワクする感じと同じなんですね。

数学で、宇宙の成り立ちやも説明できるわけですし

黄金律やフィボナッチ数列など、花や貝の作り一つを取っても

数字で表されるわけで、数字は自然であり、宇宙であり、エネルギーだなあと思っているのですが

一方で、将棋も羽生さんの脳などを見ると、直観力が普通の人より飛び抜けているそうで

数学も将棋も論理的な思考とともに、直感的なものが

何よりも大切だと思うわけです。

私は、そう言った意味で、自分のことをヒーラーやセラピストというよりは

研究者やオタク?に近いと思っているわけですが

子供の頃、夢中で算数や将棋をやっていたように

人の身体や精神やエネルギーの仕組みを紐解いていくのが楽しいのだなあと。


と、話を戻しますが、小学校の時に

自分のことが嫌いだった私が

やりたくないことはやらない、人の期待には沿わない、人に尽くさない、ということを

実践するようになってからは

自分のことが諸手を上げて、大好きになってきたわけです。

自分が大好きになると、人のことも大好きになるんですよね~。


人の期待には添わない、と決めてからの私は

今から思うと、まるで反抗期の子供であって

例えば、大学のクラスで、バイオリンが嫌いだ、となると

いくら先生からバイオリンの練習をするように言われても、全く練習して行かなかったり

会社に入って、上司が会社内では帽子を脱ぐように、と言われても

脱がなかったり

まあ、今から思えば「クラス受けるんだから、練習ぐらいしろよ」とか

「社内で帽子ぐらい脱いでもいいんじゃない?」って話なんですが

その頃の私にとっては、徹底して

人からの期待や要求に応えないでいる必要があったわけです。

それが反抗期の子供と違うのは、決して相手に反抗しているわけではなく

自分がやりたいことでなかったらやらない、ということなんですが

クライアントさんを見ていると、反抗期がなくて、ずっといい子でいたり 

親や周りの期待に沿っていた人のほとんどは

自分の感覚とつながることが苦手で、内観力が弱い傾向があります。


さて、このゲームでは、頑張ると、減点対象ですから

思い返せば、長い間、人から「頑張っているね」と言われると

「頑張っているからやっているんじゃない、好きだからやっているの」

ということを一生懸命、説明していたよなあと。

相手は単に軽い気持ちで激励してくれているだけなんですが

私にとっては、頑張っていると認められるとまずいわけで

一生懸命、それを否定していたわけですから 

今から思うと、それも笑えますが。

以前、おさむにもよく「のりこは、ほんと人の期待に応えないやつだな」と

言われていましたが、それは内心「やった~得点」

という感じでした。


こうして「役立たず」を実践していく中で、わかってきた感覚というのが

私は何て愛されているんだろう、ということでした。

大学時代も、私は学校の授業もろくろく受けず、バイトに明け暮れていたんですが

クラスのみんなは、テストの前になると、ノートを持って

私の家までやってきてくれたり

軽音楽部の先輩からや仲間からも、そして会社に入ってからも

いつも周りの人たちに愛されていることを

感じていました。


ニューヨークに来た後で、当時付き合っていた彼によく

「のりこは、ほんと経済力も生活力もないな~」とか

「のりこは、普通のことができないよね」

と言われていたですが、私にとっては、それはもう最高の愛の表現でした。

それは、もちろん本当にできないわけではなくて、やろうと思ったら

本当は何でもできるわけですが

何もやらない、役に立たない、何も尽くさない私を愛してくれている

というのは無条件の愛であって

そして、私も無条件に人を愛することを学んだわけです。


この「例え、自分でできても(やりたくなければ)やらない」というのは

特に女性には、大切なことなんです。


自己価値の低い女性は、男性に尽くすことで

愛されようとします。

でも、そうすれば、彼に認められたとしても

女性として大事にされなくなってゆくわけです。

例えば、力仕事や高い場所での電球を替える、というようなことがあって

女性が自分でもできるから、といつもやっていると

「僕がやらなくても、君はできるから」

となり、男性は女性のためにやってあげたいという気持ちを

失ってゆくわけですね。


自己価値が低い人は「できなければ自分はダメ~」という意識でいるので

自分ができることをやろうとしてしまうんですよね。

セッションを通じて、いろんな女性の身体からのメッセージを聞いてゆくと

例えやりたくなくても、自分でできるから、という理由で

やってしまっている方がとても多いなあと。

できないからやらないのは普通ですが

できてもやらないのが、自己価値の高さ。

この自己価値が高いと、今度はできなくても、やりたいことはやる

ということになるんです。


失敗することを恐れるのは、失敗=自分はダメな人間、となり

もともと自己価値が低い人(自分で自分の価値を受けれていない人)は

それによって傷つくことを恐れているからです。

自己価値の高い人は、何かができないことが自分の価値を下げることには

繋がらないので、失敗することも、できないことも怖くないのです。

何かを達成しなければ、という意識も自己価値の低さからくる意識です。


例えば、筋反射。

最初のうちは、誰でも、はっきりと感覚がつかめず、よくわからないのは当たり前で

多分、私も最初の500回ぐらいは、曖昧な感覚があったわけですが

自己価値が低い人にとっては、できない自分はダメ、となり

その自分を見たくはないので、すぐにチャレンジすることをやめてしまうわけです。

どんなキネシオロジーのクラスを受けても、すぐにやめてしまう人がいるのは

そのためです。

クラスを受ける前には

「自分で筋反射が取れるようになって、生活のあらゆる場で活用できたら

 どんなに楽しいだろう」とワクワクして受けたとしても

クラスの後、もう1か月ぐらいで、モチベーションを失ってしまったりするのです。

自己価値が低い人は、人に尽くさないと自分の価値はないわけですから

筋反射が上手く取れないと、相手に申し訳ないと感じたり

人に役立つ自分でいたいので、これは自分には向いてないかも?

とすぐに諦めてしまうんです。


私も今回、クラスをやってみて

特に自己筋反射はその傾向が強く出ることがわかってきました。

私のクラスの中では、自己筋反射と他の人への筋反射を学ぶのですが

他の人への筋反射はできるのに、自己筋反射は取れない、という人たちが

何人かいることに気づきました。

これはどういうことなのか?最初はヨゥわからなかったのですが

クラスの後、そういう人たちに何人かセッションを行って

全員に共通していたのが、人に尽くさなければ、人を喜ばせなければ

の意識が強く、基本的な自己価値が低いということでした。

人を喜ばせなければ、という意識が強いと、自分がどうしたいか、ということより

人のためになること選んでしまうので、自分の本当の感覚を受け取る力は弱くなり

当然、ハートチャクラは閉じてしまって

自己筋反射は上手く取れなくなるんですよね。


逆に自己価値が高い人は、まだ感覚を掴めないな、ということを受け取るだけだし

逆にできないことにチャレンジすることが楽しい、と感じるわけです。

クラスが終わった後、どんどん筋反射を使って、自分を解放していったり

様々な場面で活用していく人と

そうでない人の違いは、最終的には、自己価値だなあと感じます。

私がクラスの中で、筋反射は自分への信頼がすべてです、とお伝えしているのは

「自分はできている」ということを信じる、ということではなく

「(例え、今は上手く掴めていない状態であっても)私は大丈夫」

という信頼と安心感があるということ。

それは決して、頭だけ理解していても、わからない感覚なのです。


こうして、人生のどの時期でも、このゲームを一度、クリアしてしまえば 

基本的に、怖いものは何もなくなります。 

役立たずの自分を愛し、自己価値を受け入れてくれば

初めて、自分が本当は何をやりたいのか?がはっきりと見えてきます。

その意識からの行動は、さらに大きな喜びのエネルギーを生み出すのです。

「役立たず」を受け入れ、愛することで

結果的には、人の役に立つようになる、という宇宙の仕組みになっているんですよね~。

一旦、役立たずの自分を愛する、ことが十分にできた上で

人の役に立っても自己価値は失なわれないのですが

最初から人の役に立っている状態、もしくは立たなければ自分はダメだ

と感じている状態はまずいわけです。

 

さて、私は役立たずゲームを散々やってきた後で

出会ったのがおさむ、だったというわけで

それからは、また違った問題が出てきたわけですが

その時期も越えて、ようやく私の女性性と男性性のバランスも取り戻し 

ここ最近、やっとあらゆることのバランアスが取れてきたなあと。

それでも ヒーラー業というのは、つい「役立つ喜び」に行きがちなので

修に思いっきり甘えつつ、役立たずになりつつ

バランスを取っているわけです。


ということで、この人生、まだ一度も役立たずゲームをやったことがない方は

一度、トライしてみてくださいませ~。

(その効果や結果については、保証しかねます。よって返品自由あっかんべー )









最終更新日  2016年12月07日 11時33分42秒
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2016年11月20日
カテゴリ:つれづれ

さて、ノンデュアリティの大和田菜穂さんのサットサンですが

感想をアップするのはやめようと思っていたものの

何度か、筋反射で身体からのメッセージが出てきたことと

先日、何気に引いたマップカードが

「自分の失敗もさらけ出し

気づいたことをシェアする必要があります」

という、まさに痛いところを突いてくるな~というもので

あ~やっぱり伝えるのか~と。

こんなことを書いたら申し訳ない、なんて気持ちこそが

幻想であることもわかっているのですけどねウィンク

 

ブログという媒体を通じて発信するのは、個人に関わることは

本人の了承がない限りは、アップできないわけですが

菜穂さんの場合は、個人がいない、誰もいない、という意識の方なので

問題は何もないものの、そこに関わって来られた方たちのことを思うと

今一つ、腰が上がらなかったわけです。

 

とはいえ、そういう感覚もストーリーでしかないわけで

もうぶっちゃけ〜で行きますショック 

 

もちろん、これはあくまでも私とおさむの意識を通じて

感じている 「デュアリティな」感覚と言えるかもしれないので

いわば、私たちのストーリー、夢物語だと

聞き流してもらえたら幸いです。


さて、お会いした菜穂さんの第一印象は、ごく普通の可愛らしい女性という感じでした。

私はランチの時に彼女の近くに座っていたので

「パリの住み心地はどうですか~」という質問をしたのですが

「住みにくいですね~」というお答えでした。

「どうしてですか?』と聞いてみると

「日本と比べて何もかもスムーズではないんですよね」

というお答えで、ここだけ取ってみると

ごくごく普通の会話でした。


ノンデュアリティの意識状態にある人というのは

いつも圧倒的な祝福と喜びと一体感の意識状態にいる人

みたいなイメージがあったのですが

そういうのとは違うのですね。。


以前、私が何度か体験した一瞥体験や至高体験みたいなものは

その度に感覚は違っていました。

壁や他のすべてのものと境目がなく、一体化していた時もあれば

過去と未来と今すべてが今、この瞬間に存在していて

意識を向けた瞬間に全てそこにある、という感覚だったり

また、この身体というものを超えて、私は生命そのものであったのだ~

という圧倒的な祝福のエネルギーが溢れてきて、涙が止まらなかったり

清水友邦先生のリバーシングの時には、自分が巨大化していくようだったり

体験が終わった後も、通り行く人すべてにハグしたい衝動だったり 

その時々によっていろいろでしたが

どの体験にも共通していたのは、ハートが完全に開いた状態になっていたという事

そして 、すでにこの感覚はずっと知っていた

やっとここに戻ってこれた〜

という絶対的な安心感の中にいたということでした。

「私はいない」というより「すべては私」という感覚に近かったです。

 

そういった過去の体験から、ノンデュアリティの意識状態の人は

変性意識状態ではなくても、常にハート全開の状態になっている

と勝手なイメージがあったのですが

菜穂さんに会ってみてすぐに感じたのは

そういうことではなく、ただ彼女は

「私はいない」という感覚でいる、ということでした。


サットサンは、まず彼女の言葉は

「先ほどの、たまちゃんの料理はどこに行ったのでしょうか?」

という問いかけで始まりました。

「それはどこにもないのです。何も起こっていないのです」

という言葉でした。

それを聞いた瞬間、さっきまでのたまちゃんの料理によって

感じていた暖かな優しい感覚を、まるで打ち消されたかのような

虚しさが一瞬起こりましたが、もちろん、彼女が伝えているのは

「体験したと思っていることも、実際は起こっていない

なぜなら、それを体験する個人がいないから」ということであるし

その言葉自体にも意味はないわけです。

彼女は、「私はいない」「何も起きていない」「体験している人がいない」

「ただ湧いているだけ」という、メッセージを繰り返し、伝えられていて

メッセージそのものには、違和感はなかったのですが

ただ違和感を感じたのは

その場にいると、ハートがどんどん閉じていくと’いう

私の感覚の方でした。


その時は、多分、私はこの場の参加者のエネルギーを受けてしまって

私の中の何らかの問題(エネルギー)が出てきているのかな

と思っていました。

サットサンが終わった後で、親しい方が

「メッセージはわかるんですけど、何かこのあたり(ハート)がモヤモヤするんですよね」

と言われていたのですが

私もそのモヤモヤ感を感じていたにも関わらず

それは菜穂さんとは関係ないところで起こっているのだろう

と思っていたわけです。


そして、その日、私は家に戻ってから、急に感情が爆発して

それは最初は、おさむに対する不信感として出てきました。

いきなり「もう何もかもいや~!すべてが虚しい。もうおさむと別れたい~~」

などという言葉が私の中から突然出てきて、半分の意識では

「おいおい、何でいきなりそうなるのよ。それ、おかしいだろ~」と

感じているのですが、その感情の爆発はどうにも止められないのです。


最初、なだめていたおさむも、次第にその感情に反応して

『じゃあ、俺にどうして欲しいっていうんだ、一体何が不満なんだ?』

と怒りながら、聞いてきた時に

す~っと、その怒りの感情がなくなっていって

「え?どうして欲しい?」

「え~と、う~ん、優しくして欲しいの、かな?」

と自分で言いながら、ぶぶ、とおかしくなって笑い出し

おさむも「俺はいつも優しいよ~」といつもの二人に戻ったわけです。

 

そして「私、絶対におかしい〜、調整して〜」と

そのまま、おさむに軽くセッションをしてもらい

幾つかの男性からの抑圧に関する過去世のエネルギーが出てきて

それを解除し、とりあえず、落ち着いたのでした。

それにしても、おさむは特に何もしていないのに

なぜ急にそんな感情の爆発が起こったのか、私の中で何があるのか

わからなかったのですが、その時はそれ以上、見ませんでした。


そして、その次の日から2日間、おさむは菜穂さんのサットサンで

サウンドヒ-リングを行いました。

私はセッションで2日間とも行けなかったわけですが

どこかでその場所に行けなかったことに

ホッとしているのを感じました。

なぜか「あの空間にはいたくないな」という感覚が

あったのでした。 

 

そして、2日間のサットサン&サウンドヒーリングが終了し

その翌々日、おさむが

「俺、ノンデュアリティ・シンドロームにでもなったのかな?

何だか、すべてが虚しくて、何もやる気がしない。

いつもはセッションも楽しいのに

全く楽しいという感覚が湧いてこない

何もかもが虚しい感覚なんだよね」

と言い出したので

「ぶぶ、きっとサットサンの会場で、他の人のエネルギーから

何かもらってきたんじゃないの?」

などと言いつつ、では、さっとセッションして浄化しとく?と

おさむのセッションをスタートしたわけです。


ところが、セッションをスタートしてみると、何やら

いつもとは様子が違います。

何か強烈なエネルギーがそこにはありました。

「何なの、このエネルギーは?」

と、あれこれとスキャンリストから選ばれた中に

「洗脳」というワードが上がってきました。

「え?洗脳?』と意味がわからず、さらに詳しく’見ていくうちに

様々なワードが上がってきて、それらを統合してみていく内に

少しずつ何が起こっているのかが観えてきました。

もちろん、菜穂さんは何の意図も意思もないわけで

彼女に洗脳されていたわけではなく

菜穂さんから発していたあるエネルギー体に、洗脳、ではないけれど

それに近いほどの強い影響を受けたということでした。


そのエネルギー体が一体、何であるかも、はっきりと出てきたのですが

(ここで言わなくてもわかる人にはわかるかも)それらのエネルギー体は

「ピュアさ」「人を見下す」「人を愛せない」「冷酷さ」「特別意識」

という性質のものでした。

そうして、私が菜穂さんに会って漠然と感じたものが何だったのかも

次第にわかってきました。


菜穂さんが、もともと、つまりノンデユアリティの意識になる前から

人との共鳴力が低く、自分の感覚を受け取りにくい性質や脳であることは

これまでたくさんん方の脳や性質を見てきたので、何となく気づいていました。

だから、何も質問する気が起こらなかったのだなあと。

質問しても、この人は言葉の真意を受け取らない、理解できない

という感が半端なくあったからです。

ノンデュアリティの意識だから、彼女のような答え方になる

のではなく、もともとそういう性質や脳なので

参加者の質問に関しても、それぞれの意識に合わせて

わかりやすく話をすることはできないわけです。

というよりは、彼女は発信している、という意識にはいないので

わかりやすく話をしようという気もないわけですね。

もちろん、それが決して悪いわけではなく、そういうのも一つの表現として

面白いな〜と思っていたわけですが

確かにわかりずらいわけです。


例えば、菜穂さんが「たくさん批判のメールが届くのよね~」

と言って、ケラケラ笑った後に

参加者の一人が「それでは菜穂さんは、批判のメールが来た時に

それをどう捉えるのですか?」

という質問をしました。


「ふ~ん、という感じかな」と菜穂さん。


その方は「それじゃあ、そういうメールが来ても

ふ~んと捉えておけばいいってことですね?」


「実際は、ふ~んとも思っていないかな。何も感じない」と菜穂さん。


きっと、これでは伝わらないなあ~と

漠然と感じていました。

 

そもそも批判されている、ということ自体が個人としての意識であり

菜穂さんは、私という感覚がないので

批判されている、という認識そのものがない、ということなんですよね。

でも、もし、批判された〜と感じているのにも関わらず

それを頭でコントロールして、何も感じないようにしようとしても

それは、自然な感覚や感情が抑圧されるだけだなあと。


「批判する人は、何か人のせいにしたいのよね」と菜穂さん。


それで、気づいたのは、菜穂さんは「私はいない」という感覚でいるのですが

だからといって、ワンネスや一体感の中にいるわけではないということでした。

 菜穂さんが、感受性が強く、繊細で臆病な子供だったというのも

今の彼女を見ていてよくわかるのです。 

人との共鳴力やつながり感がなければ、世界は怖いものにしかないからです。


おさむの身体から出てきたものは、菜穂さんに存在しているエネルギー体の影響ですが

これは菜穂さんの身体にアクセスしているわけではないので

彼女がどうなっているのか?はわかりません。

ただ、そのエネルギー体がどう言ったものかはわかります。

 

例えば、野生のトラやキリンが「自分はこうしたい」

などという個別の意識がないのと同じように

そのエネルギー体にも、分離意識はないものでした。

ある意味、一体感というのは、分離した個人という意識がベースにあって

その上でつながっていると感じている人間特有の感覚であって

動物は一体感を感じているわけではなく

ただ全てがある、という感覚でいるわけですね。

菜穂さんが言われているノンデュアリティの意識がそこにありました。 

そして、それは何も邪や悪意はなく、ピュアなエネルギー体でした。


面白いことに、このサットサンの後

たまたま友人から別件でメールがあり

「菜穂さんのサットサン行ってきたよ~。

おさむちゃんのサウンドヒーリングよかった~」

というので

「正直、サットサン、どう感じた?』と聞いてみると

驚いたことに、彼女は私が筋反射で導きだした

エネルギー体の存在を、菜穂さんの目を見ていて気付いたのだそう。


すごいな~。

私はといえば、ミカさんのメールの「あの人は本物だから」

という言葉が意識のどこかにあり

「ミカさんの言うことだから間違いない」という

先入観とも言える感覚となっていて

それがサットサンで、自分のハートの感覚を

受け取ることを妨げてしまっていたわけです。


確かに、ノンデュアリティ意識という意味では本物でした。

ただ、そこに人間意識ではないエネルギ−体の存在があったというのは

私はサットサンの時には、わからなかったのですが

後で彼女の目や言動を思い出してみると、感じられます。

そして、あの日、私の感情が爆発したのは、そのエネルギーの影響を

無意識に手放そうとしていたのでした。


ちょうど、昨日、ブログにアップした後

一通のメールを頂きました。


ブログ見ましたー。

いや~ん、続きが気になるーっ、楽しみーっ な終わり方。

そう思っているのは きっと私だけじゃ~ないはず、ですよ。


サットサン。

わたしは CRSでの初日に伺っていたんですがね。

へ~、ふ~~ん、うんうん、うーむ、ん? ほー 、と 過ぎ去り

サラリと流した感じで。

あ、どんな人やどんなコトバに出会っても 必要以上に 揺さぶられることも

持っていかれることもなくなってきてるなぁ、わたし♪ 

と思っていたのですが、


翌日 まさかのじんましん。笑


その後も、珍しく 子どもからの stomach flu しっかりもらっちゃってダウン

数日、珍しく オットが仕事がらみで 頭から湯気出して怒ったことに

 わたしが ものすごくものすごくブチ切れたり、やたらと眠い日々

そして、実際メチャ眠りが深い。

サットサンの影響か、お月さまの影響か何か知りませんが~。

こんなことも 意味はないのですね~きっと。

ただ湧いているだけ なのですね~。

ですか?

ん?

あは。

 

と、モロモロ カラダに出ましたが、

それはそれとして これをおもしろく感じているのも、オモシロイと感じられているのも、

IHとのりこさんに出会えたからなんだなぁ♡ 

わたしも 変わりました。というか、 戻った と言うのかな?


これも面白い報告だな〜と。

本当に何が起こっているのか?は

この方の身体に直接聞いてみないとわかりませんが

多分、蕁麻疹や感情の爆発、深い眠りによって

身体が自然にそのエネルギーの影響を浄化しようとしているのでしょうね。


おさむは3日間、続けてサットサンに参加したこともあり

洗脳だと身体から出てくるだけあって、そのエネルギーの影響はかなり強く

調整は、結構大変で、もし今年の夏にカナダで

アーキュトニックのレベル2、3を受けていなかったら

調整することは、できなかったかもと思うほどでした。。

私のセッションの後も、おさむは2度ほど、自己ヒーリングをしたそうですが、

まるで魂が抜かれて、ハートがぽっかり

穴が開いたような状態になっていたとのことでした。


これは単に3日間一緒に過ごしたから、というだけではなく

そのエネルギーを受けてしまう要因が、おさむの中にもあったからで

だから、いくら菜穂さんと一緒にいても

みんなそうなるわけではないわけです。


それで思い出したのですが

日本に行く前に、ある方からメールをいただいて

その方はサイキックの方なのですが

菜穂さんのサットサンに何度か通ったそうで

その後、何ヶ月も、虚しく何もする気がしないという感覚が抜けれなかった

ということでした。 

そのメールを頂いた時には

「まあ、新たな意識状態になる前には

そういうこともデトックスみたいなものとしてあるよね~」

ぐらいにしか捉えていなかったのですが

今、思えば、その方もそのエネルギーの影響を受けられていたのだろうなあと。


今日の日記のタイトルに「ノンデュアリティの光と闇」とつけたのは

もちろんノンデュアリティ自体は闇も光もないわけですが

「ノンデュアリティのメッセージを聞く」という行為は

どこからそのメッセージが出ているかによって

また受け取り手の状態によっては 

さらに二元の世界を複雑化していく可能性も大きいということに

改めて気づいたからでした。


ノンデュアリティのメッセージを聞いて、虚しくなったり

または楽になったり、ということ自体が

二元の世界にいるということなんです。

 

これも思い出したのだけど、東京のキネシオロジ-のクラスでの質問で

「すべては起こっていない、などのメッセージを聞くと

何をやっても意味がない、無駄だという感じがして虚しくなるんですが

のりこさんは、どう捉えていますか?」

というものがありました。


本来ノンデュアリティは虚しくなるようなものではないので

なぜ、みんなそういう感覚になるのかしら?とその時は思ったのですが

今回の菜穂さんのサットサンに参加して(あくまでも私の体験として)

理解できたわけです。

 

このサットサンで、参加者の一人が

「私はこれまで自分を高めようと、いろいろ頑張ってきたり

努力してきてそれなりにやったと思っているんですが

それも全部、無駄だったということですか?』

と菜穂さんに質問された方がいました。

 

それに対して、菜穂さんが答えたのは

「はい、その通りです」

 

だけでした。

 

確かに、こういう質問自体が、この方が

「何かを頑張って乗り越えることが自分の価値」という

ストーリーの中にいるということを意味しているんですが 

菜穂さんの答えには、どの部分が「その通り」なのかという説明はなく

ただこの答えだけでは 、この方は、自分がやってきたことがすべて無駄だった

人生は虚しいという(二元の)思いが生まれたかもしれないなあと。

 

では、このメッセージを聞いて楽になった

という人はどうなのか?ってことなんですが。


例えば、夫に虐待されている、とか、会社で酷い体制で働かされている

とか、やりたくないけどやらなければ、などと

自分が一体どうしたいのかわからない、この苦しい状況を

どうしたらいいかわからない、という人たちが

「ああ、私はいないのだ。だから、これを個人的に捉える必要がないんだ」

と、頭でノンデュアリティを受け取ることで、苦しいという感覚を麻痺させ

楽になるような気がするということがあります。

でも、 それでは自分の意識は何も変わっていないので

実際は、その「現実」に居続けることになるんですよね〜。

 

菜穂さん曰く、病気や痛みもただ起こっているだけ

それが個人に起こっていると思うところから、苦しみがある

と言われていて、彼女の父親もガンだそうですが

苦しみはないとのことでした。


確かにそれも真実なのですが

一方で、病気というもの自体が

人間の自然な姿からはずれているというのも真実なのです。

この次元では、病気はただ起こっている、わけではなく

本来の自分からずれた時に、身体からのメッセージとして

現れているだけですから。

 

最近、私のところにセッションに来られる方の中には

自分がどうしたいのか全く感じることができず

周りの期待や周りがどうしたいか、というところだけで

ずっと生きてきて、結果的に病気になってしまった方が何人か

いらっしゃるのですが、その方達の病気を癒していくために一番大切なことは

「私」がどう感じているのか?「私」はどうしたいのか?を

感じることなのです。

「私はいない」というのと「すべては私」というのは

本質的には同じことなので、私が何を感じているかを受け取り

それに従うことは、全体の流れでもあるわけです。 


まさに昨日、ノンデュアリティ・ナビゲーターであるという

ジュンコ・セレンディーという方の動画を見たのですが

この方は、脳や身体の機能や心理学などからノンデュアリティを伝えられていて

とてもわかりやすいです。

この方の伝えられている内容は、

「自分の中にすべての答えがある」「自分の意識=現実」という

まさにキネシオロジー的ノンデュアリティ。

ぜひご覧になってみてくださいね。

 

「私」という現象を語る。

 

人間はなぜ探求し、探求をやめないのか?

 

自分がこの現実世界を創っている?

 

この2番目の動画で言われている「回避メカニズム」

これは、キネシ的にはまさに「サバイバルプログラム」なんですね。

まだ私も2、3つ見ただけなんだけど

この方の発しているエネルギーからは、人生は虚しいという感覚は

生まれないんじゃないかな〜と、ご紹介することにしました。

 

ノンデュアリティ自体は私たちが本質的に持っている意識であって

真実ですが、それを自分の外にあるメッセージとして受け取れば

結局、二元の現実でしかない。

 

キネシオロジーでやっていることは

自分の内なる意識にすべての答えがあって

それを身体からの声として見ていくと、

これまで自分の潜在意識の中にあるどんなストーリーが

今の現実を作っていたのか?が明らかになり

それをエネルギー的に変化させる(元に戻す)ことで

自分の持っていたその感覚そのものが変化し

結果的には新たな現実(世界)を生み出していく、ということ。

 

例えば、批判された〜、つまりそれが現実〜だと感じているのに

ふ〜んと無視しておこう、と感情や感覚を抑えてみても

必ずまた同じ「現実」が出てきます。

でも、自分の内を見ていけば

「過去に批判されて傷ついた」という何らかのエネルギーが

出てくるので、そのエネルギーを変化させると

不思議なことに「批判される」という現実

(のように見えるもの)がなくなってゆくわけなんですね。

それは、少し前にも書いたように、その事実(ここでは批判)そのものが

なくなるということかもしれないし

もしくは、自分が批判された〜と勝手に感じていただけで

実は批判ではなかった、とわかることかもしれない。

でも、どちらにしても自分の意識(潜在意識、無意識含めて)が

創り出している現実にしか過ぎないので

例えば 、批判されないように相手に合わせたり

など、外に向かって何かをする必要は何もないということなんです。

 

って、ノンデュアリティのこと話していて、結局キネシの話になってるし〜〜あっかんべー

 

昨夜、おさむが作ってくれた美味しいお蕎麦を頂きながら

二人で「食事って、最高に人間的だよね」

と話していたのですが

確かに、動物にとって、食事はただ本能で取るものであっても

人間にとっては、様々な意味を持つし

だからこそ、それが喜びにも、また不安にも恐れにもなり得るわけですね。


動物も他のものもすべてノンデュアリティなのに

人間だけがデュアリティの中で生きている。


これってすごいことだなあと。

それは、人間に与えられた制限とも言えるけれど

一方で、その制限を持ちつつ、そこを超えてゆくプロセスを

(個人ではなく)人間全体として体験している

と言えるのではないかと。

このゲーム、素晴らしくチャレンジで面白いから、ここにやってきているわけですね。

人生は虚しい、何をやっても無駄、というストーリーも

一時的には決して悪くないけど

その二元から抜けると、最高にゲームは楽しいよ。

  

あ~やっぱり、むちゃ長くなった~。


マイストーリーに付き合ってくださって、ありがとうございますワイングラス

 








最終更新日  2017年06月01日 12時42分16秒
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2016年11月04日
カテゴリ:つれづれ

さて、今回の日本での私の物語は、東京でのキネシオロジー初級クラスから

スタートしたわけですが

今朝、おさむがこのクラスの様子を

写真つきでブログにアップしていました。

この最後の写真に「倭姫のりこと大和撫子たち」というのがあって
思わず笑ってしまったのですが

これはどういうストーリーなのか、ちょっとお話してみますね。

彼女のことは、以前、ブログにも書いたことがあったのですが

数年前に日本に訪れた時に、一度セッションを受けに来てくださった方がいて

その時、彼女と初対面だったにもかかわらず、魂を揺さぶられるような感覚があり

二人で抱き合って号泣したことがありました。

それは、私にとって、初めて体験する感覚であって

その感覚が一体何なのか、言葉では表現できなかったのですが

きっと彼女とは過去世からの深いご縁があったのだろう

と感じていたわけです。

その彼女が、今回、クラスに参加してくださるということで

再会を楽しみにしていました。

そして、出会った彼女は、数年前と変わらず深い人間愛に満ちた方でしたが

気づいたことは、私が以前と同じような感覚にはもうならなかったということでした。

相変わらず、彼女のことは大好きなのですが、以前のような

「苦しい時を一緒に分かち合ってきた仲間と長い年月を経て、ようやく再会できた」

というディープな感覚ではなく

まるで、先日、別れたばかりの飲み友達と今日も出会った、というような

軽い感覚なのです。

この数年の間に、私の中で何らかの意識が変化していたのを感じていました。

でも、彼女の方は、まだその深い感覚を持っているのが伝わってきました。

これはクラスの最後に一人一人感想を伝えてくださった時に

彼女がお伝えしてくれたのですが

彼女の中では、私は「倭姫(やまとひめ)」としての存在であり

だから、クラスの最初の頃はおさむと私がクラスの中で

いちゃいちゃしているのが(って、私は全くいちゃついたつもりはなかったですが)

嫌だったということでした。

彼女はサイキックなので、その過去世での記憶が

ビジョンとしてあったのでしょうが

私にとっては、倭姫としての私というのが

全くビジョンとしても感覚としてもないわけです。

でも、その話を聞きながら、なぜか、直感的に

その倭姫は巫女的な役割をしていた人なのだな

と感じて、自然と受け入れている自分も感じていました。

もっとも、私たちはありとあらゆる過去世(的なエネルギー)とつながっているので

例え「過去世で一緒に奴隷として働いていました」と言われたとしても

特に驚くことでもなかったでしょうし

様々なつながりの中で、一つの過去世での物語に囚われても仕方ないわけです。

そして、彼女自身、そのことはよくわかっていて
このクラスでを通じて、その物語が終わるのを感じたそうで

最後に「今生の、のりこ(という存在の形)は最高です」と言ってくださったのが

何だかうれしかったです。

そして、今回、その話を彼女から聞いた、ということ自体が

私にとっての物語の一つとなっていた、ということを

後から気づいたわけです。

その東京のクラスが終了して10日後

阿蘇神社で、おさむが奉納演奏している時に

私の中に何とも言えない、もやもや感みたいなものがわき上がってきていました。

最初は、そのもやもや感が

おさむの言動によって起こっている、と思っていました。

というのも、奉納演奏の前に、宮司さんがお祓いをして、祝詞を上げてくださり

その後で、参加者代表として、おさむが榊(玉串)を祭壇に供え

二拝二拍手一拝するという作法がありました。

で、おさむは、全く神道の作法なんて知りませんから

玉串は根元を手前に置いてるわ、二拝二拍手一拝もわからないわ~で

宮司さんがそばで、いちいち「二拍手」とか「一拝」と

小声で指示しなければ、何もできない始末で

私は後ろで見ていて

「おいおい、榊の供え方はわからないにしても

二拝二拍手一拝を知らないって、今まで何度、神社で参拝してきたんじゃ~パンチ

と心の中で、つっこんでいたわけです。

そもそも、宮司さん立ち会いのもと

きちんとした奉納演奏を行うとは

この神社に着くまで全く知らず、たぶん神社の庭の隅かどこかで行うのだろうと

私自身、汚れてもいいような普段着でやってきたせいもあって

正装している宮司さんに対しても

何とも申し訳ない気持ちというか、居心地が悪かったということもありました。

でも、その挙動不審なおさむとは打って変わって

おさむは奉納演奏になると、堂々として素晴らしく

私もその音に引き込まれていったのですが

今一つ、すっきりしなかったので

後で、筋反射で調べてみたわけです。

それで出てきたのが、巫女としての前世であり

そのもやもや感は、巫女としてのプライドから来ている、

と身体が伝えてきました。

巫女としてのプライドって言われても

巫女になったこともないのに、なんじゃそりゃ~という感じですが

もしかして、倭姫と関係するの?と聞いてみても、答えはノー。

それであれこれとスキャンリストから筋反射で見ていって

出てきたのが、私の母方の先祖との(エネルギー的な)つながりでした。

その時は、そこまでピンと来なかったのですが

実家に戻った時に、さりげなく母に尋ねてみたわけです。

私の母の両親、つまり私の祖父母は、神社の神主だったのですが

その神社の成り立ちに関しても先祖に関しても、これまで一度も

母に尋ねたことはなかったし、私は何も知りませんでした。

そして、母が今回、初めて教えてくれたのは

母の父の母、つまり、母にとっては祖母であり、私にとっては曾祖母に当たる人が

いわゆる、今でいうサイキックであり、霊能者であり

当時で言えば、巫女的な人で、神からのお告げということで

人々にメッセージを降ろしていた人だということでした。

そのお告げで多くの人たちが救われた、と集まってくるようになり

正式な神道の家系ではないのですが、曾祖母は神社の神主として
何百人もの信者たちを、一人で取りまとめて祭り事を行っていたそうで

母も子供の頃、年に2回の祭りでは、100以上のお膳を作るのを手伝っていたそう。

曾祖母は、とにかく、自分が持っているものをすべて

人に分け与えるような人で、信仰心がないという母が

「あの人は本物だったのね」と言ったのが、心に残りました。

母の父は、長い間、市会議員をした後、神主を受け継ぎ

亡くなった後は、母の母、つまり、私の祖母がそれを受け継ぎました。

でも、母は、そういった特殊な家庭に生まれ育ったことが

嫌で嫌で仕方なかったそうで

だから、そういった話を一切、子供である私たちにはしなかったのでした。

私が子供の頃、年に2回、神社のあった熊本の実家に戻った時には、毎日

拝殿で家族全員で祝詞をあげていたのですが

母が家で祝詞を上げたり、神棚に祈ったりするのを

一度も見たことがありませんでした。

「私は全く信仰心ないから」

というのは、母の「普通の家庭に生まれたかった」という想いであり

子供の頃からの抵抗だったのだなあと。

そして、祖母が亡くなった後、神社は誰も受け継ぐことがなくなり

今はすべて広かった境内の敷地も、一般の住宅として売られ

なくなってしまいました。

母は、そういった家庭に生まれて、それが嫌だったにも関わらず

その繁栄した神社が取り壊されてなくなってしまったことも

淋しく感じているようでした。

今回、母からその曾祖母の話を聞いた瞬間に

神に身を捧げ、人に尽くしてきたその想いをひしひしと感じて

私の中にわき上がる想いがありました。

そして、筋反射で調べて、わかったのが

私が(無意識レベルで)つながっていたのは、その曾祖母であり

そのつながりが、これまで私を導いてきたということでした。

私は神のお告げを伝える人ではないし
ただ筋反射を使って、それぞれの身体からのメッセージを伝える人なので
曾祖母のように大きな責任を背負っているではないですが
どこかでその曾祖母のエネルギーの影響を受けていたのだなあと。

それでまた納得したのは、実は日本に来る前に

私がいつもセッションをやりすぎてしまうことについて
おさむからセッションを受けた時に

おさむが「何だかのりこは、母方のおばあちゃんとつながっているみたいだよ」

と筋反射で出てきたものを伝えてくれたのですが

私は祖母とは、全くつながり感を感じたことはなく
その時はピンと来ていなかったのです。

でも、それは祖母ではなく、曾祖母だったのだなあと。

私のスキャンリストには、曾祖母という言葉はなかったので

最も近いものが選ばれたわけです。

そして、それと同時に

母の「普通の家庭でいたかった」という想いも

私の意識のどこかで受け継いでいたことも、今回、気づきました。

だからこそ、不思議なぐらい、これまで一度も母に神社のことを尋ねようという気持ちに

ならなかったのではないかと。
そして、私が特殊なサイキックや霊視ではなく
学んで練習さえすれば、誰にでもできる筋反射という形で
ヒーリングを行うことになったのも、母のごく普通でいたい
という想い(エネルギー)の現れだったのだなあと。

そして、その後、無意識のストーリーの中で私の中に生きていた

その曾祖母の想いを昇華し

同時に母の想いも癒すためのセッションを行い
今回、また一つの物語が終わったのを感じています。

そうすべては夢物語だとするなら

これから人々と分かち合ってゆきたいのは、苦労をともにする物語ではなく

ただ子供のように、楽しみ遊んでゆく物語だなあと。

ということで、忘れてしまわないうちに、一気にまとめてみたけど

きっと、このストーリーも年月とともに変化してゆくのでしょうね。

今日のマイストーリーを聞いてくれてありがとうございますハート(手書き)







最終更新日  2016年11月04日 04時35分33秒
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