000000 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【ログイン】

からだと宇宙とヒーリングと

PR

楽天プロフィール

バックナンバー

カテゴリ

カレンダー

コメント新着

norico1@ Yoichiroさん コメント残してくださって、ありがとうご…
Yoichiro@ Re:キネシオロジーの感想から  シリウスと女性性(08/12) シリウスが強く出てしまっているいまの私…
norico1@ Akikoさん そうなんです、そうなんです! 宇宙人云々…
norico1@ あやこさん はい、それが1番のテーマですね! どこか…
Akiko@ Re:最近のセッションのあれこれ(08/07) norico1さんへ セロトニンの他には有害物…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

全31件 (31件中 1-10件目)

1 2 3 4 >

映画&映像

2014年12月25日
XML
カテゴリ:映画&映像
クリスマスは二日連続で休みを取っていて
昨日のイブは外に出かけたので
今日は1日ゆっくり家で過ごそうと思っていたのですが
朝起きたら、なぜか急に久々に映画を見に行きたくなりました。
こういう時は、きっと何か素敵な映画が見つかりそう♪
とネットで検索してみたら
「Song of the Sea」というアイルランドのアニメが目にとまり
トレイラーを見て、一目惚れ。
WビレッジのIFC center で上映中だったので、早速見に行きました。

わ〜ん、よかった〜〜〜号泣

主人公は、陸では人間で、海の中に入るとアシカになるシルキーの女の子
シアーシャとその兄であるベン。
ママはシルキーで、海に戻らなくてはならず
シアーシャを産むと同時に家を出てしまったので、ベンはかなり傷ついていて
最初の頃は、妹シアーシャがシルキーであることも知らず
辛く当たります。
この辺りのベンのインナーチャイルドがよく描かれているのですよね。
そして、シアーシャがとにかくかわいい。

SongofSea_t01.jpg

song-of-the-sea.jpg

75.jpeg



アイルランドのアニメでアイルランドの民話、伝説を元に作られたお話だそうですが
とにかく画像が美しくて、どのシーンを切り取っても
うっとりするような色使い。
ラピュタやトトロのような初期の宮崎駿アニメのような
ファンタジーに加えて、絵が何と言うか
絵画に近い深い色合いで、そのまま部屋に飾りたくなるような画像が満載でした。

Song-of-the-Sea-a.jpg

Song-of-the-sea-post4.jpg

tumblr_nd4q9aYmsf1rb1rgoo2_1280 2.jpg


映画館には子供もたくさん来ていました。
映画がママとお別れのシーンでは、客席で見ていた子供が
わ〜ん、と泣き出して、会場内は微笑ましい笑いが起こりました。
そりゃ子供にとっては、ママと別れるシーンは辛いよね〜。
という私も、ボロボロ涙が止まらなかったのだけど泣き笑い

映画で流れるアイルランドの音楽もいい〜〜ハート(手書き)
ケルト文化、アイルランドにもいつか行ってみたいな〜。
この映画の監督は、トムムーアという方で
他にも「The secret of kelts」(邦題ブレンダンとケルズの秘密)というアニメを
制作していて、それは数年前に日本で公開されたそう。
早速、アマゾンで借りて見てみました。
私は「Song of the sea」の方が好きだけれど
絵はやはり美しかったです。

この『Song of the sea」の方は、日本での公開はまだないようですが
日本で公開されたら、ヒットしそう。
NYでは今月19日に公開されたばかりです。
こちらはトレイラー。

https://www.youtube.com/watch?v=HgbXWt8kM5Q


SongoftheSeamainBluebackgrnwide1a.jpg






最終更新日  2014年12月26日 16時35分57秒
コメント(2) | コメントを書く
2014年03月15日
カテゴリ:映画&映像
 
先日、Motherというドラマにはまって落ち込んだ話を書きましたが
ここ最近、なぜかおさむとドラマづいてしまって、続けて二つのドラマを見ました。

今回、見たのは「泣くな、はらちゃん」とキムタクの「安堂ロイド」
安堂ロイドの方は、昔見た映画スピルバーグの「AI」みたいで
おもしろかったのですが
「泣くな、はらちゃん」は、スピリチュアルな視点からも
見れてよかったです。

物語は、主人公の越前さんは、かまぼこ工場で働く女性で
仕事でのストレス発散のために家で漫画を描いているわけですが
その漫画の世界の主人公、はらちゃんは
ひょんなことから、漫画の世界からこちらの世界にやってきて
自分たちを作り出した神様である越前さんに出会う中で
いろんな話が繰り広げられるという
ユニークなストーリーです。
最近、漫画の世界が荒れていることを心配したはらちゃんは
「神様、どうか幸せになってください。神様が幸せだと世界は輝くのです」
と伝えるわけですが
最初、はらちゃんが漫画世界からやってきていることを知らない越前さんは
「私はそんな人間ではありません。私がどうであろうと
世界は何も変わりません」
と自分の価値を否定するわけです。

もちろん、ドラマでは、越前さんは漫画の世界を作り出した神様、
なのですが
同時に私たちは誰もがそれぞれの世界を作っている神様
である言うことを伝えているわけですね。

私たちが世界を作っている神様である、というのは
一人一人がこの世界(社会)を作っている、という捉え方もありますが
この世界は自分が見ているように見えている、
という捉え方ができます。
これはいわゆる量子力学的な物の見方です。

日々感じるのは
人それぞれ、みんな違う世界を見ているのだということ。
Aさんにとっては、周りの人たちはみんなやさしくて暖かくて
この世界はとても暖かくて希望に満ちた場所として見えるし
Bさんにとっては、人は誰もが自分勝手で、冷たくて
世界はとても冷たくて孤独な場所に見えています。
一旦、その一つの見方で見れば
それがさらに証明されるようなことが起こります。
そして、あたかにそれがすべての現実であるかの見せるわけです。

ドラマは、とにかくはらちゃんを見ているだけでおもしろい。
はらちゃんは、漫画の世界からやってきたわけですから
かまぼこが上手いとか、犬がいる、とか、車がすごい、とか
この世界のすべてのことに感動するのです。
私たちは、こういう別の意識の人の視点を知ることで
これまで当たり前だと意識していなかったことに対して
様々な気づきがあるのですよね。

そして、私のつぼにはまったのが
越前さんがいつもネガティブなセリフしか言わせない
漫画世界の住人である、ゆき姉の
「私だってたまにはポジティブなことも言いたいわよ」
という一言。

これ、まさに魂の叫びなのですよね〜。

多くの人たちは、人生の中で、いつも同じようなセリフ
同じような思考、同じような行動を繰り返しているわけです。
例えば何かあるといつも「どうせ自分なんて」という思考パターンに
陥ってしまう人もいれば
いつも人のために尽くしてしまう人もいれば
いつも人に言いたいことが言えないという人もいます。

キネシオロジーでクライアントさんの身体(魂レベルでの自分の声)からの
声を聞いていると
いつも失敗を恐れて、行動しない人の身体からは
「自分の力を信頼して、安心してチャレンジします」のような目標
(そのセッションでの)が上がってきたり
いつも「ポジティブ」の人は
「たまには愚痴を言ったり、自分の弱さも受け入れなさい」
みたいなメッセージが上がってきたり
また、いつも人に与えてばかりの人は
「人からのサポートを受け取りなさい」と
いうメッセージだったりします。

要は、自分のパターン化している役割から抜け出せ、ということなんですね。
多くの人は「これが自分だ」とか「これが私の性格」
と思っていて、それを知らず知らずのうちに演じ続けているわけですが
それらは、例えて言えば、漫画の世界の中で
与えられているセリフのようなもので
本当の自分は別にあるのです。

以前にも何度か書きましたが、これが自分だ、というものなんて
何一つないのです。
例えば、私はとてもあきらめが早いのですが
一方で、簡単にはあきらめないところもあります。
これまでいろんな仕事をしてきた中で
働き始めて3日ぐらいで「あ~こりゃだめだ」と
さっさとやめてしまったことは何度もあるし
でも、一方で、一つの店で深く関わりながら、何年も働いたこともあります。
今のこのヒーリングの仕事も、何年も深く関わってきました。

もし私がいつもあきらめてしまう人だったら
ヒーリングの仕事をやっても続かなかっただろうし
もし私がいつも根気よく続けてしまう人だったら
ヒーリングの仕事に出会わなかったかもしれないわけです。

つまり、大切なのは、何でもねばり強くやることではなく
その時々の魂の声に従うことです。
その人自身の魂が本当にやりたいことなら
信頼して続けることが必要だし
そうでなければ、さっさとあきらめたり、やめることが必要なのです。

いつも簡単にやめてしまう、とか、反対に、いつも目標を達成するまでがんばる、とか
いつも人に頼る、とか、反対に、いつも自立している、とか
いつもポジティブでいる、とか、反対に、いつもネガティブ、とか
決まった思考、決まった性格、決まった行動
を繰り返していると、本当の自分が見えなくなります。
人生の中では、自立が必要な時もあれば、人に頼ることが必要な時もあり
全力でベストを尽くすことが必要な時もあれば
力を適当に抜くことが必要な時もあるのです。
先日のブログの目標設定で、離婚や転職の問題を書きましたが
もちろん、実際の問題は離婚や転職そのものにあるわけではなく
その時々に必要な自分の内なる声に従えないことが一番の問題です。

ということで、みなさんの中にある「いつも〜〜」というパターンは何でしょうか?

いつも「いい人」とか
いつも「自己否定」とか
いつも「優柔不断」とか
いつも「がんばり屋さん」とか
いつも「フラストレーション」とか
いつも「仲間外れにされる」とか
いつも「お金の不安を抱えている」とか
いつも「人に気を使う」とか
いつも「完璧主義」とか
いつも「正義感が強い」

などなど、いろいろ出てきそうですねウィンク

多くの人にとって、例えそれが問題だとわかっていても
なかなかそのパターンを変えることは難しいです。
なぜなら、例えばいつも「自己否定」してしまう人は
自己否定したい、と思ってそうなったわけではなく
子供の頃の親や学校での要因から、自己否定せざるを得なくなってしまい
自己否定することが、もはや「安全」になってしまっているからで
そうなった親との関係も自分で望んだわけではなく
生まれてきて、うむを言わさず、その親だったわけですから。
(もちろん魂レベルで言えば、親は自分が選んで生まれてきたと言えるわけですが
少なくとも自分の意識しているレベルでは選んでいないわけです)
だから、セッションの来られるみなさんがよく言われるのが
それが問題だとわかっていても、どうしたらいいかわからなかった
ということ。
それはまさに漫画の世界で与えられたセリフのように
自分では変えたくてもそのセリフを変えることができない、ということなのですね。

私が感じているのは、キネシオロジーはその漫画世界の人生のからくりを
知るためのツールだなあとということ。
筋反射で身体の反応を見ることは
今の自分を創っている神様の声を聞くようなもので
あ〜だから、いつもやる気がなかったのだなあ、
とか、あ〜だからいつもお金がなかったのだなあ、
とか、いろんなことが見えてくるわけです。
そして、それをどうしたらいいか?も神様はクリアに教えてくれるのですよね〜。

無意識のレベルで、決まってしまっていた意識が変化するにつれて
自分が見えている世界も変化してきます。
まるであたかも周りが変わったかのように感じる時もあります。
だから、別の次元で自分を創っている神様(自分の本質)にアクセスするしか
世界を変える方法はないのです。

もちろんキネシオロジーだけでなく、自分の本質とつながるためにはいろんなツールがあり
例えば古くからある瞑想などもその一つですが
ほとんどの人は瞑想で内観ができるようになるのは
何年もかかったり、訓練したりと、お手軽ではないわけです。
今のこの時代、変容のスピードが早くなっていますから
何年も修行を積んでやっていくことより、お手軽に簡単に変えてゆく方法が
広まってきているのだと思います。
以前はそうは思っていませんでしたが、最近は
瞑想を毎日5年続けるより、キネシのセッション5回受けた方が
遥かに意識は早く変わるのではないかしら?と。

と、また相変わらずのキネシ談義なのですがあっかんべー
おさむに、のりこはいつも熱く語るよね、と言われていますが
いつも熱く語ってしまうのは、人が潜在的に持っている力の
素晴らしさについて、です。
(それも私の手放せないパターン?)

もっとも、私も細かなレベルで言えば
まだ「いつも~~」というパターンはあるのですけどね。
(いつもブログを書き出すと長くなる、とか)
例えば、おさむと一緒にドラマを見ると
おさむは1日二話ぐらい見ると
いつも「今日はここまで」と消してしまうのですが
私はいつも「もっと見る~~~見せろ~~パンチ」とわめいています。
(それでもおさむの意思は固いので、おかげで
一気にドラマ全編見て睡眠不足になるという事態は避けらるのだけどねウィンク
好きなことを始めたら、止められないというパターンは
デメリットよりメリットの方が(私のマインドにとっては)大きいので
なかなか手放せないところなんですが。
(ちなみに、これは、原始反射の吸てつ反射に関連していることが多いです。
私も吸てつ反射はかなり残っていて、それを統合したので
これでも前よりはかなりましになってきました)

ということで、ドラマ「泣くな、はらちゃん」
興味のある方はぜひ。
http://www.dailymotion.com/video/xww7tc_泣くな-はらちゃん-1_shortfilms






最終更新日  2014年03月16日 21時44分42秒
コメント(5) | コメントを書く
2013年11月18日
カテゴリ:映画&映像

今日は、続けて二つ目の日記です。

ここ最近、私とおさむがはまってyoutubeで見ていたアニメが
「XXXホリック』
2006〜8年にかけて、テレビアニメとして放映されたそうで
アニメだけでなく、ドラマ化もされたようなので
見られた方も多いのかしら?
最初は、何だか魑魅魍魎(ちみもうりょう)な
おちゃらけたアニメだなあと思いつつ
見ていると、むむ、意外に深いグッド

主人公は、わたぬきという高校生の男の子で
この子は、小さな頃に両親を亡くし、一人暮らしで生きているのですが
小さな頃から「見えるはずのないもの見えてしまう」
いわゆる「あやかし」この世のものでないものが見えてしまう子なのです。
それで、その魑魅魍魎の霊に追いかけられたり、寄ってこられることが多く
悩んでいたのですが、ある時、引き寄せられるようにしてたどり着いた
屋敷にいた女性が、侑子さんという着物姿の黒髪の女性。
彼女は、何でも願いを叶える店、の店主でした。
それで、わたぬきの願いーあやかしが寄ってこないようになりたい、
を叶えるべく、その代価として
わたぬきは、その店でバイトするようになります。

とまあ、最初はそんなお話からスタートするのですが
何がおもしろいって、この侑子さんの生き方というか
彼女のキャラがとても素敵。
彼女の口癖としてよく出てくるのが

「人生に偶然はない。あるのは必然だけ」

「人は何でも選ぶことができる。幸せも、そして不幸も」

「すべては正当な対価が支払われなければならない。
取りすぎてもいけないし、与えすぎてもいけない」

彼女の店に迷いんで、願いを叶えてほしいという人たちからは
彼女は必ず、それに見合った対価を頂くわけです。

私が思うのは、彼女が相手から対価をもらうことで
相手が負のエネルギー
つまりカルマを作ってしまうことを防いでいるのだなあと。
これはもちろん、人にサポートを求めないで何でも自分でやるのがいい
ということではなく、自分の人生の責任は自分で取る、ということ。

人は不幸を選ぶ自由もある。

というのは、キネシのセッションをやっていると、とても納得です。
不幸を選ぶ人なんているの?と思う人もいるかもしれませんが
例えば、病気になることでお母さんからの愛を得ることができる
と子供が感じれば、無意識に病気を生み出してしまうことがよくあるように
不幸になることで、何か得るものがあれば
人は(無意識に)不幸を選んでいます。

本当に不幸になりたい方は、例えば私のようなヒーリングセッションに
来ることはなかなかできません。
本人に受ける気が起こらないのです。
これまでも、何人かそういう方に出会いました。
いろんな問題を抱えていて、セッションの予約をなるべく早く取りたいと
メールをして来られるのに、直前でいつもキャンセルされる方とか
あれこれ質問のメールはされるけど、なかなか予約を取らない方などの中に
時々、本人は意識としては気づいていないのですが
その問題(不幸)があることで、何かを得ていて、それを失いたくない
と潜在的に持っているのが、メールから伝わってくることがあるのです。
ですから、実際にここにセッションに来られたということは
それが例え友人からの勧めであったとしても
「幸せになる準備ができている」と私は感じるので
いくらその方の潜在意識で
「不幸を選びたい」とマインドが抵抗したとしても
セッションでその抵抗を外してゆきます。
(ということで、残念ながら、私のセッションに来れば
不幸は選べなくなってしまうのですけどねウィンク

このアニメの中の逸話では、侑子さんに
願いを叶えてほしいと頼んできた不幸を選んでしまう女性は
責任を逃れたいために不幸を選んでいた、という設定でした。
侑子さん曰く
「社会的な成功や大きな幸せを得るためには
それなりの責任や代償が必要なのよ。
幸せになるためには、そのための対価が必要なのよ」

確かに、責任を取りたくないから
自分が本当にやりたいことをやらない
という心理プログラムを持っている方は多いのですが
その責任には、実は実体がない、ということを本質的に理解できれば
幸せになるための対価は必要なくなります。
このあたりは私は若干、違う捉え方でいますが
それは置いといても、話の着眼点がいいなあと。

また第一話で出てくる登場人物の中に
「霊が見えたり、声が聞こえてしまって私は大変なの」
と友人に訴えている女子高生がいて
自らのネガティブな意識が、知らず知らずのうちに
霊を自分の中に取り込んでしまっていることになっているのですが
こういう方も案外多いのです。
その子の場合、その不幸を(無意識に)選んで得ていたものは
「私は他の人が見えないものが見えるのよ」という「特別さ」でした。
キネシオロジーのセッションでも、霊的なものを調整することもありますが
毎回セッションに来られる度に
何かの霊やら前世やらのエネルギーをくっつけて来られる方がいて
その方の持っている意識を変えない限り、いくら霊とのつながりを切っても
またすぐに別のものとつながってしまいます。
(実際は、その根本的な要因は、脳にあることがほとんどですが)
そういうところも、このアニメの作者はよく知っているのだなあと。

さて、このわたぬきは、とにかく「与える人」です。
自分を犠牲にしてでも、人のために何かを’する、というのが
彼にとってはごく当たり前になっていて
いわゆるキネシオロジーで取り扱う
「自己破壊プログラム」を持っているわけです。
彼の場合、小さな頃から両親が亡くなって、一人で家事炊事をやってきて
両親からサポートを受けていないので、人から受け取ることより
与えることが彼の自己価値につながっているということでしょう。

そのわたぬきに対して、侑子さんは
自分を犠牲にして人に与えることの愚かしさを
彼に様々な経験をさせることで伝えてゆきます。
自分を犠牲にして相手に与えたら
それをされた相手は結局ハッピーにはならない
そのことに、わたぬきは、侑子さんや
周りの友人たちとの交流を通じて、だんだんと気づいてゆくのです。

例えば、親子であっても、親が子供のために犠牲になっていたら
それを見た子供は、また親の影響を受けて
自ら犠牲になる人生を選んでゆきます。
自己犠牲は、愛ではなく、マインドが生み出したものでしかないのです。

この侑子さんの何が素敵って、大酒飲みで、食べることが大好きで
華やかな着物をまとい、粋な大人の女性であること。
彼女の口癖が
「今日はとことん飲むわよ〜」
あ〜これ、私もよく言ってたセリフだけど
なんと心地よい響きかしらんあっかんべー

そして、わたぬきのライバル的な友人として出てくる
どうめきくんがまた素敵ハート(手書き)
わたぬきは、霊的なエネルギーを見たり感じたりはできるのだけど
案外、人の気持ちがわからなかったり
肝心なところをわかっていなかったりするのですが
反対にどうめきくんは、全く霊的なものは見えないのだけど
人の気を読むというか、鋭い洞察力があり
物事の本質がわかっているというか。
その対比もおもしろいです。

ということで、この「XXXホリック」
おもしろいので、もし見られていない方はぜひ〜♪
(ちなみに、ドラマの方は全くおもしろくなかったので、第1話で挫折)

こちらが「XXX ホリック』の第一話。
(第2話は、横にあるので探してみて)

http://www.youtube.com/watch?v=ty9Ft40wNxg

そして続編「XXXホリック。継』の第一話

http://www.youtube.com/watch?v=E4ZZmRi1kbY

個人的には、この「継」の方がさらに深くなるので好きです。
アニメの原本は、さらに話が続いているので
いつか読んでみたいなあ♪
 






最終更新日  2013年11月18日 23時04分41秒
コメント(16) | コメントを書く
2012年10月29日
カテゴリ:映画&映像
今日のNYは台風のため、昨日の夜7時から
地下鉄など公共の交通手段は全面停止しています。
今は、だんだん風も強くなってきましたが、
昨日の夜はまだほとんど風もなかったのですが
こちらでは、万全を期して早めに対応するのですよね。

ということで、昨日の夜7時からのセッションは
キャンセルとなり、久々に早くセッションが終わったので
おさむと家でituneでダウンロードして映画を見ました。

『The Fountain』
(邦題『ファウンテン 永遠に続く愛』

けして、おもしろいから見てみて〜とお勧めする感じではないのですが
とても印象に残る映画でした。
右脳的に見ると、ストンと落ちてゆく感覚はあるのですが
理屈というかストーリーとしては意味不明かも。

3つのステージが同時に入り交じって展開してゆくのですが
一つは、医師であるトムが不治の病で死に瀕している妻のイジーを救うために
必死で新薬を開発しようとしているというお話。
もう一つは、イジーの書いた小説の中の話で
16世紀のスペインの王国の女王(イジーの前世的な存在)が
親愛なる部下のトーマス(トムの前世的な存在)に、永遠の命を得るために
マヤの生命の木を探すように申し付け、トーマスは命をかけて戦ってゆくというお話。
そして、もう一つは、丸坊主にした(未来の?)トムが生命の木を守り
そこで祈り、ともに宇宙空間の中で生きているという不思議なお話。

時代的にはずれているわけですが、一方でこれらは同時に存在していて
まさに過去と現在と未来は常に同時に存在しているという感覚です。

例えば、イジーがトムを誘って、雪の中の散歩に誘うのですが
薬作りに必死で、焦っているトムにとっては、そんな時間ももったいなく
思わず「いいかげんにしろ」という感じで怒鳴ってしまい
それを見たイジーは、悲しく一人で雪の中に出て行ってしまいます。

もうあちらの世界に行く覚悟はできているイジーは
残された時間をできるだけ二人で過ごしたい、今、この瞬間を精一杯生きたい
と願っているのに対して
トムは、イジーがこの世を去ってしまう恐れに捕らわれてしまって
今のイジーと向かうあうことができないでいるのです。

イジーにとっては、永遠の命、つまり肉体は去っても
二人はずっと一緒である、と感じているわけですが
トムにはそれを感じることはできません。
でも、トムはもちろんイジーを深く愛しているから
必死に新薬を作ることに没頭しているのであって
イジーはそういうトムの愛もよくわかってはいるのです。

例えば
妻の方は、お金や仕事より、そばにいてほしいと願っているのに
夫はこれは家族のためなのだ、と一生懸命働いていて
彼女と一緒に過ごそうとはしない、そのために二人の心がすれ違ってしまう、
女性にとっては、理解できないし
男性にとっても理解できない
こういう女性性と男性性が相容れない形になってしまう場面は
見ていて苦しくなります。
女性性は感性であり、男性性は理性。
それらが上手く溶け合うことができた時
愛は完全な一つのものとなるのだなあと。

この雪の場面は何度か出てくるのですが、
トムが未来の自分を通じて、本当の永遠の命とは何か?に気づくことができた時
過去に意識を戻し、イジーの散歩の誘いを受けて、雪の中に入ってゆきます。
するとスペイン時代のトムも、そして未来のトムも同時に変化するのです。

私のIHキネシオロジーのセッションの中で
前世のことが出てくる時は
前世の影響を受けて、今に何らかの影響を与えているものを手放し
本当の意味で、今の人生を生きることができるようにしてゆくのですが
そのセッションの最中に、今が癒されると同時に前世も癒されている
そんな風に感じることがよくあります。
その時ヒーリングされているのは、クライアントさんの今であり
同時にそのクライアントさんの過去と未来であり
あらゆる次元なのです。

映画としては、ちょっと重い内容ではあるのですが
映像もきれいだし、このぶっとんだ感じ、私は好きですウィンク
未来のトム、というより、イジー亡き後のトムの心の動きを表した場面は
トムは坊主で座禅だし、カンフーみたいな動きもやるし
宇宙に浮いているし、で、普通の見方としては意味がわからない感じですが
たぶん、私たちの未来の世界では、いろんな文化や哲学が混じり合ってくるでしょうし
違和感は感じませんでした。
本当の意味での永遠の命。
スペイン時代のトムが生命の木の樹液を飲んだ途端
身体から草花が生えて、大地に還るシーンがあるのですが
私たちはみんな土に戻ってゆき、土から生まれてくる
という古代からのネイティブの教えだなあと。
もうすぐやってくると言われている女性性の時代は、そういった感性の時代。
この映画から伝わってくるエネルギーは
何かそういう新たな時代への啓示のように感じます。

ただ一つ、これは個人的な好みになるのかもしれませんが
このストーリーの中で、スペイン時代の女王の方は
現代のイジーとは違って、永遠の命にこだわり
親愛なる部下のトムにマヤの生命の木を見つけることを
申し付けるわけで、男性が女性への愛のために命をかけるという意味では
シンクロしているものの
ここは女性性の感性や叡智が現れていないように感じてしまうので
ここのストーリーがちょっと違えば
よりシンクロ感とか、過去と今と未来が連動している感じが
伝わるのになあ、などと感じました。

さて、この映画をコンピューターにダウンロードしている間
ちょっと時間があったので、私のIHキネシオロジーのセッションをやりました。
軽く体調を整えようという気持ちで始めたのですが、意外にも
ディープな内容で、私の前世に関することでした。
映画を見る前は、内容を知らなかったのですが
後から見てみると、おもしろいシンクロだなあと。
基本的にグラウンディングができていれば、前世の問題が出てくることは
ほとんどなくなるのですが、まれに出て来ることもあります。
その内容に関しては、ちょっと不思議な感動だったのですが
まだ結果もよくわからないので、しばらく様子をみて、またご報告いたしますね。

だんだんと風も強くなってきました。
今日も地下鉄は動いておらず、今日の予約はすべてキャンセルとなりました。
こういう時、びっしりと予約が入っていると、他の日に振替するのが
難しいので、もっとスケジュールに余裕がないとなあとつくづく思うのですが
とりあえず、今日は絵を描いたり、ヨガをやったりで
のんびり過ごそうと思います。

どうぞNYのみなさまは、Stay Safeにお過ごしくださいますように晴れ






最終更新日  2012年10月30日 14時32分39秒
コメント(2) | コメントを書く
2011年10月29日
カテゴリ:映画&映像
 
今日のニューヨークは1日雪、それもけっこうたくさん降って
今も降り続いています。
ニューヨークでも10月中の雪は珍しいそうで、南北戦争以来4度目とか。
今の気温は1度C。明日の夜はマイナスになるそう泣き笑い
ニューヨークは夏が終わったら、秋がほとんどなくて
半年以上の長い冬に突入してしまいます。
この時期が来るたびに、おさむと
「もう今度こそ暖かい土地に引っ越そう」と恒例のように言い合っていますが
暖かい土地で暮らしたら、随分と気分も変わることでしょうね~

さて、先日、友人が「Dolphin Tale ドルフィンテイル」という映画を
FBで紹介してくれていたので見に行ってきました。

実話を元にしたお話だそうで、人間の網にひっかかって
打ち上げられ、尾をなくしてしまったイルカのウインターと
それを取り巻く人たちとのお話。
映画の中の尾のないイルカは、実話のイルカ、ウインターが熱演しています。
映画の方は少年とイルカの物語に設定されていて
(実話ではそういう少年はいないそうですが)
それがまた感動を盛り上げています。

こちらは映画のトレイラー

尾をなくしても必死に生きようとするウインターの姿は
実際に多くの人たちに勇気を与えているのだそう。
こちらは人口の尾をつけて泳ぐウインター。

dolphin-tale-movie-winter-the-dolphin.jpg

少年と動物が主役というだけで、私が泣かないはずないのですが
しかもイルカですから、もう泣きまくりですウィンク
イルカって最高のヒーラーですよね。
人に心を閉ざしてしまっていた少年が、イルカに出会ってから
どんどん心を開いてゆきます。
あの大きな愛のエネルギーで見つめられたら
例え、どんなに傷ついて、どんなに心を閉ざしてしてしまっていたとしても
ハートを開かずにはいられなくなってしまいます。

イルカやクジラは、私たち人間より遥かに高い意識を持った生き物だと
私は思っていますが、
例え、どんな状況にあっても楽しむこと、遊ぶこと、無条件に愛すること
イルカたちは私たちにいろんなことを教えてくれる大切な存在ですね。

映画の中で、イルカと少年が一緒に泳ぐ世界は、うっとりするほど美しい。
イルカのウインターは、信じられないぐらい素晴らしい演技ですし
子役も俳優も(モーガンフリーマンも出ています)とてもよかったです。
ストーリーもとてもよかったですが
イルカを見ているだけで、愛に包まれてきます。
たぶんほとんどの人が好きな映画ではないかしら?
ぜひ見に行かれてみてくださいねハート(手書き)







最終更新日  2011年10月30日 22時49分38秒
コメント(0) | コメントを書く
2011年10月15日
カテゴリ:映画&映像
 
日本で見てみたい映画があります。

「カンタ!ティモール」

canta_main-thumb.jpg

監督の広田奈津子さんのトークをYoutubeで見たのですが
いいなあ、この方、きっと素敵な映画なんだろうなあハート(手書き)と。
こちらが、その奈津子さんのトーク映像

そして、こちらが映画のHP
予告編も見れます。

東ティーモールは、24年間、インドネシアからの軍事攻撃で
住民の3分の1が殺され、多くの犠牲を出します。
それは、ティモールにある油田をインドネシアが得るための
戦争だったのですが、
日本やアメリカは、そのインドネシアの侵略を黙認し、
インドネシアのために経済援助を続けます。
それは、インドネシアが油田を得ることができれば
日本も安く電気を使うことができるから。
私たちが知らないところで、私たちの税金を使って
(私はアメリカへの税金だけれど)
日本やアメリカは戦争に加担しているのですね。

インドネシア軍は、大勢のティモール人を捕虜にしては
酷い虐殺を繰り返したのですが、
ティモール人はインドネシアの人を捕虜にすると、
一人一人に対して、真摯に平和を訴え、
母なる地球に生かされていること
すべては一つであること、
そんな想いを伝えては、そのまま捕虜を逃がし
インドネシアに帰したのだそうです。
許すこと、笑うこと、楽しむこと
それがティモールの人たちの選ぶ生き方。


こちらのウエブから抜粋


太陽に照らされた底抜けな明るさの一方で、
ほぼ全国民が持っている、深い心の傷。
最初、その明暗のコントラストに頭がクラクラしてわけがわからなくなりました。
決して癒ない傷を持っていながら、なぜこんなにも笑い合い、許し合えるのか。
旅を続けるうち、私が得た答えは、彼らの世界観でした。
大地という母から生まれた大きな家族として人も獣も生きている。
敵であろうと全てひとつの生命体として存在しているという感覚です。
多くの人が「自分は傷ついた。だけど傷つけなかった。だから大丈夫」と言いました。
自然でも人でも、相手への行為は自分への行為と同じということです。
それが根底にあるからかもしれません。


もう予告編だけで、泣けてきます号泣
日本各地で上映会が開かれているようなので、お近くで上映される時は
ぜひ見に行かれてくださいね。
(いつものことですが、まだ見たこともないのに
人に紹介している私ですあっかんべー






最終更新日  2011年10月17日 12時58分35秒
コメント(0) | コメントを書く
2011年08月17日
カテゴリ:映画&映像
 
先日、ドラマ「仁」のことをアップしてから、何人もの方に
『ドラマ見ました~素晴らしかったです」とか
「以前見て、感動しました」などと言われました。
ドラマ「仁」宣伝部としてはあっかんべーとてもうれしいです晴れ

中には、パラレルユニバースの説明がよくわからなかったと
言われる方もいらっしゃったのですが、
そもそも多次元のことを、この3次元世界の概念で説明すること
自体に無理があるのですから
例え理屈に合わなくても、自分なりに感じれていればいいかなあと。
例えば、仁の同僚の解釈では、仁は現在Aから、過去Bへタイムトラベルし
過去Bから現在Cに戻ってきたということで
過去Cのことを調べたら、当然、自分が幕末に生きてきた証は全くなくなっていたのに
橘咲だけはかすかに覚えていた、というのは、理屈としては合わないわけですが
でも橘咲自身が、過去Cにいながら、過去Bのパラレルユニバースにアクセスしたと
考えると、充分納得できます(あくまでも私自身の捉え方ですが)
実際、私たちはタイムトラベルしなくても、別次元にアクセスできるわけですしねウィンク
(それも理屈ではなく、これまでのヒーリングのセッションを通じて、
感じていることなのですが)

一方で、このドラマは、そういったおもしろさだけでなく
いろんな面での気づきを与えてくれるドラマだなあと。
最初は、一刻も早く現代社会に戻りたい、と思っていた仁が
だんだん、その時代での生活の中で、生きる喜びを感じ
全力で生きてゆく姿を通じて
幕末よりもずっと豊かであるはずの現代社会で
失われてしまった大切なものに
あらためて気づくこともあるのではないでしょうか。

人と人とが密接につながり、助け合って生きる社会
地域に根ざした生き方
日々の生活を楽しみ、笑いに満ちて暮らすこと

「人と人とのつながり」
これこそが、私たちがここに生まれてきた理由でもあると
言えるかもしれません。

ということで、これは仁とは直接関係はないですが
いつか見てみたいなあと思っている映画があります。
もう最初の上映スタートから2年が経つので見られた方も多いかしら?

『降りてゆく生き方』


以前、この日記でも書いた「奇跡のりんご」の木村秋則さんのことを
調べていて、彼がモデルの一人となってできた映画ということで
知ったのですが、
この映画は人と人とのつながりを大切にしたい、
一緒に映画を見て感動するという場を作りたい、ということで
DVDも制作せず、日本各地での上映会での上映のみだそうですので
海外に住んでいるものとしては、簡単には見れないのが残念ですが
だからこそ、またいいのでしょうね。

映画の主演は、ドラマ「仁」の中でも、
とても味のある演技をされていた武田鉄也さん。
仁の中での彼のシーンでは何度も感動で泣きました。

こちらは、映画紹介の番組

「降りてゆく生き方、映画から現実へ」


「降りてゆく生き方」
最初にこの言葉を聞いた時
「降りてゆく」って、この大地に降りてゆくということかしら?
しっかりと地に足をつけるということ?

と、映画を見ていないので、わからないのですが、
上の番組の中で言われていたのは
「競争社会から降りる」ということ。
また映画を見て「降りてゆく」ということを
「自分の本質に近づく」
「忘れていた大切なものを取り戻す」
そんな風に受け取っている方もいるようです。

先日も「お金の幻想』に書きましたが
お金が手段から目的へと変わってしまってから
お金が生み出した幻想は
私たち人間にとって深い闇を作り出しています。
本来は、「幸せに生きるため」に必要なお金を得るということが、
「お金のために」働き「お金のために」生きている
になってしまっている人がなんと多いことなのか。
「人より豊かに、人より優れて」という競争社会の中では
自分が本当は何を求めているのかもわからなくなってゆきます。
本当の豊かさとは、満たされた生き方のこと。
例え、何かを達成したとしても、永遠に満たされることはなく
先にあるものをずっと追いかける生き方は
本当の豊かさとはかけ離れてゆきます。

生きる喜びが何だかわからない、という方は予想以上に多いなあと感じます。
こういう生活が当たり前だ、こういうものが幸せな生き方なのだ、
という幻想(思い込み)の中で生きていると
(つまりはマトリックスの中で生きるということ)
生きる喜びも、生かされていることに対する感謝も、感じれなくなって
何が本当に自分はやりたいことなのか、ということさえ
見えなくなってゆきます。

例え、自分は人と競争なんてしていない、と思っている人も
もしも、誰かと比べて「この人よりは自分はましだ」と感じたり
または「あの人は自分より優れている」と落ち込んだことがあるとしたら
それは、人との比較の中で自分の価値を見出すという競争社会での
信念体系が埋め込まれているということ。
自分は人より優れていると思うことも
または、人より劣っていると思うことも
どちらも私たちの本質から離れた幻想です。

人との比較や競争によって、自分の存在価値を見出す生き方が
主流だった時代は、もう終わりを告げようとしている、
木村秋則さんをはじめ、いろんな方たちが
今、伝えているメッセージを聞いているとそんな風に感じます。
そして、人とのつながりを通じて、分かち合い、
本来の私たちのあり方へと戻ってゆくこと。


競争社会から降りること
この大地に自然に、意識を降ろしてゆくこと
自分の本質に降りてゆくこと
それらは「降りてゆくこと」とも言えるでしょうが
意識のレベルでいえば(エネルギー的には)上がること。
そのためには、まず不必要なものを降ろす(手放す)ことが
必要かもしれません。

先日、友人とも話していたのですが、どんなドラマや映画であっても、
その根底に流れているものが「生きることの素晴らしさや喜び」
つまり、愛と祝福から生まれたものであったなら、
何か心を動かされます。
この映画のストーリーは詳しくは知らないのですが
きっと今の時代に必要なメッセージを伝えてくれているのではないかなあと。


いつかこの映画を日本で見てみたいなあと思います。
自分が見たこともないものをお勧めするのも
何なのですが、日本にお住まいの方で、近くで上映される時には
ぜひ見られてみてくださいね。
(自分で上映企画できれば、もっと素敵ですね)

注)ちなみに私が「ぜひ見てみて」というのは
あくまでも、もし何かピンと来るものがあったら見てみて、という意味です。
何をおもしろいと感じるのかは、人それぞれ違いますので
自己責任でお願いしま~すウィンク






最終更新日  2011年08月20日 17時55分43秒
コメント(2) | コメントを書く
2011年07月30日
カテゴリ:映画&映像
 
先日「タイムトラベル」で検索していたら、「仁」というドラマが
現代から幕末にタイムトリップするお話だというあらすじを読んで
軽い気持ちでネットの無料動画を見てみたら、すごくおもしろくて
一気に引き込まれて、先ほど、最終話を見終わりました。

このドラマは、第一部が2009年に放映されて
その第2部、完結編が2011年の4月だそうですね。

あ~まだ仁の世界にひたっておりますハート(手書き)
脚本も俳優も素晴らしい♪
これまで見たドラマの中で、一番おもしろかったかも。
(おさむ曰く「のりこはいつもそんな風に言っているよ」なんだそうですがあっかんべー
少なくともベスト3には入ります!)←って他の二つは思い出せない。

タイムトラベル、幕末、医療、という様々な要素を組み合わせながら
人が生きるということについて、深くほりさげてゆく感動のお話の連続で
毎回、ボロボロ泣きました。

ストーリーは、大沢たかお演じる、脳外科医の仁が
ある日、現代から幕末にタイムトリップしてしまうのですが、
現代の医療技術も薬もなく、誰も自分を知らないという状況で
人々を救おうと全力で立ち向かってゆくという設定。
その中で、坂本龍馬や勝海舟などの幕末の英雄たちと交流を深め
歴史の渦に巻き込まれてゆきます。

普通、私たちは時代物の映画やドラマを見ている時は
「これはこういう時代だ」と思ってみているので
あまり深く意識していないと思うのですが
このドラマでは、私たちと同じ現代に住んでいる主人公が、
タイムトリップして、主人公の視点からその時代を見るので、
その当時の人々と私たちの意識や生活がいかに違っているのかを
ひしひしと感じることができるのですね。

舞台は1860年代ですから、
考えてみればまだ150年ぐらいしかたっていないわけですが
当時は、士農工商の身分制度があり、侍は刀をさし、切り合いは普通に起こるし
女性の地位はまだ今よりずっと低く、家や様々なしきたりの制限の中で生きていた時代。
生活は電気もなく、今では簡単に治療できる病気であっても
多くの人が命を落とし、子供でさえ、常に「死」を意識して生きている時代
今とは、人々が考えていることや意識していることも全く違います。

そう考えると、150年の月日の変化は、本当に大きかったのだなあと。
今は、変化のスピードが加速していますから
これから150年もたたなくても、50年先でさえ
一体、どんな生活になっていて
人々はどんな意識を持って生きているのかしら?とふと考えます。

そして、文明が今ほど発達していなかった時代だからこそ
そこから学ぶことも多いのかもしれません。

人と人とが、今よりもっと寄り添いあって生きていた時代。
電話ですぐに声が聞けないからこそ
会いに行くのに時間がかかるからこそ
伝わってゆくものもあるなあと。

仁が幕末にタイムトリップして
満足な薬や道具がないところで、医療を行うことになって
生まれて初めて
「これまで自分の実力だと思ってきたことはすべて違った。
誰かが命をかけて作った薬があり、道具があり
そんなたくさんの人たちの汗と努力の上に成り立っていた。
何一つ自分の力ではなかった」
ということを自覚する場面がありますが
ほんとうに、私の目の前にあるすべてのものは
誰かが、いろんな想いで作り上げてきたもの。
何一つとして、自分だけの力で作ったものなんてないわけで
だからこそ、私たちは目に見えないたくさんの人たちともつながり、
生かされている、ということ。

このドラマを見ると、きっと誰もが
自分が今、この時代にタイムスリップしたらどう生きるだろうか?
自分は一体何ができるだろう?
と考えるのではないかなあと思います。

現代から、いきなり、そんな時代に放り込まれたとしたらどうなるかしら?
何もできない自分の無力さを感じるかもしれないし
身分の違いによる差別や、戦争で人がどんどん死んでゆく理不尽な社会に
腹がたつかもしれないし
誰も自分のことをわかってもらえないという孤独を感じるかもしれません。
でも、それでも、そこに存在するからには
そこで精一杯の自分の生き方をしていくしかないのでしょうね。

未来からやってきた仁は、坂本龍馬や幕府がたどる運命もわかっているわけですから
自分の行動が歴史を変えるか
もしくは、何も変わらないのか
自分は何のためにここにやってきたのか?
様々な想いを持ち、迷いながらも、自分が今、何をするべきか?
何ができるか?を必死に模索しながら、進んでゆきます。

坂本龍馬が、これからこの国に起こることを伝えようとする仁の言葉をさえぎって
「10年先、100年先のことを知っても意味はない。
俺たちは、一歩一歩、目の前のことをやりながら
進んでゆくしかない」
ということを言う場面があります。

ほんとうに今を生きるしかないですね。
例え、先のことがわかったとしても
その未来は、唯一無二の未来ではなく
今の選択によって、無数の未来が存在するのですから。

そのことを、幕末の世で何年も暮らしてゆく中で、
だんだんと仁も理解してゆきます。
仁が未来からやってきたということに気づいた勝海舟に
「この後、江戸は火に覆われるのか?どうなるんだ?」
という質問を受けるのですが
始めは、歴史を思い出そうとしていた仁は、
ふっと「それは勝先生次第ですよ」
と答えるのです。

例えば、自分が試験に合格するかどうか?を
未来が見える人に見てもらって「合格します」と言われたとして
「そうか、私は合格するんだ」と思って
これまでやっていた勉強をやめてしまったら
合格しない未来がやってくるかもしれません。
あくまでもその未来は「今のまま(未来を知らずに)進んだとして」
ということであって、今を変えれば、いくらでも変わるのですから。
そう考えると、占いやサイキックリーディングで
未来のことを見てもらうことなんて、あまり意味はないですよね。
(遊びで受けるのはいいとしてもウィンク

シリーズ2の中でのシーンで
仁が西郷隆盛の腹膜炎の手術をすることになるのですが
その時に、仁は
「私がこの手術をすることで、歴史は変わるのか?
それとも、私がここに存在するから、西郷隆盛はこの病気になったのか?」
と自問自答するのですが
この視点は、ある意味、量子力学の立場と同じと言えるかも。
有名な量子力学の「シュレーディンガーのねこ」で言われるように
「ねこを見ている自分がいなければ、そこにねこは存在しないかもしれない」
ということ。
自分がそこにいるということは、そこで世界が変わるということです。

一見、自分とは関係ないところで起こったことのように見えても
目の前で起こっているということは、
自分という存在が関わっているということ。
だから、そこから自分は何かを学んでゆく必要があるのですね。
そのために、事は起こっているのですから。
このドラマの中でバタフライエフェクトについて描いていたのも
よかったです。
どんなに自分が無力で意味がない存在のように思えたとしても
必ず、何らかの影響を周りに与えているし
それは見えないところで大きな変化につながっていることもあるかもしれない。
そして、それが宇宙の中では完璧なバランスを保っているのだなあと。

そして、最後はやはりパラレルワールドハート(手書き)
仁のやったことは、歴史を変えたことだとも言えるし
ただ単に別の現実(次元)を選択しただけだとも言えます。
とてもよくできたストーリーだと思います。

過去も未来も今も、無数に存在していて
どの未来を選ぶのかも、私たちの一瞬一瞬の選択。

仁が幕末で生きたように
今、一瞬一瞬を生きて
よりよい世界に向けて光を放ってゆく。
多くの人々との目に見えない絆を感じながら。
日々、生の祝福を感じながら。


素晴らしいお話ですので、見ていらっしゃらない方は
ぜひぜひ見てくださいね。
他にもあるかもしれませんが、私が見た無料動画のサイトです。

JIN 仁 シリーズ1

JIN 仁 完結編






最終更新日  2011年08月01日 23時12分25秒
コメント(3) | コメントを書く
2011年07月17日
カテゴリ:映画&映像
 
この日の夜、シリーズ最終章
映画「ハリーポッター死の秘宝PART2」(3Dバージョン)
を見に行きました。

よかった~~晴れ

これまでの中でも、最終章にふさわしい感動の作品でした。

このブログでも2年ほど前に、この最終章の本の感想を書いたのですが
これが、どんな映像になるか、2年前から楽しみでした。

普通、本が映画化されると、なんか違うなあ、という感覚があるものですが、
ハリーポッターも、もちろん、あの長編ですから、内容は省かれているものの
この複雑な内容を上手くまとめてあるし、よくできていると思います。
描かれている映像は、本で読んでイメージしているのとほとんど違和感がないというか
今回もハリーたちが忍び込むグレンゴッツ銀行内の映像など
まさに本を読んだ時のイメージ通りでわくわくしました。

ただ一つ、私としては、死に向かってゆく時のハリーの心の変化、
特に死を意識することで、はじめて生きていることがいかに奇跡的なことであるか?
ということに気づき、死を受け入れてゆくところや
一旦あの世から戻ってきて、すべての恐れを手放し
魂的な成長を遂げたハリーが、愛の意識から闇の帝王にたたみかけてゆくシーンを
もう少し描いてほしかったなあ、というのはあったのですが。
このあたりの描写は、深くスピリチュアルな場面ですが
きっと、そこまで映画で描くのは難しいのでしょうね。

そして、本の感想でも書いたように今回はハリーより何より、やっぱりスネイプハート(手書き)
原作を読んだ女性で、スネイプファンの方は多いはず。
もちろん映画の中では、彼のその人生のすべてを伝えきることはできないのですが
スネイプが涙を流す映像を見ながら、原作での内容が思い出されて、ぼろぼろ泣きました。
スネイプ、あまりに切なすぎる号泣
このスネイプの存在があるからこそ、ハリーポッターの物語が深いものに
なっているなあと。
女性は「生涯をかけた一途な愛」というのに弱いですよねウィンク
(男性でもスネイプファンはいるかしら)

これほどの作品を創ったJKローリングの才能というか情熱は、
本当に天才的であり、素晴らしいですが
ゲリーボーネルが「5次元世界はこうなる」の中で
「ハリーポッターは、彼女(JKローリング)がパラレルセルフにつながった結果
あの物語が出てきたのだと思います」
と書いていました。
チャネリング状態だとも言えますが
まさにパラレルワールドにアクセスしているのでしょうね。

と、よく考えてみれば、私たちも、レイキのシンボルを使って
他からのエネルギーをプロテクションしたり
マトリックス・エナジェティクスで、別の次元にアクセスしたり
シャーマニックなセレモニーでローワーワールドを旅したり
はたまたフラワーエッセンスで他人のエネルギーと同調したり、と
まるで、ハリーたち魔法使いと同じようなことを
日々やっていると言えるのかもしれませんねウィンク
(ぎっくり腰が数秒で治ったなんていうのもグッド
こういった「魔法のような」ことがこれからもっと多くの人に
当たり前のこととして、広がってゆくような気がします。

さて、こちらは、そのJKローリングがハーバード大学で行ったスピーチ映像です。
以前、ご紹介したスティーブジョブズのスタンフォード大学でのスピーチ
何度見ても感動なのですが
このJKローリングのこのスピーチもとてもよかったです。

どちらも、人生の中で一般的には「失敗」と言われるものから
大きな学びや転機があったことを伝えています。

スティーブジョブズでなくても
「あの時、会社をくビになったから、今、自分にとっての天職に出会えた」とか
「あの時、彼にふられてしまったから、今、最愛のパートナーに出会えた」
なんて、ことは、多くの人の人生の中で山ほどあることでしょう。
人生の最後になってみないと、それは失敗かどうか、なんてわからないのです。
本当の意味では、失敗なんて人生にはないと言えますね。
だから、大切なことは、失敗を恐れず、挑戦してゆくこと。
どの人にとっても、人生は壮大な冒険ですからきらきら

ということで、私は今日も魔法学校のクラス、いえレイキのクラスが終了したところですウィンク
これからも日々の生活の中で、様々な魔法を使い、また新たに学び、そして伝えながら
人生を楽しんでゆきたいです~スマイル






最終更新日  2011年07月21日 16時54分48秒
コメント(0) | コメントを書く
2011年06月17日
カテゴリ:映画&映像
 
いろいろ書きたいことはあるものの
このところ、ゆっくりとまとめる余裕がなく過ぎてゆきます。
とりあえず、今日は、最近見たドラマからの話題で。

少し前に友人に勧められて、久々にネットで日本のドラマを見ました。

タイトルは「生まれる」

田中美佐子が51歳で出産するという設定で
高齢出産がテーマのドラマですが
高齢出産についてだけでなく、生命の誕生について、不妊治療について、
ダウン症について、子供を持つということの意味など、
毎回、深く掘り下げていっていて、
子供を生むということだけでなく、生きているということそのものについて、
伝わってくるドラマでした。

最初は、今一つかなあと思いながら見ていたのですが
大杉蓮が扮する産婦人科医の近藤先生が、すごくいい味を出していて
そこから一気に引き込まれました。

この世界に生まれてくるということが、
いかに奇跡的で素晴らしいことなのか、
私たちが生かされているということが
どんなに祝福されているということなのか
子供を授かるということは、どういうことなのか
障害を持って生まれてくるということは、どういうことなのか

「子供はお母さんを選んで生まれてくる」
という内容の日記を以前、ここに書きましたが
この近藤先生の絵本が、まさにそれをテーマとした内容で
この近藤先生の人物像は、どなたかモデルの方がいらっしゃるのかしら?
と思って調べてみたら、
産婦人科医で鮫島浩二先生という方が
「わたしがあなたを選びました」という絵本を出されているのですね。
(この方が近藤先生のモデルかどうかはわからないのですが)

高齢出産となると、様々な問題が出てきます。
男性の精子は、約2ヶ月ごとに新しく作られ、80歳でも作られますが
女性は一生分の卵子を胎児の時にすでに持って生まれてきて
生まれてからは、それを一つ一つ出してゆくだけで
新たに作られることはないので、年を取れば取るほど
卵子が老化してゆくため、妊娠率は下がってくるし、様々なリスクも高まります。
もし、女性が卵子を新しく作り続けることができるのなら
高齢出産なんてなくて、女性は年齢を気にせず、出産を考えることができるのになあ、
なんて、つい考えてしまいます(そんなこと考えても仕方ないけどあっかんべー

キネシオロジーのセッションに来られる方の中にも
やはり、出産年齢を考えると、もうそろそろ出産を考えたいのだけれど
夫の状況や今の自分の仕事のことや、経済的な問題などで
迷っていたりする方も少なくありません。
もちろん、子供は生むだけでなく、育てることが大変なので
体力がある若い時に生んだ方がいいのは間違いないでしょうが
それでも女性の出産の年齢にリミットがあることが
多くの女性を悩ませている原因の一つ。

このドラマの中でも言われていたことですが
女性が子供を欲しいというのは、本能的なものであって
男性とは違うということ。

先日も二人でドラマを見ながら、
「女は本能的に子供を生みたいと感じるんだよね~」
とおさむに言うと、彼は
「でも、のりこは、これまで一言も子供が欲しいなんて言わなかったよね」
というので、あらためて考えてみると、
私も20代、30代の始めの頃までは、必ず子供を生むだろう、と思っていて
それを疑ったことはなかったのに、いつのまにか、
子供を持ちたいという気持ちはどこかにいってしまっていたんだなあと。
やりたいことがたくさんあって、子供のことを考える暇もなかったということもありますが
出会ったのがおさむだったから、というのが大きいかも。
(彼自身が子供だしウィンク

おさむも
「まあ、俺だからなあ。
俺は子供と一緒に遊びたいけど、育てるなんてあり得ないし」
なんて言っていましたが。
(「俺みたいに無責任なのはすごい」と自分でほめている人パンチ

何年か前にシャスタの治美さんにリーディングしてもらった時に
特に子供のことを尋ねたわけでもないのに
「お二人は今生では子供を持たないことを決めて生まれてきました」
と言われて、何だかほっとしたのを覚えています。
 
子供を育てるというのは、それだけで大きな社会貢献であり
宇宙への奉仕であって、そこから無償の愛を学ぶ道だと思うのです。
でも、必ずしも、子供を育てるだけがその道ではないですし
今生では、その道を選ばなかったというのも、またよしだなあと。

そして、子供を生まなくても、子供を育てることはできるわけで
このドラマでも、特別養子縁組のことを取り上げていましたが
近藤先生の言うように、親子の絆は
けして血のつながりではないなあと。
この壮大な宇宙の中で、縁があって結ばれるということは
本当の魂の家族。
人と人とのつながりは、様々な形で生まれてゆくものだなあ、
そんなことをあらためて感じました。

「子供を生むということは、一人の人間の人生を生み出すということなんだ」
という近藤先生の言葉がしみます~。

ということで、これから子供が欲しいと思っている方は
ぜひ一度見てくださいませ~。

こちらで無料動画が見られます←MEGAをクリック♪
(今、まだ放映中なので、現在は9話までアップされています)

「生まれる」

ここに生きているということ、
生かされているということ

そのすばらしい奇跡を、日々感じながら、
これからも人生を歩いてゆきたいな。

Loveハート(手書き)






最終更新日  2011年06月19日 16時53分04秒
コメント(0) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全31件 (31件中 1-10件目)

1 2 3 4 >


Copyright (c) 1997-2017 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.