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マヤ遺跡 メキシコ

2012年04月12日
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ベカン遺跡から、1時間ほどで第6チャクラのコフンリッチ遺跡に到着です。
コフンリッチは、メキシコとベリーズの国境近くのジャングルの奥深くの遺跡。
私たちが到着した時は、遺跡内には、私たち以外は、二人のアメリカ人のみでした。

入った途端、ここは何とも他の遺跡と違うエネルギー。
言葉では上手く表せないのですが
まるで古代にタイムスリップしたかのような感覚になりました。

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この遺跡のメインは、マスク。
マスクの神殿。
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そして、第3の目が大きく表現された太陽神のマスク。
高さ2メートル近くのマスクが5体ありました。
DSC_0132.jpg


この仮面を見ているだけで、第3の目がうずうずしてきます。
この近くでしばらく瞑想しました。
すごいエネルギーいなずま

旅の最初は、コフンリッチまで行くのは無理かなあと言っていたので
ここまで来れて本当によかった~。
この遺跡を最後に、第1チャクラから第7チャクラのマヤの遺跡を
すべて訪れることができて、この日は何とも言えない達成感でした。
それだけでなく、旅の途中で、急に思い立って訪れたベカン遺跡やコバ遺跡
ズィビルナムチャム遺跡も素晴らしかったし
すべてがベストのタイミングでやってきていました。
(あの水を飲むまでは泣き笑い

私たちがコフンリッチ遺跡を出ようと駐車場で、車に乗ろうとしていたら
この遺跡の受付にいた男性が近づいてきて、近くの村まで
ヒッチハイクさせてくれ~と言ってきます。
彼は、ここで毎日働いているそうですが、車を持っていないので
いつもヒッチハイクで家に帰るのだそう。
車も自転車も持たずに、毎日10kmの村からここに働きにやってくるなんて
なんとも、のんびり、スローな生活だなあと。

途中の村で彼をおろし、それから私たちは今夜の宿である
湖畔の街バカラールに向かいます。
ここも前日に調べて決めたところだったのですが
美しい湖に面した、美しいエコロッジでした。

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湖の水はとても澄んでいて、魚がたくさん泳いでいるのが見えます。
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一つ一つのロッジは離れていていて
天井が高く、広々とした部屋。

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庭にも部屋にも太陽と月。

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湖畔で見つけた貝殻。
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次の日の朝。
湖に上る朝日を見に外に出ます。

空が明るくなり始めた頃。

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雲の合間から顔を出した太陽。

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朝日を浴びながらの朝食。
DSC_0248.jpg DSC_0268.jpg


この湖畔に来て、私たちの旅も終わりという感じがしていました。
最後のメキシコ滞在の日はプラヤデルカルメンで
のんびりショッピングやマルガリータを楽しむ予定でした。

この美しいバカラールを後に、あの壮絶な1日が待っていようとはショック

この旅日記の最初に書いたように、おさむはすでにバカラールの夜には
高熱を出し、下痢の症状が出ていましたが
次の日の昼間にバカラールを出発する頃には、かなりおさまっていました。
それで、何とか旅の初日に宿泊したプラヤデルカルメンのホテルに
到着したのですが(このホテルがよかったので、戻ってくることにして
すでにこの日の予約をしていたのが助かった)
ホテルに到着した途端、今度は私の症状が出てきました。
後から考えれば、二人が時間差でよかったなあと。
もし同時になっていたら、どうにも動けませんでしたから。

まさか、あんな清潔で美しいロッジに備え付けられていた飲み水に当たるなんて。
部屋には水のタンクが備え付けられいて、これは飲み水です、と言われていて
とても、あのホテルがそんなトラブルを起こしそうにないのです。

でも、後から考えると、この飲み水に当たったことがよかったのだなあと。
(もう一度、これを経験するのは嫌だけどあっかんべー
症状がひどかった時は、ほんと苦しかったものの
その後、身体はすっかりデトックスされて
それ以来、食事をヒーリングのセッションごとに毎回取る必要がなくなって
1日10時間以上のセッションをこなしても、全く疲れなくなったのも
このおかげだったし、おさむの女性へのケアについてのセッションができたのも
ここからの気づきだったのですから。
そういう意味では、この水に当たったのも、やっぱりベストタイミングだったのかも。
行きたかった遺跡をすべて巡り、最終日にもう後は何もないというタイミングで
これが起こったのもベストタイミングと言えばそうだし。

そう考えると、このホテルが悪かったのではなくて
私たちが潜在的に(魂的にというか)もたらしたものなのか
天のお導きか、それとも、マヤの計らいか(厳しい計らいだけれど)

マヤ恐るべし~~ショック

ということで、平和にスタートした旅は、
浄化と再生、女性性と男性性の統合という旅に終わりました。

あ~~ひらめきもしかして修行の旅だった?
素晴らしい自然やロッジで、のんびりできたところもあったけれど
結局、巡礼してるし、、、
バケーション~という軽い乗りではなかったような雫
修行の旅はもうない~と言っていたのに、おさむと旅すると
どうも修行の旅になるような(と、おさむのせいにしてしまおうウィンク
こういうパワースポットの旅は、癒しやエネルギーチャージもありますが
自分が潜在的に持っている闇を見つめたり、浄化につながることが多いので
いろんなことが起こるのですよね。
少し前に、今年、エジプト行きたいね、なんて言っていたのですが
エジプトなんて行ったら、水あたりぐらいでは済まさなそうほえー

ということで、神様、仏様、ハイヤーセルフ様、
次は軽~いバカンスの旅でお願いしますカクテル

私たちが見たメキシコもマヤもほんの小さな一部分。
100人訪れたら、100人それぞれ違う物語があるのでしょう。
だから、旅はやっぱりおもしろい。
(本当は実際に旅に出なくても、毎日が冒険の旅なのだけれどねウィンク

今回のマヤメキシコの旅は、去年のドランヴァロとの出会いから始まった旅でした。
何がどこにつながってゆくのか、神様のチェスはすぐにはわからないもの。
ペルーの旅の時がそうだったのですが
旅が終わってから半年ぐらい経ってから、何かに気づくことがあります。
今回、ここから得たものが、これからの私たちの意識にどう影響するのか
それは、まだこれから。
でも、その気づきが、最近はどんどん早くなっているような気がします。

旅日記、読んでくださった方ありがとうございます~ハート(手書き)

インラケチ晴れ
(マヤ語のあいさつ。あなたはもう一人の私です)






最終更新日  2012年04月14日 19時41分38秒
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2012年04月11日

さて、ここでマヤについてちょっと補足というか
「MAYAN Prophecies 2012」から、簡単なメモです。

マヤは、優れた天文学の知識があり、
1周を260日(13x20)とするツォルキンカレンダーと
1年を360日+5日としたハアブカレンダーがあります。
そして、その他にロングカレンダーを持っていて
25630年ごとに銀河は変化し
それは一つ目の太陽、二つ目の太陽というように5つの時期に分かれています。

参考までに

一つ目の太陽の時期は 23618~18492BC
二つ目        18492~13366BC
三つ目        13366~8240BC
四つ目        8240~3114BC
五つ目        3114BC~2012AD

今は5つ目の太陽の時期で、katunと呼ばれ
それが終わるのが2012年ということなのです。
これまで4つの太陽の時期が終わったのは、大災害だっといわれていて
それが2012年に世界が滅亡すると言われていたわけですが
マヤの長老ドンアレハンドロやフンバツマンによれば、世界が終わるわけではなく
一つの時代が終わり、再び、次の時代に入るということ。
これは人間性の変化というだけでなく、惑星レベルでの変化であって
マヤではこれを「地球の再生の時期」と呼んでいて
地球が太陽と銀河と惑星とつながった結果
浄化と再生のプロセスに入ると言われているそう。
予言では、2012年12月冬至に、地球から見て太陽が
銀河の赤道(銀河の軌道上での中心点)と一直線に並ぶという大イベントが起こるということ。

26000年ごとに起きる歳差運動ー春分点歳差というのは、
マヤの予言とは関係なく、天文学でわかっていることです。

Wikipedia より

天文学においては地球の歳差運動、
すなわち地球の自転軸がコマの首振り運動のような回転をしているために
春分点・秋分点が黄道に沿って少しずつ西向きに移動する現象のことを指して歳差と呼ぶ。
この歳差の周期は約25,800年である。

古代マヤだけでなく、古代ケルトや古代エジプト、シュメール、インカといった
古代文明では、この歳差運動がすでに理解され、重要視されていたのですが
どうやって彼らがそれを理解していたのか、
なぜ重要視したのか、まだよくわかっていないのです。
また太陽黒点運動の周期ととマヤの暦が完全に一致しているそうで
それもなぜそれが予測できたのかも、わかっていないとのこと。

他の古代文明がそうであるように、マヤも宇宙、銀河とのつながりが大切であって
前回写真でご紹介した聖なるマヤの木、CEIBA(セイバ)は
マヤの伝説では「世界での最初の木」と言われていて、
空は、セイバの木で支えられているとされ
それは銀河とのつながり、そしてこの宇宙でのあらゆる生命の発展を
シンボリックに意味しています。

これらのマヤの遺跡は、それぞれ独立して建てられているわけではなく
エネルギー的につながっていると言われています。
欧米ではレイラインと言われていますが、マヤでも同じような概念があって
Saku-be サクベ(ホワイトロード)という道があり
これは物質的、つまり実際にも遺跡同士がこの道でつながっているのですが
エネルギー的、宇宙的なつながりを意味しているとのこと。
先日も書いたように、ロンによれば、第1チャクラのウシュマルから
第7チャクラのパレンケまでつなげると、フィボナッチ数列の螺旋を描くそうですし
古代マヤが、私たちの想像を越える天文学や数学の知識を持っていたのは
明らかですが、たぶんそれは3次元的な知識というわけではなく
多次元的なものだったのだろうなあと。

予言というのは、私たちはすでに未来を知っている、ということ。
今この最後のbaktunは、『Great Forgetting』の時期
(直訳すると、大いなる忘却?)と言われています。
私たちがどこから来たのか、どこに向かってゆくのか。
それを忘れてしまっているから、私たちは世界を人をコントロールしようとし
自然と共存する道を忘れてしまっている。
予言は再び、本来の私たちのあり方を思い出し、
新たな世界を創造するための手がかりとなる。
そんなメッセージをマヤは伝えてきます。

ドランヴァロによると26000年の半分、この13000年の間
男性性の時代が続いてきたのですが、
2012年12月から、13000年のサークル
女性性の時代に入ってゆくということだそう。

私たちは旅の最初は、全くそんな意識はなかったのですが、
メキシコ、マヤ遺跡を巡る旅で、そういった女性性の時代について
意識することになりました。

さて、私たちはパレンケを出発した後
車で6時間のコフンリッチへ遺跡へと向かったのですが
途中の車の中で、ドランヴァロのサーペントオブライトを読んで
直感的にベカン遺跡に寄ってみようと感じたので、急に予定を変更しました。
ベカンは、男性性と女性性の統合のエネルギーとのこと。
そこで、私たちも男性性と女性性の統合のためのセレモニーを行うことにしました。

あまり知られていない遺跡ですが、意外にも大きな遺跡でした。
宗教的な首都だったこともあるそう。

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トンネルを抜けると、そこは、、、
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遺跡内にほとんど人はいなかったので
セレモニーを行うのはベストの場所でした。
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遺跡の頂上で敷物をしいて、浄化し、タバコの葉を撒いて、祈りを捧げた後
二人で向き合って、お互いのチャクラを意識でつなげてゆきます。
これは、タントラでもよく行うワーク。
穏やかな風が私たちを包んでゆきました。
そして、すべてのチャクラがつながった後
私の中にふっと降りてきたメッセージがありました。

そのメッセージは、エネルギー的なものなのですが、言葉で表すと
「男性と対等に競う必要はありません。彼に任せなさい」という感覚でした。
私は、昔、どんなことでも男性と対等でいようとしていた時期があったのですが
最近はそれは手放されていたと思っていたので
そんなメッセージがやってきて、あらためて、そのことについて思いました。
別の言葉で言えば、女性としての本来の役割
男性としての本来の役割みたいなものにゆだねてゆきなさい、ということかなあと。
これから、何をどうゆだねてゆくことができるのか、まだよくわからないのですが
そのメッセージを感じた途端、何か温かな感覚に包まれて
涙が溢れてきました。

このベカンでのセレモニーは、この旅で最も大切な気づきになりました。
旅の始めは、春分の日のチチエンイツァーのエネジーに触れよう、ぐらいの感じだったのですが
旅の終わりになって、今回の旅のテーマは男性性と女性性の統合だったということに
気づくことができたのは、このベカン遺跡を訪れたからなのだなあと。
(最初に、このブログで、ほとんど冗談で「この旅は、おさむを男にする旅」なんて
書いていたわけですが、どこかで今回のテーマを感じていたのかも?ウィンク

さて、その後、パレンケのホテルでテイクアウトで作ってもらった野菜サンドイッチを
ベカン遺跡で頂いて、心も身体も完全に満たされた私たちは
最後の遺跡、第6チャクラのコフンリッチ遺跡へと向かいます~~マラソン

今日も読んでくださってありがとう~ハート(手書き)
(たぶん次回が最終回です)

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天使の羽みたいハート(手書き)パレンケにて。

 






最終更新日  2012年04月13日 10時15分06秒
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2012年04月10日
 
今日は旅行記というより、個人的な話なのですが。
(ってすべて個人的な話だけれどねあっかんべー
ちょっとわかりにくいし、長くなりそうだし、書くのをやめようかとも思ったのですが
伝わる人には伝わるかなあと。

さて、パレンケで私は自分自身へのキネシオロジーのセッションを行ったのですが
話は最初に訪れた第5チャクラのトゥルム遺跡から始まります。

トゥルムでは観光客がたくさんいたのですが、私とおさむは
途中ではぐれてしまいました。
その時、最初に感じたのは、何か落ち着かない不安な感覚で
私は、おさむとはぐれた場所で周りを見渡しながら、
おさむの姿を探していました。

すると、はぐれた場所とは、全く違う方向、海の近くに
おさむがいるのを発見した途端、私の中の不安感は怒りに変わりました。
「どうしてはぐれた場所から、遠くに行くの?勝手に遠くに行ってしまうの?』
そうおさむに怒りをぶつけたのですが、
おさむは、はぐれた後、私が別の場所に行ったのかもしれない
と思い、違う場所を探していたと言います。
でも、私の怒りは簡単には収まりません。
はぐれたのはどちらの責任でもないし、おさむも、はぐれた私を捜していたのですから
何でそんなに怒っているのだろう?と自分でも意識のどこかで感じていました。

それから、旅の間、その感覚がたまにやってきました。
感情は私の中に何かが残っているということのお知らせです。
普段、私はおさむに不足を感じたことはないし
彼の言動に対して、怒りや不満を感じることは滅多にないので
これは一体、何なのだろう?と不思議でした。

そして、第7チャクラであるパレンケのジャングルを歩いていて
おさむがジャングルの中で、ガイドとさっさと先に行ってしまった時
それが「私はおさむにケアされていない」という意識であることに気づきました。
まだそんな感覚が自分の中のあったのだなあと。

例えば、人から受け入れられていない、とか、人からケアされていない
などという感覚を持っていた場合
問題なのは、ケアしていない相手ではなく、
ケアされていないと感じている自分です。
自分はケアされていないという意識が、ケアされない現実を生み出します。
すべては自分の意識が生み出してゆきます。
いまだに、おさむにケアされていないなんて感覚を持っていたくはないので
このパレンケのロッジで、すぐにセッションをすることにしました。

旅先でセッションをするつもりはなかったので
チューニングフォークもエッセンスも何も道具はなかったのですが
自分へのセッションだし、手技とエネジーワークだけで何とかできるだろうと
セッションをスタートしてみたら
最初に出てきたのは、16年前、おさむとつきあい始めて間もない頃のショックでした。
その頃のおさむは、今とは全く違っていて
当時、私はおさむとのつきあいで、とてもショックなことが何度かあり
「この人は私のことをケアできない。彼から愛されない。
いつかはきっと別れることになるだろう」と強く思ったことがありました。
実際、私たちは上手くいかず、一旦別れたのですが
復帰してからは、全く違う関係を築くことができて
その頃、そんな風に感じていたことも、
私の意識の中では完全に忘れてしまっていました。

まず、私の身体はマトリックスエナジェティクスを行うよう指示してきました。
タイムトラベルを使って16年前にアクセスした途端
私の中に、その頃感じていた孤独感や感情が湧き出てきて、わ~~と涙が出てきました。
私とおさむは、いろんなヒーリングを経てきて、
二人の関係は以前とは全く違うものとなったのに
その頃の意識がまだ潜在意識の奥深くの残っていたのだなあと。

それから、調整法として選ばれたのはおさむのサウンドヒーリング
そしてサポートヒーリングとして選ばれたのは、おさむからのレイキヒーリング。
私の潜在意識は、おさむに徹底的にケアしてもらうことを必要としていました。

そして、このセッションを通じて、私自身これまで、おさむにケアされることを
必要としていなかったことに気づきました。
むしろ、ケアするのはいつも私の方であって、それは問題ではなかったし
ケアされなくても、私は一人で何でも解決できると思っていたのです。
だから、普段、例えおさむがどうであっても、
私の中でそれに対する不足感はありませんでした。
でも、私の奥深くでは、彼からのケアを必要としていたのでした。
そして、それが出てくることができたのは、このマヤの遺跡のエネルギーなのだなあと。
自己表現の第5チャクラのトゥルムで感情が出てきて
天とのつながり、第7チャクラのパレンケで、
自分の持っていた問題に気づくことができたのでした。

こうして、セッションは終了し、終わった後は、何とも言えない心地よさ。
私は完全におさむにケアされている、守られているという意識になって
すっかり満たされていました。

ということで、このセッションですべては解決したかのように思っていたのですが
この2日後、私たちがメキシコの水に当たり、
それがまた新たな気づきへとつながってゆきます。

先日書いたように、その症状が起こっている間は、とても苦しかったのですが
その時、私がはっきりと感じたのは
おさむはこういう時に、ちゃんと人をケアできないのだということでした。
これまで、私が具合が悪くなるとか調子を崩したことは、もう何年もなかったので
そんなことを思ったこともなかったのですが
具合が悪くなって、あらためて、そのことを認識しました。
もちろん、荷物を持ってくれたりサポートしてくれるのですが、
ハートからのケアではないのです。
でも、私の潜在意識は「私はおさむにケアされています」に調整されているので
それに対して、もう全く怒りも不満もありませんでした。
自分がケアされていないというより
もともとケアできない人だということを認識しただけなので
感情は湧いてこないのです。

それで、おさむに私が感じた気づきを正直に伝えました。
もし、私が「おさむにケアされていない」と感じていて、それを伝えたなら
おさむは自分が責められていると感じてしまったでしょうが、
もう私にその感覚はないので、
おさむもきちんと自分の内面と向き合うことができたのだと思います。

実際、少し前に、おさむ自身
「俺は人の世話やケアができない」と自分で気づいて、言っていたのですが
私はその時は、それほどそれが問題だとは思っておらず
特にセッションをする必要性は感じませんでした。
でも、今回、私自身もそれを実感することになって
おさむがセッションを受けたいと言うので、行うことになりました。

ニューヨークに戻ってから、おさむのセッションを行いました。
その時目標として出てきたのは、
「(男性として)女性をケアします」
そして、その根本的な原因を見ていったら、
おさむが女性を抑圧してきた過去生が出てきて
意外にも「もう女性を抑圧したくない、女性と対等でいたい」という意識でした。
おさむは女性と対等でいるために、
女性をケアしないという選択を無意識に行っていたのでした。
おさむの意識の中では、女性も男性も全く同じなのですから
ジャングルの中で私がおさむについて来れなくても、ケアすることはなかったし
私がおさむと同じ体力を持っているのが当たり前で
特にケアは必要ないと感じていたのでした。

女性と男性が対等であるという認識は、実は本来の私たちの男女のあり方からは
ずれてくることがあります。
女性と男性はそもそも、身体のつくりも違えば、エネルギーも
そして内面も違うのは当然なのですから。
それを全く対等としてしまった現代において
逆にいろんな問題を生み出してしまうことを感じていました。
女性が外で男性と全く対等な立場で働くことが、
時に、女性にとって大きな負担になってしまうこともあります。
もちろん、これは、女性が外に働いてはいけないということではなく
そのあり方が問題だということ。
でも、それを本当に実感として感じることができたのは
この旅のおかげでした。

そして、今回、女性をケアするという目標が出たのは
おさむのインナーチャイルドが癒されているということなのだなあと。
もし、インナーチャイルドが癒されていない状態で
人をケアしていれば、自分を優先できず、人のために犠牲になってしまいますから。
でも、自分を優先し、自分の生き方ができるようになった後
男性として女性をケアすることができるということは
インナーチャイルドのコントロールから卒業して
大人の男性になると言えるのかもしれません。
(と、これで本当に大人の男性になったのかはどうかはわかりませんがウィンク

さて、実は、今回、この男性性と女性性に関する気づきがあったのは、
パレンケの後、ベコン遺跡に行った時でした。
それについては、また~~マラソン

DSC_0053.jpg
パレンケの遺跡内にて。くっついた二つの異なる種類の木。
大きな木が細い赤い木を抱くようにして立っているのが素敵ハート(手書き)






最終更新日  2012年04月11日 23時28分23秒
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2012年03月24日
 
マヤメキシコの旅。7、8日目。

この日、カンペチェを朝発って、パレンケまで約5時間のドライブ。
昼過ぎにパレンケに到着です。
パレンケは小さな街で、ちょっとラテン系の店が並んでいる
NYのクィーンズのような感じ。
まずはランチのために、比較的お客が入っているレストランに入ってみたのですが
う~ん、正直、味は今一つ。
サラダを頼んだら、トマト3個分ぐらい盛られていました目
写真で見るとおいしそうだけれど。

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なので、それからはパレンケでの食事はすべてホテルで食べることに。
前日立てた予定では、パレンケに着いて、すぐに遺跡を回る予定だったのですが
ちょうどとても暑い時間だったことと
5時間のドライブの後、この暑さの中、遺跡を回る気にならなかったので
急遽、この日はホテルでゆっくりして
明日の朝、遺跡に行くことにしました。

ホテルは、前日にネットで予約しておいたリゾートホテルChan Kah
街から遺跡に向かう途中にあります。
このホテルが、素晴らしいリゾートロッジでした。
広い敷地内は、ジャングルのように木々が生い茂り
花が咲いて、鳥や小動物たちもたくさんいます。

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ロッジは、一つ一つ独立していて
それぞれにバルコニーがあり、部屋はガラス張りで広々。
部屋の中にいても、森の中にいる感じ。

DSC_0958.JPG

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ドランヴァロの本の中で2003年に、パレンケを訪れた時
泊まったリゾートロッジが木々や花で美しく、素晴らしかったことが
書かれてあったのですが、もしかしてこのロッジじゃないかなあと。

ホテルの敷地内にあるマヤの遺跡の跡 & 
川をはさんで抱きあっている木。Loverと名付けられていました。

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マヤの聖なる木、CEIBA(セイバ)がありました。
木に触れて、エネルギーを感じます。

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ネズミとうさぎの間の子みたいな動物。
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それから、プールで泳いだり、プールサイドで本を読んだり。
夕食はホテルのオープンレストランで、セイバを見ながらトロピカルドリンク。
(メキシコ滞在中は、ほぼ毎日、ピニャカラーダやマルガリータを飲みましたウィンク

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ホテルでのんびりできて、とてもリラックス。
この日、遺跡に行かないことに決めてよかったです。
私たちは、このロッジがとても気にいったので
次の日に遺跡巡りをした後も、ここに宿泊し
パレンケでの宿泊をもう1泊伸ばすことにしました。


そして、次の日の早朝、パレンケの遺跡へ。
パレンケは、世界遺産になったこともあって
私たちが予想して以上にポピュラーで
朝一番に行った時には、すでにたくさんの観光客が来ていました。
遺跡の前にも果物やおみやげ屋さんなどの露店。

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パレンケ遺跡。第7チャクラ。天とのつながり。
ここに入った途端、ここが好きになりました。

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ハート型の目をした頭蓋骨。

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碑銘の神殿。このテンプルが最も重要なものだそう。
このパレンケの王であったパカル王の墓があり
パカル王のものと思われる遺体も見つかっているそう。
この中の石棺は、宇宙ロケットの図として有名ですが
ここは今は上ることも、地下に入ることもできませんでした。

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かなり急な階段。
DSC_0014.jpg

太陽の神殿。
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十字の神殿の上から見たパレンケ。
ここから見るパレンケは素晴らしい。
この景色を眺めながら、しばらくメディテーションします。

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「サーペントオブライト」の中で書かれてあるのは
このパレンケで、ドランヴァロは、Khan Kah という古代のエネルギーとつながり
マヤの叡智を授かったということ。
Khan Kahは、パレンケを作った建築家であり(人ではないのだけど)
チチェンイツァーも作ったのだそう。
そうやって見てみると、同じテイストのような気がします。
(ちなみに私たちのホテルの名前は、Chan Kahで一文字違い)


それから、私たちは一旦、ランチを食べにホテルに戻ります。
ホテルのメニューには、食べたいものがなかったので
特別に頼んで、野菜サンドイッチを作ってもらったら、けっこうおいしい。
そして、再び、パレンケの遺跡に戻りました。
今度は、ガイドを雇って、パレンケのジャングルに入ることにしました。

ガイドの若者は、マヤ人。
このあたりでは、スペイン語の他に8つの言語が話されているそうなのですが
彼はマヤの言語であるTseltal語を話すのだそう。
マヤの歴史やこのジャングルが大好きなのだそうで
だから、このガイドの仕事が好きだと言っていました。
そんな彼から、マヤの歴史やジャングルの植物の話を聞きながら
ジャングル探検できてよかったです。

熱帯雨林のジャングルは、以前行ったコスタリカのジャングルを思い出します。
様々な薬草となる葉や木があります。

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湧き出ている泉。
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このジャングルの中には、まだ2000もの遺跡があるのだそう。

彼が曰く、メキシコのテオティワカンやエジプトのは
ピラミッドだけれど、パレンケやチチェンイツアーはピラミッドではなく
テンプルということでした。


さて、ジャングルから遺跡内に再び戻ってきます。
遺跡内に露店もたくさん並んでいました。
これはおみやげ売りに近づいてきた少年。

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チチエンイツアーでは、刺繍入りのハンカチを売る少女が多かったのですが
このパレンケでは、マヤのカレンダーのペンダントを売る少年が多かったです。


もともとパレンケは、サイケデリックが盛んだったところで
メキシコでは、聖なる植物としてシャーマンが使用する
マジックマッシュルームのメッカとして知られています。
あの13グランドマザーの一人、メキシコのシャーマンも
マジックマッシュルームを使ってセレモニーをやっていたのが印象的。
ちなみに最近、マジックマッシュルームは医療現場で見直されているそう。

今回、私たちもメキシコでのマッシュルームを
機会があったら試してみようと言っていたのですが、ガイドの彼に尋ねると、
今は乾期なので、新鮮なマッシュルームが手に入りにくいとのこと。
彼に「どこでセレモニーを行うの?』と聞かれたので
私たちは自分たちでセレモニーを行うことができることを説明したのですが
質がよくなければ、やっても意味はないですから、今回はやめることに。
ちょっと残念だけれど、またいつか機会があればやれることもあるでしょう。
でもガイドの彼が、ちゃんとセレモニーをリスペクトしていて
若いけど、やっぱりそういう文化を受け継いでいるマヤ人なのだなあと。

この時期が乾期だったことで、蚊がほとんどいなかったことは
とても助かりました。
私は今回、ヤングリビングのピューリフィケーションのアロマオイルを
持っていって、蚊よけにしたのですが
これぐらいでほとんど対応できて、蚊は寄ってきませんでした。
(その代わり、このアロマをつけていると、なぜか蜂が寄ってくるのだけれど)
こんなジャングルですから、普通なら、こんなアロマをつけていても
蚊の大群に襲われているでしょうが、遺跡内では全く刺されず、
ジャングルの中でちょっとだけ刺されたぐらいでした。

ということで、夕方ホテルに戻って、プールサイドでトロピカルドリンク。
ジャングルの大自然とこの快適さ。
最高のパラダイス~晴れ

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さて、パレンケで、私は急に必要性を感じて
キネシオロジーのセッションを行いました。
その話は長くなるので、次回に続きます~~マラソン






最終更新日  2012年04月08日 21時27分31秒
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2012年03月23日
 
メキシコの旅、6日目。

この日の朝、ウシュマルを出発して、ウシュマルから近くにある
ラブナ遺跡、カバー遺跡に向かいます。
ラブナ遺跡まで、私が運転しました。

これが後でちょっとした波紋を起こすことに。
ウシュマルからラブナまでは、ジャングルの中の道で、他には車も通っておらず
すれ違う車もほとんどなかったので、私は安心して運転していたのですが
ラブナ遺跡への入り口に近くなって
道を曲がる時にあったTOPE(突起)があったのを見逃してしまい
そのままのスピードで走ったので(といっても時速50kmぐらいだったのだけれど)
ドタンとした衝動がありました。

それでしばらく走って、ふっと目の前の計器を見ると
何やら、ちかちかと点滅しています。
どうやら、今の衝動で車のどこかに問題ができた様子。
でも何がどうなっているかわからず雫何とか、ラブナ遺跡に到着。

ここは第2チャクラのエネルギー。
マイナーな遺跡なので、人はほとんどいません。
最初に入ってすぐにある宮殿。
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展望台と呼ばれている建物。
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ここにもマヤアーチ。
とても美しい門です。

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このマヤアーチをくぐった所で、開けた場所があり
すぐに私たちはここがセレモニーにふさわしい場所であると感じて
おさむが奉納演奏を行いました。

ほとんどマヤ人?のようなおさむ。

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ここは、とても穏やかでいいエネルギーでした。
鳥の声だけが響く中、おさむの奏でるサウンドが
古代から息づくエネルギーと溶け合ってゆく感じがします。
こちらがその時のサウンド。
Offering at Labna


さて、ラブナ遺跡を出発して、カバー遺跡に向かいます。
ここからはおさむが運転したのですが、この時から車はオートマティックが効かなくなり
マニュアル操作しかできなくなります。
おさむはその時には心配になっていたそうですが、
私はそれほど問題の重要性を実感しておらずあっかんべー
ということで、カバー遺跡に到着。
ここはラブナ遺跡と同じく、マイナーな遺跡で
その時、遺跡内には私たちの他は一組ぐらいでした。

コズ・ポープ。別名仮面の宮殿。
雨神チャック神の顔が一面に飾られています。
コズは、巻くという意味で、
象の鼻みたいなのが、上を向いていたら「雨を降らせてください」
下を向いていたら「雨を降らせてくれてありがとう」のサインなのだそう。
ちょっとこの写真ではわかりずらいけど。
DSC_0790.JPG

いつも建物の前にある石の横に座って、祈りを捧げるおさむ。
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宇宙飛行士みたいだと言われている二人の人物像。
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ここに菊の御紋を発見。
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カバー遺跡は、さっと見て回って、それほど長居をせず
カンペチェに向けて出発したのですが
車はますます調子が悪くなり、発進はかなり遅く
マニュアル操作しても、鈍い音を立てながらガタガタと走ります。
ふと気がつくと、半分以上あったガソリンがほとんどなくなりかけている!!ショック
どうやらガソリンが漏れている様子です。
おさむも車のことはよくわからないので、
とにかくガソリンスタンドを探そうということになりましたが
なんせここはジャングルの中の道。
ようやく小さな村に入った時には、オイルはほとんどなくなっていて
車は今にも止まりそうでした。

ふ~、これも私たちが潜在的に生み出している幻想なんだろうなあ、

ふとそんなことを思って
「じゃあ、この幻想から抜け出そう」
と何となく意図したのですが、その直後に
『Auto-Repair』の看板を見つけました。
後から聞いたら、おさむも心の中で全く同じことを意図したのだそう。
これは、マトリックスエネジェティクスでもあるし
『マネーゲームから脱出する方法』の「プロセス」なのです。

そして、出てきたお兄さんに、おさむが片言のスペイン語で説明すると
車を見てくれて、結局、衝動で車のある部品が外れていたそうで
それでガス漏れしていたとのこと。
その部品を元に戻したら、オートマティックもできるようになって
すぐに元の調子に戻りました。

まさに天の助け。
いえ、これも私たちが生み出した現実(幻想)だったのなら、
ハイヤーセルフの助けということかしら。
こんな何もない小さな村に、
車の修理屋さんがあったことも、ちょっと奇跡的だったし
それを車が止まるぎりぎりのタイミングで、
偶然見つけることができたのもすごいなあと。
実は、これが起こっている間はそれほど私は心配していなくて
きっと何とかなると思っていたのですが
後から、もしも、あのジャングルの中で車が止まってしまっていたら?
と思うとヒヤ~という感じでした。
(例えそうなったとしても、何とかなるものですけれどねウィンク

それから、お兄さんに聞いて、すぐ近くにガソリンスタンドに寄り
無事、再び、カンペチェに向けて出発となりました。

カンペチェは、街全体が黄色やピンクや青などの
パステルカラーの低い建物で、とてもかわいい街でした。

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まずは前日にネットで、トリップアドバイザーを見て
評価の高かったホテルを2、3見て
場所の便利なホテルにチェックイン。
こじんまりとしているけれど、プールに面した部屋でよかったです。

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それから、ランチはユカタン伝統料理のレストランへ。
ユカタン料理は、一般的なメキシコ料理とは違って
マイルドな感じで特に上手い~ということではないのですが
店の雰囲気もよくて、さきほどまでサバイバルしていた私たちは
一気に和みました。

CSC_0881.jpg CSC_0880.jpg

そして、カンペチェの夕日。
カンペチェは、海に面した街で、ホテルから歩いてすぐが海。
昼間はジャングルにいたのに、夕方には海辺にいるなんて、不思議。

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その後、おさむはホテルのプールでひと泳ぎ。
私はネットしたり、本を読んだり。
それから、カンペチェの中では高級レストランであるという
La Piguaに夕食に出かけました。
店構えからして、とても地元の人は来ないだろうなあという感じですが
シーフード料理もおいしく、
ニューヨークのレストランに比べるとずっと安いし、大満足。

こちらは夜、ライトアップされたカセドラル。
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ということで、この日は、昼間は車のハプニングはあったものの
過ぎてしまえば、それもまた楽しい思い出。
カンペチェで、夕日を見ておいしい食事とのんびりできて
旅の中休みの日という感じでした。

次はパレンケに向かいます~マラソン


PS 今回、おさむも自分のブログ、Mother Earth Sound
  メキシコの旅日記を書いています。
  先日、彼は、キネシオロジーで文章を書くことに対する調整をしたのですが
  以前よりずっといい感じ。
  (って、この私の表現力の乏しさ。私も文を書くための調整必要かもあっかんべー
  ドランヴァロの本のことなど詳しく書いているので
  よかったらのぞいてみてくださいませ~♪






最終更新日  2012年04月07日 10時42分40秒
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2012年03月22日
 
メキシコの旅 5日目。

この日、朝早くチチェンイツァーを出発して、チチエンイツァーからは約250kmの
メリダのさらに北15kmのところにある
ズィビルチャルトゥム遺跡に向けて出発しました。

この遺跡のことは、私はメキシコに行くまで知らなかったのですが、
メキシコに着いてから、まだ読みかけだったドランヴァロの
『サーペントオブ’ライト』を読んでいて
この遺跡のお話が載っていたので、急に訪れることにしました。

メキシコのドライブは、想像以上に快適。
道はほとんどまっすぐで、走っている車は少なく、
制限速度は80~100km。
おさむは100~120kmぐらいで飛ばしていましたが
途中の村に入るとTOPEと呼ばれる突起が、道に何メートルかおきにあるので
速度を落とさざるを得なくなります。
でも、アメリカのように高速道路と街が完全に分かれていると
走っていても同じ景色でおもしろくないですが
ここは時々、村の中を通るので
村の様子も見ることができて楽しい。

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8時すぎには、ズィビルチャルトゥム遺跡に到着。
まだ、人はほとんどいませんでした。

これがメインの建物。
この遺跡は、紀元前500年頃に作られたそうで
マヤの遺跡の中では最古のものとされています。

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近づいた途端、ビリビリととても強いエネルギーを感じました。

一見、何の変哲もない建造物ですが、実はここも春分の日と秋分の日に、
太陽がこの真ん中の穴を通って上るというしかけになっていて、とても美しいとのこと。
1日違いで見れなかったのは、残念。
こちらは私の写真ではないのですが、春分の日のズィビルチャルトゥム。
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この建物の階段を上って、反対側から見たところ。
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それからこの遺跡内にあるセノーテに行ってみました。
とても美しい泉です。
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ここも泳いでいる人が二人ほどいましたが
ここなら底もそれほど深くないし、ライフジャケットをつけなくても
大丈夫です。
近くのメリダに宿泊するなら、ここで泳げたのだけれど。
湧き出ている水は透き通っていて、魚もたくさん泳いでいます。

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このセノーテは「サーペントオブライト』で、
ドランヴァロは春分の日に朝日を見てセレモニーを行った後
あの例の二つのエネルギー体が
ツアーの中の女性に取り憑いて大変なことになった場所なのですが
とてもそんなことがあったとは思えない
妖精がたくさんいそうな素敵なエネルギーの場所でした。

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これまで人が多い遺跡ばかりだったこともあって、
この遺跡に来て、初めて静かな時を過ごすことができました。


さて、それからズィビルチャルトゥムを出発して、
ウシュマル遺跡へと向かいます。
約2時間でウシュマルに着いて、まずは、今夜のホテル探し。
ウシュマル遺跡のすぐ近くにいくつかホテルがあったのですが
その中でよさそうなホテルを選んで、そこでランチを食べて
雰囲気もよかったので、そこにチェックインしました。
ここの部屋は狭かったのですが、落ち着くホテルでした。

それからウシュマル遺跡へ、ホテルから歩いて向かいます。

ウシュマルも世界遺産になっている遺跡です。
第1チャクラ、グランウンディング。

まずは魔法使いのピラミッド。
魔法使いが一夜にして作ったというマヤの伝説があるのだそう。
土台が楕円形なので、丸みを帯びていていて他のピラミッドとは違う感じ。

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マヤアーチと言われているアーチ。
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このマヤアーチを抜けると宮殿?尼僧院と呼ばれている建物。
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この遺跡にもイグアナくんがたくさんいました。
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大ピラミッド。
ウシュマルの中で、このピラミッドだけは上れるようになっていました。
この階段はコバ遺跡より急で、ちょっと怖い。
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大ピラミッドからの景色。
中央右に見えるのが、魔法使いのピラミッド。
やっぱり上からの眺めは気持ちいい~。

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大ピラミッドの頂上の建物。
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夜、おさむがウシュマル遺跡内の光と音のショーに行こうというので
夜のウシュマルのエネルギーを感じようと行ってみることに。
チチェンイツァーと同じように建物がライトアップされ、
マヤ文明の歴史がナレーション入りで、流されるのですが
チチェンイツァーより、ここの方がサウンドもライトアップの仕方もよかったです。

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そして、何より満天の星星
ショーの合間にライトが消えている間、夜空の星がよく見えるのですが
ライトショーより、遥かにきれいだったかもウィンク

夜、ホテルにて。次の日の計画を練ります。
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最終更新日  2012年04月07日 10時21分42秒
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2012年03月21日
 
2012年 3月21日 春分の日。

この日の朝、チチェンイツァー遺跡に向かって、駐車場の入り口に着くと
係員の人に、今日はプライベートの車の駐車は禁止だと言われます。
きっとこの日は、各地からたくさんの人がやって来るので、
バスやツアーの車以外の駐車を禁じていたのでしょう。
係員に、少し離れた臨時駐車場に車を停めて、
そこからバスで遺跡に入るよう指示されました。

でも、私たちはその指示には従わず、
昨日のマヤランドホテルの駐車場に車を停めて、
そこから遺跡に入ることにしました。
(前日もマヤランドホテルの駐車場はたくさん空いていて
部外者が停めてもわからないし、もしだめでも
ホテルで食事さえすれば、駐車オッケーでしたので)

この判断がよかった♪
マヤランドホテルは、宿泊者のための遺跡への専用の入場口があって
他に2、3人しか人はおらず、私たちは8時開場とともに遺跡に入ることができて
マヤランドホテルから歩いて数分の遺跡に着いた時には、
まだ遺跡内にはほとんど人がいない状態でした。

入ってすぐ、チチエンイツァーのメインであるエルカスティージョ、
ククルカンのピラミッド。

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やはり荘厳で美しい。
ピラミッドの階段は各91段、それが4面で364段。
プラス神殿の一段を加えて365段になり
ピラミッド自体が、太陽暦の1年の暦になっているそう。

ククルカンの頭。
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ガイコツがびっしり。
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ジャガーと鷲の台座。
ジャガーと鷲が人間の心臓を食べている図だそう。

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広い競技場。
ボールを入れる穴は、壁のかなり高い場所にあります。
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それから遺跡の中にあるセノーテに行きました。
ここは、生け贄になった人の骨や装飾品がたくさん見つかっているところです。
泉のほとりで、二人で祈りを捧げました。

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これは戦士の宮殿。
この上に生け贄の心臓を乗せたと言われているチャックモールがあります。
(写真中央に若干見えています)

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遺跡内には、たくさんの露店が並んでいました。
売り手は、かなり積極的。
ちょっとのぞいただけで、強引に引き止められます。
(でもペルーの露店よりは、マイルドかも)

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こちらは尼僧院と言われている建物。
描かれているのは、雨神チャック神だそう。
チャック神は、その他の遺跡でもたくさん見ました。

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朝一番から見て回ったので、春分の日のショーのスタートまでに
充分に時間がありました。
日なたにいると、かなり暑いので
私たちは木陰に敷物を敷いて、座って時間が来るのを待ちました。
冷たいペットボトルの水を買っても、日中は
すぐにお湯のようになってしまいます。

朝方はこの状態だったのに
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昼すぎになると、こんな感じに人が増えてきました。

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まるで、60年代のウッドストックのような乗り。
(って、その当時にいたわけでないけれど、映像を見たことがあるので)
世界各地からやってきた人たちで、遺跡は埋め尽くされ
何万人なのか検討もつきませんが、やっぱり10万人ぐらいいたのかも。
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さて、ご存知のように、春分の日のチチェンイツァーは
この日、真西に太陽が沈み、それによってできる陰によって
ピラミッドの頂上から、ククルカンが降臨するかのように見える
しかけがあります。
こちらに、そのしかけを説明した4分弱の動画があるので参考までに。

天から舞い降りる大蛇 ククルカン


3時30分。
しばらくして、雲が晴れ、ククルカンの頭と光の胴体がつながり
観衆から歓声が上がります。

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私たちは、けっこう前の方にいたのですが
この頃までは、みんなちゃんと座っていて、前の人が立って写真を撮ろうとすると
後ろは一斉に歓声を上げてブーイングをするので、立って写真を取ることはできません。

ブーイングされたメキシカンの少年。
みんなに向かって説明している様子がかわいかった。

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そして、ある瞬間から、もう座っているのに耐えれなくなった人たちが
一斉に前に押し寄せてきて
私たちもその波に押されて前へ、前へ。

胴体のうねりが出てきたところ。

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気がつくと、私の前には2、3列しかなくて、ほぼ前列で見ていました。
何万人もいるのに、前にほとんど人がいない状態で
この光景を見ているなんて、信じられなかったです。

天から身体をうねらせて降りるククルカン。
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みんなの盛り上がりようもすごかった。
完全にお祭り。
古代マヤの人たちも、この日はお祭りだったのかしら?

私たちは、こんな近くで、ククルカンの降臨を見ることができるなんて思っておらず
見れなくても、その場にいればいいね~ぐらいだったので大満足。
夕方から、マヤランドホテルで食事をして
一応、夜にククルカンのピラミッドで行われる光と音のショーも見てみましたが
それは全くおもしろくなかったので、途中で引き上げました。

さて、その後の予定は、ほとんど立てておらず
次の日からはホテルも取っていなかったのですが
後はのんびり、その日、その日で予定を決めながら、
無理のないペースで、遺跡巡りをすることにしました。

この日は、もうすっかり今回の旅の目的は果たした気持ちだったのですが
でも、実は、私たちにとって、本当の旅のテーマは他にあり
二人とも、この時はまだ全くわかっていませんでした。

ということで、続きます~~マラソン







最終更新日  2012年04月05日 07時38分29秒
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2012年03月20日
 
マヤメキシコの旅3日目。

この日の朝、プラヤデルカルメンを発って、一番に向かったのはコバ遺跡。
コバは、あのチャクラのリストには入っていない遺跡で
私たちはここに行くことを決めたのは直前だったのですが、
とても素晴らしい遺跡で行ってよかったです。

遺跡の前のおみやげやさん。
有名な遺跡の前には、
どこもたくさんのおみやげ屋さんが軒を並べていました。

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メインのピラミッドまでかなりの距離で、歩くと往復3時間ぐらいかかるそうなので
遺跡内で貸し出ししている自転車を借りて回ることにしました。
今回、訪れた遺跡のうち、このコバ遺跡だけ、貸し自転車がありました。

でも、これが普段、自転車に乗り馴れていない+運動不足の私には
けっこうきつかった~~~
プラス、遺跡の上り下りで翌日、見事に筋肉痛になりました泣き笑い

さて、最初、入ってすぐにあったマヤの競技場の写真を撮ろうとしたら
私のカメラのシャッターが全くピクリともしません。
あれ?どうしたんだろう?
そう思って、あれこれいじってみてもシャッターが動かず
カメラは壊れたかのよう。
え~壊れたかも~!と私が言うと、おさむが
「祈った?』
と一言。
「あ!祈ってない!ショック
私としたことが、マヤの遺跡で写真撮る前に祈ることを忘れていたのでした。

すぐにセドナ産のタバコの葉を取り出し
ハートと第3の目に当てて、タバコの葉をマヤの遺跡に捧げ、
祈りを捧げた直後、カメラは通常通り動きました。
「やっぱり」
ペルーだったかどこだったか、やはり遺跡で以前にも同じことがあったので、
写真を取る前の祈りは、忘れないようにしていたのですが、ついうっかり。
確かドランヴァロも同じようなことを書かれていましたが
こういうことがあると、古代のエネルギーが息づく遺跡に対しての
あらためて敬意の気持ちが湧いてきます。

ということで、こちらが競技場。
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この穴にボールを入れて、競い合うのだそうで
よく言われているのは、勝った方のチームのリーダーが
生け贄として首を切られていたという話。
当時のマヤでは、生け贄になるのは名誉なことだったのだそう。

でも。
なんかピンと来ないのですよね~。
今の科学でも解明できないほどの天文学や数学の知識を持ち、
ある日、忽然と姿を消したという古代マヤ人のすべてが
生け贄になるのが名誉なことだと考えていたということも、ピンと来ないけれど
一方で、捕虜を生け贄にしたという話もあるし
(あの映画アポカリプトのように)
そうなると、名誉ある死というのと矛盾しています。
この生け贄の習慣はマヤの後期
マヤとしては退廃の時期にトルテカ文明の影響を受けて行われていたそうで
ずっとそうだったわけではないのでしょうが
それにしてもなぜ?

これはずっと疑問に思っていたことだったのですが
これについて、ドランヴァロは、その本の中で
ある二つの強力なエネルギー体(つまり霊)が
それを行うようにさせていたそうで、
マヤ人は、それは愛の行為ではないと意識のどこかでわかっていながら、
そのエネルギーによって、コントロールさせられていたいう話でした。
すごいのは、2003年にドランヴァロたちが
ツアーでこの遺跡を回っている最中に
その二つのエネルギー体が現れ、ツアーのメンバーの一人の女性に
取り憑いて、大変なことになって
結局、ドランヴァロがそのエネルギー体をミカエルの助けを得て、天に還した、
という、ちょっと普通の人だったら信じられないような話が載っているのですが
私には、その話の方が納得できるなあと。
だって集団で何かが取り憑いてでもいない限り
高度な文明を持った民族が、正常な精神状態で生け贄を行っていたなんて
考えにくいですもの。

と、また余計な話が長くなってしまった~~マラソン

さて、遺跡巡りですが、こちらは何となく気になった建物。
それほど大きくはないのですが。

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そして、最終地点、メインのピラミッド。42メートル。
ユカタン半島のマヤの遺跡の中では一番高い遺跡だそう。
(メキシコの遺跡の中で2位)

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かなりの急勾配ですが、案外、上ってみると
予想していたよりも怖くはなかったです。
中央にロープもついているので、下りはそれをつたいながら下ります。

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頂上からの眺め。
ジャングルの中の遺跡。
ここはほんと気持ちいい~~♪

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降臨する神のしるし。

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このピラミッドの頂上で、瞑想したり、ここのエネルギーを感じていたり。
素晴らしいエネルギーでした。


さて、すっかり満足してコバを後にし
私たちはセノーテに向かいました。
セノーテは、石灰岩地帯の陥没した穴に地下水が溜まった泉で
泉の下は神秘的な鍾乳洞になっています。
ユカタン半島に数千もあると言われて、
それぞれのそれらは地下で全部つながっているそう。
ジャングルの中でマヤ文明は、恵みの泉セノーテのそばで発展したとのこと。

今回訪れたセノーテは、keken cenote。
地下に降りてゆくと、ライトアップされています。

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水は底まで透き通っていて、とてもきれい。
何人かの人が泳いでいましたが、水着を車に置いてきてしまった私たちは
入れなかったのが残念。
次のセノーテでは水に入ったのですが、
ここのセノーテは、きっと入ったらとても気持ちよかっただろうなあ。

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keken セノーテを後にして、チチェンイツァーに向かいます。
ホテルにチェックインした後、今度は車で5分のセノーテ、イクキルに行きました。
私たちが到着した時は、たくさんの観光客、特に10代、20代の若者で賑わっていて
順番待ちで水にダイブして、その度に歓声を上げています。

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さきほどの静かなセノーテとは大違いで
あ~こんなんじゃあ、入る気しないなあと思っていたら
ちょうどバスの時間なのか、夕方になって、
一斉に観光客はいなくなって、ほとんど人もいなくなり静かになりました。
それで、ライフジャケットをつけて入ったのですが
想像以上に気持ちいい。
水につかりながら、ツタが降りている天井を見上げると
何とも言えない感覚。

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このセノーテに入るまでは、その日の遺跡を歩いたり自転車で
かなり疲れていたのに、セノーテから上がったら
すっかり疲れが取れていました。
聖なるセノーテの水は癒しのエネルギーなのですね。
このイクキルのセノーテは、ホテルがあるので
シャワールームも完備していて、とても設備が整っていました。

さて、この日、チチェンイツァーの敷地内にあるマヤランドホテルに泊まりたかったのですが
ここは随分前に連絡した時には、すでに予約が一杯で取れず。
やっぱり春分の日は、もっと早くに埋まってしまうのでしょうね。
それで、すぐ近くの同じ系列の別のホテルに泊まったのですが
やはりこのマヤランドホテルは、広い敷地内に
鳥や小動物もたくさんいて、雰囲気もとてもよかったです。
なので、私たちはチチエンイツァーでの夕食を
2日ともマヤランドホテルで取りました。

この日、マヤランドホテルから見た夕日。
チェチェンイツァーの天文台。
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次の日は、いよいよ春分の日です~晴れ






最終更新日  2012年04月03日 15時01分02秒
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2012年03月19日
 
メキシコの旅1、2日目。

カンクンから車で4、50分ぐらいのところにある村プラヤデルカルメンに到着です。
行ってみてわかったのは、プラヤデルカルメンは、
かなりリゾート化された場所だということ。
メインの通りには、たくさんのレストランやショップが立ち並んでいて
地元のおみやげ屋さんとともに、アメリカ資本の店も多かったです。

いかにもメキシコらしい色彩。

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あちこちで見かけた木の実をくりぬいた、くらげライト。

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早速、ビーチにも行ったのですが、あまりにも人が多くて座れないほどで
ビーチでは、ほとんどのんびりできませんでした。
私たちはハワイのカウアイ島のビーチのようなイメージをしていたこともあって
ちょっと残念。でも海はきれいです。

これはビーチの入り口。
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この日泊まったホテルは、Riviera Del Sol というホテルで、ここに2泊しました。
ウッドの家具や柱が、とても落ち着く快適なホテル。
部屋にはバルコニーや小さなキッチンもついていて、ゆとりがあります。

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吹き抜けのロビー。

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1日目の夜は、ユカタン料理を食べに行きました。
バナナの皮で包んで焼いた魚料理やセビーチェなど
おいしかったのですが
二日目に訪れた100%Natural Restaurateというレストランが
私たちのこの旅一番のお気に入りになりました。
ここの魚料理もセビーチェもおいしかったですが
ここで飲んだマルガリータは、他のどこよりもおいしかったです。
(思い出しただけで飛んでゆきたくなるハート(手書き)

プラヤデカルメンは、店をぶらぶら見て回るのもおもしろいし
レストランもおいしかったし、ホテルも素敵でよかったのですが
とにかくビーチが人が多すぎで、ゆっくりできなかったことが残念。

メインストリートは、夜も賑わっていました。
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さて、二日目には、プラヤデルカルメンから、車で1時間ぐらいの
トゥルム遺跡を訪れました。
この遺跡は、ドランヴァロ情報ではマヤの遺跡の中で第5チャクラにあたります。

ちなみに他のマヤの遺跡とチャクラの関係は

第1チャクラ    ウシュマル
第2チャクラ    ラブナ
第3チャクラ    カバ
第4チャクラ    チチェンイツァー
第5チャクラ    トゥルム
第6チャクラ    コフンリッチ
第7チャクラ    パレンケ
第8チャクラ    ティカル

ドランヴァロは最初に訪れた時に、第1チャクラから順番にまわって
クリスタルを遺跡に埋めて、セレモニーを行ったことが書かれてあるのですが
ロンも何年か前にその順番で遺跡をまわっていて
この第1チャクラから順番に回ると螺旋状に遺跡が並び
それはフェボナッチ数列になるのだそう。
古代マヤは、天文学や数学が発達していたことは有名ですが
そこまで計算されて建築されているのですね。

第8チャクラのティカル遺跡は、メキシコではなく
グアテマラになるので、今回、私たちは ティカル以外はすべて回ったのですが
さすがに、この順番で回るとかなり日数がかかってしまうので
第5チャクラのトゥルム遺跡からの出発となりました。

さて、このトゥルム遺跡。
海に面した遺跡であって、ビーチもあるということでとても人気の遺跡だそうで
私たちが着いた時にも、たくさんの人が訪れていました。
この人の多さは、まるでマチュピチュレベルだね~なんておさむが言っていましたが
こんなに人が多いなんて思っていなかったので、ちょっとびっくり。

海に面したカスティーヨ。城壁という意味。

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ここはイグアナ君がとても多い遺跡。

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古代マヤの人たちも、ここで泳いだのでしょうね。
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私たちは遺跡巡りは好きなのですが、
遺跡の中で「あ~ここのエネルギーすごい~」とか
「この模様おもしろい~」とか言っているだけで、
考古学的に言われている歴史とか建物の作りとかは、あまり興味がないこともあって
どこでも、遺跡のためのガイドはつけませんでした。
(ジャングルのガイドはつけたけど)
たまに遺跡の建物の前にある説明などは読んだりしますが
でも、もしかすると、この建物は全く別の目的のために
作られたかもしれないなあ、などと思ったりするのですよねウィンク
碑文が解読されてわかったことなどもあるでしょうが
あくまでも推測でしかないことも多いし
たぶん今、考古学的に言われている歴史や由来と
真実とは別のところにあることが多いのではないかしらと。
エジプトのピラミッドやペルーのマチュピチュなどもそうですが
まだまだ今の私たちには理解できないことってたくさんありますよね。
その神秘が、また私たちを惹き付けるのだなあと。

他のマヤの遺跡がほとんどジャングルの中にあるのに対して
トゥルムは、開けていて、日差しをよける場所もほとんどないので
まわっていると暑くて、体力を使います。

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こちらは、遺跡内を歩いていて、見たことがない動物でしたが
調べてみると、たぶんcoati mundiというアライグマの一種。

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一人、高い遺跡の上で天を見上げるイグアナくん。
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ここは海に面しているので、とても開放的なエネルギーで心地よいのですが
なぜかここに来て、私はほんの小さなことをきっかけに、
自分の中にある感情を感じました。
それについては、長くなるのでまた後日書きますが
その時はその感情がどこから来るのかはわからず
その日の夜、私はおさむに「トゥルム、やっぱり第5チャクラだからか
何かが私の中から出てきているような気がする」
などと言っていたのですが
それがわかったのは第7チャクラであるパレンケでした。

ということで、その話はまた~~ひよこ

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最終更新日  2012年04月02日 11時08分05秒
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2012年03月18日
 
おとといの夜、10日11泊のユカタン半島の旅からニューヨークに戻ってきました。

とても素晴らしい旅で、メキシコでのドライブは車も少ないし、
直線が多く、アメリカの道路に比べるとずっと楽でした。
乾期だったこともあって、ジャングルの土地を回っても
ほとんど蚊にもさされず。
ホテルは、どこも美しくて、快適で素敵なところばかり。
できれば周りたいと思っていたパレンケやコフンリッチ遺跡まで行くことができて
それ以外の見所もあり、どれもそれぞれに素晴らしく。
今回、私たちは次の日のだいたいの予定を前日に決めていても
その時になって、気分が変わったり、別のアイデアが浮かんだら
それに従って予定をどんどん変更したのですが
それらがすべて上手く運んで、あ~やっぱりこうしておいてよかったね~と
後から思うことばかりで、すべてが恵まれていました。

が、しか~し、、、ショック(この接続詞の後が長い)

旅の最後10日目にして、メキシコの洗礼とも言うべきか
私もおさむも、水に当たってしまい、高熱と下痢になってしまいました。
メキシコでは水が危ないという話は聞いていたので
充分気をつけていて、もちろんペットボトル以外の水は飲まないし
生野菜はなるべく食べないようにして
(それでもマルガリータなどは飲んだので氷は使ったのだけれど)
食事はホテルかトリップアドバイザーなどで評価の高いレストランでしか
取らなかったこともあって、すっかり安心していました。
ところが9日目に泊まった湖畔の街バスカールのエコロッジ。
ここも完全に西洋人対象のとてもきれいなホテルだったのですが
このロッジに備え付けてあったタンクの水を飲んでしまったのが失敗。
おさむは9日目の夜に水を飲んだので、10日目の朝になって症状がひどくなり
私は10日目の朝に水を飲んで、昼すぎから症状が出てきました。

おさむの方は私ほどにはひどくはなく
彼は前日、チーズタップリのパスタや
チーズケーキを食べていたので
「きっと乳製品を取りすぎたのよ」なんて話していて
むしろ前日長時間の運転して背中が痛くなったというので、
私がレイキやマトリックスエナジェティクスをやって
痛みを和らげていました。
朝11時頃にはおさむが何とか回復したので、それからバスカールを出発し
最後のプラヤデルカルメンのホテルに3時頃、到着して
部屋に入った途端、今度は私の症状が出てきました。

最初、悪寒を感じたので、ホテルの冷房が効きすぎているのかと思ったのですが
それからひどい高熱でそのままベッドに倒れ込み。
熱と悪寒と吐き気と腹痛とで意識はもうろうとして、
寝たのか寝ていないのかはわかりませんが
これだけ症状が出ているのだから、身体は毒を出したがっているのは明白。
こうなるともう毒を出し切るしかない。
こういう場合、病院で点滴したり解熱剤や下痢止めなどを使ったりすれば
一時的に症状は収まっても
身体が本来もっている免疫力は落ち、エネルギーのバランスが崩れることは
よくわかっているので、何も薬は使わず。

あ~それにしても、人生最大に苦しい夜でした。
(いや、もっと苦しい時があったのかもしれないけれど今は思い出せない)
私は病気や体調を崩すのは、ここ10年以上やっていないし
(ぎっくり腰ぐらい?)
熱を出したのなんて、たぶん小学校以来。
下痢もほとんどなったことがなかった人なので、本当に苦しかった。

朝方になって、ようやく熱は引いたものの、腹痛と下痢がひどくなり
この状態で、飛行機に乗ってニューヨークに戻れるのか~と思ったものの
そこはマトリックスエネジェティクスをやって
何とか飛行機に乗り込んだら
不思議と飛行機に乗っていた4時間や移動の時間には全く腹痛は起こらず
機内でトイレに1回行っただけでした。
そして、ニューヨークの家に戻ってきた途端
また10分置きにトイレにかけこむという状態になりました。

昨日の朝になって、ようやく何かヒーリングをしようという気になり
とりあえず、こういう時には万能の葛湯を飲んで
その後、ヤングリビングの精油で下痢や抗菌や胃腸などに
効きそうなもの、タイムやバジル、ペパーミント、レモンやオレンジなどを
適当にオイルに配合してお腹に塗ってみたら
その途端、ずっと10分置きにトイレに駆け込んでいたのが
完全に収まり、それ以来、一度も下痢になっていません。
ここまで劇的に効くと、アロマと言えども
まるで対処療法で、ちょっとびっくり。

それで、腹痛と下痢も収まったものの
胃の周辺のむかつきはまだ残っていたので
結局キネシオロジーをして調べてみると、
内分泌系と小腸、そして自律神経のバランスが崩れていると出て、
その調整を行ったら、かなりすっきり。
ただ、丸2日以上、断食をしたことになるので
断食あけのふらふら感は若干あり、
体調は万全とは言えなかったので、とても申し訳なかったのですが
今日入っていた夕方までの予約のセッションは延期させてもらって
夕方からのみのセッションにしました。
セッションはできないことはないとは思うのですが
もしディープな調整になった場合、私の体力的に持たない可能性もあり
やはり、他の方へのヒーリングは私がが万全な体調でのぞみたいなあと。

ということで、平和で優雅だった旅は、壮絶な最後で終わったのですが泣き笑い
さて、ここから何を学ぶことができるのだろう?と思った時に
もちろん、表面的には「メキシコの水には気をつけなさい」なのだけれど
私とおさむは、かなり深い学びを得ることができました。
ずっとペットボトルの水を飲んでいたのに、
なぜ、最後の日だけホテルの水を飲んでしまったのか、
その「たまたま」私たちが飲んだ水が悪くて当たったわけですが
人生において「たまたま」なんていうものは何一つないわけです。

私たちがこの経験から得た気づきは、今回の旅を通じて浮かび上がってきた
私たち自身が潜在意識の奥深くに持っていた要因と
女性性と男性性の統合という問題にも関わっていて
それをここで説明するのは、また長くなりそうですし
それが上手く伝わるのか、また私たちの個人的なことをうじゃうじゃ説明して
一体誰かの参考になるのか、かなり疑問なのですが
それでもやっぱりすべてをさらけだして、書いて行きたいなあと。

ということで、次回からメキシコの旅日記のスタートです~
お時間のある方は、おつきあいくださいませウィンク

ありがとう~~ハート(手書き)

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最終更新日  2012年03月31日 02時45分38秒
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