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ヨガとメディテーション

2010年07月22日
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さて、ゴエンカ氏の講演を訳した日本語のオーディオテープの中で
前の日記に書いたことの他にも
いろいろと感じたことがありました。

その中で、潜在意識の仕組みや、人の心のあり方など
ほんとうにそうだなあと深く納得するものも
また、私はそんな風には感じないなあというものもありました。

ゴエンカ氏自身も
「例え、賢者が何かを語っていてもそれを鵜呑みにしたり
妄信してはいけない。
自分自身の体験を通じて、それを理解することが大切だ」

とその講演の中で語っていましたが
私も、すべてのことは、自分の体験や感覚から、
それを実感していくしかないと思います。

例えば、私は江原さんが大好きで、
彼の人柄もエネルギーも共感するのですが
彼の言葉のすべてに納得しているということではなくて
時々、私にとってはそれは違うな~と思うようなこともあります。
でもそんなことは全体としては、どうでもいいこと。
要は、自分にとってピンと来る内容は受け入れていけばいいし
そうでない部分は、無理に信じる必要はないのですから。

さて、このヴィパッサナー瞑想コースの講演の中で
ゴエンカ氏は、宗教のあり方を否定していますが
リチュアルやセレモニー、祈りも意味がないことだと言っていたことなどに
関しては、私は同感できませんでした。

確かに、宗教が生まれたことによって、
それぞれが一番正しいと主張し、争いが起こり、
ブッタやキリストが伝えようとしていた真理が
伝わっていないことや、祈りさえすれば何でも許される、
とか願いが叶うというのは、他力本願でしかない
という彼の話は、すべて納得しましたが
だからといって、祈りが意味がないことだとは、私には到底思えませんでしたし
リチュアルやセレモニーは、単に神様からのご利益を得るためのものではなく
神や自然や大地への感謝を捧げるものとして
意味があると私は感じているからです。

そして、何よりも
「想像は想像でしかない、現実を見ることが何よりも大切だ」
という彼の言葉を、どう解釈したらいいか
わかりませんでした。

ここにも何度も書いてきたように
想像力こそが、創造の力であり、現実を作っていくものだと
これまで、私はずっと感じていましたから。

音楽にしても、絵にしても、想像力がなければ
何も生まれないし、あらゆる発明や発見は、最初は想像から始まります。
イメージトレーニングが、大きな効果があることは
スポーツ選手や様々な治療においても明白であるし
イメージの瞑想が、時には潜在意識の情報を書き換える力を持っていることも
実感できます。
引き寄せの法則なども、まさにイメージの力。
イメージすることができる力こそが、現実を作っていく力なのですから。

「彼の言っていることすべてに納得する必要はない」

そう思いながら、瞑想コースの最終日を迎えました。


でも、最終日に新たな瞑想法、メッタバーバラという瞑想法が伝えられた時
私は初めて、ゴエンカ氏が言わんとしたことがわかった気がしました。

このメッタバーバラ瞑想法は、言葉による瞑想であり、イメージの瞑想。
まさに、私がこれまで行ってきたような赦しの瞑想であり、慈愛の瞑想であり
すべての存在の幸せを願う、祈りそのものだったからです。

ゴエンカ氏は、けして想像やイメージや祈りが無駄だと言っているのではなく
それだけでは不十分だということが伝えたかったのだなあということ。

確かに、引き寄せの法則などでも、いくらイメージしても
実現できないことがあります。
それはイメージに感覚が伴っていないから。
いくら頭だけでイメージをしても、身体(潜在意識)でそれを
感じていないのなら、それは実現することはないからです。
イメージをする時は、その感覚をすべて感じている必要があるのです。

例えば、豊かさの瞑想を行ったとしても
自分の潜在意識が今、全く豊かでないと感じていたとしたら
豊かである感覚をイメージするのはとても難しいことになります。
その潜在意識の情報を消去しない限り、本当の意味でのイメージは
できないのです。

なので、そういう潜在意識の不要なものを浄化していくならば
イメージを使って瞑想することも、祈りを捧げることも
また有効なものになる、そういう意味なのだなあと。

最終日に、ゴエンカ氏のメッタバーバラ瞑想を聞きながら
自然と涙が出てきました。

本当にここに来てよかった~♪
心からそう感じることができた瞬間でした。







最終更新日  2010年07月23日 04時01分32秒
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2010年07月20日
 
ヴィパッサナー瞑想には様々な種類があるようですが
今回、私が参加したコースは、ゴエンカ氏が行っているコース。

この10日間プログラムの間、
参加者は、毎晩1時間半、このゴエンカ氏の講演のビデオを見ることになります。
これはいろんな言語に訳されていて
みんながホールでその映像を見ている間
私と、もう一人いた日本人の方は
別室で日本語に訳されたオーディオテープを聞いていました。

この内容が、私にとって、様々な想いを抱かせるものとなりました。

もちろん、先日も書いたように、
ヴィパッサナー瞑想の意義やその理論
また、潜在意識や心の仕組みなどについての説明に関しては
すべてが納得できることだったのですが
その根本的な世界の捉え方に
素直に納得できないものがありました。

まず、最初の日の講演で
「人生は苦しみである。
その苦しみから逃れるためには、修行していくしかない。
修行こそが解脱への道なのである」

という言葉を聞いて、何だか、どよ~んと重くなりました。

もちろん人生には苦しみはあるけど、それは喜びを感じるためのものだし
もう人生に修行なんて必要ないと私は決めたわけだし
第一、私はこの人生、解脱を目的にしていないし、、

と私は心の中で、ここで語られる言葉に対し
抵抗(反応)しはじめました。

でも、このためにこの瞑想法を行うのだとしたら
その考え方に賛同できなかったら、この瞑想法を
行う意味がないんじゃない?

そう感じて、これは、どう自分の中で折り合いをつけたらいいのかしら?
と考えていました。

コースの中では、食事は2回、朝6時半と朝11時のみなのですが
その後でそれぞれ1時間、また夕方5時にはティータイムが1時間あるので
けっこう瞑想以外の時間があるのです。
コースの間は、電話や人と話すことも、本を読むことも、紙に書くことも
すべて禁じられているので、その休み時間にやることといえば
洗濯をするか、ベッドに横になるか、
センターの裏にある短い散歩コースを歩くことぐらい。
どちらにしても、誰とも話せないので
ひたすら意識は自分のうちに向かってゆきます。

「他の人たちは一体、これをどう捉えているのかしら?
みんなゴエンカ氏の詠唱の後「Sadhu Sadhu Sadhu(私は同意します)」
なんて一緒に繰り返しているけれど、
すべてに反応せず、ひたすら修行をして、あらゆる自我を消滅させて
解脱への道を歩きなさい
なんてことを言っているのに、このすべてに同意し
これから実践してゆくっていうの?
だとしたら、ここにいる人たちは、なんてピュアなのかしら」

そう思い、この参加者の中で私はピュアではないんだな~
という気持ちにさえなっていました。

でも、5日、6日と経つにつれて
実は、言葉なんてどうでもいいんだということに、
ようやく気づき始めました。

解脱って、英語では何と訳されているんだろう?
と思った時に、たぶんEnlightenment?と思ったら
それは光とか悟りという感じであって、
もっと違ったニュアンスに受け取れるだろうな~と思ったからです。
(後でPeterに聞いてみたら、
やはり、ゴエンカ氏はEnlightenmentと言葉を使っていたそう)
そして修行がもしトレーニングだと訳されていたとしたら?

また、ブッタが生きていた時代のインドなんて
まさに苦しみしかないような時代だったでしょうから
苦しみから逃れるためにはどうしたらいいか?
とやってくる人々を諭すのに
「苦しみから逃れるためには~」
という言葉になるのは、自然なことだなあと。

もしも、さきほどの
「人生は苦しみである。
その苦しみから逃れるためには、修行していくしかない。
修行こそが解脱への道なのである」

という言葉を
「人生は喜びである。
その喜びと幸福の実現のためには、自己浄化が必要である。
自己浄化のトレーニングを行うことは、光への道である」

となったとしたら、これは随分感じ方が違うな~と思い
言葉そのものではなく、ただそこにある真理を受け取ればいいのだ、
その事にようやく気づいて、抵抗感はなくなり、一気に楽になりました。

そうして、10日目のゴエンカ氏の講演で
「例え、この考え方のすべてに賛同できなかったとしても
構いません。この瞑想法を実践してゆきさえすれば、
誰でもその恩恵を受けることができるのです」

という言葉を聞いて、
「もっと早くそれを言ってよ~~
そうしたら何日もあれこれ思わずにすんだのに~~」

と思いましたが、実は、この私の中の抵抗ー反応を感じたことで
私は今回、私にとって、この人生の意味とは?と
自分の生き方をあらためて見つめ直すことに
つながっていたのでした。

それは,私の過去のいろんな想いや経験から来ていた反応であって、
自分を犠牲にしてでも人に奉仕していくことが、
最も大切なことだと感じていた10年ぐらい前のことや
この人生の目的は、アセンションのためだと感じていた数年前のことも含め、
いろんなことがあるので、とてもすべては説明できないのですが
とにもかくにも、この10日間は、いろんなことを感じた日々でした。
でも、私にとって、先日のマチルダとの出会いが
大きな救いとなっていました。
彼女との出会いによって、私は今の自分が感じるままでいい、
あらためてそう感じることができたからです。
そういった意味でも、このコースを受けたタイミングは
私にとってのベストだったのかもしれません。

そうして、コースの8日目、9日目に
日本語テープでの講演が早く終了したので
みんながいる瞑想ホールでの英語でのゴエンカ氏の講演ビデオを見る機会が
あったのですが、もう、あまりにもその違いに驚きました。

慈愛に満ちた穏やかな表情のゴエンカ氏が語ると、
どんな内容でも素直に受け取れるし、
例え彼がどんな話をしていても、心に何の抵抗も反応も生まれないのです。
日本語のテープでは、通訳者が訳された話をするだけなので
その言葉だけが、ただダイレクトに伝わってくるのですが
ゴエンカ氏の表情を見ることもないし、講演でのニュアンスは、
全く伝わっていなかったことがわかりました。

Miraが
『私は彼のジョークが好き」
と言っていたのですが、日本語のテープを聞いている限り、
その話のどこにもジョークなんて見いだせませんでした。
でも、講演ビデオを見て、彼が大きな愛を持って、そのジョークを
言っているのがわかりました。

例えば、マザーテレサやガンジーやダライラマなど
偉大なる指導者たちが話をする時
私たちは素直にそれを受け取ることができます。
そして、彼らのように生きることは難しくても
少しでもそれに近づくように努力しようと感じるものです。

でも、だからと言って、今日からダライラマと同じく髪を剃って
修行生活に入ろう、とは思わないですよね~
コースの途中から言葉そのものにとらわれないようにした後は
楽になったものの、それまで私は、
まるで「この瞑想法を行うなら髪を剃ることが必要だ」
と言われているように感じていたのでしたあっかんべー(←考え過ぎて、自滅するタイプ?)
「アセンション」や「悟り」なら、全くそうは感じなかったと思うのですが
日本語の「解脱」や「修行」とという言葉から
何かそういうイメージを抱いていたのです。

みんなが「Sadhu Sadhu Sadhu(私は同意します)」と
素直に頭を下げていた意味がやっとわかりました。

そして、コースの最終日。
この日、メッタバーバナ瞑想という新たな瞑想法を伝えられたことで
私は本当にゴエンカ氏が伝えたかったことの本質が
ようやく理解できたのでした。

このヴィパッサナー瞑想コースは、10日間のすべてに参加することが
条件となっていて、何度も念を押されるのですが
今は、その意味がよくわかります。
10日間、参加してみないと、そのすべては見えてこないからです。

帰りの車の中で、Peterに聞いたのですが、
男性側では、3人の人がコースの終了を待たず、
2、3日目に帰ったそうです。
あれほど、事前に「このコースに参加するためには
必ず10日間の全コースに参加しなければなりません」
と言われていたにも関わらず、彼らが途中で帰ったのは
たぶん、瞑想自体が苦しかったからではなく
この世界の捉え方、考え方に同意できなかったからでしょう。
でも、もしも賛成できなかったとしても10日間だけはやってみようと、
彼らがとどまっていたなら、きっと違った印象を持ったのではないかと思うのです。

ということで、私の感じたことは、他の方の参考にはならないと思うのですが、、
もう少しだけ書いてみたいと思います~

読んでくださってありがとう~♪








最終更新日  2010年07月20日 21時52分17秒
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2010年07月19日
 
一言で瞑想法と言っても、実に様々なものがありますね。

呼吸に意識を集中するもの
キャンドルの光や何かの物に意識を集中するもの
イメージによるもの
マントラや言葉を使ったもの
アクティブ瞑想と言われる、身体を動かし体感していくもの
ヘミシンクのように音響システムを使ったもの

その方法も様々なら、その目的もさまざまです。

精神統一や集中力のためのもの
リラックス効果を高めるためのもの
創造力を高めるためのもの
自己浄化のためのもの
直感力を高めるためのもの
サイキック的能力や体外離脱体験のためのもの
ハイヤーセルフや高次元の存在とのコネクションのためののもの
自分自身のあり方を見つめ、内観するためのもの
自己治癒力を高めるるためのもの

それがどんな形の瞑想法であれ、
その人がそれによって何かの恩恵を感じているのなら
それはその人にとって、有益な瞑想法だと私は思っています。

ヴィパッサナー瞑想は、この中で、呼吸に意識を向けてゆくものですが
ヨガのプラーナヤーマと違うのは、
呼吸を一切コントロールしないというところです。
呼吸が深かろうが浅かろうが、早かろうが遅かろうが
ただそれを観察してゆく
そしてそれによって、身体の感覚を感じ取り、観察する、
目的は自己浄化ということですが、もちろん
精神統一や集中力、リラックスの効果もあります。

これは、余談ですが、最近のおさむが、集中してやっているのが
アモラの「プレアデス覚醒への道」「プレアデスタントラワーク」で
とても効果を感じているというので、昨日、久々に本を開いてみたのですが
あまりのニューエイジ度にちょっとショックショック
「覚醒への道」は、私が何年か前に購入し、当時ワークしていたもので
「タントラ」の方は去年買ったばかりで、その内容はよくわかってはいたものの
今、この限りなくリアリティを求めるヴィパッサナー瞑想を学んだばかりの
時期にはちょっとあり得ない感じがしてきます。
最近のおさむは、超ニューエイジな世界へと入っていっている感があるし
私もそれらの効果は実感しているだけに
このあたりの折り合いをどうつけていくのか
これからの私の課題になりそう。


さて。
朝4時に起床して、4時半から瞑想というヴィパッサナー瞑想コースが
スタートしました。
1日10時間も瞑想するというと、何かとても大変なように感じますが
実際プログラムが始まってみると、それほど大変ではないことがわかりました。

10時間の瞑想のうち、グループでの瞑想は3時間
残りの7時間は各自で行う瞑想で、それは瞑想ホールで行ってもいいし
自室で行ってもいいので、かなり気が楽なのです。
例え、その間にうつらうつら眠ってしまったとしても
また姿勢を何度も変えたり、休憩しても誰にとがめられることもありません。
もちろん、さぼっていたのでは効果も半減ですし
何のためにここに来たのかわからないので、
ほとんどの方はまじめに瞑想していましたが、
プログラムがスタートしてすぐに、
この楽なプログラムに私はちょっと拍子抜けしたぐらいでした。
考えてみれば、もしも、あまりにも辛いプログラムだったら
このアメリカでは、きっと誰もついて来れなくなるでしょう。

私は毎朝4時に起きるのは、それほど辛くなかったのですが
コースが終了した後、仲良くなった、
ルームメイトではない別のネパール人であるMiraは
「もう、朝4時起床は私は無理だったから、すぐにあきらめたわ~
6時半の朝食の時に起き出すのがやっと。
一度だけ4時に起きてやってみたのだけれど、
その日は1日中瞑想中に眠くなって全く集中ができなかったから
次の日からはあきらめて、6時半に起きるようにしたのだけれど、
でもその方が1日、ちゃんと瞑想に取り組むことができたから、
私には、それがよかったみたい」

と言っていました。

4日目からは、1日3時間のグループ瞑想中は、一切の身体の動きを
禁じられるので、これはやっぱり辛かったのですが
人によっては、身体が楽になるように
山のようにクッションをつみあげていましたし
もし本当に辛いなら、床に座らず、椅子に座っても大丈夫なのです。
もちろん、1時間の間、指一本動かせないのは、ある程度の慣れが必要です。

私は瞑想法でないのですが、痛みを客観的に見つめ
痛みそのものに入り込まないというワークを
以前に何度か行ったことがあったのですが
これは痛みそのものが辛いのではなく
全く動くことができないということが辛いのだとわかりました。
ちょうど4日目に尾てい骨のところが痛み出して
長時間座っていると、痛みが出てきたのですが
瞑想している間
「ああ、あと10cm足を動かすことができたなら楽になるのに」
と、身体を動かしたいという気持ちを抑えることが大変でした。
でも慣れてくるに従って、それも大丈夫になりました。

一方、瞑想の感じ方や効果は人それぞれ、全く違うと思うのですが
私はすぐに実感でき、とても有効な方法だなあと感じました。

最初の3日間は、アーナパーナと呼ばれる呼吸に集中する方法を行います。
初日は、プラーナヤーマとの違いがよくわからず
こんなものかな~と思っていたのですが
2日目に、鼻のあたりの感覚を感じるという段階になって
身体にいろんな感覚があるのを発見して、
おお、こんなことが身体の表面に起こっていたなんて~♪
とびっくり。
4日目からは、ヴィパッサナー瞑想に入り
身体全体の感覚を感じ取ってゆく練習をしますが
ますます身体全体に様々な感覚があるのを感じて
瞑想に入りこんでゆきました。

それは、時には、ちくちくと差すような感覚があったり
電気の線がびよ~んと走っているような感覚だったり
皮膚の上に虫がはっているような感覚だったり
ある時は、口の上が腫れ上がっているような感覚だったり
それは実にさまざまな感覚でした。

もちろん、集中できず、思考があれこれ出てきてしまう時も
ありましたが、身体の感覚を感じるのは
むしろ、他の瞑想法よりも
集中しやすい方法のように感じました。

このあたりは、人それぞれ全く感じ方が違うみたいで
Miraは
「私は先生が説明しているような感覚は
全く感じられなかったわ~
ただじっと座っていて足が痛くなったりはしたけれど」

と言っていましたし、ルームメイトのアメリカ人、ガリーナは
「瞑想していると、感情がわ~とわき上がってきて、涙が止まらなくなった」
と言っていました。

身体にどんな感覚を感じたにせよ、また何も感じなかったにせよ
何かの感情が出てきたとしても
ただそれを観察することが、この瞑想法では大切なので
どれが正しい感覚というのはなくて、それはそれでいいのです。

実は、私を少なからず苦しめたのは、こういったプログラムの進行や
瞑想自体ではなく、意外にも、瞑想の他に毎晩、1時間半の間、
聞いていたゴエンカ氏の講演内容でした。

とても長くなりそうなので、その話はまた~♪







最終更新日  2010年07月19日 22時32分44秒
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2010年07月17日
 
さて、ヴィパッサナー瞑想コースの初日のこと。

私は家の近くに住んでいるPeterという、同じくコースに参加される方が
センターまで車で送ってくれることになり
ここから車で約5時間のセンターへと向かいました。

このヴィパッサナー瞑想コースでは、ウェブ上に車求むのリクエストをしておくと
それを見た参加者で車で行く方が連絡をしてくれます。
私は、ボストンに行っていたりして手配が遅れていたにも関わらず
急きょ、乗せていってくれる方が見つかったのは
とてもラッキーなことでした。

そしてPeter と出会ったことも、やはりとてもラッキーでした。

Peterは、元プロのバレエダンサーで、背中を痛め引退したのだそう。
今は、ヨガや瞑想を日々の生活の中で行っているそうで、
彼を一目見た瞬間に、静かで強い精神性が感じられる人でした。
話してみると、最初の印象通り、とてもニュートラルな人で
それでいて、ユーモアに溢れていて、楽しく過ごすことができました。
今回、センターへの行き帰りの10時間の旅の中で、
彼といろんな話ができたおかげで、このセンターでの経験が、
私の中でよりクリアになったように感じています。
旅はそこでどういう人と出会うか、
によっても大きくその印象が変わってくるものですよね。

センターに到着した後は、参加者の男女は分けられ、
このコースの最終日までは男女が会うことはできません。
最初の日は宿舎にチェックインした後、夕方からオリエンテーションがありました。

オリエーテーションが始まるまでの時間には
参加者の方々が、お互いに自己紹介したり、このコースについてのことで
話しあっていました。

その多くが初めて参加の方で、
これまでほとんど瞑想経験がないという方も多くいました。

「ここに参加することを決めるのに、10年かかったわ~」
「私も何年も迷っていたけど、ようやく今回決心したの」
「I am so scary 』(とっても恐いわ)

などとみんな口々に話していて、それを聞きながら
瞑想リトリートなどと言って、まるでバケーション気分で来ていた私は
内心ちょっと驚いていました。
(実際、バケーションとはほど遠いものでしたがほえー

みんなが恐れていることの中で、
1日10時間もの瞑想に肉体的、精神的に耐えれるかしら?
ということが大きいようでしたが
他には
プログラムがスタートすると
1日中、全く誰とも口を聞けないことを恐れている方も
いらっしゃいました。

私にとっては、これは逆にとてもうれしいルールでした。
人と気を使って話をする必要が全くないのですから。
Peterとの帰りの車の中では、この体験をお互いにシェアできて
よかった~と感じたのですが
行きの車の中では「この沈黙のルールがこの車の中でも適用されたらいいのに」
などと、ふと思ったぐらいです。
もちろん、Peterはとても話しやすい人でしたが
それでも初対面で、いきなり5時間の間
2人でドライブするのですから、やはり心のどこかで気を使っています。
(というわりには、途中から助手席でグーすか眠ってしまいましたがあっかんべー

特に英語での会話というのは、
私はぼーっと聞いていると聞き逃してしまうこともあるし
私にとっては、常にある程度の集中力を必要とするということもあって
コースの間、人と会話をしなくてすむのはとても楽だと感じました。

後でわかったのですが、今回の参加者は女性65名、男性65名の計130名。
その女性の65名のうち、初めての参加者は40名でした。

そしてその日の夜8時からプログラムはスタートし
厳正なる沈黙がスタート。

この厳正なる沈黙は、口での会話はもちろん
筆談も、ジェスチャーも、アイコンタクトも禁止されています。
もし、何かがあれば、コースマネージャーと言われる
全員のお世話係の方とは
直接、話をすることができますが、その他の人との会話は一切禁止です。

さっきまで、みんなわいわい話していたのに
プログラムが始まった途端、目も合わせなくなるのは
最初、ちょっと奇妙な感じでした。

その日は2時間の瞑想の後、10時すぎにそれぞれの部屋に戻ります。

私のルームメイトは2人。
ニューヨークから来たというキャリアウーマン風のアメリカ人女性と
ネパール人の女性。

さて、この初日の夜、
11時すぎに眠りについた私は、夜中1時頃に
何かの物音で目が覚めました。

それは、このネパール人の女性のいびきでしたショック

そのいびきの音は、私がこれまでに聞いたいびきの音の中で
一番、大きな音でした。
(ってそんなにたくさんのいびきを聞いてきたわけではないけどあっかんべー
私は普段は、一旦眠ると、あまり物音で目覚めるようなことはないのですが
さすがにこの部屋中に響き渡る音では、目覚めてしまい
いびきってここまで大きな音になるのね~
などと妙に感心しました。

これから10日間、このいびきの音に慣れていかなくちゃ~

そう思って、再び眠りに入った私を
今度は、彼女の寝言で起こされました。
寝言というより、ひどくうなされていて
ほんとに泣いているんじゃないかしら?と思うぐらい
寝ながらわ~わ~と言葉を出し、わめいていました

彼女、かなり、重いものを背負っているのだなあ。

そんな風に感じました。

もう一人のルームメイトのアメリカ人も
全く眠れないようで、時々、大きなため息をついているのが
聞こえました。
もし、ここで会話ができたなら、お互いに
「困ったね~」
などと話をしたところでしょうが、全くコンタクトをすることはできないので
ただ、ベッドの中でそのいびきや寝言を聞いていました。

ふ~きっとこのことも、それに反応しないでいるためのレッスンってことね。

だいたいこのヴィパッサナーに限らず、瞑想のトレーニングなんて、
そういう目的があるわけですから、こういうことが起こったのも
きっと何かそういう意味があるのだろうなあと漠然と感じて
まあ無理に眠らなくてもいいかと思い直しました。
次の日の瞑想中に眠ってしまうかもしれないけど、それも仕方ないなあと。
その夜は、彼女の叫び声に起こされ、うつらうつらしながら、
朝の4時に起床。

結局、その夜は3時間ぐらいしか眠らなかったのですが
不思議と、次の日の朝4時半からスタートした1日10時間の瞑想の中で、
ほとんど眠くなることはありませんでした。
これまでは睡眠不足で、瞑想すれば、大抵は眠くなってしまう私にとって
これは新たな発見でした。
例え、睡眠不足でも、やり方によっては
瞑想中に眠くならないことがわかってよかった~♪
やっぱりすべてのことに学びはあるなあ、とあらためて感じました。

2日目の夜も同じく、彼女はいびきと寝言を繰り返していましたが
前日、睡眠不足だったためか、それともその音に慣れてしまったのか
1、2度目覚めながらも、ぐっすり眠ることができて一安心。

そして、3日目、彼女は忽然と部屋からいなくなっていました。
これはコースが終了した後で知ったのですが
彼女は壁側のベッドだったために、最初の2日間、とても寝苦しく感じ、
自分で一人部屋に代えてくれるように
コースマネージャーに頼んでいたのでした。

最終日にそのことを知るまで、実は、私は、彼女が突然部屋を移った理由について
たぶん、もう一人のアメリカ人のルームメイトがそれを訴えたのだろう
と思っていたので、彼女に対して、ちょっと申しわけなく感じました。
こういう状況では、普通のアメリカ人なら
間違いなく文句を言うところでしょうから。
やはり、アメリカ人であっても、こういうところに来られる人は
ある程度の忍耐力を持っている人が多いのでしょうね。

そして、この出来事は、一見、災難と思えるようなことであっても
そこから本当に学ぶべきことを学んだなら、
もうそのことは起こらないということを、あらためて感じさせました。
ヴィパッサナー風?に言えば、すべてはアニッチャ(変化してゆくもの)
なのですが。

という感じで、瞑想リトリート、いえ瞑想道場がスタートしましたウィンク








最終更新日  2010年07月19日 03時37分21秒
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2010年07月16日
 
今日、ヴィパッサナー瞑想の10日間コースから戻ってきました。

とても貴重な体験でした。
ヴィパッサナー瞑想は、仏陀の行った瞑想法だそうですが
その基本的な捉え方は、これまで私が学んできたことや
実践してきたことだったので、納得が行くものでした。

ヴィパッサナー瞑想を一言で説明するなら
「呼吸に意識を向け、身体に起こる感覚を感じ取り、観察することで
潜在意識の中の不要なものを浄化する瞑想法」
ということ。

キネシオロジーのことで書いていますが、
潜在意識と身体は密接に関連していて
私たちは、例え頭では忘れていることであっても、
身体はしっかりと覚えています。
私たちが何らかの感情を抱くとき、それは身体に感覚として
記憶されてゆくので、潜在意識は常に感覚とともにあるのです。

なので、ヴィパッサナー瞑想は、
その身体の感覚を呼び起こし、それに「気づく」ことで
潜在意識にある不要なものを浄化していくという方法で、
これはとてもシンプルな考え方であって、メイクセンス。

何度かここにも書いてきましたが
私たちが、何かに対して怒りや嫌悪や不満を感じるという時は
その起こった物事そのものが問題なのではなく、単に自分の中の何かが
呼び覚まされて、それらに対して反応しているということ。

例えば、妻が「私は夫に大切に扱われていない」
という意識が潜在意識にあったとすると
例え、その夫が、会社帰りに頼んでいた買い物を忘れてしまったというような
小さなことに対してさえ、
「どうして、あれほど言ったのに忘れるの!」
と怒りが湧いてくるかもしれません。

反対に、私は彼にとても大事にされている、と感じていたとしたら
同じことが起こっても、怒りは湧いてこないし、
逆に彼に対して「疲れているのかな」
といたわりの気持ちになるかもしれません。

つまり、彼のとった行動そのものが問題なのではなく
自分の潜在意識の中にある何か、に反応してしまっているだけです。

これを仏陀はサンカーラ(種)と呼んだのだそうで、
なるほど~ひらめきという感じです。

最初のサンカーラ(種)が植えられると、必ずそれは実(これもサンカーラ)
を結びます。
そして、その実から、またたくさんの種が増えていくのです。

例えば、上の例の場合、彼女の中にサンカーラが蓄えられるだけでなく
彼にも同じことが起こります。
もし、その時に彼が
「はは~ん、これはきっと彼女の中の何かに反応しているのだな。
でもしばらくしたら、そのことに自分で気づくだろう」
などと思って、彼女の怒りの反応に対して、
彼自身は反応しなかったらいいのですが
大抵は
「どうして、そんな小さなことに一々怒らなくてはいけないんだ」
と不満の感情が湧いてきて、
今度は彼の中の潜在意識の中にサンカーラとして植え付けられ、
それがまたいつかは実を結ぶのです。

もちろん、これはけして、何かが起こった時に
「がまんをする」のがよいということではありません。
例え、がまんをしても、身体には感覚が起こり、それは必ず蓄えられてゆきます。
もし、がまんをしてしまったら、余計にその思いや意識は潜在意識の奥深くに
入っていってしまいます。

サンカーラの別の意味は「反応」だそうで、とても納得。
「がまんをする」のではなく「反応しない」ということが
大切なのですね。

つまり、そういったことに反応しなくなるためには、
そのもともとの種、サンカーラを手放すしかないのです。
ということで、新たなサンカーラを生み出さないだけでなく
これまで蓄えてきた、たくさんの潜在意識の中の古いサンカーラを
手放してゆくことが
幸せな人生を歩いていくためには必要ということになってきます。

でも、逆に言えば、怒りや嫌悪や様々な感情を感じるということは
何か浄化しなければならないものが自分の中にあることがわかった、ということですから
これは浄化するチャンス~~と、これまで私は捉えてきました。
それほど深くないサンカーラなら、ちょっと内観してみれば
自分の中の何に反応しているのかは、すぐにわかります。
でも、それが自分の顕在意識では、到底、わからないようなことが
原因になっている場合には、ちょっと内観したぐらいでは
簡単には手放すことはできません。

これは、私がいろんな浄化をやってきた中で感じてきたこと。
この瞑想法だけでなく、様々なヒーリングやセラピー、シャーマニズムなど
心の奥深い潜在意識の浄化法は数多く存在しています。

例えば、身体の反応によって潜在意識の感じていることを知る
キネシオロジーもそうだと言えますし
リバーシングなどもそういった方法の有効な一つだなあと感じます。
リバーシングの呼吸によって、これまで気づかなかった身体の痛みに気づいたり
様々な感情を呼び起こされることは
ヴィパッサナー瞑想によって、身体の感覚に気づいていくことと
同じようなものと言えるのでしょうね。

怒りということで、ちょっと思い出したので、ついでにここで書いちゃいますが
先日、セドナでおさむと2人でリバーシングワークをやった時に
私に出てきたのが、この怒りのサンカーラでした。

私はもともとレイキと出会うまでは「怒りの人」で
常に怒りを持っていたような人だったのですが
特に私が強く反応していたのは、権力的なものや女性軽視などに対すること。
例えば、友人が(もちろん男性の)ちょっと軽い感じで
「女は~~だよね~」
なんて言おうものなら、湧き出てくる怒りを止めることはできず、
猛犬のごとく噛み付いていくような人でしたしほえー
抑えつけられたり、女性に対する決めつけみたいなことが
何よりも嫌いな人でした。

その怒りがレイキと出会ってからは、自分でも驚くぐらいほとんど出なくなって
それはレイキによって、私の潜在意識にあった何かが
癒されたのだろうな~と感じていたのですが
それが久々に、セドナでのリバーシングで出てきたのです。

それはセドナの女性性エネルギーの岩の前でのこと。
その時の日記です)

呼吸をスタートしてすぐに
私は自分の中に怒りの感情があるのに気づきました。
リバーシング呼吸を始める前までは、あんなに気持ちよく過ごしていたのに
始めた途端、そんな感情が湧いてきて、これは一体何なんだろう?と感じながら
呼吸を続けていました。

そして、その怒りの感情は、おさむが
「はい、それでは女性性を解放して~」
と言った途端、ば~~んと爆発しましたいなずま

「わかったようなこと言わないで!!
私はそうやって決めつけられるのが嫌なのよ。
何もわかっていないくせに、決めつけないで!!」

と叫びました。

どか~~ん爆弾



もちろん、おさむは、そこが女性性エネルギーの岩の前だったので
そんなことを言っただけで、全く深い意味はないし
私も普段なら「そうそう、女性性の解放よね、解放しましょ♪」
なんていって受け流していたところなのでしょうが
なんせリバーシングの時は、通常の意識ではありません。
おさむのその言葉そのものに反応したのではなく
彼が何を言ったとしても、怒りを出したかったのでしょう。
おさむもその点は、充分理解していますので
例え、私がリバーシングの最中にどんな風になったとしても大丈夫だと
私も安心して感情を出すことができたのだと思います。


で、その怒りの後は
「私は自由に生きたいの!!私は自由でいたいのよ~~」
と、おいおいと泣き続けたのでした。

いやはや、まったくわけがわかりません泣き笑い

今の私の生活の中で、私を束縛する人は誰一人いないし
これだけ自由に好きなことだけをやって暮らすことができているというのに
それでもなお「自由でいたいのよ~」て
一体過去にどんな抑圧を感じていたっていうのでしょうねびっくり
そのサンカーラが生まれたのは、私の子供の頃なのか、胎児の頃なのか
はたまたもっと前のことなのかはわかりませんが。

そのワークで、さんざん泣いた後は、ものすごくすっきりして、
最後は至福感に満たされていました。
この女性性エネルギーの岩の前で、私の中の怒りが出てきたのは
とても興味深い体験です。

ゴエンカ氏曰く
「自己浄化が進んでくるにつれて、古い大きなサンカーラが表に出てきます」

は~雫まだまだこれから古いサンカーラが出てきそうショック
本当に自己浄化はやってもやっても、尽きることがないなあと感じます。
でも、何かを手放す度に軽くなってゆくのは無常の喜びですね。

ということで、ちょっと話が脱線しましたが
このサンカーラ撲滅大作戦ならぬ自己浄化法である
ヴィパッサナー瞑想の10日コースの中で
本当にいろんなことを感じました。
実は、これは私にとっては、この瞑想そのものの結果というよりは
このコースに参加したことによるものが大きいです。
もちろん、瞑想法自体も、とても素晴らしいものでしたから
これから続けていきたいなあと思っていますが
一方で、ここで伝えられていることだけにとらわれず、
私が感じるままに進んでゆけばいい、
今はそんな風にも感じています。

このヴィパッサナー瞑想の10日コースは
100人参加したら、きっと100人とも違った印象を持つでしょうし
それが当たり前ですから、私が感じたことは
たぶん、どなたの参考にもならないだろうなあと。
でも、まあそういってしまえば、私のブログの内容は
すべてがそうとも言えるのであっかんべー
ぼちぼち書いてみたいなあと思います。

読んでくださって、ありがとう~~ハート(手書き)








最終更新日  2010年07月17日 21時55分44秒
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2010年04月04日
 
今日は、素晴らしくいいお天気晴れ

昼間は夏のような暑さで、みんな半袖で歩いていました。

普通、レイキのクラスは週末には必ずといっていいほど入るので
日曜日にオフだったのは、約3ヶ月ぶり。

先月は時間がなくて、結局1日もヨガのクラスには行けず、
yoga passbookも使っていなかったので、
今日は、ソーホー近くのgolden bridge yogaに行ってみることにしました。


ここは、私の憧れのヨギ GURMUKHが、
もう一人のヨギと設立したヨガスタジオです。
以前はよく、彼女のクンダリーニヨガのDVDを、
家で見ながらやっていました。

こちらはそのビデオの一部
彼女の58歳の時の映像です。
ほんとうに美しい~~目がハート


一度、このスタジオに行ってみたいと思いつつ、
最近は、クンダリーニヨガはほとんどやっていなかったし、
まだ肩の動きが完全ではないので、
今日は、通常のクラスではなく、
メディテーションを中心としたヒーリングサークルのクラスに参加してみることに。

ここは1階はヨガウエアや本を売っているブティックになっていて
とてもきれいです。
前のクラスが終了して、人々が2階から降りてきた後
スタジオに入り、横になっていたのですが
他に誰も来る気配はなし。
受付の人が、先生はちょっと遅れると連絡してきてくれます。

それからしばらくして、インド人の若いさわやかな男性の先生が
入ってこられました。


と、結局、参加者は、私一人びっくり


今まで、NYでヨガのクラスは、いろいろ行きましたが、
参加者が一人だったことなんて、一度もありません。
NYのヨガスタジオでは、メディテーションのクラスであっても
比較的、どこも一杯のところが多いので、これにはびっくりしました。
後から気づいたのですが、今日はEaster Sundayのホリデーだったので
少なかったのでしょうね。

日本ではどうだかわからないのですが、NYのクンダリーニヨガのクラスでは
先生は、少し高いステージの台の上に座って、生徒を指導することが多く
ここもそのスタイルです。

広いスタジオの中で、その壇上の先生と向かいあう形で、私はマットを敷き
先生はそれでもマイクを使って話し、通常のクラスと同じように行われ
何だか私一人のために申し訳ないような気になってきます。


ということで、かくしてヒーリングサークルは、
プライベートレッスンとなりましたウィンク

最初にクンダリーニヨガのマントラを一緒に唱え、
それから、呼吸法に入ります。
そして、例のごとく、手をのばしたり、ひいたりなどの
動きを延々と続けながら、火の呼吸を続けます。
クンダリーニヨガの動きって、永遠に続くかと思うぐらい長いんですよね。
久々にこういう動きをやったので、やっぱり数分続けると、
かなり手がだるくなってきます。
でも、当然、先生の視線は、私一人に注がれていますし
適当に途中で休むわけにもいかず、
がんばって続けました~泣き笑い

それから、横になってのシャバサナ。

と、先生は、私一人のために、ゴングを鳴らしてくれます。
この広いヨガスタジオに私一人で横になってのサウンドヒーリング。

ああ、なんという贅沢どきどきハート


先日、レイキのクラスに来られた方も、このゴングを聴きたいので
ここのクンダリーニヨガのクラスを受けると言われていた方がいましたが、
私もクンダリーニヨガが好きな理由は、このゴングのみといっても
過言ではないかもしれません。

ゴングの深い音と身体全体に伝わってくる振動で
しばらく、宇宙空間に漂っていました。

やっぱり、ゴングもこの大きさだと、うちにあるゴングとは音の深さが全然違うな~。
おさむが聴いたら、欲しがりそう。
(こんなのが家にあったら、近所から苦情が来るでしょうがNG

それから、最後はチャンティング。
マントラを唱えながら、音楽に合わせて歌います。

先生もとてもよい先生でしたし、とても楽しいクラスでした~音符
しかも、yoga passbookのお試し券で、プライベートレッスンが受けれるなんてハート(手書き)
感謝♪


夕方はサンセットパークへ。
先週から暖かくなったので、この公園へ夕日を見に行くことも復活して
レイキのクラスやヒーリングが終わった後は、ここで夕日を見ています。
今日の夕方は曇っていたので、あまり観えませんでしたが
晴れた日には、たくさんのプラーナが飛び交っているのが観えますきらきら


今日も素敵な1日をありがとう月

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最終更新日  2010年04月05日 10時47分20秒
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2010年01月28日
 
今年は友人に紹介してもらって
Yoga passbookを購入したので、ヨガにたくさん行くぞ~と思いつつ
まだ、一度も行っていなかったのですが、
今日、ようやく行ってきました。

Yoga passbook


これを購入すると、ニューヨークの125のヨガスタジオやピラテスや
ダンススタジオなど、合計約350時間分のクラスが無料になるというもの。

このpassbook は、通常は75ドルですが、
3人で買うと1冊おまけになるそうで
4人で購入してもらったので、60ドルで購入することができました。

NYのヨガのクラスは、通常、1クラス、15~20ドルぐらい。
なので、4回クラスに行けば、もとが取れてしまいます。


これまで行ったことがないヨガスタジオを
いろいろ試してみるのにもグッド

ただし、スタジオによっては、このpassbookで受けれるのは
このクラスのみ、などいろいろ制約はあります。
また、以前、私が行ったOMヨガやビクラムヨガなどは
新規の人のみしか、このPassbookは使えないというところもありました。

実は、昨日の夜、このpassbookにあったヨガのスタジオで
Psychic Developmentというちょっとおもしろそうな
クラスが行われているのを知って、出かけたのですが
そのクラスは、このpassbookは使えなかったので
クラス料金を支払って参加しました。
(そのクラスは、様々なプラナヤマの訓練で、
Psychic Developmentというよりinsight Development という感じでした)


さて、今日は、急にレイキの予約がキャンセルになったので
思い立って、タイムワーナーの近くにあるyogaworksに
行ってみました。

まだ、肩の痛みが残っているので、今日は
Therapeuticsのクラスを受けてみましたが、
その先生が爽やかな男性の、とてもいい感じの方ハート(手書き)

以前、日本でヨガを教えていたことがあるそうで
クラスが終わってからも、いろいろ話をしました。

ああ、この先生のクラス通いたいかも目がハート

と、このyoga passbook では、ほとんどは一つのヨガスタジオにつき
1、2回のパスのみ。
せっかくyoga passbookを買ったし、
いろんなところに行ってみたいので、
たぶん、ここはあと1回のみになるのでしょうが。

1週間に2回ぐらいのペースで行けたらいいな。
しばらくの間は、Yoga Pass bookの中の
いろんなヨガスタジオに行ってみたいと思います。

CSC_2444 のコピー.JPG








最終更新日  2010年01月29日 13時35分56秒
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2009年07月30日
 
先日の日曜日の朝、以前、ここでも紹介したビレッジ禅堂に行って、
約3時間の座禅をやってきました。


3時間といっても、ずっと座りっぱなしではなく、30分の座禅の後
経行(きんひん)といわれる歩く瞑想を10分ほど、
そしてまた座って行う瞑想と、交互にやります。
この経行があるから、その間、次の座禅が新たな気持ちでやれるのですねひらめき

参加者の多くは、20~60代のアメリカ人、
そして、この日は、男性の方が多かったです。
日本の文化である禅が、こんなに一般的な
アメリカ人に受け入れられいるのも、なんか不思議な感じ。
でも、さすがは、座禅などに来ているアメリカ人は、
余計なことはしゃべらないというか、思慮深い雰囲気というかウィンク
(もちろん禅堂内では私語は禁止ですが)
一般的なアメリカ人とはちょっと違うのかもしれませんが。


でも、普段、家ではそんなに長く座っていないので
2時間を過ぎた頃から、足がしびれてきて
集中できなくなってしまいましたほえー
もう少し長く座ることに慣れなくては雫


さて、火曜日には、ちょうど、画材を買うために、ビレッジに出て
CRSの近くを通ったので
CRSの香咲さんのガイドによる
30分のメディテーションに参加してみました。

香咲さんは、Course in Miracle を教えている方で
彼女のリーディングは、私は受けたことがないですが
私の知り合いや友人でも受けた人は多く、定評があります。
でも、何でも半年待ちなんだそう。

この日、集まったのは20名ほど。
日本人が多いかな~と思っていたら、ほとんどがアメリカ人でした。
みなさん、会社や買い物帰りに立ち寄ったという感じです。


瞑想は、香咲さんの穏やかな声のガイドに従って、
イメージしていくと、だんだんと深く入っていくことができます。
30分は、あっという間に過ぎて、とても気持ちがよかったです。

瞑想って、毎日、一人で続けていくことに意味があると思っていますが
こうやって、時々、他の人たちと一緒にやると
また新たな気づきがあるし、一人でやるのとはまた違ったよさがありますね。

そういえば、最近は、家でのレイキの交流会や瞑想の会などを
全く開かなくなってしまいました。
ちょっと涼しくなったら、開きたいなあ~と思っています。
みんなでレイキサークルや、グループレイキと瞑想、
そしてその後は、近くの公園へ夕日を見ながらのピクニックの会
なんて、楽しそうハート(手書き)
(って、ピクニックの準備だけでも、けっこう大変になることは
わかっているのですけどねウィンク


DSC_0104 のコピー.JPG
@Machu Pichu ,Peru








最終更新日  2009年07月31日 16時34分11秒
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2009年02月17日
昨日の夕方、ふと思い立ってソーホーにある
『ビレッジ禅堂』というところへ
座禅に行ってきました。

アメリカでは禅は
瞑想法や哲学として
ヨガと同じような感覚で捉えられているようです。
なのでクリスチャンであっても禅堂に行く人が多いのだそう。
(もっとも厳密に言えば、禅は宗教ではないそうですが)

NYにも禅堂はいくつかあるようで
そのうち一つは日本人の住職がいるとのこと。
友人でそこに行っている人がいて、今まで話には聞いていたのですが
場所的にちょっと遠かったので、なかなか行く機会がありませんでした。

昨日、たまたまネットで見つけたここの禅堂は、
ソーホーのど真ん中のビルの一室。
丁度whole foodsに食料の買い物に行こうと
思っていたので、買い物の前にちょっと立ち寄ってみました。

広い板張りのスペースには、
座布団の上に座禅用のクッションZAFU(座蒲)が
並べてあります。
中央には大きな仏像。

毎週、月曜日の6時半から2時間は
始めての人のためのインストラクションの日。

昨日参加していたのは、15名ほどでしたが、
アジア人は私だけ。
20代の若い年代層が多かったのに驚きました。

この日は、ここの創立者である住職はおらず
フレンドリーな暖かい感じのインストラクター
NEOさんが、座禅のやり方や作法について
教えてくれました。

まずは姿勢。
自分の高さにあったクッションを使うこと。
腰や膝の位置、目線、肩の位置、
手の組み方、おじぎの仕方、

姿勢に関しては、先日受けた
アレキサンダーテクニックとリンクするところがありました。
アレキサンダーテクニックの時もそうだったのですが
やはり座蒲の上に座ると、自然に背筋が伸びて、姿勢が楽です。
(さっそくZAFUを購入することにしましたウィンク

座り方は、Lotus(結跏趺坐ーけっ かふざ)や
Half Lotus (半結跏趺坐ーはんかふざ)の
やり方も教えてくれましたが、普通のあぐらや
足が悪い方は椅子に座ってやってもいいとのこと。

正座のやり方も教えてもらいましたが
こちらの人は小さい頃から正座なんてやらないし、
正座するのは大変なのでしょうね。
(とはいえ、私も最近、あまり正座しないかも雫

それから呼吸法。

腹式呼吸で数を数えてゆきます。
吸いながら1、吐きながら2、また吸いながら3と10まで数えたら
1に戻ります。
雑念が湧いてきたら、ただそれをやり過ごし、
また呼吸に戻していきます。

Neoさん曰く
『僕は最初の1年間は、1から3まで雑念なしに数えることはできなかったよ』
と言われていました。

目は1メートルぐらい先を半眼でぼんやり見ます。

手はコズミックムドラー
(右手の平の上に左手の平を重ね、親指の先をくっつけて円を描く)

私は普段は瞑想する時は、
ヨガでやるように、膝の上でチンムドラー
(親指と人差し指で円を作る形)
でやるので、初めてこの手の組み方で瞑想をしました。

この親指のくっつき具合で、今、自分がどういう状態でいるか
(雑念にはまっている、眠気がきているなど)
わかるので、とてもよさそうです。

しばらく座禅をやった後、
経行(きんひん)をやりました。
これは歩く瞑想。

禅堂に入る時、座るポーズを変える時、
座蒲に座る前後などは、
合掌しておじぎをすることなどの
作法も教えてもらいました。
日本の文化「おじぎ」を
アメリカ人がみんなやっているのを見るのは
ちょっと不思議な感じがします。

終了した後、Neoさんが
私に近づいてきて
『どこの国の方ですか?』

と私に聞くので、
『日本です』
と答えると

『おお♪やっぱり』
と言って、日本には毎年にように行っていると
話してくれました。
私の出身の福岡には、久留米によく行っていたとのこと。

日本の禅とアメリカとの違いを尋ねると
基本的には同じだけど、日本ではこのようなインストラクションはなく、
ほとんどは住職や他の熟練の人を見よう見まねで、
自分で学んでいくのだとか。

『アメリカ人は、インストラクションがないと、
誰も来なくなってしまうからね』
と笑っていました。

でも、こんなソーホーのど真ん中で
静寂なスペースで瞑想できるのは
いいですね~。

来週は、ここの住職、オーハラ円教と
NYの有名なヨガスタジオOMヨガスタジオのシンディ リーとの
コラボレーションがあるとのこと。
OMヨガは、まだ行ったことはないのですが
以前はOMヨガのDVDでよくヨガを練習していました。

ヨガと座禅のコラボレーション。
なかなかよさそうハート(手書き)

瞑想は、いろんなやり方があるし
私もこれまでいろんな方法でやってきましたが
座禅での瞑想、とてもよかったので
時々、禅堂にも行きたいなあと思います。



これは今朝のうちの仏さま♪
CSC_1898.JPG






最終更新日  2009年02月18日 02時25分14秒
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2009年02月13日
明日はバレンタインデー。
(といっても、もう14日になったので今日ですが)

たまたま目にしたヨガスタジオのHPで、
バレンタインスペシャルの
『パートナーヨガ&タイヨガ&リフレクソロジー』
というのがあっているのを知って、
たまには二人で一緒にヨガをやるのもいいかも~ひらめき
参加してみました。

場所は、セントラルパークの近くのヨガスタジオ
超高級アパートやホテルのエリアにあるだけあって、
内装も洗練されて、とてもきれいなスタジオです。

私たちがこんなところに来るのはちょっと場違いかも?
などと言いながら、レジストレーションをすませせて
中に入ると、予想以上にいろんな人が集まってきていました。

恋人や夫婦だけでなく、親しい友人同士でも参加できるクラスで
20組ほどのカップルがいたでしょうか。
いかにもヨガ歴が長そうなカップルや
また大きな黒人のおじさん、おばさんのカップルや
女性同士の友人たちなど、若い年代から年配の方まで、
様々な年齢層です。

広くてきれいなスタジオには、キャンドルがともされ
それぞれにヨガ用クッションやマッサージクリームや
アロマオイルやチョコレートが用意されています。

(これはクラスが終了した後)
DSC_1851 のコピー.JPG


ティーチャーは、アジア人の女性(たぶんタイ人?)と白人の男性の先生。
どちらもスピリチュアルな素敵な感じで、
もうクラスが始まる前から、わくわくピンクハート

バレンタインのヨガなんて、もし、妙にムード満点で
変にいやらしい感じだったらりしたら嫌だな~なんて
ちょっと思ったりしたのですがウィンク
全くそんなことはなく、とてもロマンティックでいて、
ヘルシーでスピリチュアルな雰囲気。


最初にパートナーヨガをやりましたが、
いつもは一人でするポーズを二人でバランスをとりながら
やるのはおもしろい。
難しいシークエンスもあり
このクラスを一度受けただけでは、覚えきれないものもありました。
この先生みたいに、二人できれいにポーズが決めることが
できたらいいなあ♪


それからタイヨガマッサージとリフレクソロジー。
片方が横になって、もう片方が先生の指導に従いながら、
足全体のマッサージや指圧を行い、
そしてマッサージクリームを使って足裏のつぼを
マッサージしてゆきます。
これが気持ちいいのなんのって目がハート

ただでさえ、おさむの手はいつもとても暖かくて
レイキのエネルギーで、当てるだけで気もちいいのですが
さらにやさしくマッサージや指圧をされると
それはまさに天国ダブルハート

そして、アロマオイルを使って
第3の目から額やこめかみをマッサージ。


普通のヨガのクラスでも最初と最後に唱えるオームのマントラも
二人で相手のハートチャクラに手を当てながら唱えると、
いつもとは違った新たなエネルギーを感じて
とてもよかったです。

もう参加者全員がハートチャクラ全開という感じで、
とても素敵な雰囲気のクラスでしたピンクハート


これまでも、たまにおさむに足もみをやってもらったり
していたのですが、今回、新たな発見があったり、
知らなかったテクニックを学ぶことができたので、
これから、二人で試してみることができそうです。


実は、今朝は、確定申告のためにいつもより早起きしたので
二人とも寝不足で、夕方からのこのクラスに出かけたのですが
クラスが終わったら、下半身が暖まっていて、
身体が軽くって、とてもリフレッシュしているのにびっくり。
このタイヨガとリフレクソロジーの足のマッサージ、
かなり効果がありそうハート(手書き)


とてもよかったので、また、こんなワークショップがあったら、
受けてみたいです~♪



おさむにもらったフェアトレードのバラ♪
CSC_1849.JPG

CSC_1829.JPG






最終更新日  2009年02月15日 01時03分38秒
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