2008/05/20(火)22:12
義経黄金伝説■第9回
義経黄金伝説■第9回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
第1章10 1186年(文治2年)10月 鎌倉
薄ら寒い10月の鎌倉の朝もやの中で、西行が先ほどの情景を思い出している。
「重蔵どの。頼朝殿は、流鏑馬に熟達し、当代第一の弓持ちと言われたこの西
行の前で、弓矢の技を見せられたのだ」
東大寺闇法師重蔵が返した。
「それは何をお考えなのでしょうや」
「頼朝殿、平泉を攻めるつもりであろう」
「えっつ、やはり」
十蔵は西行を見た。が西行はすでに自分の殻に入り考えにふけっている。
不思議な方じゃ、重蔵は最初の出合いを思い出している。
◎
西行は、しばらく前から後からつけて来る僧衣の男に気付いていた
。身構えている。足取りが早くなる。さすがは元、北面の武士である。
十蔵は西行の住処伊勢の草庵から着けていた、がそろそろ自ら自分の存在を
知らしめた方がよいと考えていた。この西行のただならぬ武闘の力を見抜いて
いた。それゆえ、自分の身を西行が気付くようにあらわしている。
「西行様、私はお味方」重蔵はつぶやく。
「自己紹介いたします。私は十蔵、重源殿が遣わされた闇法師にございます。
西行どのをお守り申します。西行殿、どうぞお気を付けなされませ。鎌倉殿、
やすやすと東大寺への沙金動かすことなき気配あれば」
「鎌倉殿が沙金を盗むとか。重源殿の指令それだけだったか」
西行は十蔵をじっと見る。
「と申しますと」
十蔵は少したじろいでいる。
「例えばじゃ、私が裏切って、平泉にて極楽郷を作るつもりとか」
西行は、初手から恐ろしい言葉を放っている。もし、西行の答え方いかんで
は、十蔵はこの場で、西行と戦わねばなせない。十蔵の背後には、巨大な東大
寺勢力が控えている。
「さすれば、西行様はもう京都に帰られぬおつもりか」
「ことと次第によってはな。わしはのう平泉の桜がすきなのだよ」
西行は、遠くを見、一瞬、思いにふけっていた。十蔵はそんな西行を、不思
議な顔をして眺めた。いったいこの法師殿は何を考えてござるのか。十蔵には
想像もつかない。あったことのない別種の人間だった。
◎
■■11
1186年(文治2年)10月 鎌倉文覚屋敷。
「くそ、いらぬじゃまが、はいりおったわ。のう夢見よ」
文覚である。
夢見、後の明恵(みようえ)は答えた。
「西行様の背後にはあるやんごとなき想いが見えます」
「和歌(しきしまみち)に対する想いか」
「いえ、そうではございません。人で御座います」。
「女か」
「いえ、ある男の方への想いで御座います」
「では、まさか、あ、おの方へか、」
文覚は、西行の想いが、待賢門院(たいけんもんいん)へかと思った。
が,夢見ー明恵は違うという。
待賢門院の兄は徳大寺実能、西行は藤原家徳大寺実能の家人
であった。待賢門院は崇徳上皇の母である。
夢見は感受性が強い、その人間の過去もうっすらと読み取る事ができる。
夢見のよく見る夢は恐ろしい。きり刻まれた体の夢だ。
夢見の父は,頼朝決起の戦いでなくなっている。
母は紀州豪族湯浅氏の出身である。
この時期の紀州は、熊野詣で大繁盛している。
紀州熊野は仏教に在来の民間密教が結びつき、一大新興宗教センターとして
機能している。密教秘儀を身につけて貴族の保護をうけるモノが、京都の政治
を左右できる。桓武帝以降、宗教各派は、政治闘争を繰り返している。
摂関政治に関与できた宗派が権威を持ち荘園を所有できる。
仏教各教団は、経済組織集団でもあり、一般民衆もその権威に頼ろうとした。
夢見の夢想の中に西行が現れている。
(続く)
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所