3.ほっとけば復活する自然の力 |
亀甲満の健康と環境NEWS 第3弾を発信します!
ニュース発行日 :4月20日
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ニュース内容:
まずは、ある老夫婦から伺った話をしましょう。
わたしが販売している水処理の取り付けに伺ったときのことでした。
その老夫婦の庭には、りっぱな庭木がたくさんあって、庭木の枝ぶりもよく青々としていました。よく見ると、庭木の下にはたくさんの落ち葉があって、あまり落ち葉を掃除をしていないようでした。その庭をゆっくりと歩いてみると、ふわふわして実に気持ちがよかったのです。
わたしがその老夫婦に、
「りっぱで生き生きとした庭ですね。きっと土がいいのでしょうね」と言って、話を切り出してみました。
そうすると、おじいさんが言うには、
「昔は庭をていねいに掃き清めていたけれど、だんだん土が固くなって、ミミズさえいなくなったので、それから落ち葉はほとんど取らなくなったよ。 そうしたら、土が年々柔らかくなって、豊かな腐葉土になり、たくさんのミミズが生息するようになった。おかげで庭木も毎年元気に育っているよ!」
まあ、こんな話を聞かせてくれた。
必要以上に手間をかけず、自然の力を活かす。人間が自然と一体となって、自然循環を上手に応用するだけで、緑は再び取り戻すことができるということだ。
無理やりに人間が手を加えようとすればするほど、余計に厄介なことになってしまうという話である。自然といかにじょうずに共生するか、これからの時代、ますます重要になってくるだろう。
今現在の農家は高齢化がどんどん進んで、田圃や畑を耕す者がいなくなり、加速的に荒地が増えているのが現状です。荒地には草がボウボウと生え放題。でも冬を迎えるとほとんど枯れてしまう。これを5年、10年と繰り返すと、実はいつのまにか、土壌微生物やミミズ、もぐらが大量発生して、土の化学肥料を徐々に分解して、再び元の活力ある農地に変えてくれるのである。わたしは自然の摂理から、そうなるはずだと、そう思っているのである。
アメリカナイズされた科学万能主義の近代農業に終止符を打つために、既存の農家は自然の摂理によって排除され始めたのではなかろうか。既存の農家は、農協(農協にもすばらしい農業指導員はたくさんいますが)の指導方法や販売方法に言いなりになりすぎて、大半の農家がサラリーマン農業になってしまったのではなかろうか。いつの間にか、農業の基本を忘れてしまっている可能性が高いのです。
そのために、日本古来の自然共生の伝統農業も忘れて、最先端のバイオテクノロジー農法、どちらにも対応できない人たち、彷徨える農民になっている。
農業は最先端のサイエンスであり、自然の力をいかに引き出すかで、実りが確実に違ってくる。土壌微生物の働き如何によって、大きく左右されるバイオテクノロジーであり、水や日照加減、栄養を上手にコントロールできる、人間の愛情と感性なしには、りっぱな作物は作ることはできないだろう。
これからは、社会経験の豊かな人たちが、積極的に農業に足を運ぶ時代になるはずである。なぜなら、まず農業の生産者には、消費税が一切かからないわけである。そして、安心して食べられる物を確実に収穫できるからである。
これからの社会情勢を見れば、株も国債も充てにはならない。確実性がない。しかし、農業は多少の出来の差はあっても、基本どおりにやれば、確実な物を手に入れることができる。そして、来年に確実に活かすことができる。
大量生産ではなく、共同管理すれば、野菜や果物、鶏や卵も週に1回の労働で、自分の食べるものを賄うことができるのである。さすがに鶏(生き物)は、多少手間はかかるかもしれないが、20~30羽程度なら、1日に1、2時間の手作業で十分なのである。多少余れば、人にお裾分けするか、よい物を売ればいいだけの話しである。どちらにしても、人から感謝こそされても批判する人はいない・・・
これから、消費税が5%から7%、10%、15%と年々増加していくことは確実である。なぜなら、どこにも国や県の財源が無い。結果として、わたしたちの懐から搾り出すしかない。
しかしながら、生産者には消費税というものは、無縁の話なのである。食べ物を購入すれば、必然的に自分の懐が寂しくなり、高い税金にも貢献することになる。
何よりも健康を楽しむ生産者には、いくつも利点がある。
タダで日光浴ができて、タダで運動することができる。新鮮な空気を吸うこともタダ、ちょっとした田舎ならおいしい水までタダで入手できる。そして何よりも育てる喜び、収穫の喜びを実感できるし、土に触れることによって、子供時代に帰ることができるのだ。
さらに、自分の畑で取れたての素材を料理したり、バーベキューしてもタダなのである。そこにみつばちの箱を置いておくだけで、ロイヤルゼリーをタダで入手する事だってできるのだから、こんなうまい話はないのでは?
そして、自力で農産物を生産すると、食品添加物、農薬、化学肥料、ホルモン剤、抗生物質の心配も全くしなくていい。なぜなら、自分の健康と安全のためには、そんなものは必要ないからである。
荒地になったタダ同然の畑から、豊かな恵みをわたしたちに産出してくれるなら、今後農地はダイヤモンドよりも貴重な宝物になるに違いない。
わたしたち日本人には、2000年以上の農耕民族の血(DNA)が流れているのである。世界で最も優れた農耕民族であり、魚捕りにも長けた選民なのである。だから、最先端の技術に20年、30年没頭した人ほど、だんだんと農業に目覚めてくるのではなかろうか。なぜなら、そこにこそ、本当に人類に必要な技術を活かせる道があるからだとわたしは思うのである。
世界の人口の中の、約3分の1の人が飢えで苦しんでいると言われる。技術の無い人たち、食料の無い人たちには、農産物を生産する力はない。
そして、人類を幸福に導くことは不可能である。
水の無いところでは作物はできない。土の無いところでは作物はできない。
灼熱の地獄でも、極寒の地獄でも作物を作ることはできない。
四季を織りなす豊かな太陽の恵みが必要なのである。
そして、豊かな森無くして、作物を育てることも、魚を育てることもできない。
日本はこよなく神々に愛されている地上の楽園なのである。
もっともっとこの豊かな大地を大事にしようではないか!
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