あれから6年
こんにちは。
東日本大震災から6年が経ちました。
ガタガタだった道路もきれいになりました。
(正確には、幾度も掘り返しては道路の場所をかえてた)
テトラを追加し、防潮堤も高くなりました。
高さ足りないとは思いますけど。
NHKも来てました。
夕方のニュースで放送でしょうね。
全国で、福島からの避難者に対するいじめが明るみになりましたが、地域性もあったりしませんか?
小学校にも中学校にも避難者が転校してきましたが、いじめはありませんでした。
むしろ仲良くなりすぎて、福島ではなく、こっちで進学したり。
長男はよくお弁当食べられてたし。
(ちょっとちょうだい♪と言って、半分食べちゃうとか)
福島ほどではなくても、放射線レベルが高く、他人事ではないと子供たちも分かっていたからかな。
「放射能がうつる」なんて誤解をする人もいなかったし。
賠償金についても、誰も何も聞かないし、言わないし。
どちらかというと、賠償金をもらえなかった某福島県民の方がどうなのよ?って考えの人いたし。
知ってますか?
原発が近くにあると「原発立地なんちゃらかんちゃら」って交付金がもらえます。(昔すぎて覚えてない)
土地を提供してたり、数百メートルしか離れてないと多くもらえるのかどうか知りませんが、7キロ地点で年間一万円でしたけどね。
これを、数千万単位で貰ってると勘違いしてる人もいるので、どうか訂正してください。
(この勘違いで、私も嫌な思いしたことはある)
原発から遠く、どんなもんか分からない地域の人と、ある程度原発が近く、明日は我が身と思える地域の人の考え方の違いもあるんだろうな。
子供たちとは、「ここに避難してくれば楽しくやれたのにね。避難場所間違えちゃったね」と話してました。
北と南で原発事故が同時に起きた場合、避難対象にならず、完全な陸の孤島とかすこの地。
まさに、明日は我が身です。