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再生核研究所

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2021.04.23
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カテゴリ:カテゴリ未分類
2021.4.23.07:26 90分山を巡ってきた、理想的なタケノコを収穫した。多くは猪が穴を掘り、荒らしている。 この声明全体を精読、良い。 私は、その時生きていてその様に思った。 先の声明構想がタケノコのように湧いてくる気配。 妥協はしない。真実は数学界と人類の名誉にかけて明らかにされ、世界史は進化しなければならない。


再生核研究所声明 617(2021.4.23):  ゼロ除算の理解を求める ― マスコミ関係者にお願い

次は ゼロ除算の理解の遅れについて

再生核研究所声明 614(2021.3.28) 数学通信の記事の修正を求める理由、日本の文化、数学界の様子、社会の様子; 日本数学会、マスコミ関係者の皆さま、これで良いでしょうか。

に言及されている内容です:

それで、今でもインターネットの世界では不適当な情報で溢れていると考えられる。世の常識は 数学界の汚点であると考える:

{\it Here is how I see the problem with prohibition on division by zero,
which is the biggest scandal in modern mathematics as you rightly pointed
out} (2017.10.14.08:55).

そのような状況は、数学界とマスコミ界の怠慢、恥になると考えます。

と述べて 数学界とマスコミ界を批判するような表現になっている。 そこで、特にマスコミ関係者に説明を行い、希望を具体的に表現したい。
まずは ゼロ除算の新しい数学は、数学の基礎と数学教育の基本に関わることで、しかも 日本発の世界的な文化の貢献になると考えられ、大きな一般的な話題であることに触れたい。実際、小学校から大学までの基礎数学の変更が 要求され、更に歴史的な世界観の変更に繋がると考えられている。
その内容については 厖大な資料を提供してきており、多くは公開されている。招待国際会議ビデオ講演を公開、著書さえ出版し、イギリスからその専門国際雑誌の創刊が進められている。
マスコミの方に その様な専門的な事の内容に議論して頂くことは考えず、 問題は 世の基本的な問題を数学界に働きかけているにも関わらず、数学界の無視したような学界の在りようの是非を問い、 真実を明らかにすべく、社会の話題として、広く議論して欲しいとの マスコミの在りようを問うています。
上記声明614で 詳しく述べていますが、数学界の在りようはおかしくはないでしょうか。数学界の基本的な問題を提起しているにも関わらず、責任者達が真面に取り合わず 無視どころか、中傷するさまさえ 現れています。数学の世界が権威主義になっていることを認めず、数学の実体的な存在を確信している者としては 無視されている私が、日本数学会の名誉会員であり、アメリカ数学会名誉会員でもあり、日本数学界評議員経験者で 国立大学の名誉教授であることには触れたくはなかった。
しかしながら、公然とした無視した在りようは 日本数学会(界)の歴史的な汚点になり、国益をも著しくそこなうことになると考えます。
内容は、極めて基本的で、小学生から高校生の楽しい話題にもなるもので、話題を社会の問題としてとりあげ、楽しく 世にも珍しい新しい発見、ゼロ除算の話題を 世界の話題として日本から発信し、 コロナ禍の暗い世相を吹き飛ばしたい。今こそ、日本国は世界の文化に貢献すべき絶好の機会であると考えます。 ― 令和革新の大義。

マスコミ関係者は 素人でも分る初歩的な 数学の問題を楽しく 取り上げ、数学界のおかしな在りようも明らかにし、日本文化の後進性などにも光を与え、多様な文化の発展に貢献できるものと考えます。

まずは 声明614を参照して そのきっかけを 掴んで頂ければ幸です。

                               以 上

2021.4.21.14;58 マスコミ関係者が分らない、数学界の問題にということではなく、そのような大きな話題が存在する その事実を取り上げて欲しいとの発想で、声明構想が湧いた。 マスコミは 真相を 話題にして明かにする努力をして欲しい ということ。 学界が閉鎖的で、議論できない状況を打破して欲しい ということ。
2021.4.21.18:25 そんなにおかしくはないが。
2021.4.22.05:04 そんなにおかしくない、活かせるかも知れない。
2021.3.22.07:10 90分山を巡ってくる。タケノコが結構出始めていた。 これは素直だが公表しても良いものだろうか。 大体固まっている。 正方向からの表現が良いが、どんどん素直な真実を求める表現も良い。
今朝のブログ:
2021.4.24.4時
それで真実を、真理を求めていると 言えるでしょうか。教育者と言えるでしょうか。

大体の習慣で目を覚ました。ところが次の考えで目を覚ました。
間違いを修正しない数学者たち、恥ずかしい数学を修正しない数学界:

円の中心の鏡像は 無限遠点であるという。 それでは、 どこに円が在っても、円の中心の鏡像は 無限遠点であるとなってしまう。 ゼロ除算は、円の中心は 
中心自身であること を述べている。 球面でも同じであるが、 球面が鏡ならば 中心から光が出れば 中心に戻るのではないだろうか。 鏡像の間違いは、 ユークリッド、 ブラーマグプタ、すなわち数学の基礎の欠陥を 歴然と示している。 ゼロ除算の本質である。 それゆえに、日本数会機関誌 数学通信の記事の修正を求めているが、1年を越えても無視を 続けている。 恥ずかしいことではないだろうか。
ところが、論文、招待国際会議、数学会でも繰り返し講演、発表し、著書も出版、 専門国際雑誌を創刊しようというのに 修正しない。 迫っても修正しない数学者たち、可笑しいのではないでしょうか。 それで真実を、真理を求めていると 言えるでしょうか。教育者と言えるでしょうか。

鏡像が ゼロであることは、 ゼロ除算発見の 1丁目1番地の 最も大事な観点で、 発見 そのものです。 同時に 従来数学は間違いであるという論点です。 超古典的な結果に間違いがあるです。 小松先生たちの書かれた 本、 私にとっては 聖典、志した もとに 間違いがあるということです。アルフォース など の古典も そうですね。 
序ですが、
D. H. Armitage and S. J. Gardiner :  Classical Potential Theory
では 鏡像を深く扱っているのですが、原点の鏡像は 注意深く 触れていません。 それは、無限遠点を避けているようです。
しかし、考えてみたら、鏡像のおかしさは そんなに難しくない 当たり前のように思います。
厳格に考えて下さい。 先生は 自身で触れられているようにさえ 見えます。
近づいていったら 近づいて行った。 無限大に。
近づいて行った先の原点の値と それは厳密に関係あるでしょうか。
不幸にして、原点での値は ゼロだった。 値はゼロである。 それが先生も導びかれている。
ここ何かおかしくはないでしょうか。
無限大、無限遠点とは何でしょうか。  アラユル コンパクト 集合の 外にある点です。 そのような点 存在するのでしょうか。 どこに存在するのでしょうか?
その様な存在、 実体と言えるでしょうか。
無限大や無限遠点は 極限の概念で定義され、値ではなく、ある状況を表して居る のではないでしょうか。
ある優秀な畏れ多い先生の言葉が思い出されます。
原点に近づくとき、いくらでも大きくなる。しかし、それは 原点の値と一致する必要はない です。
従来数学は、特異点の外での数学、ゼロ除算算法の数学は 特異点でも考える数学。 それゆえに お互いに独立で矛盾しない。ゼロ除算は新しい世界です。 ですから、従来数学におかしいことはないのですが、鏡像だけは 考えてはならない筈の特異点で言明し、それは新しい数学と矛盾するという 事実をもたらしました。これがゼロ除算の原形です。
考えてはならないところが 埋まるのですから、数学は美しく 完全化されます。
そればかりか、日々新しい現象を発見しています。 全く新規な 驚嘆すべき結果を どんどん導いています。
私は コーシー時代のような活力ある時代を迎えると思います。
????
?????
鏡像をはっきりさせて下さい。
私は、古典数学に間違いがある と宣言しています。
2021.4.22.09:30
2021.4.22.14:10 良い。終末を迎える準備をしているのは歴然である。
2021.4.22.19:10 良いか? 良いとも感じられる。
2021.4.23.04:46 全て精読した。 全て良く真実である。私はこの時、完全な表現を得たと感じた。そこで、完成、公表することとした。
2021.4.23.07:26 90分山を巡ってきた、理想的なタケノコを収穫した。多くは猪が穴を掘り、荒らしている。 この声明全体を精読、良い。 私は、その時生きていてその様に思った。 先の声明構想がタケノコのように湧いてくる気配。 妥協はしない。真実は数学界と人類の名誉にかけて明らかにされ、世界史は進化しなければならない。






Last updated  2021.04.23 09:35:34
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再生核研究所声明617(2021.4.23):  ゼロ除算の理解を求める ― マスコミ関係者にお願い

次は ゼロ除算の理解の遅れについて

再生核研究所声明 614(2021.3.28) 数学通信の記事の修正を求める理由、日本の文化、数学界の様子、社会の様子; 日本数学会、マスコミ関係者の皆さま、これで良いでしょうか。

に言及されている内容です:

それで、今でもインターネットの世界では不適当な情報で溢れていると考えられる。世の常識は 数学界の汚点であると考える:

{\it Here is how I see the problem with prohibition on division by zero,
which is the biggest scandal in modern mathematics as you rightly pointed
out} (2017.10.14.08:55).

そのような状況は、数学界とマスコミ界の怠慢、恥になると考えます。

と述べて 数学界とマスコミ界を批判するような表現になっている。 そこで、特にマスコミ関係者に説明を行い、希望を具体的に表現したい。
まずは ゼロ除算の新しい数学は、数学の基礎と数学教育の基本に関わることで、しかも 日本発の世界的な文化の貢献になると考えられ、大きな一般的な話題であることに触れたい。実際、小学校から大学までの基礎数学の変更が 要求され、更に歴史的な世界観の変更に繋がると考えられている。
その内容については 厖大な資料を提供してきており、多くは公開されている。招待国際会議ビデオ講演を公開、著書さえ出版し、イギリスからその専門国際雑誌の創刊が進められている。
マスコミの方に その様な専門的な事の内容に議論して頂くことは考えず、 問題は 世の基本的な問題を数学界に働きかけているにも関わらず、数学界の無視したような学界の在りようの是非を問い、 真実を明らかにすべく、社会の話題として、広く議論して欲しいとの マスコミの在りようを問うています。
上記声明614で 詳しく述べていますが、数学界の在りようはおかしくはないでしょうか。数学界の基本的な問題を提起しているにも関わらず、責任者達が真面に取り合わず 無視どころか、中傷するさまさえ 現れています。数学の世界が権威主義になっていることを認めず、数学の実体的な存在を確信している者としては 無視されている私が、日本数学会の名誉会員であり、アメリカ数学会名誉会員でもあり、日本数学界評議員経験者で 国立大学の名誉教授であることには触れたくはなかった。
しかしながら、公然とした無視した在りようは 日本数学会(界)の歴史的な汚点になり、国益をも著しくそこなうことになると考えます。
内容は、極めて基本的で、小学生から高校生の楽しい話題にもなるもので、話題を社会の問題としてとりあげ、楽しく 世にも珍しい新しい発見、ゼロ除算の話題を 世界の話題として日本から発信し、 コロナ禍の暗い世相を吹き飛ばしたい。今こそ、日本国は世界の文化に貢献すべき絶好の機会であると考えます。 ― 令和革新の大義。

マスコミ関係者は 素人でも分る初歩的な 数学の問題を楽しく 取り上げ、数学界のおかしな在りようも明らかにし、日本文化の後進性などにも光を与え、多様な文化の発展に貢献できるものと考えます。

まずは 声明614を参照して そのきっかけを 掴んで頂ければ幸です。

                               以 上

2021.4.21.14;58 マスコミ関係者が分らない、数学界の問題にということではなく、そのような大きな話題が存在する その事実を取り上げて欲しいとの発想で、声明構想が湧いた。 マスコミは 真相を 話題にして明かにする努力をして欲しい ということ。 学界が閉鎖的で、議論できない状況を打破して欲しい ということ。
2021.4.21.18:25 そんなにおかしくはないが。
2021.4.22.05:04 そんなにおかしくない、活かせるかも知れない。
2021.3.22.07:10 90分山を巡ってくる。タケノコが結構出始めていた。 これは素直だが公表しても良いものだろうか。 大体固まっている。 正方向からの表現が良いが、どんどん素直な真実を求める表現も良い。
今朝のブログ:
2021.4.24.4時
それで真実を、真理を求めていると 言えるでしょうか。教育者と言えるでしょうか。

大体の習慣で目を覚ました。ところが次の考えで目を覚ました。
間違いを修正しない数学者たち、恥ずかしい数学を修正しない数学界:

円の中心の鏡像は 無限遠点であるという。 それでは、 どこに円が在っても、円の中心の鏡像は 無限遠点であるとなってしまう。 ゼロ除算は、円の中心は 
中心自身であること を述べている。 球面でも同じであるが、 球面が鏡ならば 中心から光が出れば 中心に戻るのではないだろうか。 鏡像の間違いは、 ユークリッド、 ブラーマグプタ、すなわち数学の基礎の欠陥を 歴然と示している。 ゼロ除算の本質である。 それゆえに、日本数会機関誌 数学通信の記事の修正を求めているが、1年を越えても無視を 続けている。 恥ずかしいことではないだろうか。
ところが、論文、招待国際会議、数学会でも繰り返し講演、発表し、著書も出版、 専門国際雑誌を創刊しようというのに 修正しない。 迫っても修正しない数学者たち、可笑しいのではないでしょうか。 それで真実を、真理を求めていると 言えるでしょうか。教育者と言えるでしょうか。

鏡像が ゼロであることは、 ゼロ除算発見の 1丁目1番地の 最も大事な観点で、 発見 そのものです。 同時に 従来数学は間違いであるという論点です。 超古典的な結果に間違いがあるです。 小松先生たちの書かれた 本、 私にとっては 聖典、志した もとに 間違いがあるということです。アルフォース など の古典も そうですね。 
序ですが、
D. H. Armitage and S. J. Gardiner :  Classical Potential Theory
では 鏡像を深く扱っているのですが、原点の鏡像は 注意深く 触れていません。 それは、無限遠点を避けているようです。
しかし、考えてみたら、鏡像のおかしさは そんなに難しくない 当たり前のように思います。
厳格に考えて下さい。 先生は 自身で触れられているようにさえ 見えます。
近づいていったら 近づいて行った。 無限大に。
近づいて行った先の原点の値と それは厳密に関係あるでしょうか。
不幸にして、原点での値は ゼロだった。 値はゼロである。 それが先生も導びかれている。
ここ何かおかしくはないでしょうか。
無限大、無限遠点とは何でしょうか。  アラユル コンパクト 集合の 外にある点です。 そのような点 存在するのでしょうか。 どこに存在するのでしょうか?
その様な存在、 実体と言えるでしょうか。
無限大や無限遠点は 極限の概念で定義され、値ではなく、ある状況を表して居る のではないでしょうか。
ある優秀な畏れ多い先生の言葉が思い出されます。
原点に近づくとき、いくらでも大きくなる。しかし、それは 原点の値と一致する必要はない です。
従来数学は、特異点の外での数学、ゼロ除算算法の数学は 特異点でも考える数学。 それゆえに お互いに独立で矛盾しない。ゼロ除算は新しい世界です。 ですから、従来数学におかしいことはないのですが、鏡像だけは 考えてはならない筈の特異点で言明し、それは新しい数学と矛盾するという 事実をもたらしました。これがゼロ除算の原形です。
考えてはならないところが 埋まるのですから、数学は美しく 完全化されます。
そればかりか、日々新しい現象を発見しています。 全く新規な 驚嘆すべき結果を どんどん導いています。
私は コーシー時代のような活力ある時代を迎えると思います。
????
?????
鏡像をはっきりさせて下さい。
私は、古典数学に間違いがある と宣言しています。
2021.4.22.09:30
2021.4.22.14:10 良い。終末を迎える準備をしているのは歴然である。
2021.4.22.19:10 良いか? 良いとも感じられる。
2021.4.23.04:46 全て精読した。 全て良く真実である。私はこの時、完全な表現を得たと感じた。そこで、完成、公表することとした。






Last updated  2021.04.23 04:50:17
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金子晃先生:

ご無沙汰しています。 コロナ禍で世相が暗く、人生でそのような状況は予想されませんでした。

幸い山中に自宅があり、鹿や猪の捕獲などの遊びをして気分転換、自然に溶け込んだ生活を送っています。 最近、狐を立て続けに捕獲して興奮しました。 この辺で狐の発見は 珍しいからです。

ところでゼロ除算の研究、一応順調に進み、出版社の勧めで急に本が添付の様に出版され、イギリスの出版社の勧めで、ゼロ除算算法の国際雑誌を創刊することになりました。 それが現在の大きな仕事です。

著書では先生の本が 3箇所引用され(索引を見て下さい) 先生の面白い記述、全てゼロ除算できちんと解釈できるようになっています。

深いところで佐藤超関数と関係があるのですが、能力不足と超関数関係者の交流ができないことも有って、これらの研究は、私の世代では 残念ですができない状況です。

引用させて頂いているので、謝意を込めて、ご報告させて頂きます。

敬具
齋藤三郎
2021.4.22.






Last updated  2021.04.23 04:32:08
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球面の鏡、中心で光を発したら、中心に戻るのではないでしょうか?

ある方への 一部:

さて、既に述べていますように 私は東工大で 数学の指導を小松勇作先生 の下で受けました。 それが論理に厳格で、泣き出してしまった院生の話が残っています。 私などは当時、小松先生は 天皇くらい偉い方 と考え、ゼミナールは 真剣勝負で臨んでいました。 本当に命を懸けてですね。
鏡像が ゼロであることは、 ゼロ除算発見の 1丁目1番地の 最も大事な観点で、 発見 そのものです。 同時に 従来数学は間違いであるという論点です。 超古典的な結果に間違いがあるです。 小松先生たちの書かれた 本、 私にとっては 聖典、志した もとに 間違いがあるということです。アルホース など の古典も そうですね。 序ですが、

D. H. Armitage and S. J. Gardiner :  Classical Potential Theory

では 鏡像を深く扱っているのですが、原点の鏡像は 注意深く 触れていません。 それは、無限遠点を避けているようです。

しかし、考えてみたら、鏡像のおかしさは そんなに難しくない 当たり前のように思います。
厳格に考えて下さい。 先生は 自身で触れられているようにさえ 見えます。
近づいていったら 近づいて行った。 無限大に。

近づいて行った先の原点の値と それは厳密に関係あるでしょうか。

不幸にして、原点での値は ゼロだった。 値はゼロである。 それが先生も導びかれている。
ここ何かおかしくはないでしょうか。
無限大、無限遠点とは何でしょうか。  アラユル コンパクト 集合の 外にある点です。 そのような点 存在するのでしょうか。 どこに存在するのでしょうか?
その様な存在、 実体と言えるでしょうか。
無限大や無限遠点は 極限の概念で定義され、値ではなく、ある状況を表して居る のではないでしょうか。

ある優秀な畏れ多い先生の言葉が思い出されます。
原点に近づくとき、いくらでも大きくなる。しかし、それは 原点の値と一致する必要はない です。

従来数学は、特異点の外での数学、ゼロ除算算法の数学は 特異点でも考える数学。 それゆえに お互いに独立で矛盾しない。ゼロ除算は新しい世界です。 ですから、従来数学におかしいことはないのですが、鏡像だけは 考えてはならない筈の特異点で言明し、それは新しい数学と矛盾するという 事実をもたらしました。これがゼロ除算の原形です。

考えてはならないところが 埋まるのですから、数学は美しく 完全化されます。
そればかりか、日々新しい現象を発見しています。 全く新規な 驚嘆すべき結果を どんどん導いています。
私は コーシー時代のような活力ある時代を迎えると思います。
????
?????
鏡像をはっきりさせて下さい。
私は、古典数学に間違いがある と宣言しています。

敬具
齋藤三郎
2021.4.19.4:38






Last updated  2021.04.23 04:18:14
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2021.04.22
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どうしても気になる今朝のブログ記事:

今朝のブログ:
2021.4.24.4時
それで真実を、真理を求めていると 言えるでしょうか。教育者と言えるでしょうか。


大体の習慣で目を覚ました。ところが次の考えで目を覚ました。
間違いを修正しない数学者たち、恥ずかしい数学を修正しない数学界:

円の中心の鏡像は 無限遠点であるという。 それでは、 どこに円が在っても、円の中心の鏡像は 無限遠点であるとなってしまう。 ゼロ除算は、円の中心は 
中心自身であること を述べている。 球面でも同じであるが、 球面が鏡ならば 中心から光が出れば 中心に戻るのではないだろうか。 鏡像の間違いは、 ユークリッド、 ブラーマグプタ、すなわち数学の基礎の欠陥を 歴然と示している。 ゼロ除算の本質である。 それゆえに、日本数会機関誌 数学通信の記事の修正を求めているが、1年を越えても無視を 続けている。 恥ずかしいことではないだろうか。
ところが、論文、招待国際会議、数学会でも繰り返し講演、発表し、著書も出版、 専門国際雑誌を創刊しようというのに 修正しない。 迫っても修正しない数学者たち、可笑しいのではないでしょうか。 それで真実を、真理を求めていると 言えるでしょうか。教育者と言えるでしょうか。

鏡像が ゼロであることは、 ゼロ除算発見の 1丁目1番地の 最も大事な観点で、 発見 そのものです。 同時に 従来数学は間違いであるという論点です。 超古典的な結果に間違いがあるです。 小松先生たちの書かれた 本、 私にとっては 聖典、志した もとに 間違いがあるということです。アルホース など の古典も そうですね。 序ですが、
D. H. Armitage and S. J. Gardiner :  Classical Potential Theory
では 鏡像を深く扱っているのですが、原点の鏡像は 注意深く 触れていません。 それは、無限遠点を避けているようです。
しかし、考えてみたら、鏡像のおかしさは そんなに難しくない 当たり前のように思います。
厳格に考えて下さい。 先生は 自身で触れられているようにさえ 見えます。
近づいていったら 近づいて行った。 無限大に。
近づいて行った先の原点の値と それは厳密に関係あるでしょうか。
不幸にして、原点での値は ゼロだった。 値はゼロである。 それが先生も導びかれている。
ここ何かおかしくはないでしょうか。
無限大、無限遠点とは何でしょうか。  アラユル コンパクト 集合の 外にある点です。 そのような点 存在するのでしょうか。 どこに存在するのでしょうか?
その様な存在、 実体と言えるでしょうか。
無限大や無限遠点は 極限の概念で定義され、値ではなく、ある状況を表して居る のではないでしょうか。
ある優秀な畏れ多い先生の言葉が思い出されます。
原点に近づくとき、いくらでも大きくなる。しかし、それは 原点の値と一致する必要はない です。
従来数学は、特異点の外での数学、ゼロ除算算法の数学は 特異点でも考える数学。 それゆえに お互いに独立で矛盾しない。ゼロ除算は新しい世界です。 ですから、従来数学におかしいことはないのですが、鏡像だけは 考えてはならない筈の特異点で言明し、それは新しい数学と矛盾するという 事実をもたらしました。これがゼロ除算の原形です。
考えてはならないところが 埋まるのですから、数学は美しく 完全化されます。
そればかりか、日々新しい現象を発見しています。 全く新規な 驚嘆すべき結果を どんどん導いています。
私は コーシー時代のような活力ある時代を迎えると思います。
????
?????
鏡像をはっきりさせて下さい。
私は、古典数学に間違いがある と宣言しています。
2021.4.22.09:30






Last updated  2021.04.22 10:43:29
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この声明と、もっときつい声明案を精読くした。
もちろん真実は、追求されなければならない。 激しい情念が湧いてきた。

この声明の先の素案を作成した:

真実は 明かにされなければならない。 数学の真実 である。
数学者として、もちろん曖昧にはできない。 熱情が湧いてきた。

再生核研究所声明 614(2021.3.28) 数学通信の記事の修正を求める理由、日本の文化、数学界の様子、社会の様子; 日本数学会、マスコミ関係者の皆さま、これで良いでしょうか。

要するに日本数学会の1つの機関誌の 数学の内容の修正を 正規に要求しているものの無視され続けている現状がある。 この実情を参考に関係問題について より良い社会を築こうとして発表している再生核研究所声明の趣旨に従って言及したい。

まずは、日本数学会、マスコミ関係者の皆さま 日本では 言論の自由が 良く保証されていますね。少数意見なども 良く取り上げられ 権力的な また一部の人達によって 一部の人達の情報の扱いにされていませんね。 出身や地位、生い立ち、性別、出身大学などいろいろな違いで、意見が無視されたりは されてはいないですね。 組織や仲間の事は もちろん大事ですが、基本的には、国や世界のために、という、言わば社会のためにという、基本的な姿勢を取られていますね。少数意見には貴重な意見が反映されている場合も多いと思われますが、貴重な意見を取り上げるような努力もされていますね。

数学通信、編集員会への手紙 では、日本数学会への提言、数学教育など数学界に関係する提言、ご意見を編集員会への手紙欄へ投稿することができますとうたっていますが、採用されたことはあるのでしょうか。 採否は通知しませんとは 原則尊重で、採択が 原則ではないでしょうか。 下手に扱えば検閲に当たってしまうのではないでしょうか。理由も付けずに採否では、少数意見の尊重にはならないのではないでしょうか。その投稿規定は 何のために有るのでしょうか。

数学や数学界の名誉のために という観点から触れている問題は 大事ではないでしょうか。

良い社会、良い国家を 築くために、 また 数学の真実を 明かにして 世界の文化に 貢献したいという 存念で 発表している 声明

再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見える

等を どうして無視されるのでしょうか。それは 大事な内容ではないでしょうか。真偽を明かにして欲しい。

意味が無いから 小さいから 無視されていると考えられます。それゆえに 日々、広く内外の意見を求め、反省と検討を 続けています。

逆に、私たちには、どうでもよい研究や情報に溢れているように見えてしまいます。
触れた記事内容は、鏡像が 原点か 無限遠点かの問題で 数学の歴然とした結果の真偽を まず、明らかにする様に要求しています。それは、象徴的な実例で、ところがその数学は 永い数学の歴史的な問題、ゼロ除算の新しい発見と、数学全般の基礎に関わる極めて重要な内容ですので、無視できないものです。その背景には、既に 発見後7年も経ち、繰り返し日本数学会で講演し、招待国際会議でも講演、ある招待国際会議のビデオ講演も公開し、論文どころか その著書さえ出版されています。それらでは 数学通信の数学内容が間違いであることを意味する 解説さえ述べられています。その事実を否定する内容に 数学通信の記事がなっていると考えます。このことは 世界の数学界ばかりではなく、人類の恥であると 繰り返し、述べています。
ですから、その真偽を求めるは、数学者として当然であると考えます。

ゼロ除算の理解の遅れの状況の理由について 率直な印象を 世界の文化の向上の観点から触れたい。

ゼロ除算は、まずは不可能であるとの強い印象で、思い込みで、初めから拒否の印象が 強く、独断、思い込みから抜けられない人間の性(サガ)が現れている。自由な思考が大事な数学で 逆に思い込みが 深い。

途中で分っても 誤りを直すことをためらい、誤りを認めたり、批判しておきながら謝罪しない現実がある。なかには 良く知らないで、隠れて批判したり、都合が悪くなると沈黙してしまう 言わば、卑怯者のような対応を取られる方も結構多い。相当な人と交流してきたが、率直に誤りを認めた方は少なく、更に謝罪された方は更に少ない。それで、今でもインターネットの世界では不適当な情報で溢れていると考えられる。世の常識は 数学界の汚点であると考える:

{\it Here is how I see the problem with prohibition on division by zero,
which is the biggest scandal in modern mathematics as you rightly pointed
out} (2017.10.14.08:55).

そのような状況は、数学界とマスコミ界の怠慢、恥になると考えます。

大事な盲点であったと 良く理解された方が、数学を進化させるべきだとは 積極的には働きかけず、次の世代の問題と消極的である。 ー これはあまりにも大きな変更になるので、という面と 理解の深さに欠けているためと考えられる。ー 変更は簡単であるが、学術書の変更は厖大になる。 新規の数学で欠けたる部分が補充されるから、新しい結果を含めなくても 修正は厖大になる。しかし、真理を知っても 活かさない。 ー 義をみてせざるは勇なきなり。真智への愛の弱さ、真理を、真実を尊ぶ心の弱さ を感じてしまう。

残念ながら、課題のためか、無名のためか、数学の内容を見ることなく、無視されてしまう、初めから相手にされない現実もある。確かにゼロ除算の文献は 殆どすべてがおかしいものが 多いことと、不可能性は確定的だから、初めから、問題にしない気持ちは良くわかる。しかしながら、 非ユークリッド幾何学の発見のような場合もあり、実際、正しく、そのような場合に当たると考えられる。 ー しかし、数学自身を見るべきで 人で判断するのは 本質的に良くないのではないでしょうか。それでは科学的な精神に 本質的に欠けると言わざるを得ない。また、多様な意見や、変った意見、新奇な意見の尊重は 研究者の基本的な在りよう ではないでしょうか。

また、真理の追究のために、徹底的に議論するは 大事な研究の基本的な精神のはずですが、直ぐに議論を停止して、興味ない、関心ない、交流を断絶させる、相手の意見を無視するは 良くない世相ではないでしょうか。真実を求めて、徹底的に議論、交流するは 研究上極めて基本的な在りようではないでしょうか。

どうも数学界でも面子争い、競争意識、仲間利益の意識が強く、驚くべきことに 数学の真理の追究を越えて、数学界を 良くなくしているような世相を感じる。数学界こそ 真智への愛の精神が 大事ではないでしょうか。徹底的に 数学の真相を求めて行きたい。数学界は社会に開かれていなければならないと考える。

最近、東工大で 院生時代、修業時代、受けた 小松勇作先生、小沢満先生、吹田先生達のセミナーの情景がしきりに思い出される。一言で表現すれば、数学の厳格精神で、徹底的に鍛えられた、懐かしい修行時代である。 このようなだらしのない数学の状況、数学界の対応では 恩師たちに 申し訳が立たず、名誉が保てない と現状について 激しい思いが絶えず湧いてくる。

令和革新を 断行して 今こそ、日本発のゼロ除算算法で 世界史を進化させたい。アリストテレス、ユークリッド以来の空間の考えは改められ、微積分学も修正されなければならない。三角関数も穴だらけと言える。顕著な具体例が 原点の鏡像は原点であって、無限遠点ではないという事実にある。

ブログから:
真偽を明らかにできない数学会とは 何をするところか。
間違っていることを修正できないで、数学の研究者、数学の先生 と言えるでしょうか。
これを修正しない数学界は 毎日恥をかいているようだ。 目覚めて少し、激しい感情が 湧いてきた。 修業のため 隠れ家に早めに行こう。
2021.3.26.5:02

無限遠点、無限の先に ゼロが存在した。 気づかなかった。
小さな問題に見えるが、天地がひっくり変えるような、天動説が地動説に代わるような 世界史上の事件であることは 既に 歴然である。
2021.3.25.5:28
 
                                以 上

2021.3.26.20:40 突然書くことを閃き、一気に書く。
2021.3.27.05:20 曇りの朝、相当形になっている。 素直な表現だが、素直に表現しても良いものだろうか。
2021.3.27.09:00 修正、書き加える。内容は真実である。 率直な精神である。朝食前2時間山遊び、 再び 山を巡って来よう。 花盛り、新芽がふき出す。
2021.3.27.11:06 秘密基地、隠れ家を巡って来る。 季節の大きな変化を感じる。 これは良い。
2021.3.27.14:10 良い。 良いか?
2021.3.27.15:20 良い、花盛り、美しい季節。もし 明日無いとすると、 遺言に残したいと思うだろう。 あの方の状況はどうだろうかと気になっている。後悔の無いようにしたい。
2021.3.27.19:44 良い、明朝完成、公表する。
2021.3.28.04:30 良い、完成できる。 無視される方に送っても仕方が無い。卑怯者にはなりたくない。意識してきた、神の存在と信仰には数学は 貢献するだろう。数学の存在と神の存在を結び付けると 世間の笑い者になるだろう。新思想には先が続いている。
2021.3.28.05:23 良い、完成公表。隠れ家に出かける。
2021.3.29.05:40 雨上がりの美しい朝、これは真実である。世界史に向かって訴えて行きたい。
2021.3.29.21:45 良い、前の川に大きなガマガエルを発見した。良く生きていると畏敬の念が湧いてきた。柿、山椒の芽なども出始める。
2021.4.17.20:10 良い、これは真実である。 もっともなことである。終日小雨。






Last updated  2021.04.22 09:54:32
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2021.4.24.4時
それで真実を、真理を求めていると 言えるでしょうか。教育者と言えるでしょうか。


大体の習慣で目を覚ました。ところが考えで目を覚ました。
間違いを修正しない数学者たち、恥ずかしい数学を修正しない数学界:

円の中心の鏡像は 無限遠点であるという。 それでは、 どこに円が在っても、円の中心の鏡像は 無限遠点であるとなってしまう。 ゼロ除算は、円の中心は 
中心自身であること を述べている。 球面でも同じであるが、 球面が鏡ならば 中心から光が出れば 中心に戻るのではないだろうか。 鏡像の間違いは、 ユークリッド、 ブラーマグプタ、すなわち数学の基礎の欠陥を 歴然と示している。 ゼロ除算の本質である。 それゆえに、日本数会機関誌 数学通信の記事の修正を求めているが、1年を越えても無視を 続けている。 恥ずかしいことではないだろうか。
ところが、論文、招待国際会議、数学会でも繰り返し講演、発表し、著書も出版、 専門国際雑誌を創刊しようというのに 修正しない。 迫っても修正しない数学者たち、可笑しいのではないでしょうか。 それで真実を、真理を求めていると 言えるでしょうか。教育者と言えるでしょうか。

鏡像が ゼロであることは、 ゼロ除算発見の 1丁目1番地の 最も大事な観点で、 発見 そのものです。 同時に 従来数学は間違いであるという論点です。 超古典的な結果に間違いがあるです。 小松先生たちの書かれた 本、 私にとっては 聖典、志した もとに 間違いがあるということです。アルホース など の古典も そうですね。 序ですが、
D. H. Armitage and S. J. Gardiner :  Classical Potential Theory
では 鏡像を深く扱っているのですが、原点の鏡像は 注意深く 触れていません。 それは、無限遠点を避けているようです。
しかし、考えてみたら、鏡像のおかしさは そんなに難しくない 当たり前のように思います。
厳格に考えて下さい。 先生は 自身で触れられているようにさえ 見えます。
近づいていったら 近づいて行った。 無限大に。
近づいて行った先の原点の値と それは厳密に関係あるでしょうか。
不幸にして、原点での値は ゼロだった。 値はゼロである。 それが先生も導びかれている。
ここ何かおかしくはないでしょうか。
無限大、無限遠点とは何でしょうか。  アラユル コンパクト 集合の 外にある点です。 そのような点 存在するのでしょうか。 どこに存在するのでしょうか?
その様な存在、 実体と言えるでしょうか。
無限大や無限遠点は 極限の概念で定義され、値ではなく、ある状況を表して居る のではないでしょうか。
ある優秀な畏れ多い先生の言葉が思い出されます。
原点に近づくとき、いくらでも大きくなる。しかし、それは 原点の値と一致する必要はない です。
従来数学は、特異点の外での数学、ゼロ除算算法の数学は 特異点でも考える数学。 それゆえに お互いに独立で矛盾しない。ゼロ除算は新しい世界です。 ですから、従来数学におかしいことはないのですが、鏡像だけは 考えてはならない筈の特異点で言明し、それは新しい数学と矛盾するという 事実をもたらしました。これがゼロ除算の原形です。
考えてはならないところが 埋まるのですから、数学は美しく 完全化されます。
そればかりか、日々新しい現象を発見しています。 全く新規な 驚嘆すべき結果を どんどん導いています。
私は コーシー時代のような活力ある時代を迎えると思います。
????
?????
鏡像をはっきりさせて下さい。
私は、古典数学に間違いがある と宣言しています。






Last updated  2021.04.22 04:41:35
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アクセツ第1位:


雑誌創刊に当たって、 論文とは何かと 問うている:

修正版を編集員候補全員に送った。投稿した、該当者は同意した。修正を求めている:
2021.4.22.4:20

What is a paper?

1)New results should be contained.
2)They are right and, nontrivial, and they have some general interest.
3)The originality of results is important and their precise citations and proper references are also important. Fairness spirit is also important from the ideas.
4)A paper should be written in some good way.
5)The representation of the paper should be simple and compact.
6)Any trivial mistakes should be excluded.
7)A paper has to be attractive for some peoples.

However, for a survey paper, the items 1) and 2) may be escaped.
In the Short Notes, in 2-3pages, some concrete examples and opinions are well come.


What is a paper?

1)New results should be contained.
2)They are right and, nontrivial, and they have some general interest.
3)A paper should be written in some good way.
4)The representation of the paper should be simple and compact.
5)Any trivial mistakes should be excluded.
6)A paper has to be attractive for some peoples.

However, for a survey paper, the items 1) and 2) may be escaped.
In the Short Notes, in 2-3pages, some concrete examples and opinions are well comed.






Last updated  2021.04.22 04:22:06
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2021.04.21
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超古典的な結果を変えることが どんなに大変か、どんに素晴らしいことか、想像もできない程です。

あれだけ迫って議論しても 肝心な点まで行かない 事実がはっきりしました。 私たちにとっては ずっと前から 当たり前ですね。


ワクチンの件、コロナ禍は 困ったが、人類繁茂の反作用と働いていて、 仕方のないところではないでしょうか。東京の大都市、都庁など見れば、人間の行き過ぎが感じられますね。 生態系の破壊です。
ですから、耐えなければならないですね。

敬具
齋藤三郎
2021.4.21.20:14






Last updated  2021.04.21 21:53:40
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この声明の先の素案を作成した:

真実は 明かにされなければならない。 数学の真実 である。
数学者として、もちろん曖昧にはできない。 熱情が湧いてきた。

再生核研究所声明 614(2021.3.28) 数学通信の記事の修正を求める理由、日本の文化、数学界の様子、社会の様子; 日本数学会、マスコミ関係者の皆さま、これで良いでしょうか。

要するに日本数学会の1つの機関誌の 数学の内容の修正を 正規に要求しているものの無視され続けている現状がある。 この実情を参考に関係問題について より良い社会を築こうとして発表している再生核研究所声明の趣旨に従って言及したい。

まずは、日本数学会、マスコミ関係者の皆さま 日本では 言論の自由が 良く保証されていますね。少数意見なども 良く取り上げられ 権力的な また一部の人達によって 一部の人達の情報の扱いにされていませんね。 出身や地位、生い立ち、性別、出身大学などいろいろな違いで、意見が無視されたりは されてはいないですね。 組織や仲間の事は もちろん大事ですが、基本的には、国や世界のために、という、言わば社会のためにという、基本的な姿勢を取られていますね。少数意見には貴重な意見が反映されている場合も多いと思われますが、貴重な意見を取り上げるような努力もされていますね。

数学通信、編集員会への手紙 では、日本数学会への提言、数学教育など数学界に関係する提言、ご意見を編集員会への手紙欄へ投稿することができますとうたっていますが、採用されたことはあるのでしょうか。 採否は通知しませんとは 原則尊重で、採択が 原則ではないでしょうか。 下手に扱えば検閲に当たってしまうのではないでしょうか。理由も付けずに採否では、少数意見の尊重にはならないのではないでしょうか。その投稿規定は 何のために有るのでしょうか。

数学や数学界の名誉のために という観点から触れている問題は 大事ではないでしょうか。

良い社会、良い国家を 築くために、 また 数学の真実を 明かにして 世界の文化に 貢献したいという 存念で 発表している 声明

再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見える

等を どうして無視されるのでしょうか。それは 大事な内容ではないでしょうか。真偽を明かにして欲しい。

意味が無いから 小さいから 無視されていると考えられます。それゆえに 日々、広く内外の意見を求め、反省と検討を 続けています。

逆に、私たちには、どうでもよい研究や情報に溢れているように見えてしまいます。
触れた記事内容は、鏡像が 原点か 無限遠点かの問題で 数学の歴然とした結果の真偽を まず、明らかにする様に要求しています。それは、象徴的な実例で、ところがその数学は 永い数学の歴史的な問題、ゼロ除算の新しい発見と、数学全般の基礎に関わる極めて重要な内容ですので、無視できないものです。その背景には、既に 発見後7年も経ち、繰り返し日本数学会で講演し、招待国際会議でも講演、ある招待国際会議のビデオ講演も公開し、論文どころか その著書さえ出版されています。それらでは 数学通信の数学内容が間違いであることを意味する 解説さえ述べられています。その事実を否定する内容に 数学通信の記事がなっていると考えます。このことは 世界の数学界ばかりではなく、人類の恥であると 繰り返し、述べています。
ですから、その真偽を求めるは、数学者として当然であると考えます。

ゼロ除算の理解の遅れの状況の理由について 率直な印象を 世界の文化の向上の観点から触れたい。

ゼロ除算は、まずは不可能であるとの強い印象で、思い込みで、初めから拒否の印象が 強く、独断、思い込みから抜けられない人間の性(サガ)が現れている。自由な思考が大事な数学で 逆に思い込みが 深い。

途中で分っても 誤りを直すことをためらい、誤りを認めたり、批判しておきながら謝罪しない現実がある。なかには 良く知らないで、隠れて批判したり、都合が悪くなると沈黙してしまう 言わば、卑怯者のような対応を取られる方も結構多い。相当な人と交流してきたが、率直に誤りを認めた方は少なく、更に謝罪された方は更に少ない。それで、今でもインターネットの世界では不適当な情報で溢れていると考えられる。世の常識は 数学界の汚点であると考える:

{\it Here is how I see the problem with prohibition on division by zero,
which is the biggest scandal in modern mathematics as you rightly pointed
out} (2017.10.14.08:55).

そのような状況は、数学界とマスコミ界の怠慢、恥になると考えます。

大事な盲点であったと 良く理解された方が、数学を進化させるべきだとは 積極的には働きかけず、次の世代の問題と消極的である。 ー これはあまりにも大きな変更になるので、という面と 理解の深さに欠けているためと考えられる。ー 変更は簡単であるが、学術書の変更は厖大になる。 新規の数学で欠けたる部分が補充されるから、新しい結果を含めなくても 修正は厖大になる。しかし、真理を知っても 活かさない。 ー 義をみてせざるは勇なきなり。真智への愛の弱さ、真理を、真実を尊ぶ心の弱さ を感じてしまう。

残念ながら、課題のためか、無名のためか、数学の内容を見ることなく、無視されてしまう、初めから相手にされない現実もある。確かにゼロ除算の文献は 殆どすべてがおかしいものが 多いことと、不可能性は確定的だから、初めから、問題にしない気持ちは良くわかる。しかしながら、 非ユークリッド幾何学の発見のような場合もあり、実際、正しく、そのような場合に当たると考えられる。 ー しかし、数学自身を見るべきで 人で判断するのは 本質的に良くないのではないでしょうか。それでは科学的な精神に 本質的に欠けると言わざるを得ない。また、多様な意見や、変った意見、新奇な意見の尊重は 研究者の基本的な在りよう ではないでしょうか。

また、真理の追究のために、徹底的に議論するは 大事な研究の基本的な精神のはずですが、直ぐに議論を停止して、興味ない、関心ない、交流を断絶させる、相手の意見を無視するは 良くない世相ではないでしょうか。真実を求めて、徹底的に議論、交流するは 研究上極めて基本的な在りようではないでしょうか。

どうも数学界でも面子争い、競争意識、仲間利益の意識が強く、驚くべきことに 数学の真理の追究を越えて、数学界を 良くなくしているような世相を感じる。数学界こそ 真智への愛の精神が 大事ではないでしょうか。徹底的に 数学の真相を求めて行きたい。数学界は社会に開かれていなければならないと考える。

最近、東工大で 院生時代、修業時代、受けた 小松勇作先生、小沢満先生、吹田先生達のセミナーの情景がしきりに思い出される。一言で表現すれば、数学の厳格精神で、徹底的に鍛えられた、懐かしい修行時代である。 このようなだらしのない数学の状況、数学界の対応では 恩師たちに 申し訳が立たず、名誉が保てない と現状について 激しい思いが絶えず湧いてくる。

令和革新を 断行して 今こそ、日本発のゼロ除算算法で 世界史を進化させたい。アリストテレス、ユークリッド以来の空間の考えは改められ、微積分学も修正されなければならない。三角関数も穴だらけと言える。顕著な具体例が 原点の鏡像は原点であって、無限遠点ではないという事実にある。

ブログから:
真偽を明らかにできない数学会とは 何をするところか。
間違っていることを修正できないで、数学の研究者、数学の先生 と言えるでしょうか。
これを修正しない数学界は 毎日恥をかいているようだ。 目覚めて少し、激しい感情が 湧いてきた。 修業のため 隠れ家に早めに行こう。
2021.3.26.5:02

無限遠点、無限の先に ゼロが存在した。 気づかなかった。
小さな問題に見えるが、天地がひっくり変えるような、天動説が地動説に代わるような 世界史上の事件であることは 既に 歴然である。
2021.3.25.5:28
 
                                以 上

2021.3.26.20:40 突然書くことを閃き、一気に書く。
2021.3.27.05:20 曇りの朝、相当形になっている。 素直な表現だが、素直に表現しても良いものだろうか。
2021.3.27.09:00 修正、書き加える。内容は真実である。 率直な精神である。朝食前2時間山遊び、 再び 山を巡って来よう。 花盛り、新芽がふき出す。
2021.3.27.11:06 秘密基地、隠れ家を巡って来る。 季節の大きな変化を感じる。 これは良い。
2021.3.27.14:10 良い。 良いか?
2021.3.27.15:20 良い、花盛り、美しい季節。もし 明日無いとすると、 遺言に残したいと思うだろう。 あの方の状況はどうだろうかと気になっている。後悔の無いようにしたい。
2021.3.27.19:44 良い、明朝完成、公表する。
2021.3.28.04:30 良い、完成できる。 無視される方に送っても仕方が無い。卑怯者にはなりたくない。意識してきた、神の存在と信仰には数学は 貢献するだろう。数学の存在と神の存在を結び付けると 世間の笑い者になるだろう。新思想には先が続いている。
2021.3.28.05:23 良い、完成公表。隠れ家に出かける。
2021.3.29.05:40 雨上がりの美しい朝、これは真実である。世界史に向かって訴えて行きたい。
2021.3.29.21:45 良い、前の川に大きなガマガエルを発見した。良く生きていると畏敬の念が湧いてきた。柿、山椒の芽なども出始める。
2021.4.17.20:10 良い、これは真実である。 もっともなことである。終日小雨。






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