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テーマ:鉄道(21841)
カテゴリ:鹿児島本線
二日市駅(ふつかいちえき)は、福岡県筑紫野市にあるJR九州・鹿児島本線の駅。九州鉄道(初代)開業時より現存する九州最古の駅の一つでもある。
1889年(明治22年)に九州で初めて汽車が走った区間は博多駅から千歳川仮停車上駅(本当は久留米駅だったが筑後川を渡る鉄橋が間に合わなかったので筑後川手前に仮停車駅を作った)。 その間の駅は雑餉隈駅(現・南福岡駅)、二日市駅、原田駅、田代駅、鳥栖駅でこれらの駅が九州最古の駅となっている。 二日市駅は島式ホーム2面4線の設備を有する地上駅であり、互いのホームは跨線橋で連絡している。 駅本屋は太宰府天満宮をモチーフにしており駅の待合室には「梅ヶ枝餅」の店舗がある。 なお、太宰府天満宮・九州国立博物館からは離れているため、当駅からバスやタクシーで直通するか、西鉄二日市駅まで移動して西鉄太宰府線に乗り継ぐのが一般的である。 また二日市駅の西側は市が整備した都市計画道路があり、ほとんど完成しているのだが、肝心の駅とは接続されていない。 さまざまな構想が浮かんでは消えて、改札口がある駅東側とを結ぶ自由通路の建設を目指して筑紫野市とJR九州は協議中というが、ここ近年、具体的な話はすすんでいないようだ。 きれいに舗装された片側1車線の道路を進むと、「幅員減少」「徐行」「車両通行止」と看板がずらり並び、向こうに見えるのは二日市駅のホームと電車。駅手前にはロータリーらしき形もできあがっているが、しかし、残念ながら現在は西側から駅には入れないようになっている。 二日市駅のバス停の近くに忘れ去られたように「和」と刻まれてある石碑があるのだが、これはかつての総理大臣・佐藤栄作が若い頃二日市駅の駅長をしていたためである。 佐藤栄作は旧制第五高等学校(現熊本大学)、から東大法学部を卒業し鉄道省に入省したエリート。そしてエリートがゆえに1926年(大正15年)に25歳の若さで二日市駅の駅長になっている。 駅長になったといっても、その期間は約5ヶ月間だけで、いかにもキャリア官僚の現場見習いというような人事だった。佐藤栄作元首相は二日市駅の駅長を終えたあとは鳥栖運輸事務所長なども努め、鳥栖駅近くの官舎に住んでいた。 佐藤栄作は二日市駅長時代に「和」と色紙に書きそれに署名し、その色紙が二日市駅の駅長室に残っているということだが、石碑はその関連で作られたものだろう。総理大臣が駅長をつとめたのは全国でもこの二日市駅だけではないだろうか。 現在の日本の総理大臣は山口県出身の安倍晋三だが、彼の母方の祖父はかつての総理大臣・岸信介、その岸信介の5歳年下の弟が佐藤栄作だ。(岸と佐藤は苗字が違うがこれは岸が父の実家の養子となったため) 安倍晋三・総理大臣からみて佐藤栄作は大叔父にあたる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.01.08 08:29:39
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