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里山暮らし、ときどきヨーロッパ・ロングステイ

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イタリア・ウンブリア田舎暮らし

2008年12月12日
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フィレンツェ.jpg

どこかで見たことあるでしょ?
この↑風景!
知っている方は大勢いらっしゃると思います。
ミケランジェロ広場から俯瞰するフィレンツェの街です。

この街はあまりにも有名すぎるのと、
いつもはウンブリア州に直行してしまうこともあって、
私もウチの彼も、実は今回が初めてのフィレンツェでした。

イタリア滞在中、トリノで開催されたスローフード協会の
食の祭典「サローネ・デル・グスト」にでかけた際、
寄り道で一泊しました。

フィレンツェ薬局6.jpg

フィレンツェといえば言わずと知れたメディチ家です。
メディチ銀行から始まって‥

豊富な資金力をバックに美術やファッション、料理まで、
歴史に多大な影響を残した、かつてはヨーロッパ一の大富豪
だったのですね。

このメディチ家が当時の芸術家・学者を擁護して
イタリアのルネサンスを推進させた陰の力だったことは、
皆さまも、良くご存じのことでしょう。

1400年代から1743年までフィレンツェを支配していますが、
もとはメディコ(薬か医者)関連の仕事をする一族だろうと
いわれています。

フィレンツェ薬局4.jpg

だからメディチの紋章は、丸薬をあらわす丸い玉が六個です。
フィレンツェの街は、『この紋どころが目に入らぬか!』
とばかりに6個の丸薬ワールドでした。
フィレンツェ紋章2_1.jpg

さて、私は、以前から、
もしフィレンツェに行ったなら‥
絶対行きたいと思っていた場所が一つありました。

・・・・ 行きたかった場所というのは、
世界最古の薬局として800年もの歴史を誇る
サンタ・マリア・ノヴェッラ教会・修道院の薬局です。

修道院の中に薬局があるというのは、
考えてみると不思議じゃないんですね。

フィレンツェ薬局2.jpg

それにしても、アンティークな建物で
まるで美術館のよう、薬屋さんに来たとは思えません。
ドアを開けた瞬間、館の中は花の香りで包まれていました。

フィレンツェ薬局3.jpg

薬草医学の時代から修道院はアロマテラピーの世界でした。

修道院で造られる果実のワインや薬草の蒸留酒は、
当時はとても高価で貴重な薬であったでしょうし、
自然界の植物の香りがもたらす驚異的な効能も、
修道士たちは、当然、熟知していたでしょう。

フィレンツェ薬局.jpg

フレグランス、石鹸、シャンプー、アロマキャンドルは
「サンタ・マリア・ノヴェッラ」の香りです。

ノヴェッラの香りは、カテリーナ・ディ・メディチが、
フランスのアンリ2世へ嫁ぐときに特別調合された「王妃の水」
を基調としていて、現在のオーデコロンの起源になった、と
いわれています。

そして、創業当初から続いている秘伝のレシピで
今も作られる食後酒、蜂蜜、薬草ドロップ等も
自然治癒や予防医学の考えをもとにしているそうです。

フィレンツェ薬局7.jpg

フィレンツェの豊かな香りの文化は、
ドミニコ派修道士たちが頑なまでに守り続けてきた
教えの中から生まれたものだったのです‥。

フィレンツェ薬局8_1.jpg

香りの歴史を五感でたどったフィレンツェの旅でした。

フィレンツェ薬局5.jpg

そして、由緒ある薬局でリミンの買ったものは?
コチラの石鹸2種類です♪
フィレンツェの薔薇石鹸.jpg
修道院の昔ながらの製法で作られている
「オリーブ石鹸」と「薔薇の香りのミルク石鹸」
この薔薇の香りがまた素敵なのね☆

ハンカチや小物が入ったひきだしに入れておいたら、
開けたとたんフワっと香りがたちこめて‥
しばし目を閉じ、薔薇の花園を彷徨いました。

おまけの話
フィレンツェまで行かなくても、
日本で、本物の「薔薇の石鹸」作っていないかな~と、
探していたら見つけました!

長野県、蓼科で無農薬栽培した薔薇やハーブを使い、
丁寧に、愛情込めて作っている石鹸やシャンプーです。
日本の薔薇石鹸.jpg
気が早いリミンは早速、取り寄せてみました。
いいなぁ~☆ コレ! 本物の香りだぁ♪
もしかしたらスローフード秦野のイチ押し商品、
記念すべき第一号になるかもしれません。

【学びすと】集合!のお知らせ
キーワードは「美味しく楽しく学びましょう!
スローフード秦野では、
来年度より下記のプログラムを予定しております。

・お茶をしながらイタリア語
・こども教室‘英語と遊ぼう♪’
・ひだまりサロンでイタリア料理
・酒と薔薇の日々のために‘ワインセミナー&フラワーアレンジメント’

などなど楽しい企画が目白押し!
どうぞお楽しみに☆






最終更新日  2010年07月27日 14時13分40秒
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2008年12月01日
カピトーネ秋ラスト.jpg
9月、10月、11月初旬まで、
2か月間アパートに暮らしたイタリアの田舎から、
私の本拠地・秦野の情報誌「タウンニュース」に、
コラム(ウンブリア州滞在記)を
五回連載で書かせて頂きました。

途中、急性肺炎で緊急入院して休稿したり、
ネット障害などのアクシデントに見舞われもしましたが、
秦野と似ているウンブリア州の「幸せ感」を是非とも
皆さまにお伝えしたくて、私なりに頑張って書いたものが
形になって嬉しいです。

先週の土曜日、秦野市役所主催・講演会の
「女性カレッジ2008」でもイタリアの田舎で見つけた
「スローフードな暮らしの幸せ」をテーマにお話をしました。
女性カレッジ2 .jpg

イタリア土産のオリーブオイルやデザートワインを試食をしたり、
会員さんがこの日のために用意して下さった秦野のスローフード、
丹沢紅茶(提供わさびや茶園)やフォカッチャ(提供すぴなっつおら)で
お茶をしながら、皆さまと楽しい時間を過ごさせて頂きました。
女性カレッジ イタリアコーナー.jpg
スローフード秦野会員の女性の皆さんが、
お手伝いに駆けつけてくださって、
紅茶を淹れたり、フォカッチャを焼いたり。
資料やワインを配ったりと朝早くから大活躍。

皆さん、お忙しいところ、またまたお世話になりました。
ありがとうございました!
女性カレッジ1 .jpg

タウンニュースの連載コラム
リミンのブログでもご紹介した話なんですが、
コラムにはこのようにまとめました。
伝えたいことが沢山あって、480字という制限の中で
まとめるのに苦労しました。短くするのは難しいなぁ‥

2008.9.13(土)
ときどきイタリア1.jpg

2008.10.11(土)
ときどきイタリア2.jpg

2008.10.18(土)
ときどきイタリア3.jpg

2008.11.1(土)
ときどきイタリア4.jpg

2008.11.15(土)
ときどきイタリア5.jpg

映画『未来の食卓』






最終更新日  2009年09月02日 23時00分17秒
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2008年11月08日
ピノッキオ村.jpg
2008年リミンのテーマは「スローフードな幸せ」探訪でした。
ピエモンテ州とスローな暮らしの原点であるウンブリア州の旅を終え、ウチの彼ともども無事に帰国致しました。

途中、急性肺炎で、急遽、入院という騒ぎまであり、
(いくら突撃ルポとはいえ、ホントはココまで潜入したくなかったけど‥)
ブログも思うように更新できず皆様には大変ご心配をおかけしました。
この場を借りてお詫びとお見舞いのお心遣いに感謝申し上げます。

というわけで、リミンのスローフード・レポートも
いよいよ佳境に入るところではありますが、この辺で
幕間休憩のつもりで「ピノッキオ村」のお話を‥

・もとはと言えば意志を持って話をする丸太ン棒を
 ゼペットじいさんが木の人形に作りかえて、
 ピノッキオという名前も付けてやった‥
 ところがこのピノッキオ君、勉強と努力が大嫌いで~

ピノッキオの冒険』この物語を知らない人はいないと思います。
1883年に初本が出版されて、以来100年以上にわたり世界中で
読み継がれてきた童話です。

作者はイタリアの、カルロ・コッローディ。
(本名はカルロ・ロレンツィーニ)フィレンツェ生まれです。
新聞に連載していた子供向けの物語が大評判となって、
一躍コッローディの名が有名になったそうです。

そして彼のペンネームであるコッローディは、
母親の出身地であるこの小さな村の名だったのです。
ピノッキオ村1.jpg
町の看板や標識にピノッキオの絵が無ければ、
本当に何も無い静かでのどかな田舎町です。

小さな「ピノッキオ公園」(10ユーロ)がありますが、
中に入らなくても、通りを散歩するだけで、この村の
ひなびた温かさや、切ないような懐かしさは伝わってきます。

ピノッキオ村3.jpg

そしてバールは、村人たちの憩いの場。
お昼を食べたり、一日に何度もコーヒーブレイクに立ち寄って、
カードやサッカーゲーム、あとはみんなでお喋りの時間。

ピノッキオ君の物語も、村人たちが営んできた
普遍的な暮らしの中から生まれた物語だったから、
大人も子供も、多くの人の共感を得たのかもしれません。

ピノッキオ村4.jpg

お土産屋さんは、そりゃやっぱりピノッキオ軍団よね!
ピノッキオ村6.jpg

こういう場所はいくつになっても嬉しいところ、
童心に帰ってワクワク、キョロキョロしてしまいます。

ピノッキオ村5.jpg

フィレンツェの近く、ルッカの町から東へ約20キロ。
華やかなテーマパークではありませんが、
旅の途中でフラリと立ち寄って、のんびりお茶でもしたい‥

ピノッキオ村2.jpg
そんな気持ちにさせる、
なぜか「懐かしい場所」でした‥。
ピノッキオが見送るコッローディ村です。

追伸でお知らせ
突然ですが、リミンのラジオ出演は今週の日曜日、
11月9日(日)になりました。
「FMおだわら」の宮崎いずみさんのお部屋です。

例のリミンのリクエストは、グレース・マーヤの曲と、
もう一つは、秦野にちなんで「おいしい水」
スタンゲッツとアストラット・ジルベルトのボサノバでお願いしました♪

FMおだわら(78.7MHz)午前9時を少し過ぎた頃の
予定なので、早起きしてたらチャンネルを合わせてみてね。

全国のコミニュティFMをインターネットで放送している
「サイマルラジオ」に小田原もあるので、
Windows Media Playerなどパソコンの環境によっては
受信可能のようですよ。

スペインに続いてイタリア・バージョン!
スローな暮らしの幸せをパーソナリティの
宮崎いずみさんとお喋りしてきま~す♪

ではまたお会いしましょうね☆






最終更新日  2012年03月23日 11時51分49秒
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2008年11月01日
ようこそアメリア.jpg
イタリアの10月、美しい秋もアッというまに終わり、
暖炉に火を入れる11月です。帰国の日が近づきました。

「緑のハートのウンブリア」
私達にとって、いまや秦野に次いで第二の故郷のようになりつつある
アメリア町とも、また会う日まで‥と名残惜しくもお別れです。

ようこそアメリア1.jpg
もうお馴染みですよね♪この風景!
小高い丘に広がる紀元前から続く旧い町、
アメリア市の全景です。

ようこそアメリア2.jpg
一時間ごとに時を知らせる教会の鐘の音が、
暮らしのリズムと歴史を刻みます。

明日もあさっても、これからもずうっと変わらず‥
きっとまた会う日も同じように私達を迎えてくれるでしょう。

ようこそアメリア3.jpg
連綿と続いてきた人の暮らしの佇まい…
写真は教会の結婚式に向う人々。

新しい家族が誕生し、また新たなドラマが紡がれて、
こうして歴史は続いていくんだなぁ‥としみじみ思う
石の街。

こちら↓がアメリア市役所です。
amelia市役所1.jpg

市役所の玄関先にもローマ時代の遺跡がいっぱい☆
どこかを掘ると遺跡が出てきて、何の工事でもストップしちゃう!?
amelia市役所2.jpg

いつ終わるか分らないけれど‥
まあ慌てずに、ゆっくりいきましょう‥の路線らしいです。
だって、アメリア市ってcitta slow (チッタ・スロー)宣言している町なんです。

葡萄を育て、オリーブを搾り、ワインやオリーブ油を
自分たちのために作り、パンを焼き、パスタを打ちます。
正調スローフードな暮らしですね。
ようこそアメリアチッタスロー.jpg

この方が↓市長の片腕ともいえる
観光助役のFranco Santarelli (フランコ・サンタレッリ)さん。
amelia5.jpg

キーワードは「スローフードな人生☆」
お互いゆっくり一緒に歩みましょう!

amelia1_1.jpg

今後の交流を約束して握手しました。
スローフード秦野支部としても心強い限りです。

amelia2.jpg

フランコさんは毎年、数々のコンサートや展覧会など
個性的で魅力あふれるイベントを企画してアメリア市を
アピールしています。

ようこそアメリアへ.jpg

「我が町・秦野」も、緑と水が豊富な日本のcitta slow な町!
蕎麦、緑茶、日本酒、和菓子、そして和の文化を伝える素敵な人たち、
イタリアにご紹介したいものがたくさんあるんです。

ようこそアメリア葡萄畑.jpg
というわけで、来年2009年の秋には、
アメリア市主催の「スローフードな文化交流」が実現しそうです。
近くなったらまたご案内いたします。
もしも、ご一緒できる方がいらしたらリミンまでご一報くださいね。






最終更新日  2009年08月24日 15時19分05秒
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2008年10月28日
ワイン仕込みトップ.jpg
今回、イタリアにやってきた目的のひとつに、
トリノで開催される、スローフード協会「サローネ・デル・グスト」に
取材も兼ねて出かけてみようということがあったのです。

というわけで‥スローフードの本拠地
ピエモンテ州に行ってまいりました!

スローフード協会・秦野支部の会員にもなっている
シニョーレ・キクチ(ウンブリア州在住)の運転で、
アパートのあるアメリア市からトリノ市まで往復約1500キロ、
三泊四日のドライブ旅行から戻ってきたところです。

途中、立ち寄ったピノッキオの故郷コローディや、
ピサの斜塔、ロミオとジュリエットの舞台になったベローナの街、
フィレンツェの修道院にある素敵な薬局など、盛り沢山の
お土産話があるのですが、それはまた少しづつご紹介することにして‥

カピトーネ村のワインの仕込み第二弾、
いよいよ真打「キクチ・ワインの赤」が登場です☆

ワイン仕込み1.jpg
「大地の恵み」の収穫の季節は、どこの家も大忙し!
今回も、ウチの彼は助っ人の一員に。
摘みの作業もずいぶんサマになってきた?ようにみえます。

ワイン仕込みてんとう虫.jpg
キクチのワインは無農薬でブドウを育てて作るので、
てんとう虫もミミズも蜂も、ちゃんと一緒に生きています。

ワイン仕込み2.jpg
忙しげな大人にまじって長男のA君がトラクターを運転し、
家族が一緒に力を合わせて作るワインは、美味しいだけじゃない
‘幸せの味’がするように思えます。

ワイン仕込みマエストロ.jpg
キクチのマエストロ(師匠)ジュゼッペさんも顔を出してくれました。
師匠は90歳のお年にはとても見えないカクシャクたる大先生。
元気の秘密はやっぱりワインとウンブリアの大自然でしょう。

ワイン仕込み4.jpg

師匠の見守る横で甥っ子のロベルトさんとキクチが、
実と茎を分ける機械でブドウを圧搾していきます。

ワイン仕込み3.jpg

ドロリとした搾り汁は太いホースで仕込み小屋へ。
樽の前で待ち受けるウチの彼も真剣な顔です。

ワイン仕込み糖度.jpg
最後に糖度を測ります。
糖度が高い(甘い)ほどアルコール度数は高くなるんですって。

仕事を終える人たちを待ち構える大テーブル♪
ワイン仕込み食卓.jpg
キクチの奥さんのアンナが作る‘ポレンタ’
トウモロコシの粉を練って特製ソースをかけます。
ワイン仕込みポレンタA.jpg
ワイン仕込みポレンタB.jpg
第一の皿パスタと、第二の皿メインディッシュを
一緒にできることもあって、こんな忙しい日には
ポレンタを作ることにしているそうです。

力仕事の後は、みんなお腹ペコペコ‥
秋の木漏れ日の中で食べる昼食は、ホントにおいしかった~

IMG_7936a.jpg
お姉さまのレイコさんが手間暇かけて作ってくれた
「松露風・葡萄菓子」今の季節にしか食べられない
貴重なデザートです。

スローフードな暮らしの幸せは、
時間を楽しむことから始まるように思えます‥。






最終更新日  2008年11月01日 04時09分34秒
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2008年10月19日
チビタ.jpg
ウンブリア州との州境、厳密にはラツィオ州になりますが、
葡萄とオリーブが果てしなく広がる緑のハートのイタリア中部に
不思議な町がありました。

地元の道路標識にも、il paese che muore(死に行く町)と
書いてあるこの町は、2500年以上前にエトルリア人が造った
要塞都市「チビタ・バニョレッジョ」という崖っぷちの町です。

約300年前の地震で周囲の土地の大部分が崩落してしまい、
市街の中心だけが天空に浮かんだようにポッカリ残り、
そのまま時間が止まってしまったかのような町。

宮崎駿(スタジオジブリ)が1986年制作した
「天空の城ラピュタ」のモデルの場所とも云われています。

今もなお風雨による浸食が進んでいて、
周辺の砂岩がホ゜ロホ゜ロと崩れ落ちていくのを見ると、
いずれ滅んでしまう町かも‥美しくも哀しさも漂って‥

数家族しか住んでいないという旧市街に入るには、
修復した300メートルの橋しかありません。
しかも車は通行禁止。
以前はロバで生活用品を運んだそうです。

ということは歩いて渡るしかないのです。
橋の手前で待っていようかとも思いました。

でも、でも、眼前に魅惑的な中世の佇まい、
ココまで来たら行くっきゃない!
歩くの苦手な私ですが、行きました~

チビタこんなに登った.jpg

橋の途中で振り向くと、
ギョッ!こんなに登ったの?!

チビタ門.jpg

旧市街の門にエトルリア時代の装飾が‥
キリスト教以前の宗教の名残りだそうです。

チビタ教会.jpg

そして、町の中心の広場にあるのはやっぱり教会。
時を知らせる教会の鐘の音が、悠久の歴史を刻んでいます。

チビタ村.jpg

村にレストランが二つあり、
そのうちの一軒では日本人カップルが結婚式を
挙げたことがあるそうです。

チビタ レストラン.jpg
チビタ レストラン中.jpg

谷間の向うの崖の上、
へばりつくような家々が‥
チビタ谷の向こうに.jpg

自然の流れに寄り添うように生きてきた人の暮らしを
偲ばせます。

チビタ崖.jpg






最終更新日  2008年10月19日 07時28分28秒
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2008年10月16日
ぶどう収穫トップ.jpg
カピトーネ村に住むシニョーレ・キクチの家でも
今年のワインの仕込みが始まりました。

毎年ローマから駆けつけてくれるキクチの友達が、
風邪でダウンして助っ人に来られないとのことで、
急遽、ウチの彼が慣れない手つきで手伝うことに!

先ずは一年間、納屋に仕舞いっぱなしにしていた
器具や道具を洗ったり、機械の整備など、仕込みに
とりかかる準備からです。

ぶどう収穫1A.jpg

『わーっ、水をかぶった!』
『モーターが調子悪い!』
仕事とはいえみんなで大騒ぎして、
なんだか楽しそうに見えるのです‥

ぶどう収穫1B.jpg

本番の赤ワインの仕込みに入る前に、
本日は小手調べを兼ねて白ワイン用のブドウ摘み。

『白は二列しかないからすぐ終わるね』と鼻歌まじりで
スタートしたものの、機械の調整に手こずっていた様子。
やっと‘摘み’の作業が始まりました。

ぶどう収穫2.jpg

ブドウ畑の中は、蝶やてんとう虫、トカゲをはじめ
沢山の生き物が共生して、土を手に取ってみると、
太陽と水が潤してくれる大地の恵みを実感します。

ぶどう収穫3.jpg

キクチ・ワインは赤がメインなので、
今年の白ブドウの収穫はこの5箱。
これで約100リットルのワインが出来るそうです。

ぶどう収穫4.jpg

こちらの機械で、ブドウの実と茎を分けながら
圧搾していきます。
まだ皮や種は付いたままのドロリとした液体です。

ぶどう収穫5.jpg
搾りたてのジュース状のものは‘モスト’といい、
これを飲むと1年間元気で病気をしないとのこと、
私は特にしっかり飲んでおきました。

という訳で、次回はいよいよ本番の赤ワインづくり。
キクチのマエストロ(師匠)や隣家の助っ人も登場します♪
ウンブリア・スローな暮らしの第二弾をお楽しみに~☆
ぶどう収穫.jpg






最終更新日  2008年10月16日 06時36分06秒
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2008年10月08日
ナルニア紋章.jpg
今回、私が入院していた病院があったナルニという町は、
映画「ナルニア国物語」の舞台になった、あのナルニアです。
上の写真がナルニの紋章(体がライオンで翼がある)です。

アメリア映画館.jpg
ナルニアというのは現ナルニの中世時代の古称です。
私達がこちらに着いた頃、アメリア町に只一軒の
小さな映画館で、ちょうど「ナルニア国物語」を上映してました。

歩いて行けるし、ちょぅどいいから観に行こう‥
なんて思っているうちに映画のナルニア国ならぬ
正味ナルニの病院の中に、なぜか一直線に突進して
しまったのですが‥

それでも、毎日、病院通いしていたウチの彼は、
ナルニ町で開催された中世時代のアンティーク市や
映画撮影など、面白いモノに遭遇したようです。

ナルニア1.jpg
ナルニアの旗↑ですが、こちらのライオン?は紋章と
右と左、向きが違うのは何故なのかしら?

ナルニア2.jpg
売り子さんも中世時代の扮装で気合いが入って、
カメラを向けるとニッコリしてハイ、ポーズ♪
私が一緒にいたら買いたいモノが沢山あったろうにと、
残念!

ナルニア3.jpg

ナルニ町に限らず、週末は近隣の町のどこかしらで
このようなアンティーク市、音楽会、展覧会、収穫祭など
イベントをやっていて、みんな家族で楽しみにしています。

土日は、学校が休みなのでバスも一日二本程度。
足も無いので、自分の町で愉しもうということなのでしょう。
だから特別に村興しをしなくても、地元が元気なんですね♪

ナルニア4.jpg

中世まではローマのポポロ門 を出てアドリア海に抜ける
フラミニア街道が、カエサル(シーザー)も往復した表街道だったそう。
ナルニにあるこの橋が、中世時代のフラミニア街道の一部です。
ナルニア国フラミニア街道.jpg
橋が途中で崩れ落ち、道が中断されたたまま保存されています。
むろん今は新しい道路と橋が出来て使われていませんが、
二千年前のローマ時代が日常の中に息づく風景の一つです。

●追伸
タウンニュース連載コラム
【里山暮らし、ときどきイタリア】(ウンブリア州滞在記)
 第二回‘ 色とりどりの日曜日! ’
お待たせしました!今週土曜日10月11日号掲載です☆






最終更新日  2008年10月28日 19時56分48秒
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2008年10月01日
病院全景.jpg
入院していたナルニのオスペダーレ(病院)

皆さま、ご心配をおかけしました。
急性肺炎ということで12日間入院しましたが、

昨日9月30日に無事退院いたしました。
沢山のお見舞いのメールやコメントを頂戴し、
本当にありがとうございました。

一時は救急病院から緊急入院、一体どうなることかと
不安でしたが、順調に快復して最短で退院することが
できました。
ご心配をおかけしましたが、もう大丈夫です。

病院の食事は不味いモノというのが通説のようですが、
イタリアはさすが「食」を重要視するお国柄、
薄味で油控え目、日本人には違和感がなく、
美味しく食べられるものが多かったです。
病院食事.jpg
<ある日の病院の食事>

この日はジャガイモのマッシュをオーブンで焼いたもの、
パスタ入り野菜のスープ、それにチーズと果物とパンが
付いて、いつもより軽めです。

ちょっと驚いたのは温かい料理は熱々で出てくることです。
病院食事2.jpg
<このワゴンで熱々を運びます>

冷めた汁や焼き物は決して無いし、病院とはいえ布ナプキンや
食器を用意している人がほとんどでした。

病院窓.jpg
ベッドから毎日眺めていた空と教会の十字架

退院はしましたが、あと五日間は薬を飲んで、
自宅療養して下さいとのこと、今日はこの辺で。
先ずは皆さまにお見舞いのお礼と、退院のご報告でした。






最終更新日  2008年10月02日 03時21分21秒
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2008年09月12日
キクチ家の葡萄.jpg
この葡萄は、昨年「ウンブリアのワインの星」でご紹介した
シニョーレ・キクチ家のブドウ畑です。

シニョーレ・キクチが、仕事でヨーロッパ中をまわった後、
自分の本拠地として選んだのはイタリアでした。

結婚して、しばらくローマで暮らしていた頃に、
リタイアされた両親や姉さんも日本から移住して、
今ではファミリー揃ってイタリア田舎暮らしの達人です。

ウンブリア州を選んだのは、
サルデーニャ島出身の奥サマのたっての希望だったそう。

ウンブリアか‥と、
先ずは、カピトーネ村に牛舎と豚小屋が付いた広い畑を
買いました。

家畜小屋のような何らかの建屋が付いていないと、
いくら自分の土地とはいえ勝手に敷地に家を建ててはいけない、
そんな州の法律があるそうです。

キクチ家1.jpg
牛舎だったとは思えない、建て替えした↑母屋。
友人のデザイナーと一緒にウンブリアの伝統的な
田舎家を再現したそうです。

キクチ家の中.jpg
自分で少しづつ改良し続けて25年、
家族の歴史が詰まっているキクチ家の内部です。

キクチ家ゲストハウス.jpg
かつての豚小屋も、今では↑素敵なゲストハウスに!
訪問した日は『今夜は外で食べましょう』と、
私達のために薪で肉、野菜を焼き、夕飯の準備です。

そして、こちらのお宅でリミンが一番気に入ったのがコレ!
キクチ家アキラ君の基地.jpg
長男君が小学生の頃、友達と作り上げた
「秘密の基地」です。
欲しかったのよね~ 私、こんな秘密基地が!

基地作りの名人・長男君も16歳で高校生。
イタリアの高校は五年制で、日本の短大くらいの
基礎教養を身につけてしまうカリキュラムになってるみたい。

その後、大学に行くわけですから、
宿題の無い夏休みとはいえ、勉強しなくていい訳でもなく、
みんな自宅で復習と予習、良く勉強しているようです。

そして、三ヶ月の自由な時間、普段はなかなか出来ない
自分のやりたいことを思いっきり~~ということで、
長男君の趣味は音楽♪

食事の後、夏休みの成果を披露してくれました。
キクチ家ピアノ.jpg
弾いてくれたのは、ベートーヴェンの‘月光’
新曲に挑戦の三ヶ月、とても良い夏休みでしたね~☆

キクチ家の葡萄畑.jpg
コンビニもマックも無い正調イタリア田舎暮らし。
いつしかカピトーネ村にも上弦の月が顔を出し‥

ピアノ曲流れる葡萄畑は静かに更けて‥
ワインな暮らしに、すっかりほろ酔い気分の夜でした。

※追伸
タウンニュース連載
【里山暮らし、ときどきイタリア】(ウンブリア州滞在記)
第一回‘こんなに似てる秦野とイタリア’
いよいよ今週土曜日9月13日号で~す!






最終更新日  2008年10月03日 23時41分06秒
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