favorite books書籍名:センセイの鞄著者名:川上 弘美 出版社:平凡社 ![]() 感想: 37歳独身のツキコと、恐らく70代であろう、彼女の高校時代の教諭で あった「センセイ」との20年ぶりの偶然の再会。 それから五年、あわあわと、色濃く流れた二人の交流の日々を淡々と描く、 2001年の谷崎潤一郎賞受賞作。著者のこれまでの作風からは、 どちらかというと傍流ではあるが、最高傑作との呼び声も高い。 ...って、こう要約しても、この作品の行間から漂う「そこはかとなさ」 や「馥郁とした味わい」は、中々表現しきれるものではない。 恋愛小説としてはかなり...まだるっこしい展開なのだが、それまでの 過程をていねいに描いたこの話は、二人の年齢差も加わって、ある意味 メルヘンな色彩も帯びている。 川上弘美の恋愛小説は淡々としすぎて、私などは理解に苦しむことも あるのだが、これに限ればその淡々とした味わいが逆に効果的に 働いていると思う。作者の健啖家ぶりからくる「食べ物の美味しそうな 描写」は健在で、居酒屋小説としても十分面白い。 個人的なことだが、この小説内における主人公二人の会話において、 自分でも似通ったテンションやシチュエーションを経験したことがあり、 かなりツボ(笑)。旅先の夜、センセイの部屋を訪れることになった ツキコさんが、進展を期待してドキドキしていたのに、なぜか俳句を 二人で作ってしまうハメになるところなど、何度読んでもくすりと笑ってしまう。 点数: ほのぼの ☆☆☆☆☆ 泣ける ☆☆☆☆★ ドキドキ ☆☆★★★ 脱力度 ☆☆☆☆☆ 書籍名:博士の愛した数式 著者名:小川 洋子 出版社:新潮社 ![]() 感想: 家政婦をしている「私」、交通事故の後遺症で80分しか記憶がもたない「博士」、 博士が「ルート」と呼んだ「私」の息子。 この3人の、控えめで優しい愛情の交流を描いた2003年度の読売文学賞受賞作。 その後、書店員が一番売りたいと思う小説賞も受賞したそうだ。 まずもって評価に値するだけの内容はあると思う。 薄い色がついたすりガラスを何枚も重ねて、透けて見える出来事を綴ったような...。 そんな透明感溢れる世界観が美しい小説。 泣けると評判だったが、この物語は「お涙ちょうだい」的な箇所は どこにも見当たらない。むしろユーモラスな場面もある位だ。 どれほど親しくなろうとも、次の日には博士は二人のことを忘れてしまう。 それなのに、いずれ消え行くであろう80分の間でも(だからこそ)、 真摯に向き合って関わろうとする3人のやりとりが美しくて泣ける。 この物語に感動する人が多いというのは...人間の人生の意味を、 文学ならではの凝縮した形で表しているからではないだろうか。 博士は自分の中に絶対的な価値観(数式)を持っていて、作中の随所に 数式について触れる場面が出てくる。その「数」での表現と地の文章の コントラストが視覚的にも美しく、物語の哲学的な側面も際立たせている。 老若男女問わずにお勧めの一冊。 点数: 読みやすさ ☆☆☆☆★ 泣ける ☆☆☆☆☆ ドキドキ ☆☆★★★ 為になる ☆☆☆☆☆ 書籍名:高瀬川 著者名:平野 啓一郎 出版社:講談社 感想: 綿矢りさが19歳で芥川賞を受賞するまで最年少受賞者だった平野啓一郎は、 文学の可能性を信じて「文学にしかできないこと」(表現、テーマの選択etc)に 真剣に取り組んでる数少ない作家の一人だと思う。 読書離れが進み、人々の興味が活字表現から映像へ移っている昨今、彼のような 「正統派」でありながら、果敢なチャレンジャーは評価に値する。 新たな表現を生み出すには、しっかりした文学的な素養が必要なのだが、 その点でも若いのに相当勉強しており、偉い。私にとっては新作が 楽しみな作家だ。 この作品には4作が収録されており、いずれも実験的な要素が強い短編である。 が、このタイトルでもある「高瀬川」だけは文体や表現に際立った特異性がなく、 なんと現代語での私小説。彼のこれまでの一連の作品よりは、かなり読みやすい一作で、 お勧めである。 とはいえ、やはり平野啓一郎なので、「平易」とまではいかないが。 平野啓一郎によると(なんと「PLAYBOY」誌でのインタビュー!) 「性的な問題を扱った場合は、作家本人の問題として読まれるのが一番 作品に近付いてもらえる。だからあえてそう意識して書いた」そう。 内容はというと...とある若手作家と、その担当女性編集者との、 京都のラブホテルでの一夜を描いたもの。お互いに言葉に出さずとも、 好感を抱き合っていた二人が初めて...というシチュエーション自体、 非常に取っ付きやすいのではないかと思う。ちなみに、主人公の作家の 設定は、舞台といい、年齢や経歴もモロに著者自身を連想させるように なっている。 ベッドシーンを、あの硬質な平野氏の筆で描くとどうなるのか?という エロな興味だけで読んでも全然OKだと思う(笑)。実際、なかなか 丹念な描写でいい感じ。 彼ならではの端麗な地の文と、「27歳同士」の現代のカップルが交わす 会話とのギャップがこれまたなんとも面白く、微笑ましかった。 シリアスな部分も含めつつも、読後感は爽やか。 文学とは、他者と自分との関わりを描くもの.....。 この命題でいくと、性は古代から一番の普遍的なテーマかもしれない。 その点でも、とても文学的な作品。 点数: 読みやすさ ☆☆☆★★ 泣ける ☆☆★★★ ドキドキ ☆☆☆☆★ 官能度 ☆☆☆☆★ 書籍名:真理子の夢は夜ひらく 著者名:林真理子 出版社:角川文庫 感想: この本の担当者の次の一言が見事に本質を言い得ている。 「君はやっぱり妄想の人だよ、男にモテたい、きれいな女になりたい、という 様々な欲求がすごい妄想を生み出すんだ。 『夢は夜ひらく』は、君のその哀しい性が生み出した産物なんだろうなあ」 現在は幻冬社の敏腕社長である見城徹氏と、林真理子が組んだ最後の一冊。 20年ほど前に角川書店から出版されたハードカバーには 「これは読むLSDです(幻覚に御注意下さい)」という名コピーが付けられていた。 著者本人によるものだが、さすが売れっ子コピーライター出身! まさに、この本を読んだ後は幻覚による諸症状が出てくること間違いなし。 この本には8つの物語が収録されているが、全てに共通しているのが... ヒロインは「林真理子」 相手の男は「風間杜夫」なのである。 どう?これだけでもう、かなり面白そうな予感がするではないか(笑)。 一つ一つの短編は、必ず「短いエッセイ+本編」という構成になっている。 この二つの相互作用が、読むLSDたるゆえんである。 林真理子は割にほとんどの作品を読んでいるが、エッセイの名手としても 知られる彼女の特徴がよく出ている短編集である。 人生に対するペーソスとユーモア、そして表現のレトリックの力量が垣間見られて興味深い。 ヒロイン、林真理子は小説で様々な人生を生きる。 ある時は白血病と闘うサナトリウムの乙女。 ある時は世界一のモデル。アイドル歌手、マラソンランナー、美人編集者、 パリの外交官夫人、女流俳人、政治家の二号さん。 キャラクターの設定も多岐に渡っていて飽きない。 これを読んだ読者は手軽に幅広く「女の一生」を追体験できる仕組みに なっている。男性が読んだらどう感じるのか気になるところではある。 私が一番作中で好きなのが「プレイボーイ.メイト編」である。 冒頭のエッセイで「3ヶ月で10キロ太ってしまった」と嘆く林真理子(現実)は、 物語中では、東洋人初の「プレイボーイ.メイト.オブ.ザ.イヤー」に選ばれた絶世の美女である。 この中での彼女はワガママで気位の高い設定なので、美女特有の発想、発言の数々を くり返すのだが、妄想とは思えない位どれもが凄くリアル(笑)。 常々「スカーレット.オハラは自分と似ている」と語っている、著者の面目躍如である。 *住まいはサンタモニカ *「プレイボーイ」の創始者の愛人だとウワサになり御立腹 *0.5ミリのネイルのずれで、お抱えネイリストを首にする *ギャラは1時間に80万ドル(90万強) *コートはクリステッセンに特注した白染めのリンクス *学生の時から外国人と付き合い、日がな六本木通いで遊び尽くした *自家用飛行機で迎えに来てくれた男に、乗った直後に「ドレスを地味なのにし過ぎちゃったから、 すぐ引き返して」と命令 *自分の魅力の前ではどんな男も「タダの男」になってしまうので、男性とは友情を築けない *とあるパーティー会場から入口までの20Mで、20人以上の男に声をかけられるが全て無視 *美容担当の専属トレーナーがついていて、食べ物からセックスまで徹底的に管理されている *デビッド.ボウイが歌の中で「マリコのあのウエストライン!」と絶叫したことがある 他にも具体的なエピソードはまだまだあるのだが、これ全部全くの取材無しで 書いているというのだから、その凄まじい妄想っぷりには脱帽である。 絶世の美女がどう風間杜夫と絡むことになるかどうかは、是非本編を 読むのをお勧めする。 点数: アホアホ ☆☆☆☆☆ 泣ける ☆☆★★★ シリアス ☆☆☆★★ 読みやすさ ☆☆☆☆☆ ジャンル別一覧
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