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† Crystal Bell †

『夏の呟き』






『夏の呟き』





「しかしまぁ・・・・・・綺麗だよな、お前」



感心とも呆れともつかない俺の言葉に、
相手は読み始めていたファンタジー小説から視線をずらした。




「―――それは、褒めてるのか?それとも貶してるのか?」




まぁ後者だろうなと付け加えた人物は、
憮然とした面持ちで視線をあらぬ方向に向け、そして溜息を零す。
その様子に俺はケラケラと笑った。


「純然とした褒め言葉だぞ?少しは素直に受け取れよ」
「ぬかせ。お前の褒め言葉はほぼ大抵貶し言葉だろうが」


尚更信用できんなと言いたげな貌に、知らず口元が緩む。
さわさわとしか音をなさないこの和室は、いつも厳粛とした雰囲気を醸し出す。猛暑だというのに、暑ささえ感じさせない清々しさであった。


その部屋の合わせ飾りのように霖枯は律儀に正座をし、
対して俺は無様に胡坐を掻いていた。適当に寛げと言っても、霖枯は毎回、殆どが正座だ。
単に律儀な性格なのか、それとも女故なのか。
これは俺視点なのでよくわからないが、男なら、普通胡坐を掻くんではないだろうか―――?

そんなところからでも、
こいつは女だというちょっとした確信は個人的に持てるのだが、
どうやらこの男装の麗人は、全く以って自分が女だと気づいてることに未だ以って気付いて無いらしい。

度し難い鈍感だと、まぁ今に始まったことでは毛頭無いが、
半ば本気で思って苦笑した。

確かに整った顔立ちをしてる霖枯は、
誰もが認めざる終えないぐらいの文句無し、男女顔負けな美貌を持ち合わせている。
それは傍で見ていれば、嫌でも認めざる終えないことだ。


瞳の双玉はどこまでも奥深い黒色に、
髪は一纏めにして束ねた肩越しまで伸びる漆黒の錦糸。
(まぁ…日本人の殆どは、大抵が目の色黒だろうという真っ当な突っ込みは、この際却下だ。)
そして歳の割に、どこか凛々しい雰囲気と、儚い面影を持つ。
言うなれば…美少年ならぬ、美少女とでも言ったところだろうか。
俺もだが、白いTシャツの上にジージャン、下はジーパンという至ってラフな姿であるにも関わらず、霖枯は清楚で凛然とした美しさを含んでいた。しかし男の自分から見れば、それは男の枠にすっぽりはまるような美しさでは無いと思う。
これが学校………つまり制服でもそうであるから、如何とも困る。
男女生徒の、あの想いあるその熱っぽい視線に、コイツはこれっぽっちも気付いていない。



「―――…何をさっきからジロジロと見てるんだ」




気持ち悪い目で見るなよ…と続ける女に、俺は溜息を吐いた。


「お前、もう少しその言葉遣いどうにかしろよ…」


仮にも女だろ?…と、言いかけた言葉はなんとか飲み下す。
これは、今言うべき言葉では無い。


「お前がもう少しちゃんとした奴だったら、私だってちゃんとした言葉遣いを使うさ」


全てはお前次第だと言った後、言うべきことは言ったとばかりに、霖枯は置いていた麦茶に口をつけた。
なんだかなぁ・・・と、俺は言いようの無い虚しさを感じながら、虚空を見上げる。



―――何が悲しくて、こうも愛想を無くしてしまったんだろう…。



迷走した思いは、走馬灯のように過去の追憶へと渡った。
遥か彼方過ぎ去ってしまった三年前、それはそれは可愛げあ……るとは言えないが、今に比べればまだ、ある方だったのだ。しかし、現実はそう甘く今に至り流れ無かった。今では可愛げの「か」の音さえ、無い。
その時も今と変わらず男装ではあったが、まぁそれはそれ、取り敢えず気にしない方向だ。
今更気にしたところで、この女が自分から「自分は女だ」と言わない限り、どうすることも出来ない。
女だと確信を抱いた当初は、「―――お前、女だろ?」と、言い突いてやろうかと思案したが、それはすぐさま却下した。
とてもじゃないが、趣味で男装をやってるとは思え無い。
まぁ、正直言えば自分がそう思いたく無いからというのが専ら念頭に立つのだが、腐っても約三年の付き合いだ。
いい加減こいつの人となりは理解できる。



「はぁ……悪いが、コレ千黐に返しといてくれ」



どうも私にはちょっと合わないようだ、と苦笑して本を差し出す霖枯に、俺も苦笑しながら受け取った。
さもありなん。普段推理小説しか読まない霖枯から見れば、ファンタジー小説は苦痛以外の何者でもないだろう。
推理小説というのは、謂わば現実だ。対してファンタジー小説は、文字通り非現実、つまり夢。
本当では決して有り得ないものが、有り得てしまう世界を描いて書いた物だ。
現実主義で生きている霖枯には、とてもじゃないがついてはいけまい。



―――しかし、コレを千黐に返さなきゃいけないわけか…。



そう思うと、嫌でも気が滅入った。





去年の冬。
曇り空が覆う世界。
肌を突き刺すような冷たい風に、舞い散っては溶けて消える白い雪。
吐息は凍えるように白く震え、指先には薄い朱色が浅く浮く。
そんな痛い季節の真っ只中、学校の帰り道に霖枯を家に誘った。
それは霖枯と出会ってから、初めてのことだった。
敢えて言わせてもらえば、友達だからと言って、誰彼皆が皆、家に招くほどの仲という訳では無いのだ。
俺と霖枯は、謂わば学校だけでの友達付き合いをしてきた。
お互いのプライベート、学校外でのことには不思議なぐらいに一切と言っていいほど干渉しあわなかった。
誘った時は流石の霖枯も少し面食らった顔で驚いていたが、二言返事でついてきた。
俺の家は一見、和風な造りだった。両親が茶道を教えてるというのもあってか無いのか、こういう…一言で言えば「茶道」という固定観念でイメージ出来るような古い屋敷だ。だけど見てくれだけでならず、それなりの威厳はあった。
大抵の奴は、家を見た途端圧倒される。ある奴は身体を反るぐらい吃驚したし、またある奴は口をぽかーんと開けて、暫らく茫然と突っ立っていた。
しかし霖枯は怯むことも無く、ただ「良いトコだな」と呟いただけだった。
砂利で覆われた足の踏み場とする石を踏み進み、着いた玄関の戸を開けようとすると、逆に中からガラリと戸が開いた。
中から出てきたのは、白いミュールに淡いピンクのワンピースを着た小柄な少女。その実、妹の千黐だった。
ふわふわと長く豊かな茶色い髪を後ろに放しながら、千黐は横に居た霖枯を軽く一瞥する。
そしてチラリと、俺に視線を向けた。


「おかえりなさい、お兄ちゃん」
「あぁ。…あ、霖枯。コレ、妹の千黐な」


ぽふぽふと頭を軽く叩くと、千黐はキッと軽く睨み、そしてその手をパシッと払いのけた。
――なんとも、手厳しい。


「初めまして、御見苦しいとこをお見せして申し訳ありません。千黐と申します」


ぺこりと頭を下げて堅苦しい挨拶をするところは、両親の教育の賜物だろう。
他人の前でそういう戯けたことをされるのも、基が神経質な千黐は大嫌いなのだ。


「こちらこそ初めまして、霖枯と申します。お邪魔させてもらってすまないね」


そして堅苦しいようなそうで無いような挨拶を返す霖枯は、これまた滅多に見れない筆舌し難い程の美しい微笑を添えた。



―――あぁ、普通の女ならイチコロだよな。イチコロ。



ドミノ倒しのように倒れていく女子の集団が、
容易に頭に描かれるぐらいその微笑は強力だ。
もはやこういう場面は、諦観するしか無い。

本人が救えないほどの無自覚なのだ。
助言も警告も窘めも、そんなものは風の前の塵に等しい。
内心深い溜息を吐きながら視線を前に移せば、そこには頬を赤く染めて硬直状態に陥ってる妹が居た。
その最悪の状態を予感させる様子を運悪く見てしまった瞬間、本当にやめてほしい嫌な予感が、脳裏を掠めた。
いや…予感どころでは無い。これは直感だ。
いつも外れることの多い直感だが、今度ばかりは外れまいという、はた迷惑な自信すらある。
それだけ、度を超した色眼鏡でも掛けてるんでは無いかと思えるほど、霖枯を見つめる千黐の眼差しは深かったのだ。



「―――千黐」



鈍感一直線の霖枯が帰った数分後、二階へと続く階段を上ってるところで呼び止めると、千黐は足を止め、首だけをこちらに向けてきた。


「何?お兄ちゃん」
「悪いことは言わないから、あいつはやめとけ」


その言葉に僅かに首を傾げた千黐だったが、あいつというのが霖枯のことだとすぐさま察したのだろう。
一拍後、疑惑の眼差しは、瞬時により一層鋭くなる。


「―――あら、どうして?別にお兄ちゃんに迷惑なんて掛けてないわ」


なのになんでそんなこと言われなきゃいけないのよ、と、
いけしゃあしゃあとのたまう千黐に、俺は軽い眩暈を覚えた。



―――…これが迷惑じゃなければ、なんだと言うのだ…?



女が、男装した女に骨抜きにされてる……なんて、笑い話にもならない。


「…兎も角、あいつはやめろ。絶対にやめろ。わかったな」


これ以上、話をややこしくしないでくれ…と、
心の中で付け足し毒突く。しかし――、



「なんでよ、関係無いでしょ」



余計なお世話だわと、こっちの気も知らず千黐はそっぽを向いた。
その妹の様子に、自分でも若干、口元が引き攣ってきたのがわかる。


「あのなぁ…、あいつは俺の友達なの。マイフレンドなの。・・・OK?」
「そんなこと知ってるわ。尤も、あんな素敵な人がお兄ちゃんの友達だなんて、到底信じられないけどね」



―――それは、どういう意味だ…。



しかしそれを声に出して口にするほど、自分は愚かでは無い。
言えば最後、容赦無い刃の様な言葉で切り落とされるのがオチだ。


「我が妹ながら、嘆かわしい限りだな・・・」


お兄ちゃん泣いちゃうよ…と、
少しばかり芝居の掛かった声でボソリと言ってみる。
しかしそれこそが全くの無意味だと、俺はこのときもう少し学習するべきだった。


「ふん、何が嘆かわしいもんですか。寧ろ妹の恋路に首を突っ込もうとするその行為こそ、嘆かわしい限りよ」
「………。」


茫然とした、唖然とした瞳に映るのは、言いたいことだけキッパリ言ってスタスタ二階に上がっていく妹の後姿。――もう、絶句だ。
どれだけ口が悪いかは充分理解していたが、理解してるからと言って、決して慣れているというわけでは断じて無い。



―――どうしてこうも、俺の身近に居る女は皆神経が図太いんだ。



しかも毒舌ときた。
世の中の女が信じれなくなりつつあるこの心情など、きっと誰にもわかるまい…。




「お~い、聞いてるか?」



至って何も知らない、いや気付いて無い鈍感な当事者の声で、現実にカチッと覚醒する。
ゆるゆると顔をそちらに向けると、小首を傾げながら自分を見詰める黒色の双玉とかち合った。
全てはお前が男装なんかしてるから…!と、そう訴えられたらどんなに楽か…。
この何も知らない…腹立つくらいの純真無垢な澄んだ瞳を見る度に、そんな気持ちに駆られる。
しかしくどいようだが、どんなに言いたくても決して自分からは言わないと決めたのだ。
もうこれは一種の意地みたいなものかもしれないが、知ったことか。
開き直りだろうがなんだろうがどうでもいい。信用してるというのなら、相手を待つことだって大切の筈。無理に暴いてどうするというのだ。
詰って詰って、ただ相手に罵声を浴びせる。はっきり言えば、そんな行為はなんの解決にもならないし、意味が無い。
尤も、自分が信用されているのかは三年経った今でも依然ハッキリしないが、相手に信用されて無いからと言って、まして自分まで相手を信用しない等、愚かこの上無い話だ。


「なぁ、大丈夫か?さっきからなんか上の空状態だけど」
「俺にも色々あるんだよ、事情がな」
「ふ~ん…?事情ねぇ…。まぁ耄碌しないよう、鋭意気をつけろよ」


その歳で老化現象なんて、冗談抜きでヤバイからな、とキラキラと眩しいばかりの改心の笑みをもって霖枯は言う。
言わせて貰うが、俺にもし老化現象が起きたとすれば、それは半分以上お前が原因だ。
そう…心の中で愚痴ることしか出来ない自分は、男として、やはり少しばかり情けないかもしれない。
言いようの無い虚しさを感じた瞬間、霖枯はスッと立ち上がった。


「んじゃ帰るから、またな」
「おう…」
「千黐にも宜しく言っといてくれ」
「……おぅ」


最後だけ、やけに重苦しい答えになってしまったのは当然だ。
霖枯本人に返されるならまだしも、俺からなんて、千黐の気分は高い確率急降下し、悪くなるであろう。
そんな睨まないで下さい…と、肩身の狭い思いで重深い溜息を吐く自分が、今からでも充分想像できる。
和室から出ていく凛然とした霖枯のその後姿を、俺はただただ遠い目で見送った。






黄昏時の帰り道。
天を仰げば、まだ星はほんの幾つかしか姿を見せていなかった。
夏の夜は、訪れるのが遅い。
冬ではもう辺りは真っ暗に覆われる時間帯だというのに、今はまだ雲に溶けかけてる淡いオレンジや紫が、お互いに混合して辺りを包んでいるだけだ。
だけどこの、淡くて深い優しさと哀しさを含んだこの空が、私は凄く好きだった。
考えことや落ち込んだ時は、いつもこんな空を見上げながら、独り思いに耽っていた。
軽い足取りで歩くこの瞬間、生温い風が、前髪を、結っていた黒髪を少しだけ靡かせる。



―――いつになっても、訊いてこようとしない。



空を見上げる黒い瞳には、知らず陰りが浮かぶ。
それは安心してるようで、逆に残念がっているような、眼差しだった。
いっそ訊いてくれれば楽なのにと、逃げてしまっている自分が居る。





「―――もう少し、勇気があればな…」






そんな小さな呟きが、
消え行く残光を受けた雲へと囁かれた。



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