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カテゴリ:音楽
亭主はバロック音楽演奏を聴いていて、特にこの10年ぐらいの間に「テンポが随分速くなったなぁ…」と思うことがしばしばですが、皆様はいかがでしょうか?
例えばヴィヴァルディの「四季」。ジュリアーノ・カルミニョーラが弾く「夏」の第3楽章(プレスト)はとにかく超高速で、おそらく技術的に破綻なく弾ける限界に近いスピードではないかと思われます。(これぞヴィルトゥオージティ、という感じで、素晴らしい爽快感をもたらしてくれます。未体験の方は是非オススメです。) まずは協奏曲第3番の第2楽章(アレグロ)。正確なテンポはともかく、印象としてはそれ以前に聞いたことがある演奏に比べて2倍ぐらいの猛スピードで駆け抜けて行く感じで、「おぉぉっ、これってもしかしてヴィヴァルディかぁ?」。 もう一つは第6番の第1楽章で、こちらはもともと作曲者による速度記号がない、というものです。亭主がそれまでに知っていた演奏は、皆「モゴモゴモゴモゴ…」という印象なのに対して、ゲーベルのそれはやはり倍位のスピード感で、曲の印象がまるっきり変わってしまいました。 ライナーノートにあるゲーベル自身の解説によれば、「当時の演奏習慣」として現代まで(実証的に)伝わっているのは1750年以降の音楽についてであって、それ以前の演奏習慣がどういうものだったかは必ずしも明らかではない、ということです。 1750年というのは言うまでもなくバッハが没した年ですから、ゲーベルの意図は「バッハ演奏にはもっと自由度があるはずだ」ということでしょう。 もう一点、彼が強調していることとして、ブランデンブルグ協奏曲が作曲された当時(1721年頃?)のバッハ自身の年齢がやはり30歳代前半と若かった点です。 ヴィヴァルディの「四季」を含む曲集が出版されたのは1723-5年頃ですが、それに先立って「調和の霊感」(1711年)、「ストラヴァガンツァ」(1714年)と、ヨーロッパを席巻した彼の音楽が若いバッハに大きな影響を与えていたことは確実で、ブランデンブルグ協奏曲もそれ風に演奏するほうがバッハ自身の意図にも近いだろうことは容易に想像がつきます。ゲーベルは実際にそれをやってみせた、というわけです。 19世紀以来の「大バッハ」という偶像化と、それに付随した「重々しい」演奏習慣から彼の音楽を最初に解放したという点で、ゲーベルはバッハ演奏の歴史に一線を画した音楽家と言えそうです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
July 23, 2024 02:56:00 PM
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