未音亭日記

2021/09/05(日)21:54

「クラシック音楽の日」

音楽(658)

昨日新聞を眺めていたところ、一面全部を用いた広告記事の右隅に「9月4日はクラシック音楽の日」とあり、目が止まりました。見出しには「正解もゴールもないから面白い/クラシックの世界へようこそ」とあり、大きめの活字で4段ぐらいに渡ってクラシック音楽へのお誘いの文章(無署名)が載るとともに、交響曲、管弦楽、室内楽…とジャンルごとに何やらランキングのようなものとそれらのCDジャケットの画像が並んでいます。 見たところ、日頃クラシック音楽に接することがあまりない客層を狙ってクラシック音楽のCDを買ってもらおうという宣伝のようですが、記事によるとその参考にと掲げられたランキングのリストは「在京オーケストラスタッフ、CD販売店スタッフなど、約2万5千人ものクラシック愛好家へのアンケート」を基にしているとのこと。書籍でいえば書店員の人気投票で選ぶ「本屋大賞」に近いものかと思われます(ただし、「本屋大賞」の投票対象はクラシック音楽と真逆で「新刊書」のみですが)。 そこで早速ランキングに目をやると、一番左上にある「器楽曲編」で特出しにされた上位3曲が、何といずれもJ.S. バッハの作品になっていることにびっくり。(ちなみに1位は無伴奏ヴァイオリン・ソナタ/パルティータ、2位にゴールドベルク変奏曲、3位に無伴奏チェロ組曲、と選曲もかなりマニアックな感じです。)何と言ってもピアノのお稽古経験がある人口が多い日本で、ベートーヴェンやショパンのピアノ作品を差し置いてバッハの器楽曲が上位3曲を占めたのは意外です。 とはいえ、問題はここからで、件の人気ランキングはあくまで楽曲についてのもので、どの演奏家のいつの録音かについては「クラシック百貨店」と称する仮想マーケットの勧進元が選んだ音盤が並んでいるようです。そこで広告のスポンサーを確かめようと見回したところ、最下段に実に小さな活字で「発売・販売元 ユニバーサル・ミュージック合同会社」とあり、ようやく全貌が見えてきました。(亭主もそうですが、このような新聞社の企画による「広告特集」、ぼーっと眺めていると中立的な雑誌記事のように勘違いしそうになるのが危ないところです。) 前述のバッハ3作品についての推薦盤がどうなっているかというと、無伴奏ヴァイオリンについてはヘンリック・シェリングの音盤(録音1967年)、ゴールドベルクはカール・リヒター(同1970年)、無伴奏チェロはミッシャ・マイスキー(同1999年)と、いずれも今やユニバーサル・ミュージックの1レーベルとなった旧ドイツ・グラモフォンの音盤。広告のスポンサーが自社の音盤を宣伝することに異論はないものの、このようなやり方は、消費者に対して当該記事が「音盤そのもののランキング」であるとの誤解を誘導するもので、フェアではないと感じます。 また、取り上げられた録音についても、マイスキーのチェロ演奏はともかく、他の2曲の演奏は半世紀以上も前のLP時代のもの。実はこの状況、他のジャンルでも大同小異で、「20世紀の名演奏」的なものばかりです。これがクラシック音楽初心者に対する企画であることを考え合わせると、クラシック音楽界を支配するマインドセットが持つ悪しき側面である「お手本主義」(初心者に対する上から目線=権威主義)が、演奏自体の選択についても出てしまったという感じです。(私が撰者であれば、例えばゴールドベルク変奏曲なら同じDGレーベルでもマハン・エスハファニの演奏を推したことでしょう。) ちなみに、これらの音盤を購入できるという「クラシック百貨店」のホームページを見に行ったところ、驚いたことに「新譜CD」として並んでいます。要するに「名盤百選」として再リリースされたことが知れ(だったら最初からそう言えヨ…)、益々憮然とさせられる感あり。(SHM-CDとあるので何か新しい規格のCDと思いきや、音盤の材質に良いもの=Super-High-Materialを使ったというだけのことですが、あの手この手で付加価値をつけようという努力は涙ぐましいものがあります。) それにしても、器楽曲ジャンルにおける父バッハの人気ぶり、アンケートを取った側もかなり驚いた(困惑した?)のではないでしょうか。古楽ファンから見ると、これは20世紀末から現在までのピリオドスタイルの興隆が背景にある、と思いたくなります。 このところ亭主も週末の音楽の時間には父バッハの鍵盤作品をよく弾くようになり、彼の作品の魅力がどこにあるのかよく考えるようになりましたが、やはり何と言ってもイタバロ的な明朗さ(18世紀音楽の粋でもある)こそがその核心の一つで、そこに初心者も惹きつけられるのだと思います。そして、そのような魅力を最大限に引き出したのが近年のピリオドスタイルではないか、というのが亭主の見立てです。亭主は今回選ばれた音盤を眺めながら、撰者はこのような予想外(?)の人気ランキング結果に対する背景の分析が足りなかったのかも、と勝手な想像をしてしまいました。

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