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悠遊自手記@kyoto

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2019.10.26
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一昨日(10/24)のブログで鴨川の友禅流しの事に触れましたが・・・・
京都の名産を作る現場が身近にあったことの最たるものでした。

それで思い出したのですが・・・・
今日京都博物館のこの文化財の煉瓦塀の前を通り、ふと昔の光景が蘇りました。


昔、この石垣と歩道の間の一段高い長い敷石の部分にいつも扇子の骨が干されていたのです。

近所に作っている人がいて干していたのだと思いますが、大らかだったのですね。
グーグル画像で探すと・・・・有りました。
こんな形で上の写真の石の上に並べて干していたのです。


しかし、こんな干し方は見た事がありませんでした。


また、清水焼については五条坂からJR東海道線の東山トンネル、そして泉涌寺の下辺りまで窯元が沢山ありますが、沢山あった登り窯はホンの数基使われる事のない煙突が残っていますか電気窯(ガス窯も?)に代わって焚かれることはありません。

しかし・・・昔は、窯焚き屋さんなる人がいて、登り窯を焚くことを商売として、あちこちの登り窯を焚いて回っていたのでした。 
偶々近所にその職業の人が居たので知っている事なのですがそれだけで商売になるのですから如何に窯が多かったかという事の証です。

それからついでながら私子供の頃の遊び場所のひとつは通称「土取り山」と言う小山でした。
子供の頃のことなのではっきりしたことは分かりませんが、陶器材料の土(粘土)や壁土用の土を、重機なんかない時代ですので、人力で掘っていたのでした。
あちこち掘った跡に水が溜まりトンボの幼虫が生育してそれはそれし沢山の種類のトンボがいたものでした。
そこは今、京都女子大学のキャンパスの一部になっています。






最終更新日  2019.10.26 20:43:25
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2019.10.07
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2ヶ月に1回ほどプレイする4人組のゴルフを続けて来たのですが、今日をもって止めることになりました。

振り返っても、いつからか始めたか分からない遠い昔、少なくとも40年は続いて来た仲間ゴルフなのですが、数年前に1人が抜け、3人になっても続けて来たのですが、又1人が体力、健康上の問題で抜ける事になり、二人では出来ないので止む無くにです。

今まで当ブログで書いて来ました、ゴルフ場への道中に有った案山子園や 信楽の朝宮茶も宇治田原の宇治茶買いもこのゴルフの帰りの事だったのでそれも出来なくなりました。
中でも親しくなった同い年のお茶屋の主人にも会えなくなるのも残念なのですが仕方ありません、

そもそも我が家から62kmも離れた遠い三重県まで行っていたのは訳が有りました。
それはメンバーが奈良県南部、北部、京都、大阪と広範囲に住んでいるため、誰もが同じ時間くらいでいける場所となると遠く三重県だったのです(勿論安い事も決めた理由の一つですが・・・)

これからは残った二人で、近くのゴルフ場で別のメンバーとプレイするつもりですが、ゴルフ仲間も一人減り二人減り、自ずと段々回数も減り淋しい事ですが仕方ないです。

ところでそのゴルフ場で初めて見た事を書きます。
このゴルフ場は各ホールにはメインのベントグリーンとサブの高麗グリーンの2グリーンなのですが、グリーンを見ると二つの旗が立っているのです(赤矢印)


白い方は普通の旗なのでこれが使用グリーンと分かるのですが・・・


この背の低いグリーンは?? 

初めは使用禁止の旗だと思っていたのですが・・・・

近付いて良く見ると・・・


白い部分が一段低くなっていて大きな大きなホールになっているのです。
こんなに大きかったらパットに苦労せずスコアも良くなると思うのですが、果たして何の為のものか、さっぱり分かりませんでした。

グランドゴルフなるものについては全く知識が無いのですが、グランドゴルフ用に休日にコースを貸し出す為なのか、超年寄り用に備えたものなのか???

帰りに訊ねてみようと思いながら忘れて訊かずに帰ってしまいました。
さて何の為のものなのか、お分かりの方おられたら教えて下さい。全ホールに備えられていました。






最終更新日  2019.10.07 20:41:02
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2019.09.16
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テレビのあおり運転の報道の中で、『前の車がどいてくれなかった』云々という言葉を聞きました。
『どく』?ではなくて『のく』でしょ!  と思わず思ったのですが・・・、しかし『どく』も聞くことがるので何処かの方言かと思い調べると・・・
この言葉は漢字では『退く』であり、どちらも広く使われているらしいのですが、どちらか言うと『どく』が優勢でも『のく』は京都の方言という解説もありました。
『のく』『のいて』なんて言いませんか??  

もう一つ最近の事ですがメールに『顔がさす』と書こうとして、ふと『さす』を漢字で書くために調べると『差す』と書かれているのですが、『障す』とも書かれていました。

意味の上では『障す』だとおもうのですが、こちらは『差す』が優勢でした。
ややこしいので結局、平かなで『顔がさす』と書いたのですが・・・
漢字を調べていて分かったのはこの『顔がさす』という言葉も京都弁とも書かれていました。
『顔がさす』なんて言いませんかね???
例えば『地元では顔がさすから・・・・』なんて言い方常套句だと思うのですが・・・







最終更新日  2019.09.16 19:57:08
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2019.09.14
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京阪電車七条駅にこんな案内板があります。

園部町(現南丹市) にあるこの大学が京阪電車七条駅傍の元・貞教小学校の跡地に京都キャンパスを建てて進出したのが確か昨年4月だったと思います。

さて、この大学を含め、京都には『京都』と『芸術』や『美術』の付いた名前の大学が3校有ります。
1. 京都市立芸術大学
2. 京都造形美術大学
3.   京都美術工芸大学(上の写真)

これら名前の良く似た大学ですが、このままですと混同されることもなく問題が無いのですが・・・

この度、2の大学が校名から「造形」の字を無くし『京都芸術大学』に変更することを発表したのです。
それに「待った」をかけたのが1の大学と京都市です。
それもまた当然と思います。
「京都市立芸術大学」と「京都芸術大学」ではどう見ても混同されるのは間違いないと思いますが如何でしょう??
動向が気になる所です。

それからもう一つ。
この京都市立美術大学は昔は今の智積院の横にあったのですが、西京区の大枝に移転していたのです。(跡地を智積院が買収した)
ところが、今度京都駅にも近く京阪七条駅にも近い鴨川西岸に移転して帰って来るのです。

即ち、京阪七条駅で鴨川を挟み、北東に3の京都美術工芸大学が、南西に京都市立芸術大学が対峙することになります。
七条駅でこれらの大学への道を尋ねる人、尋ねられた人、名前も良く似ているのでこれもややこしい話になるのではと思うのですが・・・・。
こちらの方は場所が変わるだけの事なので仕方ない話です。






最終更新日  2019.09.14 20:51:57
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2019.08.30
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昨日のブログで幟に染められていたこの紋について・・・・

次の様に書きました。
「2. 菊の紋と橘の紋については橘の紋の事は分かりませんした」

そして、東の料理人さんからは次のコメントを頂きました
「ご紋は「菊」というより「桜」に見えますが、どうでしょうか?「橘」との組み合わせ、なぞですね???」

気になりましたので調べて見ますと・・・・
先ず私が「菊」と書いたのは先入観からの話間違いで、東の料理人さんご指摘の通り「桜」でした。

「桜」と「橘」・・・と来ると・・・・成る程「左近の桜」「右近の橘」由来の紋でした。
(御所にも、平安神宮にも「左近の桜」「右近の橘」が存在します)

色々検索していますと平安神宮の石碑のこの写真に行き当たりましたのでお借りしました。


幟どころか、こんなに大きな石碑にちゃんとその紋がつけて有りました。

ゴルフの話、お茶の話から派生して、時代祭りや平安神宮について勉強させて頂きました。






最終更新日  2019.08.30 21:21:09
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2019.08.29
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昨日この写真を載せて時代祭りの裏方さんのことに少し触れましたところ・・・・

東の料理人さんから質問を受けました。
私も詳しい事を知らないので、この裏方さんをしている友達に電話で訊いた事を書きます。

1.  徳川城使上洛列 は 徳川の城使の上洛の列と云う意味らしいです。
 江戸時代年に一度江戸城(徳川)から城使が天皇へ表敬、(実態は監視)のため200人余の行列で上洛し、
 二条城に入り、正装して御所に赴いたらしいのです。
 その行列を再現する為、祭りも約200人の行列を作るらしいのですが、色々の位の正装を用意するため
 種類も多く大変らしいです。

2. 菊の紋と橘の紋については橘の紋の事は分かりませんした。

3. 毎年地区の役が変わり、今年のこの地区は「 徳川城使上洛列 」ですが来年は変わるので、この幟は今 
 年の為だけのものだとか。

4. 昨日のブログに書きました「ここ」を見て下さった方は見られたと思いますが、例年10/22のものが 
 今年は10/26になりました。
 その訳は、10/22には皇居・宮殿で新天皇の「即位礼正殿の儀」が行われるので、祭りが同じ日となる
 のを避けて、新天皇即位を市民として共に祝う為とか。
 (日にちが変更になり平日でなく、土曜日実施となった為、世話役としては人を集め易くなって助かっ
  とか)






最終更新日  2019.08.29 21:03:42
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2019.08.28
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一昨日のブログにゴルフ友達が減る話を書きましたが、今日は期限付きでゴルフ友達が減っている話です。

そのブログに書きましたゴルフ帰りに買ったお茶の内、友人から頼まれていた分を家まで届けに行ったところ、玄関にこの幟が立っていました。
10月に行われる時代祭りの地域実行委員会の幟です。

祭りは10月ですが、早くから市内の各地区で準備が行われるのですが、訪ねた友達は地区の世話役(委員長?) をしているのです。(勿論、毎年行列にも出ます)

打合せ会が頻繁に行われ、決めなければいけない事、やらなければいけない事が山積して落ち着かない日が続いているらしいのです

そんなことで、この友達は時代祭りが終わるまでは落ち着かないのでゴルフに行く気になれないと宣言していたのですが・・・この幟を見てさもありなんと、時代祭りが終わったらゴルフを、と約束して帰って来ました。

時代祭り 詳しくはここ​を。






最終更新日  2019.08.28 20:35:27
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2019.08.27
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今まで何回も書いていますが、最近私の行くゴルフ場は超近場のゴルフ場と遠く62km離れた三重県のゴルフ場に限られています。

遠く三重県まで行くのは私の自宅からは遠いのですが、他のメンバーの住所との兼ね合いで行くのですが、私としては途中のお茶どころ宇治田原や信楽の朝宮を通るのでついでにお茶が買える都合が良いゴルフ場だったのです。

昨日はその三重県のゴルフ場へ行ったのですが、(その為帰ってバタンキューで更新を休みました) 
このゴルフ場は季節にもよりますが、コース内をカートで走れるので歩く距離短くて済むという、年寄りにはメリットがあるので助かるゴルフ場でもあります。



以前は4人のメンバーだったのですが、体調面で一人が抜け、3人になっても長く続いて来たのですが、昨日メンバーの1人から次回をもってゴルフを止めますとの宣告(?)を受けました。

・・・・とすると二人では出来ないので、ここでのゴルフ場は自然消滅せざるを得ず、残った二人でもう一つの近くのゴルフ場で他の友達とプレイすることになりました。

思えば、沢山いたゴルフ仲間も事情は・・・亡くなったり、介護の為だったり、体力だったり・・・・色々ながら一人減り、二人減り・・・益々世の中(?)狭くなって来たのも自分の年齢を考えると自然の成り行きと諦めざるを得ません。

・・・という事でタイトル通り、あと一回(10月)でこのゴルフ場も、親しくなったお茶屋のおじさんともお別れです。
そうそう何回も書きました、途中の案山子園は昨日も看板と敷地はそのままながら案山子は一人(?)も居なかったのですが、10月どうなっているのか??も見納めです。






最終更新日  2019.08.27 14:29:34
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2019.08.20
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京都新聞のバックナンバーを読んでいて五山の送り火の記事をふたつ見つけました。

ひとつは送り火の翌日の記事でしたが・・・

さすがプロ、月と一緒に画面に収めるとは・・・
出町柳での撮影です。
『大文字 後ろの月が 艶競う』  詠み人 盛秋(せいしゅう)閑人


もう一つはこの記事です。
五山、五山と言っています送り火ですが、明治時代まで『い』の字があって六山だったとか。



この事を私は全く知りませんでしたが、今の人で知っていた方おられたのかなぁ??

祇園祭で、150年ぶりに復活した大船鉾が有ったし、他にも確か復活する「山」がある事を聞いた気がします。
この『い』も復活の話がないのかなぁ??
復活すれば正に『六山の送り火』ちょっとゴロが悪いですが・・・。






最終更新日  2019.08.20 20:16:40
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2019.08.18
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干支の話ではありません(笑)
つい先日。北海道の札幌 で住宅街にヒグマが現れたニュースが報道されました。

京都市は東山区の地蔵山墓地、智積院の墓地では猿が出没注意のポスターが貼られていたことが有りましたが、今度は・・・
こんなポスターが貼られていました。


猿もイノシシもお墓参りの時期にはお供えものがある事を知って、この時期に出没するのかも知れません。
それにしても注意を促す効果が有る様に思えない絵柄なのが面白いです。

今でこそ京都市と言われますが鴨川の東(左京区の大半し北区、東山区区の一部)は明治21年に京都市に編入されるまでは愛宕(おたぎ)郡と言われた田舎だったので、まだその名残か旧市内には出ないイノシシや猿も、未だに出没するのでしょう(笑)
そういえば札幌でヒグマが現れた南区と云うのも市内とはいえ、自然の残る都会なのでしようね??






最終更新日  2019.08.18 21:52:46
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