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2020.02.10
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カテゴリ:カテゴリ未分類
​​​​タイトルを『うれしいなあ たのしいなあ』に変えましたが、昨日はその言葉に『懐かしいなあ』を加えることが出来ました。

・・・と言いますのは、昨日は隠れ家で高校2年生有志のミニクラス会をしたのです。
元は13人だったのですが、鬼籍に入った人3人、体調不良で参加できなかった人が2人で、昨日集まったのは女性2人、男性6人の計8人でした。
高校2年と言いますのは、我々の時代、3年になると受講科目によりいクラスに関係なく各々がバラバラにその科目を受講するシステムだったのでクラス意識が余りなかったのと、修学旅行も2年の3月だったので3年のクラスより、2年生のクラスごとに同窓会が有る方が多いのです。

さて、そのクラス会ですが、幹事は別にいるのですが、場所提供しているので設定は私の仕事・・・
いつもの様に、歓迎の黄色いハンカチを揚げ・・・

くん製は時間が掛かるので集合時間より1時間前からかかりました。

おつまみなど食べるものは分担して持参スタイルでしたのでまだ机の上には何も載っていません。

朝から小雪がちらつく生憎の天気で、何度も雪やあられが降ったのですがそんなこと気にもせずに・・・ストーブを囲むこのスタイルで・・・・。


今まで色々の「会議」をして来ましたが・・・今回は最長記録でした。
11時集合でお開きが5時半、なんと6時間半の長丁場の会議だったのです。


あとで数えると缶ビール18本、720ccの日本酒2本、勿論コーヒーなど他の飲み物も・・・

さてこれが多いか少ないか判断出来ませんが良く飲み、良くも食べ、良くも喋ったものでした。

何しろ6時間半 の長い会議 ? でしたから高校時代の懐かしい思い出話から多岐多様にわたり・・・・
病気のことは変わらぬ話題でしたが、子や孫のことは話題にのぼらず、今まで話題にもならなかった、相続問題が話題の一つになったのは、子や孫がコントロール下を外れたのと、みんなが一層年齢を重ねて「相続」という事を意識するようになったことの現れなのでしょう。


・・・という事でアルコールが沢山入り、昨日のブログ更新が出来なかったのでした。​​​






最終更新日  2020.02.10 19:58:42
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2020.01.30
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日頃やかましい京都女子大の校舎建て替え工事なのですが・・・・
静かなのでクレーンを見上げても昼休みでも無いのに動いていないのです。
何故かな?? と思ったのですが、「ああそうか ! !」と思い当たる節が・・・・

しょうもない事ですが疑問に思ったら確認する・・・・と言う事でわざわざ正門まで見に行きますと・・・門を閉ざして・・・人影もなく・・・


やはり推測通り、今日は入学試験なので・・・・

工事は全面的に休みという事。

やかましいから工事を休むという事はやかましい事を認めている事、近隣の日頃のやかましさは辛抱しろという事なのでしよう。
入学試験中でも工事が出来る程の静かな工事をして貰えば良いと思うのですが・・・・。






最終更新日  2020.01.30 20:46:51
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2020.01.23
カテゴリ:カテゴリ未分類
​​​​​​朝刊の一面下のコラムの名前は朝日新聞の「天声人語」が余りにも有名ですが、読売新聞では確か「編集手帳」で、我が家の購読紙の毎日新聞は「余禄」です。

今日(1/23) の余禄を読んで「探梅」と言う言葉が目に入りました。
ここなのですが・・・・

『いち早く咲いた梅の花を探し・・・』 
netで検索すると・・・
探梅」の意味は冬、早咲きの梅を求めて山野に出掛けること。と書かれていました。なるほどなるほど、なかなか良い言葉、これを知って私の語彙がひとつ豊富になりました。

1/19のブログに、この一輪咲いた梅を探したことを書きましたが・・・
差し詰め、その時に「探梅」なんて表現をしていたら文章に一段と趣があったのに・・・・なんて、あとの祭りですが・・・。

「探梅」と言う言葉を知って、我が隠れ家の一方梅は・・・・と改めて見ますと・・・まだまだ蕾固し・・・・当分一輪も咲きそうに有りません。​



蕾は硬くて絵にならない代わりに、雨のあとのこんな素晴らしい姿を見せていました。


我が家の「一方梅」の名前の由来は​ここ​を。
​​​​
昨日の記事に誤りがある事の指摘を頂きましたので訂正します。

市電の番号で北から来て真っすぐ南へ走るのを9番と書きましたが、正しくは7番でした。昨日のブログも訂正しました。


 


​​






最終更新日  2020.01.23 21:15:27
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2020.01.20
カテゴリ:カテゴリ未分類
​​​​​昨年12/22のブログで京都女子大のこのポスターの事を書きました。


分かったようで分からないこのフレーズ、分からなくても注目されれば目的達成と言うところなのでしょう。
そんなことで大学の宣伝が気になる様になったのですが・・・・そう言う目で見て行くと色々あって面白いです。

この世界が求める工学部のある大学は去年まで京都学園大学と言ったのですが・・・日本電産創業者の永守氏が理事長に就任して、改革の一環で校名まで「京都先端科学大学」に変わったのですが・・・・


また、寝屋川市にあるこの役立つ大学は大阪電気通信大学で・・・

・・・・・ここまでは意図するところが分かるのですが・・・・

京阪電車の車内のこの宣伝はちょっと首を傾げました。
​​​
積極」でなく「摂極」とは????
良く見るとこれも寝屋川市(枚方市にも)にある摂南大学の宣伝でした。
「摂南で学問を極める」・・・・なるほど・・・
確かに何??? と人の目を引き付ける効果ありそうです。
​​






最終更新日  2020.01.20 20:38:37
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2020.01.09
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私の備長炭の定義は『和歌山産のウバメガシで作った炭』だったのですが・・・・。

7~8年前に成るかと思いますが、和服の反物に糊付けすることを専門にされる業者さんが廃業されることになり色々のものを貰ったことがありました。

前に書きました伸子(しんし)もそうだったのですが、その時乾燥用に使われていた備長炭も貰ったのでした。
火鉢もあるし、焼き肉にも使えるし、お茶の釜にも使えるし・・・と思ってのことでした。
ところが殆どと云うより全然と言った方が良い程使わないまま眠っていたのです。

この度友達が自宅で炭を良く使うということで、私が備長炭を持っている事を知っていてくれないかと頼まれたので配達することにして出して来たのがこれなのですが・・・
見た目はまるで金属、拍子木の様に打つとキーンという金属音がする正に備長炭です。

車で配達? とすると長らく置いていた為、段ボールの底が抜けそうなので底に板を当てて補強しようと思い見ると『日向・・・』の文字が・・・
日向は宮崎ですが、和歌山の小さな地区の「日向」か屋号かなと思いながら別の面を見ると・・・

何なに??  宮崎県の字が・・・宮崎産でも備長炭と名乗っても良いのか?? と思いつつ、また別の面を見ると・・・


何なに?? ウバメガシでなくてただのカシなのです。

ウバメガシもカシの一種なのでしようが、産地と言い、原料と言い私の思う備長炭から全て外れているのです。

そのようなものを備長炭と言って良いのか疑問に思い、ネットで検索して見ますと・・・次の様に解説されていました。

『紀伊田辺の商人備中屋長左衛門(びっちゅうや ちょうざえもん)が、ウバメガシを材料に作り販売を始めたことから、その名をとって「備長炭」の名がついた』とここまでの説明は分かっていたのですがその後に 『狭義にはウバメガシの炭のみを備長炭と呼ぶが、広義において樫全般、青樫等を使用した炭を指す場合もある。外国産のものを備長炭として販売する業者があるが、広義においてもそれらは外れるので注意が必要である。

なる程ウバメガシでなくても備長炭と言えるのかと納得でした。
また、和歌山産でないと備長炭と云わないとも書いていないのでそれも良いという事でしよう。

しかし、備長炭は和歌山産、原料はウバメガシでないと・・・
ウバメガシは根元で切るとその「ひこばえ」が生長して数年後には又、炭の原料になるので周期的に山を回って炭を作る合理性があると聞いているのですが、「樫」もそうなんでしょうかね??








最終更新日  2020.01.10 12:24:33
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2019.12.22
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今年も早やクリスマスも正月ももう直ぐなのに、温かい日が続いています。
温暖化問題や経済の為には有難くないことなのでしょうが、凡人には有難いことです。
そんな中、街角でこんなポスターを見かけました。
『底冷えの京』『京の底冷え』なんて言われますが、最近は何処でもまんべんなく寒く、まんべんなく温かいのではと思うのですが・・・如何でしょうか?? 
やはり、言葉通り、京都は寒いですかね??

京都女子大でこんなポスターを見ました。

分かったような分からないようなキャッチフレーズ・・・
詳細の記述を拡大しますと・・・


・・・を読んでも分かったような分からないようなことには変わりありませんでした。






最終更新日  2019.12.22 20:36:18
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2019.12.13
カテゴリ:カテゴリ未分類
京町家の定義はさまざまで統一はされていなくて「これが京町家」と簡潔に表現することは難しいと思いますが、
京都市の定義として「1950年(昭和25年)以前に伝統的木造軸組工法で建てられた木造家屋」とされていいることは前に書きました。
我が隠れ家は碁盤の目の街にはありませんが、この条件を満足し、京都市が選定する町家リストにも記載されているので京町家に含まれると思っていたのです。

ところがそれは景観上のことであって、条例上は京町家と認められていなくて、認定の申請をして認められて初めて条例上の京町家となることを知ったのでした。
以前に市役所に通っていることを書いたのはこの認定を取る為でした。
結果・・・少し前にその認定を受ける事が出来たのですが・・・

今なぜこのようなことを書くかと言いますと、今日黒塀の塗装をしながらこの塀も認定に寄与したのだと思い出したからなのです。
今日は昨日に引き続き雨が侵入する部分に新たに板を張り・・・


黒さの濃い部分の防腐剤を塗り、あとは右の方に防腐剤塗れば。取りあえず外側は完成で。あと半日仕事まで追い込みました。


町家認定の申請には図面等の資料も添付しなければなりませんが、種々チェックリストがあって「高塀」がある事もプラスポイントになったのでした。

碁盤の目の中にある純粋の町家なら満足する項目が沢山ありますが、碁盤の目の街の外にある家はそうもいかず塀がポイントの助けみたいな感じだったのでした。






最終更新日  2019.12.13 21:59:26
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2019.12.01
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こんなポスターを見かけました。


今や西国三十三ヶ所巡りも、四国八十八ヶ所も「納経」と云うよりスタンプラリー化している事は事実ですが、こう正面から「スタンプラリー」と云われるのもどうかと思うのですが・・・

四国八十八ヶ所を一緒に回った高校同窓生から、先日「西国三十三ヶ所を回ろうと思うけど一緒に回らないか?」との誘いを受けました。
ところが、私は西国33ヶ所は納経軸持って回り、満願ののちに小学校同窓生の表具屋さんに表装をしてもらい完遂したことになってはいるのですが・・・・
実は、母親が回っていて回り切れなかった残りを引き継いで回った所と、朱印を貰う事に関係なくお参りした所を差し引くと、朱印はあるけどお参りしていない札所があるのです。

そこで全部は一緒に行けないけど、行っていない所は一緒に行くので誘ってと頼んだのでした。
頼みはしたけど、行っていない札所がどれだけあるか、札所一覧でチェックすると、なんとなんと10ヶ所もあるのです。
10ヶ所もお参りしたことが無いのに、頭の中でしお参りした気持ちになっていたのです。
早速誘ってくれた友達に行ってないリストを渡して、誘って貰わないと・・・

そのお参りしていない先は・・・3番粉河寺、4番槇尾寺、5番葛井寺、21番穴太寺、22番総持寺、23番勝尾寺、24番中山寺、25番清水寺(播州)、26番一乗寺、30番竹生島・宝厳寺なのです。

・・・という事で又々目標が出来ました。

事情により、明日から5~6日更新を休ませて頂きます。






最終更新日  2019.12.01 21:28:15
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2019.11.07
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今日は久しぶりに近場のゴルフでした。
このゴルフ場は従来月一回は行っていたのですが、ここ暫く行くことが出来なかったのです。

・・・と言いますのはこのゴルフ場でゴルフする仲間が時代祭りの実行委員に任命され、とてもゴルフなんかする余裕がない、時代祭りが終わるまで待ってくれと宣言したからでした。

その時代祭りが10/26に無事終わったので、早速ゴルフへという事何なったのでした。

その彼から今日ゴルフ場で貰ったのがこれです。


彼の学区の役は「徳川城使上洛列」だったのでその図柄の日本手拭いと、同じ図柄の扇子です。




扇子の裏側は葵の紋の図柄です。


聞く所・・・徳川城使上洛列と云うのは、徳川幕府が朝廷の大切な儀式や大礼、年始の際に「城使」を上洛させ、皇室に対し礼を厚くしていたのですが、その行列の再現で、詳しくは下の記述を読んで下さい


なんでも、この行列だけで、行列で歩く人、裏方等合わせると200人近い関係者がいたらしいのですが、そんな多くの関係者を纏めるとは確かにゴルフどころではなかったと思いながら貴重な記念品を貰って来たのでした。






最終更新日  2019.11.07 21:05:31
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2019.10.26
カテゴリ:カテゴリ未分類
一昨日(10/24)のブログで鴨川の友禅流しの事に触れましたが・・・・
京都の名産を作る現場が身近にあったことの最たるものでした。

それで思い出したのですが・・・・
今日京都博物館のこの文化財の煉瓦塀の前を通り、ふと昔の光景が蘇りました。


昔、この石垣と歩道の間の一段高い長い敷石の部分にいつも扇子の骨が干されていたのです。

近所に作っている人がいて干していたのだと思いますが、大らかだったのですね。
グーグル画像で探すと・・・・有りました。
こんな形で上の写真の石の上に並べて干していたのです。


しかし、こんな干し方は見た事がありませんでした。


また、清水焼については五条坂からJR東海道線の東山トンネル、そして泉涌寺の下辺りまで窯元が沢山ありますが、沢山あった登り窯はホンの数基使われる事のない煙突が残っていますか電気窯(ガス窯も?)に代わって焚かれることはありません。

しかし・・・昔は、窯焚き屋さんなる人がいて、登り窯を焚くことを商売として、あちこちの登り窯を焚いて回っていたのでした。 
偶々近所にその職業の人が居たので知っている事なのですがそれだけで商売になるのですから如何に窯が多かったかという事の証です。

それからついでながら私子供の頃の遊び場所のひとつは通称「土取り山」と言う小山でした。
子供の頃のことなのではっきりしたことは分かりませんが、陶器材料の土(粘土)や壁土用の土を、重機なんかない時代ですので、人力で掘っていたのでした。
あちこち掘った跡に水が溜まりトンボの幼虫が生育してそれはそれし沢山の種類のトンボがいたものでした。
そこは今、京都女子大学のキャンパスの一部になっています。






最終更新日  2019.10.26 20:43:25
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