2013/07/18(木)10:59
ギレイ――046不審者
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<1>
「よし。獅子、急ごう! 次だ!」
雰囲気を壊したのは儀礼だった。
慌ただしく駆け出してゆく儀礼。後を追って走る獅子。
「次はどうするんだ?」
獅子が問いかけると儀礼は足を止めた。
ドアをふさぐように、先ほど見た老人が立っている。
「?」
儀礼を見ると、儀礼は老人を睨みつけている。
「通るので、どいてもらえませんか?」
儀礼の声は冷たかった。
(剣を狙ってると言う奴か?)
状況が分からない獅子。
老人は別に獅子の方を気にしている様子はないし、周りに誰かが隠れている気配もない。
だが、老人は、嬉しそうな顔をすると儀礼の手を掴んだ。
「いやぁ、長生きしてみるもんだ。こんな美人には会ったことがない。わしの死んだ妻もかなりの美人じゃったが、あんたはそれ以上じゃ。まるで天から舞い降りたようじゃな」
しゃべりながら老人は、儀礼の手をなでなでとさすっている。
儀礼の顔がひくついている。相当嫌なんだろう。
「夕食はとったか? わしの家は近いんだ、よかったら一緒にどうかね?」
頬を赤らめて上機嫌な老人。
(老人に手上げるのは気が引けるんだがなぁ)
獅子が頭をかきながら、老人に一歩近づいた時だった。
シュッ
儀礼が、小さなスプレーを老人の目の前に出し、吹きかけた。
バタリ
老人は、一瞬のうちに地面に倒れこむ。
「おい! やりすぎだろ。お年寄りに……!」
驚いて、スプレーを取り上げようとした獅子だが、儀礼は冷静に言い返してきた。
「おとなしくついてってみろ、三時間後には、蝋人形にでもされてコレクションルームに飾られるぜ」
軽蔑したような目で老人を見据え、さっさと行こうとする。
「な、どこにそんな根拠があるんだよ。ただ、ナンパなじいさんかも知れないだろ!?」
(ナンパなじいさんて……)
怒りを込めて詰め寄る獅子と、困ったように視線を逸らしうつむく儀礼。
「子供の頃……」
小さな声でしぼり出すように儀礼がつぶやく。
「なんだ?」
獅子は強い語調でたずねる。
「そんな目に遭った。……その時は父さんが助けてくれたけどな」
いつも、そんなやつばかり寄ってくる。こんな見た目のせいで……。呪いではないかと最近儀礼は思う。
「それと、このじいさんと、まるきり関係ないだろ」
同じ村で暮らしていてそんな事件があったと、知らなかったことに驚いた分、語調は静かになる。
「こんな時間まで、管理局に入り浸ってるコレクターで、手にろうのにおいがしみこんでいて、喋る口調と触り方が同じだった」
獅子の調子に怯えている儀礼はまるでしかられている子供のようだ。頬をかく獅子。
「はぁー」
ため息を一つ吐くと、獅子は気分を変えた。
「ま、お前がそんだけ言うならいいや。今は利香の事だな。一人で置いてきてんだし」
そのうち目、覚ますだろ、と獅子は老人をかかえドアの前からどかす。
<2>
「じゃ、僕はちょっと雑貨屋寄ってくから、拓ちゃんに連絡しておいて。同じ宿にいるはずだから」
管理局から出ると、儀礼は獅子に言った。
「了解。じゃ、先行くな」
黒いマントをはためかせると、あっという間に走り去っていく。
「僕も行くか」
儀礼は近くの雑貨屋に寄り、必要な物を揃える。
長い黒髪のかつら、利香の着ているようなほんのりピラピラのお嬢様っぽい服。いくつかの化粧品類。
選びながら自分の考えた作戦とはいえ気分が沈む。閉店間際のため人がいないことにわずかに救われる。
店のおかみさんは、特にあやしむ様子もなく、儀礼の会計を済ませた。
「お譲ちゃん、こんな時間に一人で買い物かい? 気をつけなよ。最近若い娘が3人も行方不明になってるんだから」
おかみさんの言葉に、儀礼はおっとりと微笑んで見せる。
「連れがいますので。ありがとうございます」
内心はかなり複雑な心境だが、微笑みの下に隠しておく。
その微笑にすっかり心奪われてしまったおかみさん。
儀礼の出て行った扉を見つめたまま顔を赤くしている。
「世の中にはとんでもなくきれいな娘もいるんだねぇ」
夢見心地のままつぶやいていた。
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