千夜の本棚 ネット小説創作&紹介

2013/04/11(木)01:53

242バクラムの家2

本棚  ギレイ(516)

ギレイ目次  儀礼は案内されて、リビングに通された。 全員が余裕で座れそうな広いその部屋のソファには、先客がいた。 「……何で、いるんですか。」 思わず、儀礼の口から言葉が漏れてしまった。 「休みでな。」 ユートラスにいるはずの、金髪・緑の瞳の先客は、ティーカップを片手に、我がもの顔でくつろいでいた。 「ハハハ、忘れていた。うちの長男だ。」 冗談めかしてバクラムが言う。 「初めまして。」 バクラムの長男と言う人に、儀礼は頭を下げてみた。 「ユートラスの遺跡のマップがいくらか手に入ったんだが、……初めて会う人間には見せられませんね。」 その男は見映えの良い顔に合う、爽やかな笑顔を見せた。 「お久しぶりです、アーデスさん。お元気そうで何よりです。日頃から苦労をおかけし、申し訳ないと思ってました。」 遺跡探索の先駆者に向かい、儀礼は胸に手を当て、心情を訴えた。 「変わり身の早い。」 呆れたようにアーデスが苦笑する。 「いえ、正直なところです。」 手を胸から外し、儀礼はアーデスに近付く。 その人物がやっているのは、儀礼を守るために、ユートラスへ潜入すると言う危険な仕事。 「無事な姿が見れて安心しました。ありがとうございます。」 儀礼は微笑み、初めに感謝を伝えるべきだったと反省する。 いるはずのない人間の姿に、動転している場合ではなかった。 「正直、ですねぇ。」 あっけに取られた様子で、アーデスは儀礼を見た。 その言葉に、上位研究者失格と言われたような気がして、儀礼は小さく瞳を伏せる。 奪われてならない情報を持つなら、心の内を読まれることに、警戒しなければならない。 「気をつけます。」 今一度『Sランク』であることの自覚を持ち、儀礼は顔を上げた。  アーデスは何か考えるようにして口を開く。 「では、マップは後で送っておきましょう。」 「やった! ありがとうアーデス!!」 アーデスの言葉に、喜色満面に瞳を輝かせて、儀礼は笑った。 両の手は嬉しそうに拳まで握り締めている。 その姿からは、内心を隠す気があるようにはまったく見えなかった。 「正直、ですね。」 呆れたようにアーデスは呟いた。 コレをアーデス達はたくさんの敵から守らなければならないのだ。 世界を滅ぼすような情報を大量に持った子供。 ユートラスの動きは、アーデス達が思っていたよりも本格的なものだった。 頭の痛くなる思いでアーデスは溜息を吐いた。 「そっか、正直じゃないんだよね。」 突然、儀礼は考えるようにして目を細めた。 儀礼の視線の先、座っているアーデスの額に汗が浮く。 「……お前、本気でコロスぞ。」 低い、アーデスの声に儀礼は緩やかに視線を逸らした。 「左目、どうしたの? 眼帯でもしてた?」 視線を逸らしたまま、儀礼は聞く。 アーデスは何も言わず、深呼吸するように大きく息を吐いた。 「怪我じゃないみたいだけど。」 儀礼は首を傾げる。 「……ものもらいだ。」 「アーデスでもかかるんだ。」 驚いたように儀礼は瞬く。 「お前、次に無断でやったら、命の保証しないぞ。」 目を鋭く尖らせ、アーデスは儀礼に警告する。 「ちょっと『見た』だけじゃないですか。」 口を尖らせ、儀礼は不満をもらす。 「それが、凶悪だって言ってんだ。」 頭を抱え、アーデスが項垂れるように言った。酷く疲れているようだった。 「ギレイ、お前も立ってないで座れ。」 バクラムに言われ、自分以外が皆、すでに座っていることに儀礼は気付いた。 しかし、今の立ち位置だと自然、儀礼はアーデスの隣りに座ることになる。 別に文句があるわけではないのだが。 「あ、そうだ。バクラムさん、これがお願いした『蒼刃剣』です。」 背中からその長い剣を取り出し、儀礼はバクラムに差し出す。 それが背中にあったために儀礼は座ることができなかった。 「お前、どうやってこれがそこに入ってた……。」 バクラムが頬を引きつらせる。 「ぎりぎりフードで隠れてたんです。」 事も無げに儀礼は言った。  そこにばたばたと年長の三人が入ってきた。 どうやら上掛けを置いてきたらしい。 先程の布を巻いたような服ではなく、普通の服になっている。 体の大きなカナルが、空いていた二人掛けのソファーにどかりと腰掛ける。 長男のシュリはバクラムの隣りのスペースに座った。 長女のラーシャが、さっき儀礼のいたアーデスの隣りに座った。 ラーシャの膝の上に、2歳のネルイがよじ登って座っていた。  儀礼は近くの空いている場所に座らせてもらう。 ラーシャがよく見える位置にいるのは、偶然だ。 隣には奥さんのメルと小さなチーシャ。ピクリともせずよく眠っていた。 アーデスの体に、やんちゃそうな末弟ケルガがよじ登っている。 子供に慣れているというか、動じていないアーデスに、儀礼は笑えてきた。 「なんだこれは! どう使ったらこんな風になるんだ。」 驚いたというバクラムの声に、儀礼はそちらに意識を戻す。 そこにあるのは醜いほどにゆがんだ細い剣。 研いで研いで、磨り減らしたかの様ないびつな刃。 「えっと、色々ありまして……。」 まさか、殺人鬼の使っていた物だ、とは小さな子供達の前では言えない。  バクラムの声に驚いたのか、1歳の娘ミーが母親のメルの所までよちよちと歩いてきた。 その一歩の幅が凄く狭くて、可愛い。 「あこ、あーこ。」 メルの服を引き、しきりに何かを言うミー。残念ながら、儀礼の言語能力でも理解できなかった。 「あー、ミーごめんね。母さんはチーシャ抱っこしてるから、ミーは『お兄ちゃん』か『お姉ちゃん』に『抱っこ』してもらって。」 メルが、所々の言葉を強くして、丁寧にミーに語り掛けた。 こんなに小さいのに、それで分かるのだろうかと見ていたら、しばらく泣きそうな顔でメルの服を引いていたミーが隣に座る儀礼を見た。 「来る?」 儀礼は思わず、両手を出してしまっていた。 小さなぬいぐるみの様な体は、すんなりと儀礼の手へと寄ってきた。 その可愛らしいものを儀礼は膝の上へと抱き上げる。 柔らかい感触、暖かい体温、ミルクのような小さい子特有の匂い。 「この大きさで動いてるのが不思議です。」 今度はさらに小さな神秘を、儀礼は抱きしめてみた。 「この剣がどうなってたって?」 バクラムの声にはっとし、儀礼は膝の上の温かいミーから『蒼刃剣』へと視線を戻す。 「元はその芯の上に、加工された青い刃がありました。なんとかならないでしょうか。」 不安そうに儀礼は尋ねる。 「予想以上だな。これでよく形を残していると思える程だ。本来なら崩壊が起きていておかしくない状態だな。」 難しい顔でバクラムは唸る。 古代遺産は何千年もの間、形を保っている頑丈な物だが、その物を構成している魔法や核となる物質に損傷があると、あっという間に崩壊を起こして壊れてしまう。 「町を壊す位、普通に使えたらしいんですが。」 儀礼の言葉に子供達が目を見開いた。口を滑らせたらしい。 「あの……木箱で作った偽物の町です。えっと、剣の練習用にね。」 幼い子供達に、儀礼はにっこりと笑ってみせる。 驚いたような顔をしてはいるが、こくこくと血色良く頷く姿は納得してくれたらしい。 青い顔で引かれでもしたら、儀礼はきっとバクラムに睨まれる。 「ギレイ。そのフォロー、俺達には無効だぞ。」 引きつった顔でシュリが言った。カナルとラーシャが視線を逸らして、頷いている。 青い顔ではないので、大丈夫だろう。 「シュリ達なら問題なし。」 儀礼はまた、にっこりと笑う。 「もう少し用心しろ、ギレイ。」 呆れたようにアーデスが言った。 「あ、はい。すみません、配慮が足りず。」 小さな子供の前で、不用意なことを言ってしまった儀礼は、バクラムに頭を下げる。 「それじゃない。その、警戒心のない顔だ。」 何がおかしいのか、口元を押さえ、笑うようにしてアーデスが言った。 「笑顔も悟られなければ、ポーカーフェイスです。」 にっこりと儀礼はアーデスに笑ってみせる。 その隣りで、たまたま目が合ったラーシャが、慌てたように儀礼から目を背け、隣のアーデスを振り返る。 アーデスの笑みが引きつった。 「お前の笑顔はある意味、害だな。」 「酷い言い様ですね……。」 儀礼は傷ついた気分で視線を逸らし、膝の上の柔らかいミーと、隣りでスヤスヤと眠る赤子の寝顔に癒された。  儀礼に背を向け、アーデスを振り返ったラーシャの顔が真っ赤に染まっていたことなど、儀礼に気付く由もなかった。 「ギレイ、お前昼飯食ってく時間あるだろ。」 バクラムが儀礼に言う。 「いえ、その前においとまします。」 「用事があるのか?」 儀礼が答えればバクラムが問う。 「用事はないですが、……急に来てそこまでご迷惑おかけできません。」 もともと剣だけ渡して儀礼はすぐに帰るつもりだったのだ。 「いや、用事がないなら少しうちの事に付き合ってくれないか。頼みたいことがあってな。ああ、大したことじゃないから身構えるな。」 背筋を伸ばした儀礼にバクラムは手の平を見せて振る。 「娘たちがはりきって昼飯を作るって言うんだ。食ってけ。」 バクラムがラーシャたち三人の娘を見て微笑んだ。 「うん。あの、あんまり上手じゃないかもしれないけど。良かったら食べてって。」 立ち上がったラーシャが赤い顔をして儀礼に言う。 朝食どころか、昨夜の夕食もとっていない儀礼に、断る理由はなかった。 「ありがとう。ごちそうになります。」 にっこりと儀礼が笑えば、メルーとタシーが「わぁー」とか「キャー」とか言う声を上げ、揃って立ち上がり、ラーシャと共にリビングの奥へと走っていった。 そこがキッチンらしい。 女の子がいると華やかでいい。 「それでな、ギレイ。俺の仕事のことなんだが、子供達には護衛だとは言ってあるんだが、信じてもらえなくてなぁ。」 困ったようにバクラムが後ろ頭をかく。 「昔っから家を空けることが多くて、子供らのことも妻に任せっきりだったんだが。お前の護衛になってからは家にいる時間も増えて、収入も増えて、うちは随分楽になった。」 バクラムは笑う。 「なのにこいつら、特にシュリがな、俺がやばい仕事に手を出して、高い金を貰ってるんじゃないかって疑ってな。」 バクラムがシュリを見た。 シュリはその目を真っ直ぐに見つめ返している。本気で、疑っていたらしい。 それも、疑ったことを間違っていると思っていない。 名のある冒険者である父親にも、挑む目。 「本当に、バクラムさんにはいつもお世話になってます。護衛は……危険な仕事だと思います。心配するのは家族なら当然ですよね。」 バクラムが普段やっている仕事は、護衛と言っても儀礼の側に付くことではない。 儀礼に害をなすと判断された組織に乗り込み、内部を物理的に破壊、扉を壊して自力での脱出劇。 また別の時には、入り口を破壊して正面から侵入、ボスを倒してやはり自力脱出。 ……子供達に話せる内容の仕事ではない。 やばい仕事で高い報酬。シュリの言うことは間違っていなかった。 「あの、ごめんなさい。」 目に涙を浮かべて儀礼が謝れば、バクラムが大きな声で笑い出す。 「違うんだ、ギレイ。こいつ、俺が守ってるのが、裏の組織のボスか何かだと思ったんだと。一緒に遊ぶようなつもりで、しばらく観察させてやってくれ。」 シュリの肩を叩いてバクラムが言う。 「……もういい、わかったよ。親父のボスはこいつなんだな。」 儀礼を見て、溜息のように深い息を吐き、それから、シュリはすっきりとした笑顔を見せた。  幼い妹を膝の上に乗せ、その綺麗な金色の髪をヨダレまみれの手で引っ張られても、楽しそうに微笑えんでいる人物が、悪い人間だとは、シュリにはもう思えなかった。 ギレイ目次 小説を読もう!「ギレイの旅」 242この話と同じ内容です。

続きを読む

総合記事ランキング

もっと見る