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テーマ:暮らしを楽しむ
カテゴリ:幸せになる「勇気」
みなさま こんにちは。 すずひです。
今日はああ、うまく書けるかなあ。 いじわるくならないように書けるかなあ。 「躁的防衛」の、お話。 躁的防衛っていうのは、 前回の日記でもちょこっとだけ触れさせていただきましたけれど、 本当の気持ちに蓋をし、 不安や自信のなさを隠し続けたり、 耐えがたい苦しみやストレス、劣等感などをなきことにするため、 無理して明るく。 「元気で明るい自分」を常に、無意識に演じ続けてしまう・・・っていう 臨床心理学の言葉。 ああ、わかる。 そういう人いる。 って。 今、きっと。 知ってるどなたかのお顔が、 あなたさまの脳裏にも、浮かんだかもしれません。 ************************ 躁的防衛。 「元気で明るいポジティブな自分」を、無理して装う。 それは「短期的」なストレスを乗り越えてゆく際であれば、 人として適切な対処の範囲内であることがほとんどなのだそう。 たとえば・・・ ・初対面の人との会話で、 実は超緊張しているのだが全く平気のように振る舞う、とか ・新しい環境において(クラスや職場など) 周りの雰囲気に合わせるため、 普段の自分よりも明るくはつらつと、 いくらかテンション高く設定してその場を乗り切る、とか ・ツラい出来事や悲しかった経験を、冗談めかして笑って話す、とか これらは日常的に、誰もがふつうにしていることがほとんど。 防衛、というよりは、 「この場に適応しよう」や「雰囲気を壊さぬよう感じのよい自分でいよう」という、 前向きで、健気な・・・ ある程度の年齢となれば当たり前のことであろう、そういった振る舞い。 あの「まりも」みたいな、謎の緑玉は・・・ ここに刺さっていたのよ(笑) ********************** 一方で。 そういった、限られた場面や限られた期間にとどまらず、 とても長期的に・・・ 人生のほとんど全てを「防衛したままの状態」で生きてしまう人があって。 本人にはもはやその自覚がなく、 (それが本当の自分だと錯覚しており) 本当の自分自身の姿や気持ちと向き合うことのないまま やがて心身が疲弊し病気になってしまったり、 周りの人間関係をどんどん壊す厄介な人になってしまうことも。 ぱっと見は、自信に溢れ、よく喋り、よく笑う・・・ いつも活動的でポジティブな「明るい人」であっても。 その明るさが傍目にはもはや「異様」に。 痛々しくさえ映ることに・・・ 本人は気づいていない。 ※ 周りは意外と早い段階で気付きますし、 その独特な気持ち悪さに対し、警戒してしまうものです。 自分の内面とか、さ。 弱さとか不安とか、どうにもならない自信のなさとか、 未熟さや劣等感やコンプレックス、 そして「心の傷」と向き合うことは・・・ とても勇気がいるし、嫌だしツラいし、とても重たいことだけれど。 一生向き合わないまま逃げまわるほうが、きっとよほどしんどいのだと思う。 ずっと防衛し続けなきゃならない。 いつも防衛してるから、誰とも心が通わない。 無意識だから、なぜそうなるのか自分でもわからない。 誰も信用できないし誰からも信用されない・・・孤独。 楽しい「小分けタイム」。 そして花器が圧倒的に足りないことに気づく。 ************************** 負の感情は、誰にだってありますね。 それは人間なら自然なこと。 自分の心に嘘はつけない。 感じている気持ちを「なかったこと」「なきもの」には、できない。 それを抑圧し、隠し、認めず、 テンション上げて無理やり(明るく)頑張ることは、 どれほど深く自分を傷つけ、痛めつける行為といえるだろう。 幼稚園に行きたくなくて、ぎゃんぎゃん泣いてた、あの子。 怪獣みたいに泣いてて、とても素敵だった。 たとえば学校に、たとえば会社に行きたくなくても、 大人になってしまうと、あんなふうにはさすがにできないけれど・・・ 心の痛みや、悲しい気持ちは、きっと同じまま。 みんな本当は、あの頃のまま。 ************************* 弱さを隠し、自信のなさを誤魔化し、防衛するための明るさ。 それは相手を思ってではなく、自分を守るためだけの空虚な明るさ。 嫌われたくないが故の・・・ 明るい人だと思われたいが故の明るさ。 彼女の明るさが、 彼女が自分を「明るい」と思っていることが、 やたら笑うところが、とても、とても苦手だった。 わたくしがこれまで「どうしても苦手」や「危険だ」と感じた人の・・・ それは、わかりやすい共通点。 暗い人が苦手ならまだしも、 明るい人を苦手に感じる自分はおかしいのではないか、と責めていたけれど その人も防衛しながら頑張っているのだろうし、無意識なんだし、 こちらも歩み寄ろう、なんとか理解しようと精一杯頑張ったのであれば・・・ 相手の痛みも、自分の痛みも、過小評価することなく つらかったね。 いやだったね。 しんどかったよね。 と・・・ そのままに、 ごまかさずに、蓋をせずに、なかったことにせずに、 誰か他の人に頼るんじゃダメで、とにかく自分自身が。 そのことを、いちばんに受け入れてあげないと、ね。 ミニマリストのくせにジャムの瓶を捨てずに持ってて・・・ よかったでーす ( ´▽`) ********************** で、何が言いたいのかと申しますれば、 躁的防衛を悪く言いたい、そういう人をどうにかしたいのではなく どうか無理をしないで (;_;) ということなのです。 どうか、どうか。 躁的防衛 → 適応しようと頑張る → 相手の機嫌や感触が気になる → 相手のご機嫌を伺う → 相手の機嫌をとる → それでも機嫌が悪い人や自分を嫌ってそうな人がいる → 不安になる → 明るく感じよく振る舞うことをもっと頑張る → それがふつう(無意識)になる → 躁的防衛 一生こんなことになったなら 本当の自分なんてどこにもいなくなってしまうし、 誰からも信用されなくなるし、周りの目ばっかり気になるし、 自分にとっても、身近な人にとっても、しんどくてつらいだけだから。 心身は、どんどん蝕まれてゆくから。 無理に気分は上げなくていい。 過剰に適応しなくていい。 自分の負の感情をおろそかにしないで、大切にいたわってほしい。 新生活や新しい環境において、 さまざまな「悩み」が生まれはじめる頃に向けて。 そして「まじめな主婦」が疲れ果ててしまう予感の GW (笑)を目前に控えての・・・ 今日はこんなお話でした。 お読みくださって ありがとう。 おわり ↓ 4月の日々を、どうぞお健やかにお過ごしくださいますよう・・・ にほんブログ村 ↓ いつもポチッとしてくださるお気持ち、ありがとう にほんブログ村 あなたさまにとって、良きよき1日となりますように・・・ たくさんのフォロー、いつも励みになっています : お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.04.20 11:00:29
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