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Nov 25, 2010 コメント(10)
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全7件 (7件中 1-7件目) 1 仙台、地域の肖像
テーマ:☆仙台☆(1281)
カテゴリ:仙台、地域の肖像
上杉から宮町を通って、南光台まで散策しました。
東照宮から北上し、東北薬科大学のあたりまでは歩いていて「マチナカ」という感じがありますが、大学を過ぎてガソリンスタンドを右折し、この南光台団地にさしかかると、なぜか途端に「郊外団地」という用語が頭をよぎってきます。 ![]() 「南光台団地」は泉区の最南端、浦田山の牧場だった地区を精麦会社が買い取って開発した団地です。ちなみにこの会社は、北海道のアルファ・リゾート・トマムも開発し、バブル崩壊とともに経営が悪化して、現在民事再生を受けながら不動産業を営んでいるとのこと。 浦田山は伊達藩の猟場で、南光台東2丁目には仙台藩焔硝蔵(火薬貯蔵庫)が残っています。 この団地の名前の響きを聞くと、「ああ昭和・・」という気分になります。一戸建てのマイホームという言葉が、まだ輝きを持っていた時代です。 この「○○台」というネーミング、仙台に数多くあります。仙台の人口急成長による住宅需要は山地を切り崩し、造成して吸収してきたので、こうした名称になるのですね。 仙台に親戚の多い方、一人くらいは南光台に住んでいるのではないでしょうか。私はそんなイメージを持っています。 ![]() 昭和30年代に開発された団地の常で、整然と短冊形に造成された50~60坪くらいの土地に、その頃特有の建築様式を持った家々が軒を並べています。 工場も商店もほとんど見当たらず、この居住用一戸建てが普通の団地より長く続く感じがします。 同じところを繰り返し歩いているような、なにやら不思議な感覚になっていきます。といっても、街並みが荒廃しているということはありません。むしろ、よく手入れされている方ではないでしょうか。 この団地は、もとの丘陵がなだらかだったのでしょう、それほどの急坂がないのは美点です。擁壁も少ないので地域全体が明るく開けている印象があります。このあたりは、八木山近辺の住宅団地と大きく異なる点です。 ![]() 「幼児」という看板が、相当古い感じです。その「幼児たち」は今や相当なトシとなっていることでしょう^^。 この街区を分断するようなかたちで、バスも行き来する大きな通りがあり、ほっとします。 この通りの周囲には、それなりの繁華性が認められます。 地下鉄旭ケ丘駅から、徒歩20分くらいの距離なので、ちょっと頑張れば地下鉄を利用できなくもありません。鶴ケ谷だと、迷わずバスー地下鉄の乗り継ぎでしょうが。 高齢者向けの学習講座や介護予防、子どもたちへの読み聞かせなど、市民ボランティアが市民センターなどで行っている活動などは、なかなか活発と見うけられます。 子供の道路横断に使うビニールの黄色い旗が、町のところどころで目立ちました。 郊外団地の人口減少という大きな波の影響は受けていますが、住宅地としてまだまだ魅力を保って欲しい地域です。 ![]()
Jan 3, 2011
テーマ:☆仙台☆(1281)
カテゴリ:仙台、地域の肖像
私たちはある地域の印象を、普段通行する道路の両脇からのみ決定してしまう傾向がありますね。
「八幡町」というとどことなく閑静なお宮町、住宅地としては高級、そんなイメージがありませんか? ![]() しかし八幡も、国道から一歩北上すると、そこにはまったく違った表情も見せるのです。 それは高度成長時代に造成された、坂の多いくたびれた住宅団地の顔だったり、アパートが立ち並ぶ大学城下町の風情だったり、そういうものが混在している中に、ごく例外的に瀟洒な一戸建てが点在するといった地域なのです。 ![]() 北へ北へと進むと、三条町界隈、ここは福祉大学で一定の繁華性がありますので、奥に行けば行くほどどんどん寂れていく、といった地区でもありません。 ![]() しかしこの堀のあるあたりを歩いていると、なんだか八木山周辺の団地にいるような錯覚に襲われてくるのです。 ![]() ![]() ![]() 驚異!総合食品店が生きています!このへんが郊外住宅団地とは違いますかね。 これも、三条町方面からの活力で成立している店なのでしょう。 ![]() この界隈は表情が単一でなく、歩きすすめるたびにさまざまな様相が展開するので興味深く散策することができます。
Dec 26, 2010
テーマ:☆仙台☆(1281)
カテゴリ:仙台、地域の肖像
前回、「仙台がやたら都会に見えた」というハナシをしましたので、駅前の印象的な「風景」をちょっとだけご紹介。
クリスマスも終わったので、ちょっと時期はずれですが・・。 ![]() 私はこういう風に一枚のなかに色々な風景が入っている絵が無性に好きなのです。 昔、祖父母の家に泊まったとき、布団から古い衝立にあった山河に多くの仙人たちが遊ぶ彫り物が見えて、その世界に入り浸った記憶があります。 ここからレンズを引くと、こうなります。 駅前にある大塚家具のビルです。実に美しいショーウィンドウですね。 ![]() これは確かエスパル2の窓だったと思います。 もう少し遠景で撮ったのですが、室内が思いがけず美しかったのでトリミングしました。 ![]() これはアエルから駅東につながる東西通路。 ここ、な~んか印象的なんですね。 ![]() 私は仙台駅前ってどこか品があって好きなんです。 ![]() ///////////////////////////
Oct 31, 2010
テーマ:☆仙台☆(1281)
カテゴリ:仙台、地域の肖像
たまたま仕事でこの近くに来たので、30分ほど散策しました。
私が中学校2年まで過ごしたまちです。 先日、高松界隈を「異境」と言いましたが、ここ文化町~南小泉界隈も、そこだけぽっかりと時代から切り取られたような感覚を覚える地域です。 狭く迷路のように入り組んだ道の両側に、あるいは狭い堀の流れに不似合いなほど稠密な桜の並木のある細い道沿いに、戸建て住宅がひしめくように並んでいます。 ![]() 中には、昭和40年代から時が止まったかのような姿の家屋もみられますが、この地域の特徴は、アパートや店舗といえるものがほとんどなく、自用の建物あるいは借家しかみられない。 そして広い範囲にわたって、3階建て以上の建物がない。 同じような建物が平べったく並んでいる感じが、実に異質です。 人けの少ない静かな空間に、高架の貨物列車が、頻繁に行き来してガタコト音を立てていきます。 ![]() このあたり、それほど交通の便が悪いわけではなく、地下鉄河原町駅からも歩いて来れなくもないし、地勢も平坦で歩きやすい。 若林区役所などは、もう20年も前にすぐ近くに建ちました。 しかしなぜか市場性が乏しく、区画整理とも再開発とも、大規模集客施設の立地などとも全く無縁であり、なんとなく遠慮しいしい走っているうちに、いつの間にか周回遅れになってしまった・・そんな印象の地域です。 ![]() この「西文化会館」が当時と寸分変わらず残っていたのには涙がでましたね。 こういう建物が、区役所のすぐ近くに現存していることが奇跡的なことに思えるし、この地域の実力のなさを如実に語っているようにも思えるのです。 この建物で記憶が蘇りました。 私が小学校4年生の頃、教育評論家の先生が来て、近所の子供10人ばかりを集めて、なにかイベントをやった会場でした。 そのとき私はみんなの前で家族構成を聞かれ、まわりの小学生のように、上に姉がいて・・というのを直接言うのがたまらなく嫌な気がして、無愛想に 「2人兄弟で、長男で末っ子です!」 と言い切ったら、その評論家の先生に「なんとユニークな表現なんだ!」ととてもウケました。 その結果、テレビ(NHK地方放送局)に出されることになりました。小学校から2,3人という割り当てですが、その先生が推薦してくれたようです。 なんと出番は30秒!でしたが、これは実に貴重な経験でした。 「わたしの宝物」というテーマで話すというので、「緑亀」を持参しました(笑)。 このあたりにも「時代」を感じますね。当時ミシシッピから直送の緑亀は流行の最先端だったのです。 私が持っていたカメを入れた容器を観て、テレビ局の人が、この入れ物はまずいなあ・・と顔を顰めました。 「松島のり」と書いてあるのが、宣伝になるからNGだと言われ、紙で隠すことになりました。 NHKというのはこういう窮屈な所かと感心したことが、こうして記憶に刻まれています。 そのころはもう私の病気は直っていたものか・・。 実は私は、小学校3年生のときに顔面神経痛を患い、半年近くも学校を休み、このあたりを毎日、ぶらぶらと無為に歩きまわっていたのです。 ![]() ある日、母に連れられて、この細い堀沿いにある、小さな家を訪ねました。 母は、この家の主を病気見舞いに行ったのです。 40歳くらいの、色の抜けるように白い、綺麗な女の人でした。 玄関の脇には、水色のアジサイが咲き誇っていました。 ほがらかな会話が続きました。 お別れをして、堀にかかる橋を渡りきってから、母は私にくもった口調でこう言いました。 「あの人、悪い病気で、あと少ししか生きられないんだって・・病院では手をつけられないから、家に帰ってるそうよ」 私は強い衝撃を受けました。ああ、私があの人に会う前に知っていたなら、顔に出してしまうから、こうして帰り道で教えたんだ・・・。 このあたりを歩くと、いつもそのことを思い出してしまいます。 ![]() 区役所前の通りの広い道路沿いには、面白い形のケーキ屋さんがあります・・と言おうと思ったら、地図で見ると、銀行???。 ![]()
Oct 17, 2010
テーマ:☆仙台☆(1281)
カテゴリ:仙台、地域の肖像
仙台の東部、与兵衛沼近くにある比較的古くに造成された地域で、狭い坂道に昭和30年代~40年代に建てられた家屋が並びます。
すでに廃屋となっているところも多く、交通の便がそう悪いわけでもないのに、だいぶ衰退が激しい印象を受けます。やはりこの急勾配の坂のせいでしょうか。 ![]() ちょっと緑ヶ丘あたりを歩いているような気分になります。 その迷路のどんづまりに、あらたに宅地造成された土地があるのです。 広々と平らげられた土地に、新しい家がぽつんと一軒だけ建っています。 無人です。 その脇には、西部劇のセットのように、やや年季をへた戸建住宅がびっしり並び、非常に不思議な雰囲気をかもしだしています。 ![]() ○新規に分譲?うーむ ![]() ○その入り口近くに、なんと「湯本ホテル仙台支店」という廃業旅館がありました。 窓は目隠しでふさがれ、入り口には車止めが置かれています。 しかし、つい最近まで営業していた雰囲気があります。 でも住宅地のどん詰まりで、ホテル?湯本? 一体、どんな宿だったのでしょうか・・今となっては、知るよしもありません。 確かに、宮城県の観光HPにも消えずに残っています。 ![]() ○専用駐車場も!ここはしばらく前から使用されていない様子。 ![]() ○これだけ坂を上っているので、眺望は抜群です。 この角度から仙台の中心部を見るのは初めてです。マンションが近くに見えますが、この一帯はどうも世間との隔絶感があります。 ![]() ○この坂道、タイムスリップしたような楽しい不思議空間です。 ![]() ![]() ○坂の途中では、ところどころ美しい自然の風景を楽しむことができます。 登り口には新規に造成分譲されたらしいこ綺麗な戸建住宅が並んでいます。 こちらは若い夫婦などが住み活気がありそうです。 幸町にも近く、それほど傾斜もきつくない場所なので、ここあたりは住みやすいでしょう。 ただコンビニとかはありません。 ![]() ○坂を下りて歩いていると、忽然とお好み焼き屋さんが現れました。 ![]() 「ぷちや」?なんとも夢の中にいるような気分にさせる地域です。
Sep 26, 2010
テーマ:☆仙台☆(1281)
カテゴリ:仙台、地域の肖像
初夏の頃ですが、県美術館近隣の「川内大工町」を散歩したときのショットを載せてみます。
ここには学生時代、友人が下宿していたこともあって夜通し飲んだ懐かしい街です。都心に近い一等地ですが、不思議な隔絶感と雛っぽさがあります。 ★「養ちゃん食堂」 ![]() いきなり古い食堂で恐縮ですが(笑)。 床嘴さん御用達の大衆食堂(笑)。味噌ラーメンがうまいとのことです。 ちょっとだけタイミングが合わず入りませんでしたが、今度ぜひ。 迷路のようになっている大工町ですが、一回りするとかならずこの光景に戻る。 頭に焼きつくような眺めです。なお、この近くに小さいすし屋さんがありましたが、あまりに小さい店なので、 下調べをしてからでないと、入る勇気がわきません。 ★「赤門自動車学校」 ![]() このような川岸に練習コースのある自動車学校はちょっとめずらしいのでは。 本当は3階くらいの高さから写真を撮れると面白いと思いますね。 ★「赤門自動車学校入り口の小屋」 ![]() これは誰の所有で、どのように使われているのかはわかりません。ちょっと異質な雰囲気のある光景です。 異質さを際立たせようと思い、モノクロにしました。 ★河川敷の畑 仙台市の中心部から徒歩10分ほどの地域でありながら、この長閑な土地利用はいったいどうしたことでしょうか。 廃屋が放置されていたり、どうも利用が高度化していません。 そこが魅力です。この近辺に一戸建てをかまえるというのはよい選択である気がします。近くにスーパーがなく買い物に苦労しそうということと、メインの道路から川と同じレベルまで坂を下っていくところがネックかもしれません。 若いうちですな、若いうち。 ![]() ![]() ![]() 季節が変わったのでこの花は、もう咲いていないでしょう。 ![]() ときどき、そぞろ歩きしたくなるトコロです。
Apr 29, 2010
テーマ:☆仙台☆(1281)
カテゴリ:仙台、地域の肖像
大倉、定義といったら仙台の中でも「奥地」と言ってよいと思いますが、実は・・さらにその奥に、ひっそりとした集落があったのです。
![]() 十里平・・・。 これは「定義ガイドマップ」というHPからの引用です。 /////////////////////////// 十里平は、定義から車で10分位のところにある、戦後の開拓の地ですが、縄文中期の土器が出土する、酪農と農業の里です。 春は、残雪と新緑、そして新緑の山々から聞こえる春蝉の声には、心が癒されます。 夏は涼しく、トンボがのどかに飛ぶ姿は、眺めているだけで心が穏やかになります。 秋は紅葉が楽しめ、水清らかな河原で作る芋煮に、食欲が増します。 また、年中空気が澄んでいて、夜は満天の星空が手が届きそうなくらいに輝いています。 8月10日は開拓記念日として、地域に祀られた山の神をお参りし、地域の安全と発展を祈っています。 /////////////////////////// 定義からさらに山中に向かってクルマを進めること数キロ・・。 道路は舗装されてはいます。 忽然として平原が開け、その中にまっすぐ一筋の道が現れます。 ![]() その道の脇に、ぽつんぽつんと一戸建ての住宅が点在しています。 そして、その一本道は、急に行き止まりになります。 実にミョーですね。 なんと言うか、初期のRPGの中に入ったようなパラレルワールド感なのです。 村人たち全員に声をかけ、情報を取り出してから次の村へ、みたいな。 ともかく異境です。仙台を都会だと思っている方、ぜひここまで足を運んでみてください。 Another Side of Sendaiを味わえますよ。 なお、定義に参拝されるときに、貞義堂~新堂~五重塔とストレートに移動されていませんか。 ![]() 実は貞義堂の裏山が、ちょっと嵯峨野の竹林のような風情があるんです。 新堂に移る前に、寄ってみられると味わいが増すと思いますよ。 ![]() /////////////////////////// 作並宿泊なら、ここかな このブログでよく読まれている記事
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