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彼女は、小さな、とても小さな町に生まれ、そこで12歳まで育ち、お父さんの転勤でちょっと大きな町に移ってから、中学校で初めて一人の男の子を好きになる。
サッカーが好きな、快活な男の子で、他の女の子と全く同じように、彼女は彼のことを好きになるのだ。でも、その恋はほのかな片思いで終わり、彼女が誰かと両思いになるためには、高校まで待たなくてはならない。 今度は一人教室で本を読んでいるような、静かな男の子で、みんなにそれほど注目される事もないが、偶然同じ本を読み、その感想を語り合ったことで惹かれあうようになり、少しの時間が経ってから恋愛が始まるのだった。 その恋愛は初々しくて、その分未熟で、二人はまるでほんの少し傷つけあうためだけにいつも会っていた。もちろんささいなことでケンカをし、仲直りをし、それでもいつしか心は静かに離れ、二人は別れてしまう。 やがて彼女は受験を経て大学生となったが、そこでは徹底的な三年間の空白が訪れる。来る日も来る日も、同じような、全く同じような生活が続き、ひたすら退屈な日常が絶え間なく流れていくのだ。 彼女は、その中で、何がしたいのか良く分からないが、それでも毎日何かしたくてうずうずしていた。周りの人と異なっていながらそれを乗り越えるような何かを。テレビや雑誌では彼女と同じ年か、若い人たちがどんどん世の中に出て行こうとしていたが、彼女はそれを見てあせってばかりで、実際は何も出来ずにいた。小説を読まなきゃ、映画を見なきゃ、勉強しなきゃ、恋をしなきゃ・・・、しなきゃいけないことはたくさんあったけど、結局何にもできなかった。 「何かをするというのは、本当に難しい」と、 いつも頭の片隅で思いながら。 そして今日も、彼女は静かに眠りにつく。いつかそっと夜が明けていくのを待つように。 これが言ってみれば「彼女」に関する極めて簡単な資料だ。しばらく考えたのち、ぼくは少し迷ったけど、目の前の画面に示された「彼女」の周辺データに一つの変数を打ち込んだ。 「彼女」は惑星「地球」の住人で、私たちが生命の自己発生と進化の過程を観測するために、十分な陽光・大気と水分を含む環境を整え設計したその惑星では、彼らの時間でいう数十億年の歳月を経てから、やっと生物の一部が微かなレベルで意識と感情を持ち、日常の生活に喜怒哀楽を感じつつ、何かを思考するようになっている。その環境に様々な変数を与えては、その変化の元で現れた影響に応じて、「彼ら」がそれをどう乗り越え、或いは堕落していくのかを観測しデータ化することが、ぼくと仲間の仕事だ。 彼女はぼくの管轄に属するヒト科動物の一人として、何も特別な存在ではない。しかし今日は、特別に彼女にだけ、とびっきりの素敵な恋をさせてあげる事にした。今寝ている彼女はまだ何も知らないが、さっきぼくが入力した変数によって、「明日」になり目を覚ました時から、彼女の人生を変える位の素敵な恋が始まるのだ。出会いから別れまで、それはそれは、彼らのもつ貧弱な思考と、さらに貧弱な言葉では表現できないぐらいの、燃え上がるような素敵な恋が。もしかして彼女はそれを「運命」と捉えて、少しは喜んでくれるだろうか・・・、と思いながら、ぼくは目の前に広がる、彼らが宇宙と呼ぶ巨大な電脳空間を眺めながら、ちょっと微笑んだ。 おわり お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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