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カテゴリ:カウンセリング・心理学
今日はロジャースの来談者中心カウンセリング講座。講師の諸富先生がピエール滝に非常に似ているので驚き!講義は笑いに溢れてとても面白かった。埼玉カウンセリングセンターの講座は、技法について学ぶ趣旨なのに、受けていると自分に対する洞察が生まれ、癒された気分で帰路につくことが出来るので不思議だ。理解することが、癒されることの第一歩になるんだと確信できる。
ロジャースは、クライアントの話を傾聴することで、クライアントに気づきを起こさせる対人技法だ。よく、「クライアントの話を繰り返すだけ」と勘違いされるが決してそうではない。クライアントに沿って、クライアントの色に染まり、クライアントの世界に生き、その状況下でカウンセラーの中に生まれてくる言葉をクライアントに投げかける。丁度、心を許した者同士が並んで(横目に顔がかすかに見えるくらいの位置で)歩いていて、一方がぽつぽつと話し始め、もう一方は無言で聞いている、そんな関係だ。聞いている方が、話の合間にふと受け答えたその一言によって、話し手が「こいつはオレを知っていてくれる」と絶対的な信頼感が生まる。そして、そこに気づきの奇跡が起きる。そんな例えがロジャースのカウンセリングには合うだろう。 来談者中心療法のテクニックとして、自分の本心を確認するために、気持ちと身体感覚を結び付けるフォーカシングという方法がある。私たちは、このテクニックを無意識的に使っているが、カウンセリングという設定で行われると、また認識の仕方が違うのだろうと思う。からだに意識を向けるという観点からすると、フォーカシングはボディワークに応用できそうだと勘違いしがちだが、いわゆる身体派のSIには応用できないだろう。フォーカスが心理寄りになりすぎ、構造や動きに、SIには不要な意味づけを行ってしまうからだ。 1940年代から1970年代へと、ロジャースのカウンセリングは彼の生き方とともにそのスタイルを変えていくのだが、スタイルに関わり無くカウンセリングを受けるクライアントは高い確率で治っていく。普遍にカウンセリングの場に存在したものは、言葉と洞察(クライアントとカウンセラー双方の)、つまりは対話だったのだろう。理解に基づき、相手を尊重して生きる原点はこの2点だと思わざるを得ない。なぜなら、往年のロジャースは、対話によって世界平和を実現したからだ。対立する団体同士を対話で和解させるという偉業を成し遂げ、世界ノーベル平和賞にノミネートされていた。 私たちの日常に、この「言葉」と「洞察」を持ち込むのはどうだろうか。 加えて、相手に沿うこと。側に寄り添い、自らを幽かにしながら存在すること。相手の世界に自らを浸透させることで、理解を深めようとすること。 この心を持って、明日の私は変われるだろうか。 変わらなくてはいけないと思う。より良く生きるためには。より愛するためには。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.12.01 01:01:10
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