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13 羨望の的はこんなところにある

LA TREDICESIMA PUNTATA  "ECCO DOV'È IL SEME DELL'INVIDIA"

第13話 羨望の的はこんなところにある

前回は日本出張の話に終始したが、
実はその数週間前に、直属の上司である ロベルタから
「シンガポールと日本はどのくらい近いの?」という質問をされていた。

飛行機で2時間飛ばせばスイス、フランスはもちろん、
ドイツに スペイン、イギリスにも着陸可能。
いや、そんなに時間をかける必要もない。
我がホテルからは徒歩3分で ヴァチカン市国。
これらいわば「外国」 が手を伸ばせばすぐの所にある イタリアの国民が、
同じアジアの日本とシンガポールとの距離を「近い」 と 思ってしまうのも無理ない話なのか。

同僚のアレクサンドラはセルビア人。
彼女の国ユーゴスラビアは、
ローマの フィウミチーノ空港から1時間かからないという。

ホテルの宿泊客の中にも
「今、ロンドンのヒースロー空港なんだけど、
これから 出発するから3時間後にはそちらに着くよー」
なんて電話をかけてくる人もいたりして、 どうにもこうにもうらやましい。
時差が8時間(夏は7時間)もある地球の彼方の 国の国民としては、ねたましい限りである。
どんなにJALさんが頑張って下さっても、 母国に着くには12時間はかかるのだから
(ちなみにJALさんの名誉のために 付け加えておくと、
一度、向かい風がなかったために11時間で着いたことがあった!)。

それはそうと、日本とシンガポールは近くない。
何をもって「近い」と定義するかは 難しいが、飛行機で7時間弱かかる。近くない。
先程のロベルタいわく、「2時間くらいで行けるかと思った」

しかし結果として、近かろうが遠かろうが彼女の論理には関係がなかった。
イタリアから行くよりは近いし便利でしょ。
マミはアジア人だから何かと都合がいいだろう。
日本のついでに行ってらっしゃい。
こうして訳の分かったような分からないような理由で、
日本から飛ぶわたしの シンガポール出張が早急に決定されてしまった。

もちろん営業のためである。イン・イングリッシュ。
このエッセイ第1話の『出発は ダメ女』でご覧頂きたい、わたしのダメっぷり。
あれから進歩が見られたとは言い難 く、相変わらず電話口では
「I couldn't understand.(分かりませんでした。 )」 を繰り返し、
そのネタが尽きた時には奥の手、
「I can't hear you well.(よく聞こえないんですが。 )」 で誤魔化すわたしである。
谷底に突き落とされる獅子の子の気分だ。

行き先は30年近く我がホテルが提携している
世界規模のオペレーター会社の シンガポール支社で、
彼らは顧客の要望に合わせてホテルを手配するという仕事を している。
ここで、「ローマといえばウチ」と指名してもらえるように
プレゼンテーション をして売り込むのがわたしの今回の任務なのだ。

前回述べた横浜での仕事と、東京でのいくつかのお得意さん回りを終えたわたしは、
成田からシンガポール行きの便に乗り込んだ。
営業先の住所は持った。プレゼンのた めのあんちょこは持った。半袖の服は持った。
るるぶシンガポール も持った。

乗ったことのある飛行機はローマ~成田(もしくは逆)のJAL便が殆どという わたしは、
ほぼ乗客全員が日本人という状況にしか慣れていない。
このアメリカ系航空会社の便には生まれて初めて乗ったが、ビビった。
機内アナウンスの第一声が「みなさまー」ではないのだ。
英語はじまりなのである。
次が中国語、そしてやっと日本語。おそろしい。
おまけに隣の席のアジアンおばちゃんには、
おそらく日本語でも英語でもない と思われる言語で話し掛けられてしまった。
「▽&#%@$!?」…。
どうにか 「I'm Japanese.(ワタシ日本人よ。)」と返して
英語での会話に持ち込んでみて 分かったのだが、どうやらこのマレーシア人のおばちゃんは、
わたしのことを同郷の マレーシア人 だと思い
(そんな顔してますか、ワタシ…)、
マレー語で話し掛けていた らしい。
飛行機の乗り継ぎのために成田にいたのよ、あなたはどこへ行くの、
わたしはアメリカからよ、空港にお迎えはいるの、など簡単な英会話は何とかクリア。
シンガポール上陸前のほんの耳慣らし、口慣らしをさせて頂いた。

午前0時頃、チャンギ国際空港 に到着。案の定空気は生温かい。
空港から30分ほど 離れた中心地に予約したホテルへタクシーで向かう。
シンガポールは東京23区と 大体同じ面積というから、かなり小さな国である。

地下鉄(MRTという。地下鉄とはいっても地上を走る部分もあるからローマでいうA線、
東京でいう丸の内線のような感覚か)の駅前で、
アラブ人居住区域近くの巨大ホテルへの 遅すぎるチェック・インは、
前々日に既にEメールで連絡しておいたからスムーズに済んだ。
この辺はわたしもホテル勤務だからお手の物である。
どの国のホテルにも共通することだが、チェック・イン予定時刻は何らかの形で
できるだけ事前にホテルに知らせおいた方がよい。

わたしが見たシンガポールの市街地というのはどことなく東京にも似た街である。
マーライオンのいる海岸などは、お台場に似ている気がした。
少しでも汚すと罰金を 科される ことで有名であるが、
確かに綺麗な街であり、道路幅もかなり広くて快適 である。

メイン・ストリートには伊勢丹と高島屋 がある。
ホテルの近くには西友 があった。
小腹がすいた時や喉が渇いた時にちょっと立ち寄れる軽い食べ物屋や
喫茶店が日本と 同様に多く存在するのは有り難い。
イタリアではこうはいかない。
欲しいものは探さな ければないし、探したとしても見付からなかったり、
店が閉まっていたりなどの理由 であきらめなければならないというケースが多々なのである。
いつでも何でも揃って いる便利さはアジアの国の特色なのだろうか。

1日目は真夜中に着いたので何もできなかったし、
3日目は早朝の成田への便だった からこれもカウント外で、
実質1日間しか滞在しなかったのであるが、
市街地を 地下鉄と自分の足とをフルに使い、回ってみた。
意外とたくさんのものを見た。
日本と 似ている点をいくつか記してはみたが、
多民族国家であるということは似ても似つかぬ 点であるし、
英語と北京語が標準語として使われているのも興味深かった。

特に営業に行ったオペレーター会社では、この支社がシンガポールはもちろん、
中国・香港・インド・インドネシア・韓国・マレーシア・台湾・タイ といった
広範囲に及ぶエリアを担当しているのだと聞かされて、驚いた。
通常この会社の他の支社は自国の顧客のみを扱っているのである。
案内してくれたマネージャーは中国系の女の子 であったが、
あとから出てきた チーフは額に赤い石を埋め込んだインド系の女性 であったし、
「わたし韓国語 しゃべれるのよ」というオペレーターさんもいた。
オペレーション・センターのスタッフたちは
日本人とも見まごうような顔立ちながら 英語はペラペラ
彼女たちだけで会話する時は北京語 を使っているようであった。
もちろん顧客によっては広東語 も必要とされるという。

わたしの働くホテルも多言語を話すスタッフはいる。
だが複数の言語を 日常的に使っているかというと、そうではない。
シンガポール人は、 いつでもどちらでもOKなのだ。
もちろん全員が全員、完璧な英語を話しはしない。
タクシーの運転手、デパート の店員など何人かと話す機会があったが、
むしろ文法的には間違っていたりするし、 発音も分かりにくかった。
しかし、とにかく話し慣れているのだ。言葉がスラスラ 出てくる。
その度胸と環境、実にうらやましい。

ところでわたしの度胸も捨てたものではない。
プレゼンテーションは2グループに分けて行ったのだが、いずれも 何とかやり遂げた。
成せば成る。
ただ、この度胸、燃費が悪かったようで、
2回のプレゼンと質問との時間を合わせても1時間かからなかった。
この1時間だけのためにわたしははるばるここに来たのか、トホホ。

さーて、街めぐりでもするか、と帰り支度をしていると、
なんとスタッフさんたちが10人くらいのオペレーターの女の子たちが
宅配サービスでお 弁当 を注文していたのだが、
それに便乗しないか、と声を掛けられたのである。

地元OLが食べるランチ、これに加わらない手はない。
すかさず“Yes!"答えた現金 なわたし。
気になる内容はというと、羊肉のカレーを包んだ大きなパイ型のパン
(パ ンを破るとカレーが出てくるので付けながら食べる)に鶏肉の丸焼き
ほうれん草と にんにくチップのソテー、揚げ白身魚の甘辛ソース、ドライカレーであった。
こんな に盛りだくさんで、10人分約5000円、お得である。

シンガポール料理(厳密に言うとシンガポール料理は存在しない。
中国、インド、東 南アジア各国、イスラム諸国などなどの料理が
混ざってできたものである)は日本人 の口にはすごく合うと思う。
わたしはいずれも気に入った。
これらを食べながらス タッフさんたちと世間話を1時間超。
どこの20代のOLも話題は食べること とショッピングに尽きる ようで、
おいしいカレー屋さんや安く買い物ができる ショッピング・モールを教えてもらった。
プレゼンテーションよりこっちに時間をかけてしまったわたしは、
シンガポールに何をしに来たのだろう、飯を食いに来たのか?
ま、いっか。

安くておいしいものがたくさん食べられる国、ああ、うらやましきかなシンガポール。
今度はゆっくり訪れてみたい。

ちなみにあれ以降、シンガポール支社からの我がホテルへの予約はまだ1件も入って いない。

(2003年10月)

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