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17 わたしの仕事

LA DICIASETTESIMA PUNTATA  "IL MIO LAVORO"

第17話 わたしの仕事

ローマの祝日

6月29日は聖ペテロ(イタリア語でピエトロ)と
聖パウロ(イタリア語でパオロ)の日である。
イタリアでは毎日がカトリックの聖人誰かしらの名前の付けられた記念日になっている。
日本でも分かる例を挙げれば、
聖ヴァレンティーノさんの日が2月14日、という具合だ。
で、6月29日は十二使徒に入っているペテロとパウロ2人の記念日なのだ。
これはイタリアでもローマでのみの祝日となっており、
公共機関、商業施設、ほとんどが休みである。
聖パウロをまつっているローマ四大聖堂の一つ
サン・パオロ・フィオーリ・デ・ムーラ聖堂では、
この祝日のフィナーレとして花火を上げまくっており、
わたしの家は近所にあるものだから、
ドンドンパンパンうるさいってもんじゃない。

ところでこのサン・パオロ大聖堂はわたしが最も好きな教会である。
黄金に輝くファザードと歴代教皇の肖像を埋め込んだ内装。本当に素晴らしい。
日本人の観光客にはちょっと行きにくい場所ではあるが、
訪れるに値するところである。

さて、そんなローマの祝日もわたしたちホテル業従事者には関係なくて、
秘書チーム3人の中からこの日はわたしが出勤した。
L’UFFICIO PRENOTAZIONE(予約係)と呼ばれ、予約事務を担当しているのは
わたしを含めて3人で、
日曜は外国だって日曜だから3人とも休むにしても、
イタリアの祝日は変わりばんこで出勤しなければならないのである。

わたしの同僚

勤続15年にもなるポーランド人ルーシーは
FAXやパソコンの画面の文字が「どうも見えないのよねー」と言うわ、
パソコンの使い方が分からなくて「マミー、これどうするの?」と叫んでは
冷静におやつを食べてばかりいる、うちの母と同年代のオバ、いえオネエさんである。

わたしの3歳年上のドイツ人イローナは9年間イタリアに住んでいるが、
「ドイツ語とイタリア語、どっちが話しやすいの?」と聞くと
「変わんないよ」と堂々と答えてくれちゃう恐るべし語学力の持ち主で、
英語、フランス語も堪能、編み物とかけっこ、空手に凝っているベジタリアンである。
地味でボーッとしている日本人はそんな中で何をやっているかというと、
まあ何とか仕事をしている。

前置きが相当長くなってしまったが、うちの両親など特に、
「さっさと帰ってくればいいのに、あのコ、ローマで何やってんのかしら?」という疑問を
かなり抱いていると思うので、
それに答える形も含めて、わたしの日常の仕事について述べようと思う。

勤務時間

火曜から金曜までは9時半から19時の勤務で、うち30分が昼休み休憩である。
土曜日は予約事務で出勤するのはわたしだけ。
仕事も少ないので9時半から13時半の勤務。
合計週40時間労働である。
収入は日本の同年代の労働者の平均の半額と考えて頂きたい
(ちなみにこの金額はイタリアでは並である)。
わたしは2年契約の正社員で、ボーナスももらっている。
もちろん日本とは比べ物にならないほど低い。

9時半少し前に着き、
ホテルの近くのBAR(喫茶店)でカップッチーノとクロワッサンの朝食(1.45ユーロ)をとる。
“Buon giorno!(おはよう!)"とフロント隣の事務室に入って、
3台あるうちの一番奥のパソコンに向かう。
電源を入れてプライベートのメールチェックをする。

予約事務

さて仕事だが、まず朝イチにしなければならないのが
オンライン予約のチェックである。
この時代、多くの会社がコンピューターによるホテル案内と
それに伴う予約システムを使っている。
お客さんは家にいながらホテルを予約できてしまう、という楽なものだ。
うちは二十数社のシステムに情報を載せているから、
そこから送られてくる予約をWEBサイトで確認、プリントアウトし、
ホテルの予約端末に入力しなければならない。
十数社のうちhotelbook.comとhotels.comを通じては、
毎日必ず数十件の予約が入ってくるので、
(これらのシステムは個人客だけではなく旅行会社も利用している)
少なくとも朝と夕方に一回ずつは目を通している。

次はEメールとFAXのチェックである。
大手の旅行会社(オンライン予約システムを持っているところを除く。
ドイツ、ベルギー、フランス、スペイン、イギリス、オランダ、アメリカ、日本など)とは
EメールもしくはFAXでのやり取りがほとんどである。
そして直接連絡をくれる個人客、
旅行会社を通じて予約したが何らかの注文があって直接連絡してくる人々、
わたしはそれらのうち直接予約、部屋のタイプのリクエスト、送迎サービス、
忘れ物、ホテル内にあるレストランの個人予約などを担当している。
直接予約の場合には、とりあえず電話、メール、FAXで来る
「○月○日から○泊○人で行きたいんだけどいくら?」という質問に一件一件、
宿泊料金、ホテルの説明、立地説明などを添えて答えなければならない。
これは結構数が多いし面倒である。
もちろん送った相手が全員うちのホテルに来てくれるわけではない。
特にうちのホテルは週末・平日などの違いによっても料金が変動するから結構大変だ。
一日に数十件のFAXやEメールを送っている。
クレーム処理やオンライン予約の料金設定などはイローナの仕事。
団体予約、契約、会議室利用、マスコミに関することはルーシーの仕事である。
ジャンジャンかかってくる電話に答えたり接客したり、
上記の仕事をこなしているうちに一日は終わってしまうのだが、
その他にももちろんイレギュラーにやることは入ってくる。

レストラン

ホテル内には眺望の素晴らしい名の知られたレストランがあり、
ここが週に二回、少しずつではあるがメニューを変えるので、
その打ち込みと印刷がわたしのもはや定着した仕事になってしまっている。
イタリア語メニューからドイツ語、英語、日本語のすべての翻訳も行っている。
ちなみにわたしは日本語はペラペラだが、ドイツ語と英語の能力は皆無である。
最近は便利になったもので、WEBサイトに料理用語の各国語辞書というものがあったりするから、
これに助けてもらいながらなんとかやっている。

プレゼントのラッピング

ドイツやベルギーの旅行会社が
ホテルの滞在とオリーブオイル、ガイドブックのプレゼント、
ディナーなどを含めたパッケージツアーというのを出している。
このオリーブオイル、社長の別荘で生産しているのだが、
その瓶をラッピングするのもわたしの仕事だ。
これは社長夫人による「日本人は器用である」という論理により
わたしが指名されたものである。
しかしわたしは幼い頃から母に嘆かれるほど極端に不器用なのだ。
社長夫人も初めてわたしのラッピングする様を見た時には
かなりショックを受けたようであった。
それ以来わたしは何かにつけて折り紙で鶴を作っては
遅すぎる自己アピールに専念している。

ダイレクトメール

ヴァチカン市国近くの郵便局でわたしは「顔」だ。
郵便局へのお遣いにもわたしは行く。
お客さんの忘れ物や旅行会社へのPRのためのパンフレットを送ったりしている。
イースターとクリスマスには1000を超えるお得意さんにカードを送らなければならない。
これは宛名書きから切手購入切手貼り、すべてわたしの任務だ。
もう4回ほど経験したが、実に気の遠くなる、わたしの一番嫌いな仕事だ。

この他に、もちろん細々したお遣いやコピー取り、たまに来る日本人のお客さんの応対などもある。

わたしが受ける影響、わたしの及ぼす影響

言葉の不自由もあいまって、かなりストレスがたまる。
しかし幸いにもわたしには同僚たちがいる。
ほどよく暖かく接し、ほどよく距離を置いてくれる同僚たちだ。

日本の職場とは少し違うと思う。

彼らは自分自身のために働いているので、
会社のために働いているという意識をあまり持っていない。
あまりにも個人プレーが炸裂し、彼らの協調性のなさにわたしが腹を立てることもしばしばだが、
それがイタリアの国民性というものなのだ。
「郷に入りては郷に従え」
わたしが従わなくてはならないのだ。
そうは言っても、聖ペテロと聖パウロのお膝元であるこの国のこの職場に
東洋から来た全く違う文化を持つ女の子が
何らかの形で影響を与えることがあってもいいんじゃないかと思う。
日本で働いていた時から常々思っていたことだが、
常に誰かに影響を与え続けていきたい。
今までわたしが誰かから影響を受けて成長してきた、その恩返しを他人にし続けていきたい。
ヨーロッパ人が何十人と働く職場に日本人のわたしがポツンと一人。
わたしの言動が彼らにカルチャーショックを与え、
そういう文化を持つ人間も世界のどこかにいるのだということを、
せめてその時だけでも自覚してもらえるのなら、
わたしがここで仕事をしている意義も倍増するというものである。

(2004年9月)

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