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嬉しい休日。 久しぶりに恵比寿へ行ってみた。 仕事がうまくいない時には駅名を見るだけで嫌気がさしたもの。 一段落着いた今では不思議と透明な気持ちで歩ける。 外界に広がる景色と心が見ている景色は違うんだということを、改めて実感。 夕方、渋谷で先輩Kさんと再会。 原宿まで散歩しながら独特の仕事論を聞いた。 7つの年齢差や人生経験の差を越えて彼の言葉はとても心地良く響く。 それを考えているうちに、ある事に気付く。 それは、僕らが同じ景色を見ていたからかもしれない。 心理学の世界では“正面”を「対立の空間」と捉え、圧迫感が生まれるとするらしい。 例えば喫茶店で向かい合っている時よりも ラーメン屋のカウンターで並んでいる時の方が案外本音が出たりする。 “正面”とはしかし 決して物理的な立ち位置に限らず 心理的な位置取りにも通ずるのだと思う。 相手と自分の目指す未来が似通っていたり、 少なくとも理解を示してくれる相手であれば、 自分の言葉も出やすく、相手の言葉も聴きやすい。 いつも正面で構えているのではなく、 時に相手に寄り添って同じ景色を見ながら話ができる。 僕が尊敬する人はみんなこの柔軟性を持っていたと思う。 慌てて自分を省みる。 教室という仕事場の造りからして、どうしても正面の関係になりがちな先生という仕事。 “発信したい”という気持ちに駆られて、一方的に教えることをしていた自分を恥じる。 “教える”前に寄り添うことがある。 寄り添い、同じ景色を見て、初めてモノが言える。 その前提を飛ばして教えることは恐らく相手に響かない。 逆にその前提だけで十分な場合もある。 僕が好きだった先生やコーチは決して教え方が上手い人ばかりではなかった。 でも、みんな僕が見ていた景色を見てくれた。 だから素直になれたし、頑張ろうとも思えた。 僕もそんな存在になりたいのだ。 よし もっと彼らを知ろう。 彼らが見ている景色を僕も見てみよう。 また一つヒントをもらった。 この日に感謝。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007年09月01日 21時42分26秒
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