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カテゴリ:音楽
結局、ずっと歌を聴きまくってしまっていて。
近藤洋平さんという恐ろしい美声の人のプッチーニの「誰も寝てはならぬ」のせいかもしれない。 広がる音楽の輪 近藤洋平さん 心揺らすテノールの響き 上記を聴いて感動しまくった後で、 テノール歌手が食レポすると・・・?「キットカット ルビー」 をつい聴いてしまうと、声量も歌唱力もそのままなのに、 何かが壊れはじめ、笑いが止まらなくなる。 やっぱり才能のある人ってどこかいってるんだなあ、と。 いってらっしゃい。 この歌を歌うほかのテノール歌手も聴きまくってしまい。 気がつくと、ディマッシュや玉置も聴いてしまい、気が付けば、夜中の二時。 「行かないで」を歌うというちょっと体格のいい女性の写真が目に入ったので、 聴こうとしたら。 男だった。 トニー・リータイラー Tony LeeTyer という人で、なんと素晴らしく歌っていた。 この人はディマッシュから入ったので、玉置浩二の歌だとはきっと知らないんだろう、か? それはしようがない。 Tony LeeTyler 「行かないで」カヴァー でも、日本語で歌っているから、いや、知ってるのかな。とにかく歌唱力は抜群。 「ディマッシュには及ばないけど、この歌が好きだから歌いました」 というトニーさんの謙虚で歌を愛する人のコメントがフランス語でついていた。 まあ、デイマッシュはもう宇宙人か天空の人だし。 いろんな人がその人自身が気に入った曲を歌えば、その人だけの個性が出る。 聴く人は、それでまた一つの旅行先にたどり着いて新天地を発見したみたいな 新鮮な感じを味わい、それがまたいいわけで。 トニー・リータイラー Tony LeeTyer が9年前にカヴァーとして 歌っているアデルの歌もすごくいい。 ほんとうに歌うことが好きなんだなあ、というか、すごく繊細な人に思える。 トニー・リータイラー Adele " When We Were Young" Cover で、ヘヴィぃメタルも歌っている。 WINGS OF DECAY というロックグループのヴォーカリストだった。 名前からしても、英語圏の人かな、と思っていたら、あら、フランス人だった。 たぶん、英語版の歌ばかり歌っていたから、英語っぽい名前にしちゃったんだなあ、 と、どうでもいいことをふと思ったり。 ハンガリーの女性 ANDREQ CSANK いう人も「行かないで」を日本語で、 たぶん、ピアノ弾き語りで、はかなげな声で歌っていた。 よっぽど、この歌が好きなのか、二つの動画を配信していた。 Andrea Csánk Ikanaide Koji Tamaki 玉置浩二 - 行かないで Cover で、この歌手も最近になって初めて聴いたのだけど、うわあ、と聴き入ってしまった。 吟遊詩人。 ほんとうに疲れ切って帰宅した会社員だった時の昔を思い出してしまった。 早く帰ろう - Sion あとはもう、何度も聴いてしまった歌たちを。 ニコラス・エドワード スティービー・ワンダー「All Is Fair In Love」を歌ってみた Nilda Fernandez - Mes yeux dans ton regard (Clip officiel) ニルダ・フェルナンデズ(1957年10月25日-2019年5月19日)は スペインのバルセロナに生まれた。祖父は美容師、父親は彫刻家で 両親は、クラシックも好きだったという家庭に育つ。 家族は、アンダルシアの出身で、プロテスタント教徒。 カトリックのカタルーニャ地方でプロテスタントというのは相当珍しいのでは、とインタビュアー。 父親は息子の音楽への傾倒を応援し、彼はプロテスタントの教会で聖歌を歌ったそうだ。 父親も息子に言わせると美声の持ち主だった、と。 Nilda Fernández : Celui qui voulait échapper au succès témoigne chez Thierry Ardisson | INA Arditube アルディッソンという人のインタビュー番組で語ったことの一部を書いてみた。 そのインタビューをしている場所が、何故か、地下の駐車場だったりして、 アルディッソン番組だと、もっと華やかなわけなんだけれども、たぶん、そういうのを ニルダが嫌って、駐車場にしちゃったのか、と。 1957年生まれの彼が6歳の時に、フランコ独裁政権から逃れるために両親と 共にフランスに亡命する。 両親は生まれ故郷のスペインを去り、デラシネ、根無し草症候群を感じていた、と。 フランスもカトリック教徒の多い国ではあるけれど、何しろ、国家のモットーが 「自由、平等 博愛」LIBERTE EGALITE FRATERNITE なわけで、 独裁は許さない国を目指すということで、フランコ独裁政権下にいるよりは安全だった。 ニルダ・フェルナンデズはフランス国籍を得て、フランスで教育を受け、 一時期はノルマンディの高校でスペイン語の教師もし、1970年頃から歌い始めたそうである。 その後、しばらく歌から離れて、スペインや南米に旅行したり。 旅行からフランスに戻り、作曲した歌がヒット。スペインとフランスでコンサートをし、 5年間はロシアでも暮らした。彼はイタリア語やカタローニャ語でも歌った。 フランス語で美しく静かに情熱を秘めた歌をたくさん作り歌っていた。 大ヒットし、コンサート会場には多くの人が集まった。 が、彼はそれが自分が心から欲していることじゃないと感じていた、と言う。 周囲の人間が、「もっと笑顔で」とか余計なことをいってくることにも辟易もした、 と笑顔でインタビューに答える。 音楽がヒットし、経済的に余裕もでたが、家を購入とかはせずに旅行に費やし、 外国に行って、歌ったりした、と。 「お前は大スターなんだから、メトロには乗るな」とか言われたことにも抵抗があった、と。 彼は旅行するアーチストでいたかった。決められた場所に入って、数曲歌っては、それを 繰り返していく生活に納得できないものを感じていた。 あの世にはもっていけないものを持ってしまうと未練が生まれ、 引きずられそうでしょ、と。 様々な場所に行き、様々な人に遭い、様々な人の暮らしに触れ、 その中で生まれてくる歌を歌う。 形がない、と言えばないけれど、記憶には残されていく歌。 最後に、 酔っぱらった時に作ってしまった、というミカという人の歌です。 余談ですが、フランス人知人家族に会った時、若いカップルがいて、 その髭のある自由業っぽい感じの若いパパを指して、若い奥さんが、 「夫のミカです」と紹介してくれたことがありました。 え? 昔、ミカちゃんという名前の女の子のお友達がいたので、 聞き間違いかなあ、と思い、二度聞いて確認したものでした。 この曲を書いて歌っている人も男性です。 MIKA - Elle Me Dit (Clip officiel) とうとう、夜が明けてしまいました。 これから、カフェオレとパンで朝食を食べます。 Bonne Journée! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.05.15 15:22:42
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