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2017.02.12
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テーマ:癌(3513)
あいかわらず“リハビリ”通いは続いている。
左肩の付け根の痛みは、もういいかなと思う日もあるけれど、
あれ? きょうは痛い?

さらに2週間ちょっと前、いろいろ片づけようと
のこぎりを使った。
父の死後、いらないものはちょっとずつ捨てようと思って、
まずは裏庭に放置してあった3本くらいのほうき。
柄の部分をキコキコカットして捨てた。

筋肉痛が治っても、右ひじの痛みが治らず。
筋が痛い…。
あぁ、これは腱鞘炎?
右手首と右ひじは過去にも腱鞘炎になったことがあるのだが…。
ついでなので、“リハビリ”中。

あたためて、電気のマッサージ?
“リハビリ”お願いしますと受付に申し出るのだが、
すっかり“リハビリ”という言葉も板についてきてしまった。
あはあは

ぴよちゃんライン

●胃がん&抗がん剤&終末




やっと少し落ち着いたので、
前々から思っていた父の胃がん発覚から死まで、
一気に記したいと思う。

というのは、わたしの知り合いで、
脳動脈瘤の手術をした方がいて、同じ手術をした人のブログを見て
参考になったという話を聞いたからだ。

身内にがん患者がいる人。
自らががん治療をしている人。
少しでも参考になればと思って記そうと思う。

ただ、わたしは“記録”をとっていない。
“記憶”によるものを記す。
記憶違いがあるかもしれないが、
そのあたりはあしからず…。

ということで通常ネタはしばしお休み。

クリックしてね♪

ぴよちゃんライン




◆胃がん その自覚症状と発覚まで
父がなんとなく不調を口にしたのは、ちょうど2年くらい前。
平成27年の春先、3月頃のことだ。
なんとなく背中が痛い、というようになった。

春先から初夏、6月頃まで何度かかかりつけの医院で
胃薬を処方してもらっていた。
飲むとなんとなく調子がよくなり、でもまたしばらくすると
なんとなく調子がわるいといった具合だ。

そう、その感じは“なんとなく”であって
気のせいかな、くらいのものだったのだと思う。
「今夜はなんとなく胃の調子がわるから、酒はやめる」
休肝日は、飲みに行った翌日のみ。
普段は休肝日などなかった父だが、たまにお酒を飲まない日ができた。

ぴよちゃんライン

平成27年7月のはじめ。
市の胃の検査があった。
75歳になる前なら、市の検査を受けられるから、
2~3年受けていなかったらしいが申込してあったようだ。
バリウム検査の結果は、異常がなかった。

そして8月のお盆過ぎ。
“なんとなく”調子が悪いという日が続いた。
この時点でわたしは、胃がんかもしれないという思いは全くなかった。
今から考えると、男性の健康寿命72歳を過ぎたところで、
“いつまでもあると思うな、親と金”といわれてもいるのに…。
たしかに祖母が他界してからは、10年後にうちの親は健在だろうかと
思うことはあったが、まさかこの時点では全くそんなことを
思ってもいなかったのだ。

バリウム検査も異常がなかったし、
お盆もあったし、お祭りもあったし、飲みすぎだと思っていた。
さらには、わたし自身それこそ社会人1年目から十二指腸潰瘍を
患い、ピロリ菌を退治するまでの長い間、季節の変わり目に
胃の不調がありその都度病院通いをしていた。
「胃が調子わるいと、背中も痛くなるよ」
わたし自身がすでに経験済だったので、よくあることだとさえ思っていたのだ。

ぴよちゃんライン

だが父は、このとき自ら胃カメラの検査をかかりつけ医院で申し出た。
実際にカメラの検査をしたのは平成27年9月に入ってからだった。
そしてその結果が出たのは、あの年はシルバーウィークという
9月にも5連休があったとき、その休み前だったと記憶している。

かかりつけの先生から自宅に電話があった。
その電話を受けたのは、わたしだ。
胃の検査をして、結果の出る前に先生から電話があったということは、
もう答えは明確だ。

「お父さん、先生からだよ。わるかったんじゃない?」
そう父を呼びに行ったことを鮮明に記憶している。
わたしの心臓が息苦しいほど鼓動していたのには、このときだけだった。
この後の、いろいろな検査や内視鏡や開腹手術、
そして抗がん剤治療の経過や死を迎えるまで、今から思っても
平生と全く変わらなかった。

そして、この瞬間1つ思い出したこと。
それは、わたしの最も好きなミステリ作家、吉村達也。
吉村センセも胃がんで亡くなった。
自らの闘病生活を描いた「ヒマラヤの風にのって」を思い出した。

自分の最期まで書き続けた、吉村センセ。
もっといろいろな作品、読みたかった。
QAZの正体はわかったけど、答えとしてではなく
作品から知りたかった。
今なおそう思います。



吉村センセは、家族にいったそうだ。
“自分の前では泣くな”と。
がんと闘っている病人の前では泣いてはいけない。
ただそういう家族の悲しみや苦しみを受け止める何かや誰かは
必要だとも書いてあった記憶がある。

作品のあとがきを読んでも、
吉村センセの家族はなかよし家族&親子なんだなと
感じていたので、がん発覚から死までは深い悲しみやいろいろ
あっただろうなと勝手に想像していた。

うちはというか、わたしと父は、
ある程度距離感があったので、かかりつけの先生からの
電話には動揺こそしたが、わたしは大丈夫だった。
あのとき心配したのは、母のことだった。

だが先生の話では、悪性とはいえ、
内視鏡の手術ですむというものだった。

一瞬、家族の動揺はあったが、内視鏡手術で済むのなら
大丈夫なんだ、そんな軽い気持ちに達した。

そして父もそのころあった親戚の法事に出かけ、
内視鏡手術でなんとなる話ついでに、
「いよいよなら“切腹”する」
などと豪語していた。

平成27年10月に入り、紹介状をいただき
内視鏡手術をする病院に行き、さらにそこで検査をした。
そこからなんだか状況が大きく変わってくることになる。

続く






ぴよちゃんライン





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最終更新日  2017.02.12 16:27:57
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 Re:胃がん その自覚症状と発覚まで(02/12)   Pastoral Louise さん
最近広く言われるようになったけど、一般の健康診断は当てにならないようです。
普通毎年真面目に健康診断を受けて異常がなければ安心しちゃうよね。でもそれが良くないらしいです。
ちょっと変だなって思ったら、即内視鏡検査を受けるのがいいです。
これが、つい最近の私のまわりの状況から思う事です。
それと病院もいろいろあるので、ちゃんとした(これが難しいよね)病院に行くこと。これは医療関係者に聞くのが一番です。
自覚症状は少なく見積もっちゃう傾向になるので、私自身も気を付けなくっちゃと思うこの頃です
(2017.02.12 16:53:06)

 Pastoral Louise さんへ   roze-pi さん
そうだよね。
バリウムはあてにならないとも聞くし…。

お医者さんまかせにせず、自分の体のことは自分しかわからないんだし、
ああしてくれ、こうしてくれといわなきゃいけないんだと思います。

今さらながらなのですが、父ももっと早くに検査をしてほしいといえば違ったかも?
そんな気がします。
(2017.02.13 19:16:00)

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