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peach days

第1子の妊娠出産ハイリスク妊娠糖尿病~

ハイリスク 妊娠糖尿病で管理入院した覚書です
前ブログからのコピペなのでまとまりありませんが自分の記録なのでご了承ください

残暑厳しい2009年の9月

16週で入院が決まりました

つわりも終わり安定期にはいりマタニティライフが楽しい時期でもあったけど

いままで繰り返した流産や死産の経験から

今度こそ無事に産めるのかどうか不安でたまりませんでした

主治医もお産までがんばりましょうと励ましてくれ

夫も家にいるより安心だし

私も毎日、心音も聞いてもらえるしお産までがんばろうと思いました

20週くらいまではなかなか前向きになれず

心音がなかなかとれないと胸がドキドキし

お腹が張るとベビーが辛いのかもと心配になり

寒くなるころにやっと今度は大丈夫かも

と思えるようになりました

なによりまわりにももっと大変な妊婦さんがたくさんいて

励ましあったり

不安なことを看護師さんに伝えることですごく心強かったです

年さえ越せれば大丈夫だよと先生に言われ、新しい年が待ち遠しかったです

五ヶ月間の入院で
年末年始をはさみました
幸い外泊許可が出たので2泊でうちに戻りました
近所の小さな神社へ初詣にいきました
おじさんがみかんをおなかの子にもと二つくれました
うれしかったです
来年は3人で来ますね
それ以外は出かけず、ネットで出産準備
ベビーベッドや布団を注文しました

二日に病院にもどり
また入院生活

三日の朝ごはんはおせちでした
うちでも食べなかったのにな~
お正月気分が味わえました

年が明けて最初の診察で性別が確定しました

入院して一ヶ月、20週ころにレジデントにぽろっと言われちゃって凹みました

性別は究極の出てきてからのお楽しみにしてたのに・・・

ぽろっと女の子のしるしを

先生「ここが心臓、ここが腎臓、ここが○○・・・」
私「え~○○!」(心の中で)

ばっちり写ったエコーをみながらこれって女の子ってこと?
と思いながら聞き間違いかもと確認しなかったのです

その後毎週のように先生に確認したんだけどその後の診察では
「見えないから~はっきりとは~」とごまかされ
こないだ言ったじゃん!とちょっとむかつきつつ
もやもやしたままだったので
目標だった年越しもできたし
もう産まれちゃっても大丈夫だからとのお言葉で主治医に確認しました

主治医がエコーで見ると赤ちゃんの子宮が見えて確定
子宮なんて見えるんだと一緒に見ていた夫と感心しました
ちなみに主治医の経験と腕で見えたようでとなりにいたレジデントもすご~いと言ってました
産科医不足、がんばってほしいものです


私はずっと男の子だと思ってました
ちゃんと産んであげられなかった赤ちゃんが男の子だった
からかもしれない、私は男の子を産むんだって思ってるところがあったので

どちらにしろ結果的に元気な赤ちゃんを産めてよかったと今はしみじみ思います

2月になり臨月に入りお産の予定もきまりました

いよいよお産の日を迎えました

以前のお産がとっても大変だったので

計画分娩で促進剤を使って陣痛を誘発しました

自然に自然にと思ってはいたけどお産に対するいろんなトラウマがあり

昼間、万全の体制で主治医に取り上げてもらえるということで決めました

念のため無痛分娩にもできるよう麻酔科の診察も受けました

私的には最初で最後のつもりのお産なので痛くても耐える!という気持ちだったので

どうしてもだめだったら使いましょうねという感じでした

朝6時LDRに移動
7時より点滴開始
あまり効かないので量を増やしていく

9時前に夫、到着
産科、内科の主治医、麻酔科の先生など入れ替わり立代わり様子を見に来る
規則的な痛みのある張りはあるけど陣痛ではない
産まれてすぐに新生児科の診察があるので隣には赤ちゃんの診察台もスタンバイ

あっという間にお昼がきました
私はうろうろしたり、写真撮ってもらったりいまいち緊張感なし
あまり変化がないので夫、電話連絡とお昼を食べに外出
そこへ産科の主治医登場
誘発剤がほとんどマックスまで増えたのに陣痛が強くならないので破水させましょうということに
夫、いないんですけど
破水してもらった直後、夫登場
そのあとすぐ陣痛が強くなる
ベッドで助産師さんの方を向いていきみのがしをする
夫は???悲しいかな彼が何をしてくれたのか記憶にありません
いたはずだけど・・・
陣痛が短くなってきて内診するとまだ6センチと言われ
耐える、耐える
いきみたくていきみたくて助産師さんに「いきんじゃダメ?」と何度も聞く
あまりに私が訴えるので再度先生に内診してもらうと
「全開、全開!」
とまわりが大騒ぎ。6センチからがあっと言う間だったようです
産科の先生、(あとでビデオ見たら全部で4。5人くらいいた)新生児科の先生が集合
そこからは赤ちゃんが苦しくなり、吸引分娩になってしまいあっという間でした

ただただ、元気なの?泣いてる?
産まれた瞬間はそれだけでした
となりの赤ちゃんの診察台で新生児科の先生がベビーを診察
なんとか元気なベビーのよう
泣き声も聞こえて安心
きれいにしてもらい体重測定
そして私の胸の上に
カンガルーケアをさせてもらえるって知らずにいたので
赤ちゃん、あったか~いと感動

しかし、これからが悲劇です
破水からあまりに早かったからか
吸引の器具で傷が大きくてただの切開の縫合といかなくて
大惨事(私がね)麻酔が効かないまま縫合がはじまり
もう赤ちゃんどころじゃなくて「いた~い、いた~い」と
叫んでました
陣痛なんかよりこっちの痛みのほうが辛かったです

分娩時間は6時間ちょっと
早いですよね
もうちょっとゆっくりでよかったよ・・・コウモンの筋肉まで裂けちゃうのは辛いです

あとで聞くと出血が多くてとりあえず止血しないといけなかったそうです

その後赤ちゃんは自分のベッドに移り新生児室へ移動、直前に義両親もご対面

私はそのまま夜までLDRで傷の痛みと戦うのでした・・・

母体のトラブルで赤ちゃんも数時間おきに採血があって夫もそのまま一緒にLDRですごしました

赤ちゃんを抱けるのはもうちょっとあとです

このときは
痛みがすごくてひどい目にあった~ととってもつらかったけど
今はいいお産だったなあと思います
助産師さんもいい方でちゃんと主治医に取り上げてもらえたし
(大きな病院なので普通はなかなか主治医でなく、当番の先生だったりすることもあるから)
泣かない赤ちゃんを産んだ経験があるのでとなりで「ぎゃ~」と声がするだけで胸がいっぱいになりました

お産直後の娘の顔はあまり覚えてないのだけど
夫がビデオ&写真を撮ってくれて今でもときどき見てます
縫合を痛がってる私もビデオに撮られてました・・・

体重2820グラム(出産前のエコーでは2500グラムくらいでした)
身長46センチ


無事、産まれてくれてアリガトウ

お産当日は深夜までLDRですごしました
普通のお産の方は数時間ここで休んでから病棟へ移動みたいなのですが
私は傷がひどく、痛みがあったので人よりゆっくり休んだようです


前日の夜九時から麻酔のため(無痛分娩になったときのため)、絶食だったのにもかかわらず
痛みのために食欲がなく点滴をつけたまま車椅子で病室へ
あまりのつらさにもともと大部屋でよかったのですが
個室を希望したのだけど満床でいつ空くかわからないとのことで
ナースステーション前の術後部屋へ
個室は高くて15000円、もしくはそれ以上なのだけど満床って・・・
みんなお金持ちなのね
夜中に移動し、痛み止めの内服しひとやすみ
が、痛くて眠れず・・・

お産後退院までの数日は数ヶ月の入院で一番つらかった

お産の次の日からオリエンテーションを受けて母児同室なのですが
私はオリエンテーションも受けられず寝たきり
そして最悪なことにお小水が出なくなってしまいました
先生も看護師さんもお産後はよくあるんですよと言ってたけど
私は聞いたことがなくてショック・・・
丸1日は看護師さんに導尿してもらいました
産後二日目でなんとか自力で出るようになったのですが
残尿があると感染やひどいと腎臓にもよくないのでしばらく導尿が続くことに





生後1日目の娘

尿閉も大変でしたが傷が痛くてまともに座れず授乳もうまくいかなくて毎晩つらくて泣いてました
普通の傷より深いところから裂けちゃったらしく出血も多く
妊娠中は平気だったのに貧血になりお産の日から鉄剤を飲むことに

産後三日目

祝日だったので妹が来てくれてなんだかすごくほっとしました
義両親も娘に会いにきました。入院中は産前に2回ほど来ただけなのに孫がいると違うわ~
傷が痛くて食欲なし
あまりしんどいのでたびたび新生児室で預かってもらいました
授乳にも集中できず、導尿もつらくて自分を責めてしまうばかり

産後四日目

黄疸がでて光線治療開始
コットー(赤ちゃんのベッド)の下から光をあてるので母児同室のままで一緒にいられました

治療中は3時間きっかりで授乳室で授乳、体重測定、尿量(オムツの重さを測る)を記録するのだけど
一緒に4時間後とに私も尿量測定と導尿があってベッドに横になる暇もなくまためそめそ・・・

私はこのまま尿ができらないと家で自己導尿を、といわれ凹む
導尿の指導を受けることに
悪露もあるし、裂傷の痛みもあるのにとまた涙が出る
座薬を入れてもらい少し楽になる
傷の痛みなど精神的に弱っていたので抜糸も痛くて泣いてしまった

お祝い膳が出ました
個人の産科とちがってゴージャスなお産を売りにしている病院ではないので
そんなに豪華なものでなく、入院の食事とそうかわった気はしないかな




産後五日目


退院予定日の前日に退院前の診察がありました
主治医の診察でちょっと安心かと思いきや
お産直後に縫ったところはとりあえず出血が多いため止血のための縫合だったから
もう1度きれいに縫い直すと言われてまた凹む
このときは麻酔もちゃんと効いて痛みは少なくてすみました
尿はちゃんと出るようになるまで入院していてくださいと言われショック
赤ちゃんもそのまま一緒に入院と
先生に残尿が40ミリリットルになったら退院OKといわれ
その日の夕方、なんとかクリアし、予定通り退院許可がでました

この日、母が義両親と病院にきました
産後少しの間、家で家事をしてもらうことに
働いているので十日ほど。すごく楽しみにしていたので一ヶ月くらいいたかったらしいけど
初孫を見て喜んでました
私もうれしかったです


産後六日目 退院の日

赤ちゃんの黄疸の結果次第で一緒に帰れることになりました
11時までにベッドをあけなきゃいけないとのことで
早々に荷物をまとめ赤ちゃんの洋服も用意し、待ってたら
同じ部屋の妊婦さんが陣痛がはじまって緊急帝王切開になってしまい
先生も看護師さんもではらってだ~れも結果を教えてくれず・・・

昼前にやっと結果が


数値がまた上がって帰れません・・・

泣くつもりじゃかなったのに涙が溢れて
号泣。産後って本当に涙腺が弱くなるみたい。
一晩、病院に置いておくのがかわいそうだったけど
自分の体もしんどいので私は1日退院をのばしてもいいといわれましたが帰ることに

ほんとにごめんね

と五ヶ月の入院生活は終了しました
長かった
こんな長い軟禁生活はしばらくないと思います

横浜から世田谷の病院まで通ってくれた夫
成育医療センターの看護師さんに感謝です

双子の息子たちを取り上げてくれたW先生に
再会し、私と娘を診てくれ、無事取り上げていただいたことは
一生忘れないでしょう
五か月間、心拍確認から出産、退院まで本当にお世話になりました

そしてなにより無事に生まれてくれてよかった

Sちゃん、あなたはお兄ちゃんたちと同じ病院で産まれたんだよ
ママはあなたを守りたくてがんばりました
パパもママもあなたが来るのをとっても楽しみにしてました
赤ちゃんがパパとママを選ぶってお話があるけど
ママは選んでももらえないんだって悲しい思いをいっぱいしたけど
いままで待っていたのはあなたに会うためだからだったんだよね

お兄ちゃんたちの分の幸せもあなたは持って来てくれました
パパとママを選んでくれてありがとう




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