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HP de るってんしゃん

泣き処

 帯に「泣きながら一気に読みました」「なんでこんなに涙がでるんだろう」と大々的に書いている。まるで「泣ける」のが売りみたい。これは泣く為の小説だろうか。ラストで泣きまくったという声はよく聞く。しかし、私はこの本を読み終えた時に涙は流れなかった。なんだか悲しく寂しい気持ちにはなったのだが。それでも、私はこの本を読んで一度も涙を流さなかったというわけではない。主に3箇所で涙が出た事を覚えている。


 44ページ
用意してきた桐の小箱に、骨壷に収められた骨を、祖父はほんの少しだけつまんで移した。せっかく苦労してここまできたんだから、遠慮せずにがっぽり持っていこうぜ、と言いたくなるくらい慎ましい量だった。
 
 177ページ
「いなくなって欲しくない人がいなくなるから、その人はいなくなるわけだ。つまり人がいなくなるということも、やはり人に寄せる思いの一部分でありえる。人を好きになったから、その人の不在が問題になるのであり、不在は残されたものに悲哀をもたらす。だから、悲哀感のきわまるところは、いずれも同じなのだよ。別れは辛いけれど、いつかまた一緒になろうな、というようにね」

 179ページ
「実現したことを、人はすぐに忘れてしまう。ところが実現しなかったことを、わしらはいつまでも大切に胸のなかで育んでいく。夢とか憧れとか言われているものは、みんなそうしたものだ。人生の美しさというものは、実現しなかったことにたいする思いによって、担われているんじゃないだろうか。実現しなかったことは、ただ虚しく実現しなかったわけではない。美しさとして、本当はすでに実現しているんだよ」


 
 振り返ってみると、祖父のシーンばっかりじゃないか。朔太郎が主役のはずなのに。この小説のなかで一番力を持っていたのは、祖父のように思う。祖父の台詞は著者の台詞だ。恋愛小説の中に隠されたテーマは、著者の隠し種は、全て祖父に託してある。だから、泣けるのだと思った。


 泣きはしないが、感動した場面もある。改めて読み返したら、巧みすぎてうなってしまった。


 70ページ
「自分のなかに人を好きになる能力を発見した人間は、ノーベル賞のどんな発見よりも大切なことを発見したんだと思う。そのことに気づかないなら、気づこうとしないのなら、人間なんて滅びた方がいい。惑星でもなんでも衝突して、早く滅びてしまった方がいいよ」

 71ページ
「朔ちゃん」
二回目に名前を呼ばれて、ようやく口を噤んだ。アキの困ったような笑顔が間近にあった。彼女はちょっと首をかしげて、
「キスでもしませんか」と言った。



 朔ちゃん、君はなんていい事を言うんだ!偉い!偉すぎる!・・・と言ってやりたいくらい。だから、私は朔ちゃんが好きだ。こういうシーンが朔ちゃんの株をドンと上げ、この小説の人気を上げているようにも思う。
 そして、アキには完敗だ。もし、この小説で名言集を作るなら、私は絶対に「朔ちゃん、キスでもしませんか」を推す。心に残った一文を、と言われても、やっぱり私はこれを言うと思う。事実そうなのだから。夜、本を読み終え、眠り、そして眠りから覚め、翌朝一番に思い出したのは、このアキの台詞だった。私にとって、好きなのは朔ちゃん、泣けるのは祖父、それでもMVPはアキ。そんな感じだと思う。


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