第八章 空路を追って第8章 空路を追って桃太郎とランと犬と猿は、意外にも、難なく鬼ヶ島に到着した。ランが船を桟橋に固定している間、桃太郎は目の前に立ちはだかる世にも高い山を見て呆然としていた。霧に覆われて周囲からは存在を消し、島に近づくと同時に突如現れた、絶壁のような山。島にはたどり着いたものの、そのふもとには、鬼どころか人の姿さえ見えない。鬼ヶ島ってこういうのだったっけ?もっと平地で、鬼がうろついてたりするんじゃないの?という思いが桃太郎の頭の中を駆け巡った。ナビゲートの猿は、またしても桃太郎の頭にへばりついている。 「なぁ。ここ、本当に鬼ヶ島?」 「そうですよ。この山は標高888メートル。人間界にはないような美しい花の木が立ち並び、黄金、白金、瑠璃色の水が山の頂上の水源から流れ出ています」 「・・・それって、蓬莱の山じゃん?俺、倉持の皇子?」 こんな小さい土地にどうして888メートルの山があるんだと頭を悩ませる桃太郎。桃太郎の足元で、自作している歌の3番の歌詞に悩んでいる犬。桃太郎の頭に病み付きになってしまって悩む、平然を装った顔の猿。名はチャッピー。 「桃太郎君!ここらでお昼ごはんにしましょうか」後ろからランの声がした。 「え?あぁ。もうそんな時間か。でも、俺、きびだんごぐらいしか・・・」 「ジャ~ン!ランちゃん 特製 幕の内弁当!!」 振り向いた桃太郎が目にしたのは、ランが両手で抱える、大きな大きな1段の重箱だった。 「ええー!?よ、用意いいなぁ・・・」 「ふふふ。皆で食べようと思って船底に隠しておいたのよ」 ランがお重のふたを開けると、桃太郎が今まで見たこともないような色とりどりの料理が現れた。そして猿が勢い良く声を上げた。 「おおお!さすがランさん!だしまき玉子、ビーフストロガノフ、舌鮃のソテー、季節の野菜と黒豚のテリーヌ、中華風ポテトサラダ、京都太秦のしば漬け、たくわん、浅漬けのきゅうり、三角おにぎり(紀州の梅入り)、抹茶ようかん、そして私の大好物のうさちゃんリンゴ!どれもランさんの得意料理ですね!」 「あんた何人だよ・・・」 桃太郎とランと犬と猿は桟橋に腰をかけて、ランの作った弁当を食べることにした。空は抜けるように青く、気持ちの良い風が吹いている。しかし、その時桃太郎は海がざわついているのを本能的に感じた。これは何かの前兆か・・・。しかし、だからといってどうするわけにもいかず、桃太郎はランの作ったおにぎりを口いっぱいに頬張りながら、ただ海賊島の方角をじっと見つめていた。 「さあ、桃太郎君行きましょうか」 「どこへ?」 「この山のてっぺんにある、私の家」 桃太郎は、ランの言葉を聞いてごくりと唾を飲み込んだ。そして白い犬は青くなった。 ランは有無を言わさず、先導をきって意気揚々と進んでいく。桃太郎と犬は顔を見合わせて肩を落とし、猿は桃太郎の頭の上で空を見ていた。 山の頂上を目指し、無言で歩き続ける一行。やたらと急斜面。まともな道はなく、細い獣道が無数にあるだけだ。獣というのは鬼のことだろうか。皆に疲れが見え始めたその時、桃太郎は急に楽になっていくのを感じた。体が軽くなった気がする。特に頭が・・・。桃太郎はそーっと手を頭にやった。・・・ぺた。 「あれ!?猿がいないぞ!」桃太郎が慌てて叫んだ。 「え?」ランが振り向いた。「ちょっと。桃太郎君の頭の上にいたんじゃないの!?」 「そ・・・それが、いつのまにかいなくなってたんだよ~!」 「なにやってんのよ、この役立たず!私のチャッピーをどこにやったのよ~!」ランは桃太郎に飛びかかった。 「まぁ、まぁ。探せば見つかるでしょう」犬が仲裁に入った。 「黙れ、犬!・・・チャッピー?どこにいるのー?返事をしてー?」 木の葉が揺れる音と、近くに流れる瑠璃色の川のせせらぎだけが聞こえた。 「・・・チャッピー!・・・チャッピー!」ランは叫び続けた。 猿の姿は依然現れない。 「ごめん・・・。俺がちゃんとしてなかったからだ・・・。今来た道を戻って探す!」 「桃太郎様だけのせいではありません。私も鼻を使って探します!」犬が言った。 「チャッピーがいなくなることなんて、今まで一度もなかったのに・・・!」ランはうろたえて立ちすくんだ。 「けーん。けーん」 「・・・今、誰か喋った?」 「いえ」 「俺は何も言ってないぞ」 「けーん。けーん」 「・・・今の・・・聞こえた?」 「はい」 「ふざけた鳴き声が上からな」 ガバッと2人と1匹は一斉に空を見上げた。真上で1羽の大きなキジが飛んでいる。その足には、小さな茶色の物体が。 「ねえ!あれ、チャッピーじゃない!?」 「そのようですね!」 「あのキジめ~!」 キジは、桃太郎達が自分に気付いたのを知ってか、山の頂上へ向かって急速に飛んでいった。 「追いかけるわよ!」 「急ぎましょう!」 「え?走って登るの!?」 死に物狂いで駆け上がり、桃太郎とランと犬は頂上に到着した。辺りはもう暗い。目の前には、扉の閉まった、大きな大きな門構えがある。その門の上に、キジが止まっていた。猿と共に。 「チャッピー!」ランが喜びの声を上げた。 「ランさ~ん!」チャッピーは助けを求めるような声を出した。 「ちょっと、そこのキジ!チャッピーを返しなさい!」 「けーん。けーん」キジは猿を返そうとするそぶりがない。 「よし!俺に任せろ!」桃太郎が前へ進み出た。 「おーい。キジさんよ。腹は減ってないかい?いいものあげるからこっちに来な」 「桃太郎様!まさか、あれを出すのですか!?」犬が声をあげた。 「ふっふっふっ。その通りさ」桃太郎は腰に付けた袋から、あの、首領が丹精込めて作ってくれた、きびだんごを一つ取り出した。 「ほらっ!」桃太郎は、きびだんごを持った手を高く挙げた。 「けーん。けーん」 ものすごい勢いでキジが飛び降り、桃太郎の手に向かって来た。その勢いで、猿は振り落とされ、犬の背中にポスッと着地した。キジは黍団子をペロリと飲み込み、おとなしく座り込んだ。 「チャッピー!」ランは犬を突き飛ばし、猿を抱きしめた。 「ラ~ンさ~ん!」猿も嬉しそうだ。 「良かったですね」犬もヨタヨタしながら、嬉しそうに尾を振った。 「俺のおかげだぞ」桃太郎は得意になって言った。 「誰の不注意でチャッピーがいなくなったと思ってんのよ。」ランがギロリと桃太郎を睨んだ。 やっぱり鬼だと桃太郎は思った。 「さぁ。私の家へ入りましょうか」ランが言った瞬間、大きな門の扉がギギギ・・・と音を立てて開きだした。 「おい。このキジはどうするんだよ」桃太郎がそう言った時、キジは何か言おうと口を開いた。 第8章 完 第九章へつづく ジャンル別一覧
人気のクチコミテーマ
|