3239907 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

放浪の達人ブログ

露天風呂で月見

     【露天風呂で月見】

先月9月下旬、俺は昔からの山仲間であるコウベ氏とモリタ氏、吊り橋女ゆみさんと
岐阜県のある場所にハイキングに行って来た。
夕闇迫る森の中でコーヒーを淹れて優雅なひと時を過ごした後、
湯の平温泉という温泉に寄って行こうということになった。
向かう途中に道を間違え、道の駅まで引き返したのだが
その道の駅に常設されている温泉に入るという妥協案が出た。
しかし俺は万人向け、或いはファミリー向けの温泉施設には全く興味がない。
設備もなく鄙びていて人っ気のない温泉、しかも露天風呂が好きなのだ。

するとスマホで湯の平温泉を検索していた吊り橋女が行き方を見つけた。
時間をかなりロスしたが俺達は湯の平温泉へ向けて再出発した。
ここで露天風呂とは関係ないが、吊り橋女の解説をしておこう。
吊り橋女ゆみさんは山仲間コウベ氏の奥さんであり、
吊り橋を歩いて渡ることに異常な興奮を示すのである。
その日の昼、天生湿原に向かう途中の渓流に吊り橋を見つけ、
そこで随分の時間を過ごしたので俺達は山に入るのが午後からになった。
そんなわけで前述した「夕闇迫る森の中でのコーヒータイム」となった次第だ。

湯の平温泉は炭酸ナトリウム質であるため無色透明だがヌルヌルする。
温泉に浸かっているとまるでリンスを身体に塗っているような感触になる。
薄暗いオレンジ色の照明に照らされて立ち昇る湯気は幻想的だった。
熱くもなくぬるくもない露天風呂に座っていたら山の端に月が昇って来た。
中秋の名月である。こんな山の中の露天風呂で見る満月なんて風情極まりない。
ずっとこのまま湯の中に入っていて眠りたい、そんな気分にさせてくれた。

この日この時に露天風呂から中秋の名月を眺めることが出来たのも
吊り橋女ゆみさんが往路の道の駅でコメやらトマトやらを買って時間を過ごしたり、
渓流の吊り橋を見つけて緊急停車して脱兎の如く河原に一目散に走って行き、
吊り橋を揺らして狂喜乱舞して記念写真を撮ったりして時間をロスしたお陰だ。
そして温泉に向かう道を間違えたロスタイムも逆に功を奏した。
当初、男3人はそれらを「想定外のロスタイム」と思っていたわけなのだが、
あのロスタイムがなかったらもっと早い時間に湯の平温泉に到着していて、
月が昇って来るよりも早い時間に温泉から出て帰路についてしまっていただろう。

要するに「人生に無駄な時間はない」ということなのだ。
たとえ今、自分のしていることを無駄に感じていても後になればそれは無駄ではなく、
今現在の自分の生き方の糧になっているのだろう、ということだ。
尾崎放哉の句に「こんなよい月を一人で見て寝る」というやつがある。
一見して寂しさを覚える句だが、情景がありありと浮かび上がると同時に、
月を見ている放哉の瞳を想像すると何と透き通っていることか。
旅先で久し振りに風情のある良い月を見た。


© Rakuten Group, Inc.