凹む日
元々は速くて雑でした中学ごろ迄、丁寧とはどうやるものかがわからなかった習字や絵画は(子供としては)得意で何度か県で賞を取ったのですが、書く事、作る事、テスト解答なども早かったですでも、もっと大好きな漫画となると、もっと緻密に丁寧に描かないと、ものすごく荒く雑に見えるので、そのギャップを埋めるのに苦労して、やっと雑に見えなくなってきたのが、大学の漫研の頃かな。その後家具デザインを学び図面を描くようになり、又経理事務の仕事でも、細かくチェックし丁寧に完璧を目指す方向に。でもねー今の工場生産の仕事では、もっと雑で良いのです本当は綺麗な仕上げが大切で、後作業の場所で今の雑な仕事では苦情がでているのですけど、仕事量をこなすことが最優先だから速さ重視で、早ければ全く汚い仕事でも何も言われませんでもね、私は後作業の部署に行くこともあるので、その時に汚い仕事には呆れてしまうし、非常に迷惑でした。だからどうしても、少し遅い仕事になっても最低限丁寧に作業してしまう一個一個では2秒程度の違いでも、100個だと数分になり、その数分で「作業が遅い人」と見られてしまうその分以上、後工程で時間短縮になってるはずなんですけども雑にやろうと思っても、どうしても出来ないし、やればモヤモヤが残ってしまう若い周りの人より、少しだけ遅い…誰も測ってないけどね自分では気になるこうなったら、諦めずに綺麗さを維持しつつ、負けない速さを磨くことでもねー…高齢者にはそれが難しくなってます高齢者はゆっくりよね、で理解されるでしょうそう考えるのも、大切なことかなと思いますそれでも、なんか凹む同年代でも工場作業経験が長い人は要領が良く早いのですからそれでも、慣れれば速くなっていくものでしょう若かったらそれが自然ですけど、高齢者の場合どうなのでしょうね私もまだ高齢者初心者🔰なので、どんなもんかがわかりませんただ、最近つくづく思うことがあります毎日を楽しく暮らすには、自分の持ち物を楽しみ満足することが大切だという事ないものなだりは、不幸な気分の元です向上心とのバランスが難しいけど、やはりやって楽しい事が、自分に合っていることで、向いている事は楽しんで出来ますね大谷さんも、努力と心の強さはもちろんですが、大谷さんに向いている事をひたすら楽しんできた結果でもあるでしょうねー向いていない事も、楽しく出来たら良いのですが、苦痛だったり、劣等感を感じるのが辛いなら、やらない方が良い事もあるまぁ仕事なので、収入と体力維持の為に続けていきたいと思っています目立って遅い訳でなければ、そしてその遅さに価値があるなら、自分を貶めず堂々とやっていけば良いのかなーと。実は、近所に子供の友人のお兄さんがいて、彼は気が付かれない程度の発育遅延があると幼い頃聴いて、でも生活に問題ないのだから大丈夫でしょうと感じていましたですが現実では苦労されたようです健康のためか丁度私が帰宅する頃にウォーキングされているのを見かけることが多いのですが、表情がとても険しく、いつでも何かに怒っているみたいな…とても可愛らしい顔をされているので、気になってしまいます人生に不満が満ちているのですね?何故同じようにやっているのに、自分だけ認められないのだろうかと全く出来ないわけではなくて、小さな差異が積み重なると、他人より遅いとか、劣るとか評価されてしまうのかもしれませんもしそうならば、それって今の私みたいですそういう辛い事の数々は消す事は出来ませんが、でもその中でも幸せを感じることは可能ではないかと…自分に向いていないこと、出来ないことについて、必要以上に考えてはいけないという事ただ季節を楽しむだけでもいい夕食を楽しみにしたり、動画や音楽、本やアニメ、ゲームでもいいし考えるならそういう事が良いのかも頭を空にして、ただ生きている今を味わい尽くすなんか、せっかく生きているのだし、期間は平均でたかが80年前後だから勿体無い事です他人より優れているかもしれない事も、劣っているかなーと感じてしまう事も、各自に色々あるはずだけど、とりあえず今を楽しんでいれば、自分だけだなく、周りにいる人もホッとするものだと思うのです一昨年亡くなった母も、一昨年と昨年亡くなった猫たちも体は色々辛そうな事もあったけど、 毎日を楽しそうにいてくれたことが、私にとっても楽しくありがたいことだったなーとしみじみ思います介護を家族にお願いしている方も多いと思いますが、申し訳なく思って沈んだり、反対に誰も私の辛さをわかってくれないと辛くなる場合も多いとは思うけど、自分がいずれそうなった場合には、母や猫を見習って、今生きる事をありがたく受け入れ、今できる事を楽しんで毎日を過ごす心がけを持ちたいものだ、と考えたりしています