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僕の好きな両国

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不思議なもの?!

October 6, 2007
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カテゴリ:不思議なもの?!
休みだというのに慌しい一日を過ごし、すっかり暗くなり帰宅の途中のこと。

ふと空を見上げると、妖しい光が空から降りそそいでいる。
こ、これは宇宙からのメッセージか?

光

と思い、光が差している場所を目指す。

光の新東京タワー

しかし、そう簡単にその地点にたどり着けるわけもなく、あきらめて帰宅。

TVのニュースをみてわかった!

宇宙からのメッセージではなかった。
地上から放たれた光だった。

「光の新東京タワー」だという。

2011年度に完成を予定する「新東京タワー」(610メートル)の実際の高さを体感しようと、建設予定地の東京都墨田区押上でサーチライトを使って夜空に光のタワーが描かれたものだった。
この企画は一年越しのもので、地元のみなさんが企画し、約300の住民や団体から寄付を募って実現したそうです。
午後8時、予定地に設置したサーチライト9台で、新タワーの脚に見立てた光の束を上空に向けて放ち、東京タワー(333メートル)の高さで光を交差させてから光をさらに伸ばして610メートルの上空で交差させることで新タワーの高さを表現したという。

それを知らない僕は必死に光を追いかけたのだ。

ま、いい運動になったけどね。

これが宇宙からのメッセージだったらロマンチックだったのにな。


一応、こんなものだったようです。
『新東京タワーの夢、サーチライトで夜空に描く (読売新聞)』

http://news.www.infoseek.co.jp/society/story/06yomiuri20071006ic23/









Last updated  October 7, 2007 01:29:10 AM
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October 13, 2006
カテゴリ:不思議なもの?!
天気の良い日、僕が野見宿禰神社を訪れたときのこと。
空に、鳳凰が現れた。。。

天空の鳳凰


鳳凰(ほうおう)といえば、神輿とか、地上に出現した極楽浄土といわれる平等院の鳳凰堂を思い浮かべる。鳳凰は、中国の伝説の鳥で、良政が行われているときに出現するといわれる瑞獣のひとつ。礼記では麒麟・霊亀・応龍とともに四霊と総称されているそうである。

でも僕は、真っ先にこれを思い浮かべてしまった。。。

鳳凰

かなり現実的だった。。。







Last updated  October 14, 2006 08:09:32 AM
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August 19, 2006
カテゴリ:不思議なもの?!
本所七不思議も最後の噺になってしまいました。


「送り提灯(ちょうちん)」

夜深けて町に出ると前の方に提灯の火が見える。
人が進むと提灯の火も進んで、いくら追ってもそばへ行けない。
(墨田区太平1丁目法恩寺付近)

送り提灯(ちょうちん)

送り提灯

法恩寺は、北斎通りの長崎橋から大横川を北上した蔵前通り沿いにあります。
今は、親水公園になった大横川は、町の中にあって、草木、水が流れなかなか良い散歩コースです。

送り提灯

法恩寺橋から東へ100m程進むと法恩寺参道があります。

送り提灯

参道を進むと特徴的な三重塔が見えてくる。

送り提灯


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日蓮宗平河山法恩寺縁起
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開山は本住院日佳上人、開基は太田道灌公である。道灌公長禄二年(1458)江戸城築城に当たり丑寅の方に場内鎮護の祈願所として本住院を建立、次いで資康、資高城主となり資高の代、本住院を法恩寺と改称したのである。(中略)
経石塔(三重塔)は昭和七年宗祖六百五十年遠忌記念として建立、天平風鉄筋造。
当時新様式鐘楼として名高いものである。







Last updated  August 20, 2006 01:52:16 AM
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August 18, 2006
カテゴリ:不思議なもの?!
昨日に続き、本所七不思議の「送り拍子木(ひょうしぎ)」の噺といきましょう。


「送り拍子木(ひょうしぎ)~その2~」

大横川にある北辻橋近くにあった時鐘(旧入江町)付近で夜回りをしていると、どこからともなく拍子木の音が聞こえて来る。(大横川沿い江東橋~撞木橋辺り、墨田区緑4丁目)

送り拍子木(ひょうしぎ)

現在の江東橋付近。

送り拍子木(ひょうしぎ)

時鐘(ときのかね)があった辺りには、勝海舟揺籃の地の碑が。。。

送り拍子木(ひょうしぎ)

現在、時鐘の記念碑がある旧撞木橋(元北辻橋)。

送り拍子木(ひょうしぎ)

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撞木橋(しゅもくばし)の由来
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ここに架かっていた撞木橋は万治2年(1659)当時の本所奉行徳山五兵衛、山崎四郎左衛門両名によって墨田区江東橋一丁目より、同緑四丁目の大横川に架けられました。
最初は長さ10間、幅2間の木橋でしたが、その後、幾度となく架け替えられ、昭和5年7月には、銅橋(トラス)になりました。
この橋は、大横川親水河川整備事業により、その役目を終えて昭和62年10月に撤去されました。
なお、ここは竪川・大横川の交差辻なので、北辻橋、南辻橋、新辻橋などが架けられましたが、北辻橋西側の大横川河岸に「本所時之鐘」の鐘撞堂があったことから、これらの橋は俗称として「撞木橋」と呼ばれてきました。その後、北辻橋が撞木橋を正式に名称とするようになったものと思われます。

平成11年2月






Last updated  August 18, 2006 10:31:02 PM
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August 17, 2006
カテゴリ:不思議なもの?!
本所七不思議の「送り拍子木(ひょうしぎ)」の噺といきましょう。
え、噺が七つ以上になってるって?! それも七不思議ですね。。。
まあ、深く考えず先に進ませてください。。。


「送り拍子木(ひょうしぎ)~その1~」

夜回りをしていると、人影が無いにもかかわらず、拍子木の音があちらこちらから聞こえてくる。(本所南割下水、津軽越中守中屋敷あたり=現北斎通り津軽神社付近)

送り拍子木(ひょうしぎ)

「消えずの行燈(あんどん)」と「燈無蕎麦(あかりなしそば)」の舞台とされる、旧長岡町、長崎町、北中之橋あたり(現在の北斎通り長崎橋周辺)からさらに東に進み、北中之橋(現長崎橋)を渡ったあたり、旧津軽越中守中屋敷周辺で、不思議な拍子木の音がしたとされています。この噺の候補地は、実はここだけじゃないのですが、それは明日のお楽しみ。

送り拍子木(ひょうしぎ)

送り拍子木(ひょうしぎ)


真夏の炎天下に晒された僕の身体をしばし休めてくれたのはここ、津軽稲荷神社だった。
とりあえず、お参りしとこっ!







Last updated  August 17, 2006 10:59:53 PM
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August 16, 2006
カテゴリ:不思議なもの?!
本所七不思議の「消えずの行燈(あんどん)」の噺の逆パターンの噺もあります。


「燈無蕎麦(あかりなしそば)」

夜道を家に帰る途中、腹がへってきたところで、 ふと気がつくと、灯りもつけずにいる屋台の二八そば屋がある。 不思議に思って近づいてみると、 お湯が沸いて器が並べてあるのにそば屋の主人がいない。 気をきかせてあんどんに灯をともして主人を呼ぼうとすると、 風もないのにスーッと火が消えてしまう。再び火をつけようとすると、またスーッと消えてしまう。
気味が悪くなって急いで家に帰ってきたが、 その後は必ず凶事が起こったという。(本所南割下水あたり=現北斎通り)

「消えずの行燈(あんどん)」と「燈無蕎麦(あかりなしそば)」の舞台とされる、
旧長岡町、長崎町、北中之橋あたり(現在の北斎通り長崎橋周辺)。

燈無蕎麦(あかりなしそば)

燈無蕎麦(あかりなしそば)

燈無蕎麦(あかりなしそば)


同じ写真を2日使うとは。。。手抜きじゃないですよ~。
同じ辺りが舞台だったんだから。。。

真夏の炎天下に本所七不思議の舞台を散策するという無謀な企画は確実に僕の体力を奪って行った。ここまできたらもうひと頑張りだ!!






Last updated  August 17, 2006 01:13:03 AM
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August 15, 2006
カテゴリ:不思議なもの?!
本所七不思議の「足洗い屋敷」の舞台があった三つ目通りと北斎通りが交差するあたりからさらに東へ進んだあたり。その辺りが「消えずの行燈(あんどん)」があったとされるエリアです。


「消えずの行燈(あんどん)」

二八そばやの台あんどんが軒下においてあるが、夜中に見えてもその火は消えたことがない。
いつ油を差したのか、それを見た事もない。(本所南割下水あたり=現北斎通り)


旧長岡町、長崎町、北中之橋あたり(現在の北斎通り長崎橋周辺)。

消えずの行燈

消えずの行燈

消えずの行燈


消えずの行燈







Last updated  August 17, 2006 01:01:41 AM
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August 14, 2006
カテゴリ:不思議なもの?!
本所七不思議の「津軽の太鼓」の舞台となった旧津軽屋敷の前を通過し、さらに東へ進みます。
三つ目通りと北斎通りが交差するあたり、ここが次の七不思議の舞台です。


「足洗い屋敷」

本所三笠町の味野岌之助(あじのきゅうのすけ)という幕府旗本の屋敷での天井から大きな音が聞こえ、血にまみれた大きな足が現れ、大きな声で「足を洗え!」とどなる。血のついた足をきれいに洗うと足はおとなしく天井へ消えていく。毎夜現れる足を洗っていたことからこの屋敷をいつしか「足洗い屋敷」と呼ぶようになったという。
(本所三笠町=現東京都墨田区亀沢4丁目12付近:三つ目通りと北斎通りの北東の辺り)


「足洗い屋敷」があったとされる三笠町。

足洗い屋敷三笠町


旧三笠町周辺。亀沢4丁目12番付近。

足洗い屋敷三笠町


ちなみに、毎夜毎夜の足洗いにウンザリした味野家がたまりかねて、友人の旗本設楽氏と屋敷を交換したら、その不思議な現象は二度と起こらなかったといわれています。






Last updated  August 14, 2006 09:12:01 PM
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August 12, 2006
カテゴリ:不思議なもの?!
平戸新田藩松浦家上屋敷跡(現両国公会堂付近)から旧御竹蔵を抜けて清澄通りにいたり、さらに北斎通りを東に進むと次の本所七不思議の舞台が現れてきます。
ご存知の通り、この北斎通りは、昔は本所南割下水という水路が通っおり、この周辺で浮世絵師の葛飾北斎が生まれたと伝えられています。江戸東京博物館前から東へ約250mほど進んだ辺りの南側一帯は、津軽越中守の上屋敷があったところです。旧津軽越中守上屋敷の北側一帯は、現在緑町公園となっており、北斎の絵をあしらった公衆トイレなどがあります。このあたりが、本所七不思議の「津軽の太鼓」の舞台になったところだといわれています。ちなみに、この旧津軽屋敷の鬼門にあたる場所には相撲の神様とされる野見宿禰神社があり、歴代横綱の碑があります。


古地図でみる津軽屋敷。

津軽の太鼓


現代の津軽屋敷跡。緑町公園。

津軽の太鼓

北斎の浮世絵が描かれた公衆トイレ。手前の噴水が涼しげ。。。

津軽の太鼓

津軽屋敷の鬼門にあたる場所にある野見宿禰神社。

津軽の太鼓


津軽の太鼓


「津軽の太鼓」

津軽越中守の邸では、火の見櫓は板木を使うのが規則だが、太鼓をつるし、それを打つことを許されていた(津軽屋敷の火の見櫓の板木は太鼓の音がする、と不思議がられたという視点のものもある)。


現代ではあまり疑問に思われないことも不思議なものとして捉えられていたのですね。
本所七不思議を求め、北斎通りをさらに東に進みましょうか。。。







Last updated  August 13, 2006 11:51:05 PM
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August 11, 2006
カテゴリ:不思議なもの?!


「片葉の芦(かたばのあし)」の次は、葉っぱつながりの噺にしましょう。

「落葉なしの椎」は、平戸新田藩松浦家上屋敷が舞台となった噺です。現在の両国公会堂付近です。この辺りには、あの首尾の松の伝説で登場する駒止石もあったとされています。駒止石は、現在は旧安田庭園内に鎮座しています。

落葉なしの椎

江戸東京博物館常設展示室内の床にある幕末の江戸の地図には、松浦邸の椎の木が、隅田川対岸の首尾の末とともに、このように描かれています。


落葉なしの椎

現在の両国公会堂と旧安田庭園の境界付近の様子。

落葉なしの椎

旧安田庭園内からの景色。


片葉の芦


「落葉なしの椎(しい)」

松浦邸の大椎木は枝葉が拡がっているがいつみても一片の落葉もない。
(平戸新田藩松浦家上屋敷、両国公会堂付近)






Last updated  August 11, 2006 10:23:03 PM
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