000000 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

僕の好きな両国

PR

X

全77件 (77件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 8 >

史跡

March 1, 2013
XML
カテゴリ:史跡
1892年(明治25年)3月1日、芥川龍之介は現在の中央区明石町で生まれ、生後7ヶ月から母ふくの長兄の芥川家に引き取られ13歳の時に養子に入りました。
その場所が、両国3丁目のこの辺りと言われており記念碑があります。

芥川龍之介生育の地
芥川龍之介

芥川龍之介

芥川龍之介は、当時回向院に隣接していた江東尋常小学校付属幼稚園から小学校(現在の両国小学校)まで両国で学童生活を過ごし、江東橋近くの府立第三中学校(現在の都立両国高等学校)に通うなど両国ゆかりの文学者のひとりです。
(文学碑が、両国小学校、両国高等学校にある)

両国小学校の文学碑「杜子春」
芥川龍之介

両国界隈には芥川龍之介ゆかりの地が点在しています。
緑図書館には両国界隈、墨田区ゆかりの作家の書籍コーナーなどありますのであらためて芥川を読んでみるというのもいいかもしれませんね。

生誕121周年の今日、芥川龍之介に思いを馳せて散策する道すがらオープンしたてのシフォンケーキ専門店を発見し試しに買ってみました。
ふわふわのシフォンケーキは紅茶にぴったりで午後のひと時が楽しいものになりました。

シフォンケーキ店

シフォンケーキ店

できればオプションでシフォンケーキに添える生クリームやソフトアイスクリームなどを販売してもらえるといいなと思いました。








Last updated  March 1, 2013 02:26:12 PM
コメント(0) | コメントを書く


January 18, 2011
カテゴリ:史跡
このほど芥川賞受賞者が発表されましたね。
受賞者の朝吹真理子さんと西村賢太さんの2つの個性に触れる機会となった。
お二人ともおめでとうございました!

龍之介は、生後7か月で母親の実家である芥川家に預けられ、母親が亡くなった11歳の時に芥川家の養子となり芥川龍之介となった。
その生家が両国にあったことから、龍之介は両国小学校に通っていた。
両国小学校にはその記念として、「杜子春」の一節を刻んだ文学碑がある。
そして生育の地前には「芥川龍之介生育の地」の碑がある。

芥川龍之介生育の地







Last updated  January 22, 2011 01:53:50 PM
コメント(0) | コメントを書く
September 25, 2009
カテゴリ:史跡

葛飾北斎

消えた「葛飾北斎生誕の地」の謎?!の続きを記す。

もともとあった史跡はなくなったのだが、「葛飾北斎住居跡」の看板というのが今年の3月に設置された。

場所は、「僕の好きな両国」でもかつて紹介した「馬の神社」である「榛(はんのき)稲荷神社」の境内だ。この「榛稲荷神社」は、かつては地元の武士の弓馬の稽古をする馬場で、「榛馬場(はんのきばば)」と呼ばれた場所だ。このエリアは、江戸時代は御竹蔵でありその外周には水路が流れていた。その水路の外周側土手に榛(はんのき)が植えられていたことから榛馬場と呼ばれたと伝えられている。

葛飾北斎と榛稲荷神社

葛飾北斎と榛稲荷神社

そして、その榛馬場周辺に葛飾北斎が暮したのは八十歳を超えた天保末年頃(1840年頃)という。生涯で九十回以上も転居を繰り返した北斎については正確な居所がすべて分かっているわけではないのでこのあたりで暮した資料が残っているのは稀である。

葛飾北斎住居跡

ぶらり両国街かど展や北斎祭りで両国を訪れた際には榛稲荷神社にお立ち寄りください。


おまけ

(北斎づくしの公衆トイレ@緑町公園)
北斎づくしの公衆トイレ

(相撲甚句「北斎祭り」詞:下家義久氏)
相撲甚句「北斎祭り」











Last updated  September 26, 2009 12:26:26 AM
コメント(0) | コメントを書く
カテゴリ:史跡
大相撲秋場所も残すところあと3日となった。
千秋楽が近づくにつれて優勝争いから脱落する力士が目立つようになってくるが、当初調子がよさそうに見えた琴欧洲が時天空に引き落としで4敗目を喫したり、久しぶりに優勝に絡んでくれるものとエールを贈った琴光喜が同じ2敗の把瑠都と対戦し上手投げに屈した。
その把瑠都は、今場所5大関すべてに勝つという快挙を果たした。関脇以下の力士の記録としては、史上2人目という。
 *最初に記録を作ったのは西関脇・保志(第六十一代横綱北勝海で現・八角親方)で、86年春場所で北天佑、朝潮、若嶋津、大乃国、北尾を倒した。
その把瑠都だが、現在全勝の朝青龍、一敗の白鵬の両横綱に敗れていることから自力優勝が厳しい状況ではあるが、残りの3日の取り組みでどんなハプニングが起こるのか?
優勝の行方を見守ってゆきたい。

今週末の千秋楽も楽しみだが、何といっても26日(土)から開催される両国のお祭り『ぶらり両国街かど展』も楽しみだ。
まずは、回向院パネル展が回向院1階ホールにて公開される。
関連行事としては『北斎まつり2009』の「北斎Tシャツアート・フェスティバル」のコンテストと作品展示がYKK R&Dセンターで開催される。

北斎まつり2009

『ぶらり両国街かど展』行事としても開催される『北斎まつり2009』にちなんだ話題をひとつ。

僕の好きな両国で何度かとりあげた「葛飾北斎生誕の地」の史跡であるが、当時史跡の柱が建っていた場所にはもうない。

北斎まつり2009
北斎通りにかつてあった「葛飾北斎生誕の地」の碑。

北斎まつり2009
現在の様子。

北斎まつり2009
土台のコンクリートらしきものが。。。

いったいどこにいったのだろうか?!

実は今はもう、「葛飾北斎生誕の地」の柱はどこにも存在しないのだ。

葛飾北斎は本所南割下水のどこかで生まれたとされその謂われから、江戸時代の本所南割下水であった通り(江戸博前から錦糸町方面に延びる通り)が現在の北斎通りとなった。
そして、その通りに設置されたのが「葛飾北斎生誕の地」の史跡の柱であった。
葛飾北斎は90歳の生涯に亘り93回も引っ越したといわれ、柱で示せるほど正確なものではないがこの辺りというものであった。
しかし近年になり「この柱の場所で葛飾北斎が生まれたのか?」というような問い合わせが史跡散策をする人からあり、誤解を招くのではないかという区の考えにより今年の3月に撤去した。

現在、墨田区では「すみだ北斎美術館」を平成24年に開館すべく準備を進めている。
建設予定地は、葛飾北斎が生まれたこの本所南割下水にあった弘前藩津軽屋敷の跡地である緑町公園のテニスコートがある場所に決定している。
北斎が津軽屋敷の屏風絵を描いたという逸話と北斎が生まれすごした本所南割下水に接した場所であることからこの地に決定したという。(墨田区区民活動推進部文化振興課)

北斎まつり2009

なおこの津軽屋敷の跡地には他に相撲の神様を祀った野見宿禰(のみすくね)神社がある。

「すみだ北斎美術館」の完成がいまから待ち遠しい。

ただ、「葛飾北斎生誕の地」の史跡がそれまで無いのは何とも寂しい。。。
代わりの史跡は無いのだろうか?

実は「葛飾北斎住居跡」の看板がある場所に設置されている。

ちょっと長くなって来たので続きは次の日記でお届けします。

お楽しみに!








Last updated  September 25, 2009 02:00:21 AM
コメント(0) | コメントを書く
September 23, 2009
カテゴリ:史跡
両国三丁目にある芥川龍之介生育の地付近に新しい看板が仲間入りしているので紹介しておこうかな!
芥川龍之介生育の地の史跡は、両国駅東口正面にある横綱通りを駅方面から進み国道14号線「京葉道路」に行きついた角にある。

芥川龍之介生育の地

芥川龍之介の養父芥川道章(龍之介を生後7か月で引き取り、13歳の時に養子にした)の家があったこの地は、現在は定食屋さんだ。

芥川龍之介生育の地

そして、新しい看板というのは、芥川龍之介の生い立ちを解説したボードで、大きなフグのサインの下、フグ屋さんが入っているビルの正面にある。

芥川龍之介生育の地

芥川龍之介の記念碑は、京葉道路をはさんだ向かい側のエリアにある両国小学校にも設置されている。

両国にお越しの際にはぜひ一度訪ねてみてください!








Last updated  September 23, 2009 11:31:59 PM
コメント(0) | コメントを書く
September 17, 2008
カテゴリ:史跡
9月14日からはじまった、両国橋架橋350ぶらり両国街かど展の街歩きの楽しみの一つ、50枚の高札巡り。
牛嶋様のお祭りが終わるまでお預けだった3枚の高札とかど屋さんの1枚が今日掲示された。
これで、50枚すべてが揃ったので、それを祝してここに掲載する。

但し、枚数が多いので、10枚ずつアニメーションにした。


高札@ぶらり両国街かど展

[1] 江戸の町 「徳山五兵衛屋敷跡」
[2] 両国物語 「椎の木屋敷跡」
[3] 絵画と文学 「小林清親旧居地」
[4] 江戸の町 「御蔵橋跡」
[5] 両国物語 「駒止石」
[6] 両国物語 「置いてけ堀・お竹蔵跡」
[7] 江戸の町 「南割下水」
[8] 両国物語 「津軽の太鼓・津軽藩上屋敷跡」
[9] 江戸の町 「江川太郎左衛門屋敷跡」
[10] 大相撲 「野見宿禰神社」

高札@ぶらり両国街かど展

[11] 忠臣蔵 「俵星玄蕃の道場跡」
[12] 江戸の町 「百本杭跡」
[13] 江戸の味 「もヽんじや」
[14] 江戸の町 「小泉町跡」
[15] 江戸の町 「回向院」
[16] 大相撲 「旧国技館跡」
[17] 江戸の町 「伊藤宗印屋敷跡」
[18] 江戸の町 「榛(はんのき)馬場跡」
[19] 両国物語 「片葉の葦」
[20] 江戸の町 「藤代町跡」

高札@ぶらり両国街かど展

[21] 江戸の町 「駒留橋跡」
[22] 江戸の町 「旧両国橋・広小路跡」
[23] 忠臣蔵 「赤穂浪士休息の地」
[24] 江戸の町 「石尊垢離場跡」
[25] 江戸の町 「回向院正門跡」
[26] 江戸の町 「元町跡」
[27] 江戸の町 「与兵衛すし跡」
[28] 鬼平情景 「料亭「井筒」」
[29] 江戸の町 「大徳院」
[30] 両国物語 「猫の恩返し(猫塚)」

高札@ぶらり両国街かど展

[31] 忠臣蔵 「吉良邸裏門跡」
[32] 絵画と文学 「江東義塾跡」
[33] 忠臣蔵 「吉良邸跡」
[34] 絵画と文学 「鏡師中島伊勢住居跡」
[35] 忠臣蔵 「吉良邸正門跡」
[36] 絵画と文学 「尺振八の共立学舎跡」
[37] 江戸の味 「鳥料理・かど家」
[38] 江戸の町 「尾上町跡」
[39] 江戸の町 「相生町跡」
[40] 忠臣蔵 「一之橋」

高札@ぶらり両国街かど展

[41] 忠臣蔵 「前原伊助宅跡」
[42] 江戸の町 「塩原太助炭屋跡」
[43] 江戸の町 「本因坊屋敷跡」
[44] 江戸の味 「中田屋茶輔」
[45] 鬼平情景 「軍鶏なべ屋「五鉄」
[46] 江戸の町 「ニ之橋」
[47] 江戸の町 「江島杉山神社」
[48] 江戸の町 「御船蔵跡」
[49] 江戸の町 「西光寺」
[50] 江戸の町 「初音森神社」

興味のある方は、是非歴史文化探訪のぶらり街歩き、高札巡りをどうぞ!






Last updated  September 17, 2008 11:21:57 PM
コメント(0) | コメントを書く
September 15, 2008
カテゴリ:史跡
9月14日からはじまった「ぶらり両国街かど展」。
JR両国駅3番ホームでのジャズライブも盛況で幸先良いスタートとなりました。

僕は、午後のコンサートのお手伝いをすることになっていましたが、朝から街歩きコースに設置された高札巡りをしてきました。
街歩きコースには、北めぐり、南めぐりの2つのコースがあり、それぞれ約1時間30分のコースですが、それらをあわせたコースを一気に歩きました。
早起きが苦手な為に、午後のコンサート準備の集合時間まで3時間程度だったので、最も北に位置するNo.1の高札だけは後回しにせざるを得ませんでしたが、それ以外は網羅できました。ただ、当日は牛嶋様のお祭で、高札番号26、27、28の3枚は後日設置とのことでした。また、鳥料理・かど屋さんには棒の部分はありましたが高札が未設置でした。
今朝訪れたNo.1の高札を加え、50枚中46枚の高札を自分の目で確かめることができました。

残りは後日まためぐってみます。


ぶらり両国街かど展より高札

この高札は、本所築地奉行として本所の開発を進めた徳山五兵衛の屋敷跡。
現在は、徳山稲荷神社として地元のみなさんから信仰されています。











Last updated  September 15, 2008 02:21:28 PM
コメント(0) | コメントを書く
July 24, 2007
カテゴリ:史跡
すっごく盛り上がった大相撲名古屋場所があっというまに終わってしまった。
それにしても琴光喜は、すごい気迫で頑張ったなぁ。やっぱり、一世一代の時っていうのがあるんだなって教えられたなぁ。僕も見習いたい!。
それにもまして、朝青龍の優勝に対する執念というか執着というか、気迫というか、凄いものがあるなぁ。他の力士にもっと狡猾になって欲しいなぁ。そうじゃなけりゃ、迫真の勝負にならないんじゃないかな?なんて、ちょいと生意気でしたね。。。でもギリギリの勝負が観たいから。。。来場所の両国での大相撲、どうぞよろしくお願いします!


さて、
今日は芥川龍之介没後80年目の河童忌だ。
そこで、仕事帰り、日が暮れた両国駅東口の横綱通りから京葉道路へ。
「芥川龍之介生育の地」の碑を目指した。
芥川ゆかりの地ということでとりあえず祈りを捧げ、写真を撮影。

すると、こ、これは!?
ひょっとして芥川龍之介が登場か?と一瞬思ったけど、よく観たらカメラの設定スイッチが動いていたようだ。

芥川龍之介


気を取り直して、もう一枚。
今度は、綺麗に撮影できました!
それにしても、いつもこうやってチャリが停まってるんだよね。
ちょっとウザイ!

芥川龍之介


一応、現在の生育地あとは、某おべんとうチェーンです。
昔は釣具店でしたね。そのあとはコンビニ。

芥川龍之介


まあ、芥川龍之介とちょっとだけ会話ができたような気がしたので、駆けつけてよかったです!







Last updated  July 25, 2007 12:35:16 AM
コメント(0) | コメントを書く
October 16, 2006
カテゴリ:史跡
鼠小僧「中村次郎吉」の墓。
回向院にあるこの墓。浄財のご利益があると、墓を削る者があとをたたず、削り取り専用の「お前立ち」を立てた。現在あるものは、2代目とか。

しかし、その戒名「教覚速善居士」の名前から、最近は受験生が「お前立ち」を削りにくるらしい。「教えを、善く、速く、覚える」ということらしい。

鼠小僧「中村次郎吉」の墓

鼠小僧「中村次郎吉」の墓

11月3日に初の試験が始まる「江戸文化歴史検定」の受験者の皆さんは、是非お参りしてみてください。


「江戸文化歴史検定」・・・

江戸の知恵を現代に活かせるのではないか、そんな江戸を深く知ることを目的に2006年11月3日からスタートする資格試験です。
この検定は、江戸の歴史や文化に関する広範で高度な知識をチェックするもので、1級~3級までありますが、2006年11月3日に、まず3級と2級の検定がスタートし、2007年には1級の検定を行う予定とのこと。

詳しくは、下記HPからどうぞ!

江戸文化歴史検定








Last updated  October 29, 2006 11:39:53 PM
コメント(0) | コメントを書く
July 31, 2006
カテゴリ:史跡
芥川龍之介は、明治三十一年(1898)、江東尋常小学校尋常科入学。当時6歳。
江東尋常小学校高等科在学中に芥川家と養子縁組を結び、芥川龍之介が誕生しました。当時12歳。旧姓は、新原でした。
そして、江東尋常小学校は現在の両国小学校のことです。
そんな関係から、両国小学校には、芥川龍之介の文学碑「杜子春」があります。

芥川龍之介の文学碑「杜子春」

夏目漱石門下先輩から童話創作の依頼を受け、児童文学に着手しました。大正七年(1918)のこと。第一作目は、あまりにも有名な「蜘蛛の糸」でした。その後、作を重ね、第四作目になるのが「杜子春」です。

もう一度読み返したくなりました!






Last updated  August 1, 2006 01:24:25 AM
コメント(0) | コメントを書く

全77件 (77件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 8 >


© Rakuten Group, Inc.