【円筒分水】高崎市内の市街地にあるんです「長野堰 円筒分水堰」
「長野堰 円筒分水堰」は群馬県高崎市の高崎駅からも程近いところにある円筒分水です。群馬県近代美術館からバスで高崎駅に行きまして、そっから歩いて東の方?に向かうとあります。暑くて死にそうですけど、歩いて行ける距離にあるので頑張って歩きます。とか言いながら、リュックは高崎駅のコインロッカーに入れました。こちらは公園として整備されていて、案内看板もしっかりあります。その中に、石碑があるんですけどそこには恐ろしや 地獄の関と思いしが 悟ればここぞ極楽の堰って書かれてて、なんか怖い。昔々の水利権で揉めまくったんだろうなというのが偲ばれます。長野堰用水は、古くは室町時代より農業や市民生活に利用され、高崎市の発展の礎として大きく貢献している施設です。高崎の街や水田地帯は2つの自然河川に挟まれていながら、その台地状の地形から水の恩恵を受けにくい地域でした。水利に乏しいこの地域を潤すために長野堰用水の開削が始まったのは、約1100年前と言われています。1814年にはサイホンを新設して、榛名白川を横断したという記録が残っており、当時から高い土木技術と知識があったことが明らかになっています。また、1901年に建てられた、長野堰用水を開削した先人の労をねぎらう石碑には「本堰烏川の水を引き、獲るところの稲の量は五万石に満ち、また、これを飲みて生ける民は高崎を始めおよそ十万人に余る」と刻まれています。このことからも、古くから農業の発展のみならず、市民の生活を大きく支えてきた施設であることがわかります。現在では一級河川烏川から最大5.787トン/秒を取水し、幹線水路は15箇所の水門で分水しながら、8.6キロメートル下流の円筒分水堰でさらに4支線に分岐しています。この分岐した4支線の延長は17.1キロメートルで、現在も340ヘクタールの水田を潤しています。っていう感じですって。河川の土砂が堆積してできた平地なので、それが過ぎると川が土地を削り出して台地になるんでしょうね。そうすると水を持ってきにくくなる。そこで上流で堰を作って水を流すことになります。そこをきっちりかっちり分水するためにこの円筒分水があります。サイフォン式で下から水を上げて分水していくのは見てて飽きないですねぇ。問題は死ぬほど暑いってことなんですけど。にしても円筒分水堰だの円筒分水工だの円筒分水だのいまいちわからん。-------------#狂躁的非日常と日常#あきらっく#ささだあきら#群馬県#高崎市#長野堰#円筒分水堰#円筒分水-------------