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       ドマニ龍 です!!

フォーク

ポピュラー音楽!!・・・フォーク(6)!!

2010年11月05日




 今日は晴れの良い天気になりそうです・・・庭で^(^。^)y- .。oO ^しながら、今朝も「フォークソング」のことを考えていました。

 確か、1970年に来日した^70歳の老婦人歌手^は、歌を作り始めたのが40歳を過ぎてから・・・大学を出て英国の中世文学の研究かなんかで博士号をとっているインテリ、結婚して普通の主婦でしたが、ご主人が病気になったので慰めるために「手作りの歌」を作って聞かせてあげていました~~~それを重ねているうちに、すっかり「ソング・ライター」になってしまいました!!

 この^おばあさんのピリッとした作品^は、当時の若者になかなかの評判だったそうです・・・好きな音楽家は^ビートルズ、ローリング・ストーンズ、など'だったそうです~~~この歌手のおばあさんは「マルヴィナ・レイノルズ」です!!

   

 作った曲としては、ジョーン・バエズ歌の「雨を汚したのは誰」、ジュディ・コリンズ歌の「素敵ではないけれど」、ピート・シーガー歌の「小さな箱」、シーカーズ歌の「朝の街に陽が昇る」などが有名!!

 「小さな箱」は、日本語歌詞で^高石友也^が歌い、「素敵ではないけれど」は、直訳に近い日本語歌詞「カッコよくはないけれど」で関西から歌い始められ、新宿 西口広場で「フォーク・ゲリラ」が盛んに歌っていました!!

 独立運動が盛んだった頃のアイルランドの有名な「フォーク・ゲリラ」のお話・・・あるストリート・シンガーがヴァイオリンを持って^ただ一人街角で歌いだした、<誰がイギリス兵に殺された>といった歌物語で、これが始まると^町の人たちは群がってきて貪るように耳を傾け^何人かの人は、次の辻に立って見張りをし、警官の姿をみると合図します(ストリート・シンガーも集まっていた人たちも、いち早く姿を消します)~~~警官の方も、慣れてくると集まる人たちの中に私服をいれ、歌いだすと「御用」と思いきや^ストリート・シンガーの方も上手で、ラヴ・ソングを歌う(警官の耳には熱烈なラヴ・ソングとしか聞こえない)し、町の人たちには「独立の情熱の炎を煽る歌」に聞こえるし、民衆の知恵は底なしでした!!

 警官が出てきて<禁止しようとした事件>は、1950年代のワシントン広場でもありました・・・歌を聞いていた人々に警官は取り囲まれ^結局、禁止しないことに~~~日本でも?1969年に話題になったのが<新宿西口広場のフォーク・ゲリラ>、機動隊の出動があった珍事件!!

 ジョーン・バエズが歌っている「ドナ・ドナ」・・・表面だけで歌を受け取ると、たかだか動物愛護の歌に終ってしまいがちですが~~~じっくり聞いてみると「自由な者と自由を求めることを知らない者」とを歌っている歌です!!

 「黒人のブルース」・・・ラヴ・ソングを例にとれば^男が女を信じない、妻は夫を信じない、といった歌がよくあり、黒人の生活を恐ろしいほど鮮やかに歌いだしています~~~当時の黒人は、愛する人があって子供までもうけても^白人以下の生活を強いられていて、男は少しでもいい仕事を見つけなければならず、それを求めて町から町へと渡り歩かざるをえなく^家族から遠く離れてしまい、仕事で得た僅かなお金では帰る汽車賃にもならなかったため、夫と妻とは長い間引き裂かれたまま(このような現実があっての「男が女を信じない、妻は夫を信じない」の歌だったのです)!!

 アメリカン・フォークというと「プロテスト・ソング」と早合点する人もいますが^そういう人たちが「黒人のブルース」を聞くと、ガッカリすることがありますが^黒人のブルースには「信じたいという意思、誠実であろうとする努力」は歌にも現れています・・・黒人の愛の誠実さはブルースに見るかぎりでも白人以上の純真さがありますが、現実には^音信不通のままの死に別れも少なくなかったのです~~~<意志とか希望とか信念を持ちながら、現実をリアルに見抜く心と目がなければ「信じない歌」は生まれてきません>!!



ポピュラー音楽・・・フォーク(7)!!

2010年11月06日




 今日は曇りがちの天候です・・・庭で^(^。^)y- .。oO ^しながら^アメリカンフォーク・ソング、を聴きながら^のんびりしている土曜日です!!

ジョーン・バエズ(Joan Baez)1941年ニューヨーク生まれ
   
 シカゴの^ゲート・オブ・ホーン・クラブに出演中、ボブ・ギプスンに見出され、1959年、1960年の「ニューポート・フォーク・フェスティヴァル」で、旋風を巻き起こしました!!
 幼い頃から反抗心が強かったといわれるバエズは、いやいや契約した^ヴァンガード・レコードからのデビューLPは、同レコード会社始まって以来の大ヒット・・・バエズは、1961年から全米のキャンパスを精力的にまわり、忽ち「フォーク・ソングの女王」と呼ばれました!!
 メキシコ出身の父とスコッランド系の母で、これを受け継いでバエズの歌は^驚くほど新鮮な魅力を貯え、音域の広いソプラノは、あくまでも透き通り純粋な美しさを訴えています!!
 プロテスト・ソングには激しい行動性が感じられ、一時期において^恐れる若きアメリカ人のアイドル視された原因^だったのかも・・・バエズは、ナッシュヴィルに下り^いち早く「フォーゥ・カントリー」の分野へ進み、バエズには考えられなかったほど^脱政治的に美しいフォーク・ソングへの再発見の努力が試みられています!!
 レコードは、ヴァンガードから12枚出ています。

レッドベリー(Lead belly)・・・(愛称)
   

 ハディ・レッドベタ-が本名(1888年ごろの生まれ1949年に亡くなりました)・・・グッドナイト・アイリーン、コットン・フィールズ"、も彼がいなかったら存在しません~~~1000を超える黒人民謡が、マイクなしでコンサート・ホールの隅の客の心まで伝えられたと言われました~~~年齢がわからず、波乱にとんだ人生だったといわれます!!
 レットベリーは、テキサス州やミシシッピー州のデルタ地帯の農園や製材所や堤防工事などをしながら放浪していました・・・その間に^殺人犯で3回も投獄されました・・・刑務所内でも綿畑でも歌わずにはいられなかったそうで、一度^輿がのり出したら彼の歌は、いつ終るかわからなかったとか、一つの歌でも二度と同じようには歌わなかったとか!!
刑務所の中で有名になったレッドベリーの話を聞きつけて、国立国会図書館のジョンとアラン・マックス親子が録音しました・・・それを機会に彼は^類い稀なフォーク・シンガー^と認められ、コンサートに出るようになりました!!
 ピート・シーガーはレッドベリーから、12弦ギターを学びました・・・レッドベリーの愛唱歌「グッドナイト・アイリーン」が、ザ・ヴィーヴァースのレコードで大ヒットしたのは死んだ直後でした!!
 レコードは、RCAとキャピトルに^それぞれ1枚あります。

レナード・コーエン(Leonard Cohen) 1934年カナダのモントリオール生まれ
   

 ジャンソニエ(歌手兼作詞作曲家)、詩人、小説家、・・・小説"美しき敗残者たち"は当時25万部も売れたそうで、詩集は4冊出出版されているそうです~~~作品の中で有名な歌は「スザンヌ」で^ジュディ・コリンズ、ノエル・ハリソン、ハリー・ベラフォンテ、ニーナ・シモン、などによって唄われています!!
 ジュディ・コリンズが取り上げている^イサクの物語、シスターズ・オブ・マーシー、さよならは言わないで、などは^コーエンの美しい詩とメロディを見るたびに放つ光の色が違う宝石のように^絵も言われぬ美しさ^唄っています!!
 コーエンは商家の出で不自由のない家でしたが、社会の偽善をいち早く感じとって^ビートニクたちと深く付き合うようになり、ギリシャの孤島(電気・ガス・水道もない)に奥さんと子供と3人で生活していたこともあったそうです!!
 ボブ・ディランやジョニー・ミッチェルなどと並ぶソング・ライターの一人です!!
レコードはCBSソニーから2枚と思います。

ジュディ・コリンズ(Judy Collins) 1939年生まれ
   
1957年ジョーン・バエズがフォーク・ミュージック界に登場した後、数年たってから「ジュディ・コリンズ」がバエズの君臨する情勢民謡歌手の座を狙う^トップ・コンデンターとして、その頭角を現してきました!!
 <ジョーン・バエズ VS ジュディ・コリンズ> という世界一の尺度に見守られる中を歩みながら、独自の音楽的表現をを追求し「フォーク・ミュージック」という音楽概念から大きく飛躍して、新しい「ジュディ・コリンズの世界」を作り出していました~~~カントリー、ロック、フォーク、などのサウンドを「コリンズ流」に表現した^ニュー・フォーク^は、「コンテンポラリー・ミュージック~」という別の名称で呼ばれました!!
 人間的、音楽的、にも円熟し、音楽的的手法^芸術的解釈も高度になり<コンテンポラリー・ミュージック>の指導者に相応しい・・・高度な音楽性と^格調が高く^詩情溢れる表現力を持ったコリンズに^進歩的な行動力が加わったのですね!!
 レコードは^エレクトラ11枚だと思います。

ボブ・ディラン(Bob Dylan) 1941年ミネソタ州生まれ
   

 10歳の頃から^ギターを独習していて、そのころ尊敬していたウディ・ガスリーの「 ダスト・ボール・バラード」を聴いて歌手になる決心・・・ミネソタからガスリーの入院している病院に何度も足を運んだそうです~~~放浪の末1961年、グリニッチ・ヴィレッジの住人となり、ジョン・ハモンドにスカウトされ、CBSコロンビア社と長期の契約を結び、その後^「ガードのフォーク・シティ」のレギュラーとなり、ニューポート・フォーク・フェスティバルやカーネギー・ホールにも何度も出演、センセイションを捲き起こし、1962年から1963年にかけて、「ディラン・スタイル」のプロテクト・ソングを数多く発表、モンダン・フォークの王者 になりました!!
 1965年イギリス公演中に、突然生ギターを電気ギターに持ち替えて従来のフォーク・サウンドにロック・ビートを加え、「フォーゥ・ロック・サウンド」 を創造!!
 歌手兼作曲家、ギタリスト、ハーモニカ奏者、現代詩人、思想家、などと^ボブ・ディランの出現により、アメリカの民謡界やコンテンポラリー・ミュージックの世界は、新しい音楽傾向に歩み続けるようになったといえます!!
レコードは、CBSソニー5枚だと思います。



ポピュラー音楽・・・フォーク(8)!!

2010年11月06日



 
 ドノヴァン(Donovan) 1946年スコットランドのグラスゴーのメリーヒル生まれ!!
   

 独学でギターをマスターしました、ピーター・イーデンの薦めで^パイ・レコード^に入社、1965年の春に「キャッチ・ザ・ウインド」のヒット曲でスターの座に着きました!!
幼少の頃に小児麻痺に罹り、家の中で過ごす期間が長かったので、「彼だけの夢の世界」を持っていたといわれます・・・これが、後に作品の上に^純粋な人間感^として現れます~~~生ギター、エレキ・ギター、ハーモニカ、シタール、などの楽器を巧みに操り^この時代の民謡^を作り出しました!!
 ドノヴァンは何かにつけて^ボブ・ディランと比較^されます・・・ディランを反体制派とすると、ドノヴァンは^まだ体制派だったといいます!!
カラーズ、サンシャイン・スーパーマン、メロー・イエロー、霧のマウンテン、ジュニファー・ジュニパー、ハーディ・ガーディ・マン、アトランティス、バラバジャガ、などのヒット曲があります!!
 レコードは、コロンビアから2枚組みが1枚、CBSソニーから6枚のアルバムが出ていると思います。

ジャック・エリオット(Jack Elliott) 1931年NY州 生まれ
   

 さすらいの民謡歌手"ウディ・ガスリー"の強い影響を受けた第一人者で、フォーク・ソングの真髄を求めて州から州へと放浪生活を続け、ダイナミックなギター奏法と味わいのある声で^聞けば深い感銘が得られます!!
 大西部に対する限りない愛着心と開拓者への郷愁が、誰にもまして純粋に表現され「カウボーイ・バラッド」を歌わせたら^アメリカ民謡界では右に出る者はいないとまで言われました!!
 1955年に女優のジューン・ハマースタインと結婚(素朴で飾り気ない性格のジャックは^5弦バンジョー、ハーモニカ、ギター、マンドリン、などを手にして演奏~~~式場は瞬く間に^フォーク・ミュージック・コンサートに変わってしまいフィナーレは参加者全員で合唱したそうでした)!!
 次の年は世界一周演奏旅行、イギリスの公演では"マーガレット王女"に招待を受けました!!
レコードは^ヴァンガード、プレステッジ、リプリーズ、に^それぞれ1枚だと思います。

ブラザース・フォア(Brothers Four)
1958年結成(ワシントン大学在学中に)・・・オリジナルメンバー;ディック・フォーリー、マイク・カークランド、ボブ・フリック、ジョン・ベイン。



 シアトルの^コロニー・クラブなどを経て、サンフランシスコの「ハングリー・アイ」に出演し、‘デイブ・ブルーベック・クヮルテット'のマネージャー "モート・ルイズ" に認められて、1959年CBSと契約・・・翌年の60年に「グリーン・フィールズ」で華々しいデビューをし^イエロー・バード、遥かなるアラモ、七つの水仙、トライ・ツ・リメンバー、など沢山のヒット曲を出しました!!
 ヴォーカル・グループとしても通用するコーラスのハーモニーは「モダン・フォーク・グループ」の中でも特に定評があり、学生気質をそのまま成長させた清潔さや純真さは^若い層に圧倒的な人気を得ました!!
 レパートリーの広さもモダン・フォーク界随一ともいわれ、フォーク・ミュージック・ファン以外にも人気がありました!!
 途中、マイク・カークランドがマイク・ピアースンにチェンジしてます!!
 レコードはCBSソニーから11枚位だと思います。  

キングストン・トリオ(The Kingston Trio)
   

 1957年に当時学生であった‘デイブ・グァード'‘ニック・レイノルズ'‘ボブ・シェーン'の3人によって結成し、1958年に^キャピトル・レコードから初アルバムを^このアルバムに中から「トム・ドゥーリー」をシングル発売して大ヒット!!

 キングストン・トリオ、ブラザース・フォア、PPM、に続く^モダン・フォークの流れは^ピート・シーガー、ウディ・ガスリー、ボブ・ディラン、の流れとはまた違ったものと思われます・・・ポピュラー・ミューシックとしての大衆の中に入っていきました!!
 キングストン・トリオの「モダン・フォーク・ソング」・・・伝統あるフォークの伝統を生かしながら、それをコマーシャル化して歌い、「ポピュラー・ミュージック」の一つでもあり、フォーク・ソングの一つでもあります(聴く人の感覚)!!
 キングストン・トリオは、1963年から64年をピークとした「フーテナニー・ブーム」のレールを引いたこととしても忘れることはできません・・・1961年^デイブ・グァードが独立し、ジョン・スチュアートが参加し^新トリオによる初レコードは、アルバムがクローズ・アップ^シングルは62年ヒットした「花はどこへ行った」です~~~1967年にラストアルバム〈Once upon a time〉を残して解散しました!!
 ヒット曲として^トム・ドゥーリー、スコッチ・アンド・ソーダ、ジョンB号の遭難、花はどこへ行った、ワン・モア・タウン、など多くあります。

アーロ・ガスリー(Arlo Guthrie) 1947年生まれ
   

 ドノヴァンを思わせるような風貌です・・・父親が長い間ブルックリンの州立院で病院生活(神経障害だったらしい)の後、1956年に他界・・・ウディ・ガスリー・サウンドを継承する重要な役割を持ち、アメリカ民謡界の期待は非常に大きかった!!
 口にハーモニカをセットしギターを伴奏に^土の香り豊かな唱法で唄う技術^は大きくクローズ・アップされました・・・"ニューポート・フォーク・フェスティヴァル"に初登場~~~異色のフォーク・ディスクと言われている「ALICE'S RESTAURANNT」を発表したことなどが大きな原因と言われます!!
 レコードは^リプリーズに2枚だと思います。



ポピュラー音楽・・・フォーク(10)!!

2010年11月07日




ローラ・ニーロ(Laura Nyro) 1947年生まれ
   

ジャズ・トランペッターの子として生まれた"ローラ"は^8歳の時から歌を創り始めました・・・マンハッタンの音楽美術高校に入学した"ローラ"は3年後輩の"ジャニス・イアン"と同じく音楽に熱心でした~~~19歳の時の作品で「アンド・ホエン・アイ・ダイ」は‘ピーター・ポール・アンド・マリー'や‘ブラッド・スエッド・アンド・ティアーズ'で知られています!!
 「ストーンド・ソウル・ピクニック」・・・フランク・シナトラ、アレサ・フランクリン、など60人近くのアーティストによって歌われています!!
 「モントレー・ポップ・フェスティヴァル」への出演と^最初のLP^がいずれも惨めな失敗でしたが^都会からは逃げ出しませんでした・・・都会のむごたらしさ、冷たさ、と同時に「都会のダイナミズムと美しさ」をも^よく知っていました~~~1969年のLP「イーライと13番芽の懺悔」は13万枚も売れ、ニューズ・ウイーク誌に取りあげられ、日本でも注目されました!!
 レコードは、CBSソニーから2枚だと思います。

ニュー・クリスティ・ミンストレルズ(The New Christy Minstrels)
   

 1800年代に、エドウィン・クリスティによって主宰されていた「 クリスティ・ミンストレルズ」というグループがありました・・・アンディ・スパークが1961年に結成した^男8人女2人のフォーク・コーラス・グループ^として結成したのが「ニュー・クリスティ・ミンストレルズ」(メンバーは何回かにわたって異動しています)!!
 全米を回り、全国テレビ・ネットに乗って人気を得て1963年の大ヒット曲となった「グリーン・グリーン」で^ポピュラー・ミュージックの世界を揺さぶりました・・・ミッチ・ミラー合唱団のフォーク版ともいえそうな「ファミリー・タイプの^ほのぼのとした雰囲気」で~~~初期のヒット曲の多くは、メンバーのオリジナル作品ですが、人気が国際的なものとなり特にイタリアでは「サン・レモ音楽祭」に出演^入賞してイタリアのヒット・パレード界をかき回しました!!
 また、アカデミー賞をとったメリーポピンズの主題歌"チム・チム・チェリー"やチキ・チキ・バンバンに至るまで常にビック・ヒットを放った大型グループです!!
 レコードは、CBSから5枚だと思います。

ティム・ハーディン(Tim Hardin) 1931年オレゴン州生まれ
   

 かつて、西部一帯を荒らしまわった無法者の名前で^ジョン・ウェズリー・ハーディン^の子孫との噂もありました・・・ボブ・ディランの傑作アルバムに「ジョン・ウェズリー・ハーディン」があります!!
 ティム・ハーディンの母は「ヴァイオリン奏者」、父は「ベース奏者からピアニストに転向」、で^彼は幼少の頃から鍵盤を叩いていました・・・演劇を目指してニューヨークに行って学校に通ったこともあったが、グリニッチ・ヴィリッチで得たものは「演劇よりも^詩人そして音楽家になること」であったのです~~~1964年、グリニッチ・ヴィリッチの「Night Owl Caf?」で3か月半出演、次第に人気を高め、この頃知り合った"ジョン・セバスチャン"などは後のアルバムに友情出演してハーモニカを吹いています!!
 ブルースからロックを経て、「フォークに身をおく」・・・レパートリーは広いです~~~お馴染み曲を数多く書いている作曲家でもあります(If I were a carpenter、Don‘t make promises、Red Balloon、Lady came from Baltimore)など、1969年始め、VerveレコードからCBSに入社しました!!
 日本では、ソニーからアルバムが1枚出ていたと思います。

ジャニス・イアン(Janis Ian) 1951年生まれ
   

 作曲家、歌手、の中でもユニークな存在のジャニス・・・5歳で曲を作り16歳でアルバムを発表!!
 1966年秋の自作のデビュー曲「Society‘s child」は大きな社会問題になりました・・・黒人のボーイ・フレンドの交際に冷たい態度をとる母親、学校の先生、如いては社会に対して「人間はすべて平等であるはずなのに」 と訴える"人種問題"をテーマにした曲です~~~発売当初は放送禁止騒ぎを起こしましたが、ニューヨーク・フィルの"レナード・バーンステイン"が彼のTVプログラムでロックを扱った時にジャニスを呼んで、その作品を取り上げてから俄然支持者が増え、1年後の1967年の夏には^全米ヒット・パレードの上位を賑わしていました!!
 ジョーン・バエズ、ボブ・ディラン、に影響を受けたと言われてますが・・・ジャニスはジャニスの音楽をもっています!!
 アメリカでは3枚のアルバムを出していると思います。(シングル盤も多数でています)。

ウディ・ガスリー(Woody Guthrie) 1912年オクラホマ州生まれ
   

 1932年から52年までに「1000曲」の作品を残したと言われています・・・そのなかでも、大恐慌にあえぐ農民を描いた一連の「ダスト・ボール・バラッド」は有名・・・1930年代民謡研究家"アラン・ロマックス"によって、アーカイヴス・オブ・アメリカン・フォークソングスのために録音されました~~~ガスリーの作品の多くは、古いフォーク・ソングのメロディを利用したものですが、その詩には著しい社会性が織り込まれています!!
 ギターのスタイルは、カーター・ファミリーに似ていて、「ヒルビリー・ミュージック」の影響を強く受けています・・・1940年、ニューヨークで^ピート・シーガーなどと「オルマナック・シンガーズ」を結成~~~ユニオン・ソングス^反戦ソングス、などを好んで取り上げていました!!
 ガスリーのフォーク・ソングは【都市生活を対象とし^都市生活の意識によるコンテンポラリー・フォーク・ソングとして確立】~~~あとあと^ウディの影響力は絶大で"ディラン、オークス、バクストン、エリオット"など^を輩出しています!!
 レコードは、エレクトラとRCAからそれぞれ1枚ずつだと思います。


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