テーマ:40代の視点と日常(771)
カテゴリ:読みました^^*☆
今朝の朝日新聞 3面 『 ひと 』に 『 夕凪の街 桜の国 』の作者である こうの 史代 さんが 取り上げられていた。 15万部を突破し、9月以降、米国、韓国、台湾で相次ぎ翻訳される由である。 とても 嬉しい。 昨夜の私の日記にも記したが、 今の私には、5月18日に『 夕凪の街 桜の国 』について書いた日記 と、 皆さんにいただいたメッセージへのお返事以上のものを書けない。 60回目を迎える原爆忌にあたり、 上記の日記とメッセージ群に、今一度 こころ寄せていただけると幸甚である。 本日は、私があれから何度も読み返した、 『 夕凪の街 桜の国 』 あとがきの一部を抜粋させていただく。 あとがき こうの史代さん ……「原爆」にかんするものは避け続けていたのです。 でもやっぱり描いてみようと決めたのは、そういう問題と全く無縁でいた、 いや無縁でいようとしていた自分を、 不自然で無責任だと心のどこかでずっと感じていたからなのでしょう。 わたしは広島市に生まれ育ちはしたけれど、被爆者でも被爆二世でもありません。 被爆体験を語ってくれる親戚もありません。 原爆はわたしにとって、遠い過去の悲劇で、 同時に「よその家の事情」でもありました。 怖いという事だけ知っていればいい昔話で、 何より踏み込んではいけない領域であるとずっと思ってきた。 しかし東京に来て暮らすうち、広島と長崎以外の人は原爆の惨禍について 本当に知らないのだという事にも、だんだん気付いていました。 わたしと違ってかれらは、知ろうとしないのではなく、 知りたくてもその機会に恵まれないだけなのでした。 だから、世界で唯一(数少ない、と直すべきですね「劣化ウラン弾」も含めて)の 被爆国と言われて平和を享受する後ろめたさは、 わたしが広島人として感じていた不自然さより、 もっと強いのではないかと思いました。 遠慮している場合ではない、原爆も戦争も経験しなくとも、 それぞれの土地のそれぞれの時代の言葉で、平和について考え、 伝えてゆかねばならない筈でした。 まんがを描く手が、わたしにそれを教え、勇気を与えてくれました。… (『 夕凪の街 桜の国 』 双葉社 ISBN4-575-29744-5 ) あとがき5行目~17行まで抜粋。 太字編集:りうりう 平和記念式典での広島市長による 『 平和宣言 』は、 毎年、どの新聞にも全文が掲載される。 例年、厳しく激しい論調で、日本国政府を糾弾し、核保有国を糾弾し、 これからをどんな願いで、どう闘うか高らかに宣言するものであった。 今日の 『 平和宣言 』 は、 被爆者の志を受け継ぎ、伝えて行く、と、 近年になく、穏やかで大人しいものであったため、実は驚いている。 何故? どうして? これに対し、内閣総理大臣は、ぼそぼそと歯切れ悪く、剋舌悪く、 それでも「非核三原則、平和憲法を遵守する」と言った。 ほんと? 絶対? 平和公園横の元安川(もとやすがわ)、本川(ほんかわ)は、 川底をさらうと未だにたくさんの骨が出る。 今夜は、2つの川に川面いっぱいの灯篭が流され、鎮魂の夜となる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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