2006/01/27(金)10:17
花眼
秋以来のこの連日の偏頭痛。。。。「老眼」からかも知れない。。。。??
そう、実家の母と話をしたとき、
「 【花眼】の時期が来たのだと喜びなさい 」
う"~ん。。。
【花眼】……確か「かがん」と読み、漢詩に出て来た言の葉のはず。
年老いて、花霞のように?ぼんやりとほんのりと
美しく見えるようになったさまを言うのではなかったか。
母曰く、
「 歳を重ね、全てをぼんやりと眺めて愛でるのだ」 と。
「 物事に、はっきりくっきり白黒つけようと、
しゃかりきになって心を痛めるのではない 」 と。
あいたたた。。。めちゃくちゃ耳が痛いぞ!
◆ ◆ ◆
木を観て森を観ず、な若さをも戒めている言の葉、なのだろうか??
少しググってみた。
玄侑宗久氏が、2月1日の朝日新聞に、素晴らしいエッセイを寄せておられた。
すご~ぃ!! 私如きが、もう、書くこと、何もなくなっちゃった。
◆ ◆ ◆
この美しい言の葉に、こころ寄せるひとは多いようだ。
俳人である森澄雄氏は、ずばり『花眼』という句集を1969年に発表。
最近では、歌人の道浦母都子氏が『花眼の記』を2004年に発表。
後者は、自分の老い、母を失い、老いて病む兄、
自らも体調を崩し、そして復調へ、、と、
様々な花の章に分けられて詠われているらしい。
「 夫も子も無ければ失うこともなし きーんと冷たきあけぼのふうろ 」
「 束ねたる髪をほどけば思いあふれ 戻りゆくなり二十歳のわれに 」
「 椿の林抜けて至れる浄土なれ 青き蝶々もおりおりに飛び 」
『花眼の記』(道浦母都子/本阿弥書店)