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2011.08.02
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【送料無料】昭和天皇とワシントンを結んだ男

:著者は、2007年パケナムの日記」を入手する。

A氏パケナムという人はどういう人かね。

:敗戦後のマッカーサー時代の英国人ジャーナリストで「ニューズウィーク東京支局長だという。
  正しくは、コンプトン・パケナムというらしい。
  この人物の生い立ちは謎が多いのを著者はみごとに解いている。
  
  この日記で、この時代の裏面史が分かるね。
 著者は、長編サスペンスのように、多くの文献、記録、インタビューで謎を解き、最後に東京・府中市の多磨霊園にある訪れる人のない氏の石碑にまでたどりつくというわけだね。

A氏昭和天皇と何か関係があるのかね。

:直接の関係でなく、天皇の信頼の厚い松平康昌パケナムが知己で、これを通じての関係だね。
  パケナムは、例の逆コースで有名なハリー・カーンとつながり、これからワシントンにつながるんだね。
  パケナムの日本の住居には松平氏や公職追放された鳩山一郎など多くの有名人が来る。
  パケナムは、マッカーサーの過激な日本の民主化に反対で、一時、渡日も拒否される。

A氏:天皇は、マッカーサーを飛び越えて何をワシントンに訴えたかったのかね。

:天皇は共産主義の日本軍事侵略をおそれていた。
  だから、米軍の駐留の継続を希望していたんだね。
  優秀な人材の追放も日本の復興の障害になることを懸念していた。

  しかし、マッカーサーは、日本は東洋のスイスになるのだということで、中立を考えていた。
  天皇はそのマッカーサーの考えに不安だったと考えられるね。

A氏:しかし、朝鮮戦争で、共産主義の脅威は現実化するね。

:アメリカのフォスターダレスは、吉田茂首相30万の国軍の創立を要請するが、吉田は協力的でない。
  このときは、天皇は、マッカーサーや吉田を飛び越えて追放の緩和を訴えた親書を、松平からパケナムを経由してダレスに渡している。
  吉田に期待できないパケナムは、ダレス次期総理としては、鳩山一郎が有力だとして、2人を合わせる。

A氏:その通り、鳩山は後に首相になるね。

鳩山は、首相になったら、ソ平和条約の締結に力を注ぐ。
  これをアメリカは快く思わない。
  日米関係は悪化する。

A氏:孫の鳩山由紀夫前首相が普天間基地問題、日米関係を悪化させたのと似ているね。

:そこで、次にパケナム岸信介を次の有力首相候補として推薦する。
  パケナムと親しかった。

A氏:これもその通りになるね。

が首相になったときの1957年、パケナム64歳で急逝する。

  この本の題名にあるように、昭和天皇は象徴とは言え、かなり政治的な活動を裏ではしていることがわかるね。
  その他は、マッカーサー時代の日米の動きが、わかりやすく説明していてわかりやすいね。

  このへんのことは、3、4年前に、この関連の知的街道が次のようにあるね。
  再読すると面白いね。

  ジョン・G・ロバーツ+グレン・デイビス著「軍隊なき占領・戦後日本を操った謎の男」講談社+α文庫2の12の2

  ショーンバーガー著:宮崎章訳「占領1945から1952:戦後日本をつくりあげた8人のアメリカ人」1994年・時事通信社刊

 
昭和天皇・マッカーサー会見豊下楢彦著・岩波現代文庫

 







Last updated  2011.08.02 14:29:08
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